最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
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第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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2/16/2016

拉致問題解決を完全に膠着させた安倍政権の真意


またもや「事実上のミサイル」という言葉が日本のメディアを駆け巡り、防衛大臣が嬉々として破壊命令を準備している旨を吹聴し、地対空ミサイルが東京・市ヶ谷の防衛省にまで配備されるという珍事が繰り返された。日本やアメリカ側の公式の理解でさえミサイルの「実験」、まして北朝鮮政府の主張は「人工衛星」なのだから、この光明星ロケット打ち上げそれ自体が、日本にとって直接の危険になぞ、なるはずもないのだが。

その「事実上のミサイル」を撃ち落とせたりなぞ出来るわけもないのに虚勢だけは張りたがった日本政府は、今度は「日本独自の制裁」を表明し始めた。不快感を露にした北朝鮮は、ストックホルムで合意した拉致問題の再調査を凍結し、調査のための特別委員会も解散させた。

安倍政権は北朝鮮の不誠実さをなじっているが、こんな反応は当然の想定の範囲内だったはずだ。それともイスラム国人質事件で責任を問われて「テロリストを忖度するのはテロリスト側だ」と居直った国会答弁と同様に、北朝鮮がどう動くのかを「忖度」するのも「北朝鮮側」のやることだとか、工作員呼ばわりでも始まるのだろうか?

だが今回の動きをそんな安倍外交にとって相変わらずの幼稚な拙速として批判するのも、いささか短絡的に過ぎる気もする。

というのも、むしろ安倍は北朝鮮が態度を硬化させることを狙って、そもそも今さらあまり効果がないのが分かり切っているはずの日本の経済制裁をわざわざ吹聴したのではないか、という疑いが拭えないのだ。

平壌宣言が出され、生存していた5人の日本政府認定拉致被害者が帰国した時、安倍晋三は小泉内閣の官房副長官で、北朝鮮に強気の姿勢を貫いて5人の被害者を救ったというくくりで一気に注目された。2度にわたって総理大臣になれたのも、この時に集めた人気の力が未だに大きい。

最近ではその帰国した生存被害者のひとり、蓮池薫さんの兄である蓮池透さんが当時の内幕を近著『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』で明らかにし、安倍氏の「活躍」がどうも実態とかなり異なるらしい疑念が生じているが、いずれにせよ安倍氏は一貫して、他の拉致被害者もまだ生きている、だから取り返すのだと主張することで、右派を中心に支持を集めて来た。

確かに平壌宣言の当時の、5人の生存者以外は全員亡くなっていたという北朝鮮側の報告は、死亡の経緯などあまりに疑問が多かった。被害者の家族としては一縷の希望をつなぐのも当然の感情だが、しかし死亡情報があやふやだからと言って、安倍達が言い張って来たような「生きている、取り返せ」の根拠にはまったくならない

拉致を認めて謝罪もしていた北朝鮮政府が、それでもなお拉致被害者をわざわざ隠し続けるべき理由も、強いて言えば多くが工作員の教育などに携わっていたのなら、国家機密にも関与しているので帰せないのだろうという推測も成り立ちはするだろう。 
しかし、ならば平壌宣言の時点で密かに処刑してしまったはずだというのが、あまりに残酷な現実ではあるが、よほどあり得る想定である。 安倍さんには申し訳ないが国家とは時にそこまで冷酷なものにもなり得るのが、当たり前なのだ。
ましてや10年以上もこっそり生かし続けるなんてめんどうなことをやるとは、まず考えられない。

拉致問題の最終解決のために再調査をしたいというのは、一方的に北朝鮮側が、金正恩体制へのに移行が完了してまもなく提案して来たことで、安倍政権も最後には断り切れなくなり、ストックホルムでの日朝交渉と合意に至ったのが実際の経緯だった。この際に北朝鮮が出していた条件は、自国公民である在日朝鮮人の人権の保護と、具体的には当時問題になっていた東京にある朝鮮総聯本部ビルの差し押さえ競売について、総聯の機能を維持できるような配慮を求めただけだった。日本政府はなんらデメリットや妥協をバーターで要求されたわけでもない。なのに拉致問題の解決を公約に掲げて来たはずの安倍政権が、非公式の打診が始ってから1年前後も合意に向けた会合すら引き延ばし、北の申し出を無視し続けたのはなぜなのかも、相当に不可解だ。

だが拉致の再調査でどのような結果が出て来るのかを考えれば、これはある意味で当然の展開だった。被害者のご家族には残酷過ぎる現実ではあるが、再調査の結果で恐らく明らかになるのは、亡くなったと北朝鮮側が言って来た被害者が実際に死亡した経緯は当局による処刑だった、と言うような事実関係になる可能性が高い。最悪の想定は、5人の生存被害者が当初は一時帰国するという約束だった時に安倍氏を中心に「日本が帰さない」と言い張ったので、邪魔になったので処刑した、というような報告が出て来ることだ。

なお蓮池透さんの著書によれば、実際には薫さんたち被害者が家族の説得で「帰らない」と言い出したのであって、政府は北朝鮮に帰らせるつもりだったという。だとしたら安倍氏達があたかも自分達の考え、政府の判断であったかのように「日本が帰さない」と言い張って人気取りに利用して来たこと自体が、あまりに大きな禍根を残したことにもなる。 
被害者たち本人の意思だったのなら、日本政府が人権を尊重する立場から被害当事者の意思を優先する(というか、日本の憲法はそんな権限を政府に許していない)旨を北朝鮮に通知すれば、北朝鮮はなにしろ既に謝罪もしていたのだし、反論も非難も難しかった。
万が一にも家族を人質にとるというような展開になれば、それこそ国際的な非難弾劾は逃れようがないし、むしろ北朝鮮でも「ならば我々も彼らの自由意志を尊重する」と応じることで、大義名分も立てられたし、国際的にも反省の態度を明確に出来た。だが「日本が(当事者の意志を無視して)帰さない」と言ってしまった以上、人権と個人の自由意志を無視している点で、日本もまた北朝鮮を非難出来ない立場になってしまったのだ。
本来なら即座に国際社会が日本に味方して当然だった国家犯罪が明らかになったのに、日朝間で10数年に渡って拉致問題が膠着状態になってしまったのも、六カ国協議の他の参加国が拉致問題を議題とすることを断ったのも、国連人権理事会が動きだしたのがやっと昨年からとなってしまったのも、この日本側の非常識な大きな誤りが尾を引いているのだ。

安倍政権には本当に、拉致問題を解決する気があるのだろうか?

北朝鮮による再調査結果の報告はすでに事務レベルでは日本側に内示されていて、日本政府が最終的な文言の確定と受領・公表を拒否し続けているのが現状なのは、外務省からの非公式リークだけでなく、政府の公式会見の端々ですら、すでに言及されて来ている。なのに国内メディアでは新聞のベタ記事程度の報道か、テレビでコメンテーターがついでのように言及するくらいでしか話題にならないのも、あまりに奇妙なことだ。

解散が宣言された特別委員会の役目なんて、昨年の夏には完全に終わっているのだし、北朝鮮にしてみれば、日本から疑問点を指摘されて一層の精査が要求されたり、文言に関する要請があったり、より厳しい責任追及があるのならともかく、ただ一方的に日本側が「内容に納得できない」とだけ言い張って話し合いを拒絶している現状では(日本政府がそうしているからには、被害者死亡という事実は変わらないのだろう)、日本政府をまったく信頼出来なくなって打ち切りを宣言するのも時間の問題だった。安倍政権にはそれが分かっていたはずなのに、あえてロケット/ミサイル打ち上げをいいわけに「日本独自の制裁」を主張し始めたことになる。

今年に入ってからの核実験、そして今回の人工衛星打ち上げロケットないしミサイル実験は、安倍政権にとってこそ渡りに船だったのかも知れない。

「日本独自の制裁」を言い出すことで北朝鮮が拉致問題に関しても態度を硬化させる結果になったのは、この当然の反応を想定できていなかった安倍外交の拙速だったどころか、むしろ安倍がこうなることを狙っていた可能性すら、否定はできない。

北朝鮮が再調査の打ち切りを宣言するように仕向ければ、ストックホルムでの合意は紙クズ同然に出来るし、再調査の結果も封印できる。つまりは安倍がこの10年以上なんの根拠もなく「拉致被害者を取り戻す」というポーズを取り続けて来たのがその実まったくの確信犯の嘘であり、国民を欺く人気取りの欺瞞でしかなかったことを、北朝鮮が一方的に悪いのだと毒づき国民の感情を煽りつつ、永久に隠すことが出来るのだ。

今やなんの進展も望めそうにないが、北朝鮮による拉致問題の再調査が決った時点では、菅官房長官による政府公式会見で、日本政府が認定している以外の拉致被害者の存在に北朝鮮政府が言及したこと、その人たちが帰国する可能性も述べられていたはずだ。この件もその後は日本の政治家もメディアもまったく言及していない。これも極めて不可解なことである。

拉致された同朋を救い出すのだという青リボンの主張は、いったいどこまで本気だったのだろう?

北朝鮮が自国の犯罪行為を認めて解放されるはずだった未認定の日本人拉致被害者たちが、しかし拉致されたままの北朝鮮国内に、今や日本政府の一方的な都合で放置され、今後も永久に帰国も自由往来もできなくなることだけは、どうも確からしい。

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