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7/07/2015

世界遺産登録をめぐる日本メディアの誤報は、無知のせいなのか、わざとなのか?


なんとか世界遺産登録が決った「明治の産業革命」遺産だが、7月4日の予定だった審議採決が1日ずれ込んだことについて、どうにも不思議な誤解が日本では蔓延している。いやはっきり言ってしまえば、日本のテレビや新聞の報道は、そもそもが事実誤認の誤報だと断言していい。

まず結論から言っておこう。ボンでの世界遺産委員会において、韓国は 「明治の産業革命」遺産の登録に一度も反対していない。

世界遺産委員会での決定が遅れたのは「韓国が反対した」からだと言うのは、報道機関があまりに常識を知らなさ過ぎる。世界遺産委員会は新規の遺産登録に関しては全会一致が原則で、会議が開かれる前には21の理事国すべてが賛成を表明するよう議長国が調整するのが慣例、会議における審議も採択もたぶんに儀礼的なものだ。

1996年の広島・原爆ドームにアメリカが反対、中国が棄権したことが例外中の例外で、以後20年近く全会一致が守られずに投票になったことはない。

「明治の産業革命」も全会一致で採択の準備は出来ていた。韓国も既に日韓国交50周年の前日、6月21日に開かれた外相会談で、公式に賛成すると日本に伝えている。韓国のこの表明は、態度保留だった理事国に賛成を表明させるためにも、日本にとって重要だった(それ以前、日本は投票の場合に必要な21カ国中の2/3の支持を集めていない)。

世界遺産委員会の会議が開幕した時点でも韓国の意向は賛成であり(だから全会一致が可能になる)、意見陳述も「賛成」の理由を述べる内容だった。ところが、なぜか日本政府が事前協議を突然要求し、議長国のドイツが調整に奔走する事態になったのは、世界遺産登録に賛成か反対かを巡っての話ではまったくない。

この点は国内の偏向した報道でもさすがに、その意見陳述で使われる文言をめぐるトラブルであったことは言及されている。「韓国が反対している」と実際に報じたのは、7月4日午後の早めの一部の(外務省のリークをそのまま伝えただけの)報道だけだ。

しかしそれ以降の報道でも、韓国の意見陳述の内容に日本が文句を言っているという事実関係自体は報じながらも、あたかも韓国が反対していて日本が説得に走ったかのような印象を与える偏向に終始していた。

繰り返し確認しておく。韓国はこの世界遺産委員会の当初から、 「明治の産業革命」遺産の世界遺産登録に反対していない。韓国が(賛成の)意見陳述を行うことに、突然日本が反対し始めたのだ。


いやどうも、日韓外相会談での合意の時点でも、既にメディアの報道は誤解を招きがちな内容だった。

最初から今回の世界遺産登録に関して、韓国の主張はあくまで「歴史を歪曲し強制労働の事実を無視する美化」ならば反対、言い換えればその史実をちゃんと言及するのなら、強制労働があった7施設を含む全23施設の世界遺産への登録を「祝福する」とすら言って来ている。議長国のドイツとの外相会談や、副議長国のセネガルとの首脳会談でこの話題が出た時にも(ちなみにそれぞれ、両国間の様々な外交懸案の話合いのなかで、世界遺産はちょっと出た程度の話題でしかない)、韓国はこの態度を鮮明にし、日本と話し合うことにドイツやセネガルの協力を要請していただけだ。

ちなみに韓国が「明治の産業革命」遺産の世界遺産登録に当初「反対」したのも、日本で報じられているほどに理不尽な話ではない。むしろまったく正当とすら言えることだ。

ICOMOSが世界遺産委員会の審議対象にする勧告を出した時点で、その勧告にも日本の申請の内容の政治的な恣意性を警戒して「歴史の総体が理解されるように」と配慮を要求する一文が入っている。日本の推薦理由が1850年代から1905年(後に1910年に修正)と区切られている、だから戦時中の徴用による強制労働の歴史には触れない、という詭弁は最初から当のICOMOSにとってもおよそ通用するものではなく、そもそも世界遺産条約の根本的な精神に反する。

日韓外相会談では最終的に、韓国の要求に応じるという形ではなく、日本の自主的な判断という形で、日本が強制労働があった史実への言及を登録遺産の説明に加えることが同意されている。ところがこの事実が既に、外相会談のニュースでは、ほとんど触れられていなかった。

NHKなどは世界遺産委員会での紛糾の時点で慌てて言及したほどで、そうしなければニュースの中身があまりに支離滅裂になってしまうから仕方がなかったのだろう。


代わりに日韓外相会談の報道で強調されたのは、韓国が「明治の産業革命」遺産の世界遺産登録に協力し、日本は韓国の「百済歴史地区」の世界遺産登録に協力するという、あたかも交換条件のように見える話の方だが、これを真面目に受け取って報道したメディア各社は、あまりに無知で非常識、しかもなにも考えていないで外務官僚の言いなりだった、としか言いようがない。

既に説明したことを繰り返しておく。 世界遺産委員会は新規の遺産登録に関しては全会一致が原則だ。ICOMOSの勧告があれば、理事国全てが賛成で全会一致が当たり前なのだ。しかもそもそも日本には、「百済歴史地区」の登録に反対する理由が最初からない。

本当の交換条件が(日本ではほとんど報道されなかったのが怪しいにせよ)、日本が「自主的」に 強制労働があった史実への言及を登録遺産の説明に加えることと引き換えに、韓国は明治の産業革命遺産の登録に賛成する、ということだったのは言うまでもない。

交換条件で強要されたのではなくあくまで「自主的」に説明する、という体裁を整えて日本の面子を保つため、もともと取引条件にならない「百済歴史地区」を名目上持ち出しただけなのに、あたかもそれが重要な合意事項であったかにように報道しただけでも、日本の報道各社・関係者があまりに非常識で無知なのか、それとも(安倍政権になってから大手の報道はずっとそんな感じではあるが)官邸に配慮してわざと偏向していたのか、わけが分からなくなる。

唯一断言できるのは、あまりに報道内容のレベルが低くて恥ずかしい、ということだ。

それにしてもなぜ、とっくに合意済みのことで突然こんなトラブルが起きたのだろう?

採択予定の7月4日に突然、という日本の報道はこれも誤報、間違いでなければ恣意的な歪曲だ。実際には7月3日に、すでに韓国の国会で、日本が事前協議を要求して来て韓国外交部が困惑しているという答弁が出ているのだ。

 「韓国が反対」という初期の誤報を除けば、その後の報道の内容は、例えば

「韓国側の発言する予定の内容を日本側が確認したところ、朝鮮半島出身者の動員に関する部分が日本に厳しい内容だとして、日本側が受け入れられる内容に直すよう求めた」(朝日新聞

「韓国側は委員会で「資産の一部は、朝鮮半島出身者に対する強制徴用に関係した」などと訴えたい考えで、日本側は反発している」(読売新聞

「意見陳述は同委員会メンバー国の権利として認められているが、聯合ニュースは「日本側は強制労働などに関連して韓国側がどう表現するかに敏感になっている」との見方を伝えている」(産經新聞

となっている。つまり「韓国が反対」とはさすがに書いていない、日本が韓国の意見陳述を妨害している事実関係の構図自体はそう書いてあるのに、それでも「韓国が反対してもめているのだ、けしからん」という文脈を全体の印象で作り出している、その誤解が平然と蔓延してしまったのだから、随分と異常な世論の偏向と言わねばなるまい。

いや最初から報道姿勢が間違っていたことに気づいたのは後の祭り、自分達が誤っていたと認めたくない心理で、なんとか誤摩化しに徹しようとしてしまい、誤った前提で無理矢理話を歪曲した報道になってしまうのは、ここ数年の日本ではよく見られる現象ではあり、今回起こったのもその典型例と言える。

それにしても日本政府は、なにが気に入らなかったのか?

日韓外相会談では、報道はごく一部だったとはいえ、「強制労働の史実について日本が自主的に説明する」が確認されている。

なのに日本側は韓国の意見陳述に「強制労働」ないし「強制徴用」の文言があることを突然問題にし、外交の当然のルールを破って他国の意見陳述に(賛否の問題ですらないのに)介入しようとしたのだから、わけが分からないのだ。韓国だけでなく、議長国のドイツもさぞ困惑したはずだ。


世界文化遺産への登録という、本来政治が直接介入することが憚られるべき議題に政治の恣意性で介入したのは、どう見ても日本側であり、なぜそんなことをするのか、動機が理解不能に思える。

こんなことをやっては韓国が反発してやはり反対すると言い出してもやむを得ず(約束を破って強制労働の史実を誤摩化そうとしているのは日本なのだから)、議長国らの尽力も虚しく全会一致の原則が破られ、異例の投票に持ち込まれざるを得なかったかも知れないのだ。

ところが日本は日韓外相会談の前に21カ国中必要な2/3票を集められていない。だからこそ日韓外相会談でも「日本が自主的に」という体面は韓国の配慮で維持させてもらいながら、強制労働の史実への言及を約束せざるを得なかったのだ。

いや実は、あまりに理不尽で意味が分からない行動で、あまりに外交常識に反しているからこそ、理由は簡単に推測がつく、また「アノ人」の勘違いではないか…と思っていたら案の定、なんとか登録決定にこぎ着けた翌6日に報道で出て来た内幕情報によれば、韓国の意見陳述に「強制労働」ないし「強制徴用」(どっちにしろ英語では forced labor)の文言があったことに対し

「誤算だ。まさに首相が、ここは大丈夫なのか、と懸念していた点だ。外相会談で合意までしたのは何だったのかと首相も思っている」(朝日新聞

…という政府関係者からの声があったというのだ。

外相会談の翌6月22日には、安倍晋三首相は韓国大使館の主催で東京で行われた国交回復50周年記念式典に出席、アメリカの圧力でなんとしてもやらねばならなかった日韓の関係改善の目処もついて、上機嫌だった。

だがその翌日の23日に沖縄の慰霊の日(沖縄戦の戦闘終了の70周忌)式典に出席した安倍は、参列した戦没者遺族達から「帰れ戦争屋!」「お前はなにしに来たんだ!」との罵声を浴びせられる。さらに自民党内の自身に近い若手議員の勉強会で、安倍自身のお気に入りの作家百田尚樹の問題発言があり、安倍に近い議員三名が輪をかけた暴言を吐いたことも明るみに出て、安倍政権の立場はさらに悪化する。今国会の最大の懸案である新安保法制の審議が難航を極めて来た上に、安倍はこの暴言問題でも野党の質問の集中砲火を浴び、言を左右して詭弁にならない詭弁で逃げ切ることもできず、党を代表する立場として謝罪に追い込まれた。

はっきり言えば、安倍晋三さんはご機嫌斜めだったのだ。自分のいきなりの苦境は「サヨク」のせいだ、これもアメリカに言われたから「反日」の韓国に妥協したのが悪いんだ、と腹が立ってしょうがなかったのだろう。そこでいきなり、そもそも「明治の産業革命」遺産自体がその首相のご機嫌取りで世界遺産に申請されたのに、その世界遺産登録が失敗に終わろうがお構いなし、突然の必死の嫌がらせを始めた、という次第であろう。

ちなみに 「明治の産業革命」遺産の施設選択が歴史学的な見地からすればあまりに不自然で、まったくの時代錯誤な出鱈目であることについては、こちらの記事で論じている通り。

「世界遺産をめぐって露わになった、安倍政権ニッポンの時代錯誤に歪んだ歴史観と、事実・現実の認識から逃避する精神構造 」 http://www.france10.tv/international/5147/

議長国ドイツはさぞ困惑したに違いない、通常ならそもそも韓国の意見陳述は他国が介入すべき筋合いのものではないし、日本と韓国は韓国が登録に賛成することで合意しているはずだ。日本の外務省の担当者がおかしいのではないか、と思えば、なんとこの非常識な振る舞いが日本の首相直々の命令となれば、さすがに門前払いも出来まい。

なんでも安倍首相自らが現地に、それも韓国代表、ドイツ代表の議長と同席し議論ている担当者に直接電話をして、逐一を指示していた、という情報まで流れて来ているのだから尋常ではない。

これが事実なら、いかに日本側の主張がメチャクチャであり非常識であっても、なにしろ実質、日本の首相本人とのやり取りとなっては、無視するわけにも、面子を潰すわけにもいかない。


その議長国ドイツの尽力で、理事国の意見陳述も推薦国の弁も皆無の異例の「審議なし採択」で、「明治の産業革命」はなんとか世界遺産登録がかなった。

採択の場での事実関係の経緯は既に報道にある通りだが、なにしろ前提が誤報だっただけになんのことか、なにが起こったのか狐につままれたような気分になった人も多いかも知れず、現に報道内容も、韓国への疑心暗鬼や反感が高まりかねないものになっている。

だが実際の事実関係をちゃんと把握すれば、これはなるべくしてなった当然の結末でしかない。韓国も含めて世界遺産委員会はICOMOSの勧告は尊重して「明治の産業革命」遺産の価値自体は認めつつ、日本のあまりに政治的かつ恣意的、しかも稚拙なやり口には厳しい態度で臨んだのだ。

採択が終わった後で日本代表の佐藤UNESCO大使は委員会に感謝しつつ、強制労働があった事実をスピーチで認め、その史実をしっかり説明するよう努力すると誓わされた。

これには(これも国内では報道がないが)2017年末に報告書を提出、2018年の世界遺産委員会で審議された上で、世界遺産登録抹消もあり得る、という厳しい条件がつけられている。

欧米を中心にメディアは(例:ガーディアン紙)この「明治の産業革命」遺産を「日本の戦争遺産」ないし「戦争犯罪遺産」でもあると断じ、強制労働の事実を認めることとの引き換えに世界遺産登録が認められた、と報じる一方で、こと米国ではその米軍の捕虜も三池炭坑などで「奴隷労働」に就かされたことが無視されているとも指摘されている。


安倍の周囲やその支持者のあいだでは、韓国が “外交戦で勝ち誇っている” のではないか、と思い込んで今度はそっちで怒り心頭の疑心暗鬼になっていて、 その感情論は一部テレビ報道でのコメンテーターの発言にも反映されている。

だがこれもまた、そもそもの誤報を引きずり続けた結果の誤解でしかない。

韓国政府は一部の国内世論の反発をあえて無視してまで、いったん日本と約束した後は、一貫して「明治の産業革命」遺産の世界遺産登録に協力する姿勢を崩さなかった。

そもそも突っぱねてもよかった日本の事前協議の要求に応じたことも含めて、韓国はむしろ日本に最大限の配慮を貫いている。

むしろ歴史認識の問題はともかく、韓国は日本との関係改善を明らかに模索しているとみなす方が、明らかに正確な現状理解だろう。

そもそも「明治の産業革命」遺産の世界遺産登録を巡る事態を「日韓の対立」とみなすこと自体が誤解であり、日本のメディアが最初から陥っていた偏向の誤報なのだ。

現実は、世界遺産委員会の結果を見ても明白だろう。

「韓国が反日」などではない。安倍政権の日本は世界を相手に異常で政治的恣意性で歪み切った不誠実で支離滅裂な歴史観、さらにそれを姑息に隠蔽した不誠実な二枚舌を、断罪されただけなのだ。

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