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12/30/2015

日韓「慰安婦問題」の二枚舌な「最終決着」と、安倍外交の非常識


仕事納めの12月28日の、突然の慰安婦問題をめぐる日韓外相会談に驚かされる終戦70周年、日韓国交回復50周年の年の瀬である。11月にやっと開かれた日韓首脳会談で慰安婦問題の早期決着が合意されていたとはいえ、これで本当に「最終決着」になるとは、安倍総理大臣以外は誰も思ってはいないだろう。

意地悪な邪推をするなら、このタイミングは要するに、年末年始でテレビのニュース報道番組の多くが休みに入る時期で、たいした論評が出ないことを見越したようにも思えてしまうし、案の定、岸田外相とイ・ビョンセ韓国通商外交部大臣が発表した三つの合意内容は、普通に考えればいわば「突っ込みどころ」満載だ。

安倍総理大臣が日本政府を代表して慰安婦制度の被害者に謝罪するというのも、日本政府の責任を認めるのか認めないのかは曖昧に済まされた。事前の報道では被害者一人一人に安倍首相名義の手紙という話が日本側から出ていたが、どういう形をとるのかは結局合意に明記されていない。日本側はこれを「どんな形でも」と解釈するのだろうが、韓国側から見れば(というより、客観的・常識的には)これは謝罪なのだから、被害者が納得する形をとらなければならないのは当然だろう。「そんなのでは謝ったことになっていない」と被害者が抗議すれば、すべての約束は反故にされても文句は言えない。

事前報道では1億とされていた基金は、韓国側が要求した通り10億円になっている。しかもその基金を運用する財団は韓国政府に所属し、日本は金だけ出す、という奇妙な内容で、日本がこれをよくOKしたものだと首を傾げる。日本国民の税金から拠出される資金の使用に関して、日本政府や日本の国会がなんら権限を持たないというのだ。

邪推するなら日本政府つまり安倍晋三首相による謝罪の形式を特定せず、賠償という名目を取らないことと引き換えに、韓国政府に10億という額を、いわば巻き上げられたのではないか?しかもこれでは、客観的に見ればほとんどただの口止め料、金は出すからこれ以上文句を言うな、という旧宗主国側の傲慢な差別意識の無自覚な発露にしか見えまい。

風刺画 クォン・ポムチョル  ハンギョレ新聞(韓国)
「不可逆的」な決着、今後は日韓双方がこれを外交問題としない、という約束を、日本側では「これで韓国に二度と蒸し返させない」、もう謝罪を要求されないでいいのだ、安倍の言葉を借りれば「謝罪を続ける宿命」から解放されたとでも思い込んでいるようだが、呆れた非常識だ。

そもそも、いったん河野談話とアジア女性基金による償い金の支払いで外交的には決着したはずなのが慰安婦問題であり、再三「蒸し返した」のは日本側だ。河野談話への不満が大っぴらに公言され、2度目の安倍政権では「再検証」までなされたりして来たし、その河野談話や戦後60周年の村山談話を反故にしようと、戦後70年の安倍談話を出そうとして迷走した末、なにが言いたいのか理解不能で無駄に冗長、無惨なていたらくで大恥を晒したのが今年のことだ(参考『結局なんの意味があったのか?戦後70年談話の滑稽な茶番と意外な顛末』http://www.france10.tv/international/5291/)。

今回の合意が「不可逆的」ならば、日本国の公人たる政治家などの公職にある者は二度と「慰安婦問題はでっち上げ」「強制連行はなかった」「ただの売春婦」などと口にしてはならないし、それでも民間の報道機関やジャーナリスト、安倍自身の支持層が同様のことを口にすることを阻止する権限なぞ、誰も安倍氏に与えてはいない。

韓国側で言えば、政府の権限で元慰安婦や支援者が日本政府を非難し続けることも、賠償請求訴訟を起こすのも、阻止する権限など政府にはないし、行政府が他国と決めたことを司法を強要するのが三権分立に違反する以上は、裁判所の判断で訴訟を受け付けることも当然可能であり続けるのが、民主主義国家の基本だ。

安倍氏は日頃「価値観を共有する国々」を外交方針だといつも言い張っているが、民主主義・自由主義の基本ルールも無視してどんな「価値観」を共有しているつもりなのだろう?「いっそ北朝鮮に行けば?」と思わず皮肉りたくなってしまう。

日本側がえらくこだわった、ソウルの日本大使館前の慰安婦像の撤去にしても、これは民間団体の設置したもので、政府にこれを排除する権限があろうはずもなく、現にイ・ビョンセ大臣は関係団体に提案することしか約束していない。会見で同大臣が「努力する」としか言っていないことはさすがに日本のメディアも繰り返し実効性に疑問を提示しているが、それ以前にそもそも、日本側の要求は民主主義国家としてあり得ない話だ。

日本政府は10億というカネを韓国政府に掴ませれば韓国の国民まで黙らせられると思っているのだろうか? 勘ぐるならば、韓国政府はこの日本側のとんでもない勘違いに気付いていながらわざと放置して、まんまと10億という金額をせしめたのかも知れない。

パク・クネ政権にしてみれば、日本が当初1億と言っていたものを10億円せしめたのは、国民にアピール出来る成果だし、同政権にとって日本政府以上に都合の悪い歴史の再検証と記憶の維持は、合意の対象になっていない。この点で日本政府はパク・クネ政権の思惑を読み違えているわけで、慰安婦問題はこの大統領にとってもアキレス腱なのだ。

パク・クネの父パク・チョンヒは満州国士官学校出で、慰安婦制度の管理運用に関わった疑惑もあり、その辺りの事実関係が明らかになっては政権が崩壊しかねない。そうでなくともパク・チョンヒは対日協力者だったし、日本側が「最終的に解決」と言い続ける根拠としている戦後賠償に関する日韓協定は、他ならぬそのパク・チョンヒが結んだものであり、安倍晋三の祖父岸信介とパクが昵懇の仲だったからこそ成立したものだ。逆にだからこそ、その娘パク・クネは、慰安婦問題で日本に強行な姿勢を示す必要があった。

確かに慰安婦問題にパク・クネ政権がこだわるのは世論対策ではあるが、それは日本政府の言いなりの日本メディアがそう国民に思わせているように韓国国民が「反日」だからでもない。元慰安婦たちが韓国世論の強い支持を得ているわけでも必ずしもないどころか、むしろ逆の面さえある。

それに慰安婦問題の被害者は韓国だけではない。10億という金額を新たにその償いに当てるなら、それをただ韓国政府に渡すだけ、というのはそもそも問題の本質からズレている。

日本軍が朝鮮人、台湾人、インドネシア人を始め多くの植民地の女性を軍の慰安婦として搾取していたのは、日本では戦後ずっと公然の秘密…ですらなく、『兵隊やくざ』のような大衆娯楽向け戦争映画でも朝鮮人慰安婦が毎回登場していた。韓国だけが「反日」だからかつての慰安婦制度を問題にしているわけでもまったくなく、例えば安倍政権が「親日」だと思い込んでいるインドネシアでは長らく学校の歴史教科書に日本語の発音のまま Ianfu という言葉でとり上げられて来た。

しかも韓国で元慰安婦が名乗り出たのは、民主化が進んだ90年代に入ってやっとであり、彼女達はそれまで、韓国の、軍事独裁・右派政権のなかで無視され続けて来た。

いわば売春婦とみなされて来たが故の差別があっただけではない。戦時中の韓国人にとっても日本軍に女性たち、それも多くは少女をいわば人身御供で日本軍に差し出した恥は直視し辛い過去であり、しかも慰安婦徴集に軍や警察が立ち会うようになってから(つまり慰安婦にされた女性達が実質強制連行されるようになって以降)、その任務に当たった多くが、日本軍に志願したり戦争末期には徴兵された朝鮮人兵士であり、慰安婦の管理をやらされた多くが朝鮮人軍属や朝鮮人の女衒業者だったからでもある。

しかもパク・チョンヒを始め軍事独裁や右派政権の中枢にいたのは日本軍の教育を受け、その戦争に参加もした者達であり、つまり慰安婦制度の運用に大なり小なり責任ある立場で関わっていたし、戦後・独立後も、朝鮮戦争直後に李承晩が日本と領有権を争う竹島(韓国からみれば独島)を軍事力行使で占拠した以外は、こと岸信介と強いパイプを持つパク・チョンヒ政権以降、韓国の政治はいわば「親日」というか、日本の右派政治家と特につながりが深く配慮も欠かさないものであり続けて来た。

民主化によって元慰安婦達が名乗り出て、慰安婦問題が日韓の外交問題化したのも、だから別に世論の大きな支持があったわけでは必ずしもない。むしろ韓国社会もまた戦後一貫して彼女達を無視して来たし、だからこそ韓国が民主主義国家として生まれ変わるに当たって、その声を無視せず、虐げられた者の尊厳と人権を擁護することは、朝鮮民族の民主主義が本物かどうかが試される大きな試金石になったが、それは独裁政権下での自らの社会の罪と向き合うことも意味する。

例えば韓国のアーティストらが慰安婦を作品で取り上げるのは単なる反日プロパガンダではなく、韓国も含む現代の世界や東アジア文化の歴史のなかでの女性蔑視や女性たちの置かれた境遇を反映したものであり、こと慰安婦達を忘れようとして来た自分達の社会に対する告発でもある。

仏アングーレム市の国際漫画フェスティヴァルが
韓国人漫画家たちに委嘱した、慰安婦をテーマにした展示も

歴史の忘却を中心主題に据え韓国社会の責任も問う内容だった
そんな韓国社会のなかでの慰安婦問題の微妙な位置を、日本側はほとんど理解しようとしたことすらなく、その外交はあまりにその相手の神経を逆撫でするものであり続けて来た。日本の国際的な立場を守るためにも必要だった河野談話を出そうとする外務省と村山富市内閣に、自民党右派の一部が反発し、謝罪こそしたものの強制連行の直接の公式文書記録がないとわざわざ付記し、国家賠償ではなくアジア女性基金で募金を募る形での償い金の支給しかしなかったことは、元慰安婦達の気持ちを踏みにじっただけでなく、韓国社会がこの歴史問題について抱えている複雑な感情につけ込んだ、無自覚にせよ非常にいやらしいものだった。

それでも日本を重要な経済パートナーとしてみなす韓国が、元慰安婦達に我慢をさせてまで納得したはずの河野談話を、あたかも反故にしようとする動きや、侮蔑する発言が、かつての軍事独裁政権と深く関わっていた自民党右派から公然と出て来るのだから、これは韓国世論全体から反発があっても当然なのだが、そうした国家民族への侮辱に抗するわりには、韓国の社会や政治の対応はむしろ大人しいものでしかないことにも、日本側では気づいてすらいない。

「反日」どころか、お隣の大国である日本との関係に韓国は常に腐心し、配慮を欠かしていないのに、なおその足下を見てつけ込むかのように、さらに無理難題を押し付けているのが日本外交なのだ。

そもそも日本が旧宗主国気取りで相手を言いなりにさせられる立場かどうかといえば、これまた「希望外交」と差別意識・植民地主義の野合が、あまりにはしたない。

民族差別、差別する側ゆえの傲慢な無神経、そう指摘してしまえばミもフタもないだけではなく、この相手側を理解しようとしない拙速は必然的に外交の失敗に結びつき、国益を損ねる。今回の「不可逆的な最終決着」の合意はアメリカの圧力があったとする説を唱える人も多く、安倍政権自体がその印象をメディアを通して流布することで国民、とくに安倍の支持層を納得させようとしている節があるが、これも的外れな憶測だ。

むしろ真相は逆だろう。事前の報道では、日本側がアメリカを巻き込んで韓国側を今後黙らせる権威付けに利用しようとしていたことすら、漏れ伝わって来ていた。

日本経済新聞 12/27「慰安婦問題、首相「おわび」で調整 米に「決着声明」要請」 
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS26H2L_W5A221C1MM8000/

これも安倍政権がいかに外交の基本的な常識すら分かっていないことを伺わせる話だ。日韓の2国間の外交問題でアメリカがおおやけに「決着声明」なぞ主権の侵害に他ならないし、まして自国民ですらない慰安婦制度の被害者個々人の権利をアメリカ政府が制約したり侵害できるわけもあるまい。

アメリカ政府が慰安婦問題と、特に安倍の歴史修正主義的を憂慮して来たのは事実だが、それはアメリカの国是と理念からして(逆に言えばタテマエとして)当然やらなければならないことだからに過ぎない。日本の一部政治家が慰安婦問題をでっち上げと主張したり、一般的な戦場における性の問題に話をすり替えて「必要だった」と言うことが、現代の国際社会で通用するはずがないことを、日本人はもっと深刻に受け取るべきではあるし、国際社会で日本の信頼を著しく損ねていることにも留意すべきだが、しかし韓国と慰安婦問題で外交決着をはかることがただ「アメリカの圧力だからしょうがない」と言うのもまた、あまり正確な事実関係の把握とは思えない。

むしろ今回の急激な動きは、今月に入ってソウル地方裁判所が産経新聞ソウル支局長による名誉毀損事件に無罪判決が出したこと、さらに先述した日韓の戦後賠償の協定の違憲性に関する訴えに、韓国の憲法裁判所が違憲性の審理をしないままのいわば「門前払い」判決を下したことが、安倍官邸が動き出した大きな理由だろう。

日本側はこれらを韓国からの対日配慮と受け取り、このチャンスにつけ込むと言わんばかりに、外務省ではなく官邸・総理の側近が素早く手を打った…つもりなのだろうが、これもとんだ勘違い「希望外交」の読み違い、安倍官邸が外務省を素通りして押し進めた今回の交渉は、冷静客観的でなければならない他国との交渉に自分達の願望や期待を織り交ぜては判断を誤ってしまう、「希望外交」の典型に思える。

産經新聞の名誉毀損罪への無罪判決については既にこのブログでも取り上げた通り(12/18『産經新聞ソウル支局の名誉毀損事件の無罪判決をめぐる、日本の危険な勘違い』)だが、要はソウル地裁は名誉毀損の事実自体は認定しつつ「政権を批判する自由」を最優先して無罪と判断しただけで、判決公判で日本からの外交圧力があったとする外交通商部からの要請書を読み上げたのは、むしろ日本による非常識な内政干渉の事実を公に晒した、とみなす方がよほど現実的だ。そして憲法裁判所が戦後賠償協定の違憲性の判断自体を避けて「門前払い」(被害を訴える事実の立証が不十分、という判断)にしたことも、日本への配慮というよりは韓国国内の政治事情、とくにパク・クネ政権への配慮だ。

まずこの賠償に関する日韓協定の内容だが、日本兵や日本軍の軍属であった韓国国民に支払われるべきだった給料や恩給、遺族の年金が戦後は未払いのままであり、徴用なども含め、日本が自国民であった人々に支払うべきだった労働等の対価の請求権について、韓国政府が一方的に放棄を約束し、代わりに日本が経済援助を行う、という合意だった。こんな借金踏み倒しで「最終的に解決」と言い張り続けている日本政府も相当に恥ずかしいが、韓国政府にとっては国民の財産を国が勝手に奪った、自由主義国家において基本的人権と並んで最重要の市民の財産権を国が侵害したことになり、より問題は大きい。

合憲だったか違憲なのかを問われれば、韓国の憲法裁判所に限らずどんな裁判所でも、まともな民主主義国家の司法であれば違憲と判断せざるを得ない。だがその結果、韓国政府にも自国民に多大な賠償を行う責任が派生する可能性があるし、なによりもこの自国民の財産権、それを請求する正当な権利(なにしろ未払い給料であり日本帝国のために命を賭けた軍人の恩給、遺族年金だ。日本に支払う義務があって当然)を韓国政府が奪う、という判断をしてしまったのが、パク・クネの父パク・チョンヒである。

その父の業績(その日本の援助で韓国の経済成長を成し遂げたことが最大の功績とみなされている)について違憲判断が出れば、能力不足が指摘され不人気な政権が崩壊するほどの打撃になるし、韓国政府自体の権威や信頼性すら揺らぎかねない。

ちなみに憲法裁判所が違憲判断を下した場合、韓国政府はこの日韓協定の破棄について日韓交渉に入らなければならず、日本が対話を拒否した場合は、即座に国際司法裁判所に持ち込まざるを得ない。 
そうなった場合、日本には勝ち目はない

憲法裁判所は日本への配慮などしている余裕もなく、韓国内の政治的な安定の維持のために判断を回避せざるを得なかっただけだ。

産經新聞の名誉毀損罪については「配慮」どころか完全に日本政府や産經新聞を見下し軽蔑しているような判決だったし、どちらも三権分立の民主主義国家の構造上、行政府から独立した司法府の判断だ。

いかに日本ではその三権分立の原則がまったく形骸化しているからといって、韓国はなんでも日本以下なのだと無意識にみなしたいのか、パク・クネ政権が弱気になったサインだと思い込んだ安倍の判断は、まったく稚拙で非常識極まりない、「希望外交」のなかでも最悪の部類だろう。

そもそも安倍が2度目に総理に就任し、その数ヶ月後にはパク・クネが韓国大統領になって以来、祖父と父がねんごろだったこの二人の日韓関係は、しじゅうボタンの掛け違いだった。パク・クネが慰安婦問題については強硬な姿勢を取って来たことの意味を、安倍政権だけでなく日本の政府も政治家もメディアも、完全に勘違いしているのではないか?

パク・クネは今年の光復節(8月15日は韓国にとって独立記念日だ)には、慰安婦問題以外の歴史問題はもう日韓には存在しないとまで言っている。この明白な妥協のサインすら読み取れなかった日本外交の拙劣さ、情報分析能力のなさも凄い。

パク・クネはなぜ慰安婦問題だけを特化するのか? それだけを切り離せば日本の植民地支配と戦争の責任の全体はうやむやに出来ることが、この大統領にとってはメリットだからだ。

そんな思惑にも気づけずに、日本側が戦後賠償についての日韓協定にこだわって、慰安婦問題も含めて「最終的に解決済み」としか主張して来ていないのも、外交上とんだ愚かな悪手でしかない。パク・クネ政権がその協定と慰安婦問題を切り離しているのは、日本側が考えているように「慰安婦問題で日本の謝罪や日本の金を引き出す」ためではなく、パク・チョンヒの娘である自らの保身のためにこそ必須なのだ。

言い換えれば、日本支配をめぐる他の多々ある未解決な問題の責任を問うことは、まごうことなく最悪の対日協力者の類いで、戦後には日韓基本条約の締結では腐敗と妥協で自国民の権利を勝手に奪ったパク・チョンヒの旧罪をも、暴くことにつながりかねず、パク・クネ政権にとっても致命的だから避けたいのだ。

慰安婦問題ならば、その日韓協定と切り離される理屈が成り立つし(実際、慰安婦への人権侵害はどう考えても同協定で交渉対象になっていないし、給料・恩給などの経済損失と性的虐待・強姦・人権侵害は、法の倫理的な常識から言って別の次元の議論だ)、それ以外の問題について、より多くの韓国国民の権利にとっては明らかに不利どころか不道徳な協定であっても、パク・クネにとっては日本と同様それが「最終的に解決された」とされてた状態のまま維持することが優先される。だからこそこの政権は、慰安婦問題を同協定から切り離して考えることを明確に打ち出し、慰安婦問題だけが残された歴史問題だとさえ言い続けてさえいるのだ。

そんなパク・クネ政権に話を合わせて、世界的に女性に対する許すべからざる人権侵害とみなされている慰安婦問題さえ解決すれば、他にくすぶる様々な、日本政府と旧国民であった韓国人・朝鮮人とのあいだにある償いや謝罪の問題がチャラに出来るのだから、日本政府にとっても決して損な話ではない。

こうしたパク・クネ政権の(安倍に逃げ道をちゃんと与える気でいる)思惑にも気付かないまま、ただ「韓国は反日なんだ」と日本国内で思い込んでいるようでは、交渉の妥協点など見つかるはずもないし、パク・クネはパク・クネで、そのメッセージを日本側に伝達することにことごとく失敗し、その結果の日韓関係の悪化は韓国経済にも響いて来ている(だからって経済不振の主たる原因が対日関係悪化だから、パク・クネは妥協するのだと言い続けている日本政府や日本のメディアも、呆れるまでに差別意識と韓国蔑視に満ちて判断を誤っているのも言うまでもない。これも「希望外交」だ)。

それにしても気が滅入る過去と現在の符合だ。 
日本はかつて、自国の元兵士や軍属だった人たち個々人に支払うのが当然だった責任を、韓国政府への経済援助で誤摩化してしまった。 
そしてその協定を盾に逃げ続けた結果、またもや慰安婦制度の被害者個々人ではなく、韓国政府に金を掴ませ、かつて自国の国民でもあった個々の人たちの被害について、またもや果たすべき責任をうやむやにしようとしている。 
「個々の人間の権利」ということについて、かくも無神経で無頓着なのは、いったいどこの全体主義国家の政治家なのか? 
日韓基本条約に伴う賠償協定はパク・チョンヒと岸信介が実現させたものだったのが、今度は前者の娘パク・クネと岸の孫・安倍晋三の取引なのだから、話が出来過ぎている。

安倍晋三とパク・クネは、日本の戦争と侵略の歴史の責任の所在において、むしろ「同じ穴の狢」だ。

どちらも頭の良さ、政治能力については大いに疑問があるし思想的にもどちらもずいぶん怪しげな中途半端で薄っぺらなナショナリスト、いわば「どっちがバカかいい勝負」のこの二人だが、一点だけはパク・クネの方が賢い。彼女は父の大きな罪を認識していて、それをどう目立たさずに済ますのかを意識している。安倍の方はといえば、祖父・岸信介を偶像化し、その罪の部分さえ功績として吹聴したいのを、官邸スタッフが報道メディアに圧力をかけて報道させないよう、必死で誤摩化している有り様だ。

この日韓交渉の話が突然報道されたのも、官邸からの発表だったが、案の定、外務省を素通りして官邸が青瓦台(韓国大統領府)と直接に秘密交渉で進めて来た話だったことが、後に明らかになっている。外務省がイニシアティブをとっていたら、こんな自己閉塞した非常識を曝け出し、さして有能とも思えないパク・クネ政権ごときに手玉にとられるような失態には、さすがにならかなっただろう。

安倍首相は以前にも、外務省の指示を無視して中東歴訪中にイスラム国を敵視する文言を勝手に演説に加えてしまい、その結果が邦人二人が殺害される人質事件だった。 
明治の産業革命の世界遺産登録では予め日韓の外交当局で合意済みの内容を、UNESCOの世界遺産会議での採択直前に安倍が覆そうとして登録の採択を妨害してしまい、恥をかいただけで得られたものはなにもなかった 
こうも外交の基本常識すら踏まえられない総理大臣が、それでも「世界を股にかける外交」などと自慢げに吹聴しているのだから、もはやこの政権の存在自体が日本の危機だとすら言えてしまう。

今回の日韓合意は、それぞれの都合でどんな意味にでも取り得る内容でしかない。

いや正確に言えば、民主主義と人道主義の基本的な価値観や外交の常識を踏まえる限りは、韓国側が(安倍の愚劣さを密かにあざ笑いつつ)しているであろう解釈しか、成立しない。

・安倍氏が慰安婦制度の被害を謝罪するならば、それは被害者が納得する内容と形式でなければ無効なのは言うまでもない。

・日本政府が韓国政府に10億を渡すだけで基金の運営は完全に韓国政府の権限というのでは、元慰安婦の皆さんが納得する使われ方をするかどうか、日本政府がその責任を放棄している以上、どう使われようが文句も言えない。

・「不可逆的」はあくまでそれぞれの行政府を縛る効力しかなく、被害者にも、支援団体にも、司法にも、一般国民にも、なんの拘束力もない。

つまり日本の政府関係者か安倍氏に近い立場の民間人がちょっとでもこれまでの言い草を繰り返そうものなら、韓国は一方的に日本の約束違反を非難出来るし、そうなればこの合意自体が無効になり、韓国政府は10億円をゲットするが日本が得るものはなにもない。

だが年始早々に始る通常国会で、この失態を野党は追及できるのだろうか?

これがなかなか難しいのが、現代の日本における政治をめぐる言論の質の劣化のていたらくだ。この「決着」を批判することは、一見すると「かわいそうな元慰安婦の方々の救済を邪魔する」ことに見えかねないのだ。

その元慰安婦は若くとも80代半ば、もう諦めて安倍の中途半端な、口先だけの謝罪でも受け入れて、その印としてお金を受け取る人もいるだろうし、現実問題として彼女達の老後・余生も決して経済的に安定したものではない。

今問題なのは、言わばその足下につけ込んだような「最終決着」という不道徳を、我々日本国民がそのまま是認していいのか、ということだ。10億という額をケチるわけでもないが、やはり国民の税金だ。安倍が自分の都合だけで弄んでいいものではない。日本の過去の罪の清算なら、それがきちんと道徳的になされることを監視するのは、国民の名誉の問題であり、国会の責任である。

幼稚なナショナリズムの差別主義を振り回し過去の自己正当化にばかり関心が向く愚かな政府の下で、日本の民族と国家の名誉はなし崩しに破綻して来ている。野党や安倍政権を批判する人たちには、ぜひこの点についても意識的になって頂きたい。

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