最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

4/16/2010

女優・稲子の恋

内田吐夢『浪花の恋の物語』有馬稲子と中村錦之助の道行き

今でも芯の強いおばあさんといった役柄でテレビでときどきお見かけする、かつてはとにかくとんでもなく美しかった女優・有馬稲子が、日本経済新聞の『私の履歴書』で、そのとっても美しい女優としての絶頂だったころに、17歳上のさる「監督」と7年間に渡る恋愛関係にあったことを書いている。

有馬稲子が名前は挙げていないので、ここでも名指しはしないが、その話が出て来た一回目に「監督」からビルマでロケする映画の絵コンテを見せてもらったと書いているところで、もちろん誰のことかはすぐ分かる。

正直、二年前に亡くなられたその監督には、今となっては晩年に何度か取材させて頂いたりしたし、一日にピース缶を一缶(箱じゃない、缶ですよ)を空けるという伝説的ヘヴィースモーカーだったのが、あるパーティーで喫煙所にお誘いしたら「僕はあと10本は映画をとらなければならないから禁煙したんだ」と怒られたりしたこともあったり、多少は存じ上げていただけに、ちょっとショック。

そのビルマでロケした映画も、奥様であった脚本家の「ビルマの土は赤い」という言葉にも関わらずモノクロだったので、80年代にその「ビルマの土は赤い」を映像にするためにわざわざリメイクしたほどだし、とにかく監督に質問すると「ナッ◯さんが、ナッ◯さんが」と奥様/脚本家の名前がすぐ出て来ていたのが、その「ビルマの土は赤い」をモノクロで撮ってた時(ちなみにいかに赤い土は撮れていても、モノクロのオリジナルの方が圧倒的に凄い映画だ)に、「ワイフとうまく行ってなくて」と言っているだけならまだしも、「明日の新聞を見ろ」と言って去りながら翌日には妻とプリンスホテルのプールにいたりとか、入院中の彼女の見舞いに行って結婚を諦めるように口説いたりしていたとは…。

いやその「監督」はほとんど「天然」タイプな天才肌の方だったし、作品も美的センスがずば抜けている一方で、ご自宅のスリッパは不変のミッキーマウス、映画が好きで好きでしょうがなくて、子どものような純真さを亡くなるまでお持ちだったと思っていただけに…。いや別に不倫だけなら驚かないけど、有馬稲子が淡々と綴っているその彼の「大人の男のずるさ、いやらしさ」とのギャップが激しくて。

でもそのショック以上に心打たれるのは、今となっては「開き直った」というか、そういう事情を語っているときでも有馬稲子という女優の芯の強さと大変な真面目さ、一方で自分を見る目の確かさだ。「監督」にさんざん裏切られたり騙されたりする下りでも、ぜんぜん泣き言になっていないで、冷静。

また裏切られてもその監督の類いまれなる才能が失われてはいけないと必死になったり、その後に結婚したのも中村錦之助という俳優の天性に惚れたからであり、だからその天性に尽くそうとするところとか、恐ろしく真面目で誠実な、日本の女性って大変だ…。

有馬稲子の映画といえば、僕がとくに好きなのはまず、その「監督」との恋を振り切って彼女が結婚することになる中村錦之助と共演した、内田吐夢の『浪花の恋の物語』、とにかく美しい映画だが、有馬さんによれば「昔は私がとっても美しい女優であったことを信じられない人を納得させるのに今でも役立ってる」って、こういう言い方が凄い。

小津安二郎『東京暮色』の有馬稲子

あと小津安二郎の僕にとっては最高傑作である『東京暮色』と、吉田喜重の『告白的女優論』なのだが、「そういうことがあったんだ」と思ってみると、ただとっても美しい女優であるだけない体当たりの存在感というか、その凄みがどこから来ていたのかが分かるような気がする。たとえば『東京暮色』で頼りない恋人に絶望して妊娠中絶してしまった後の彼女の、身体全体にみなぎる痛みと悲しみ。彼女とくだんの監督の情事は1953年から7年間だというが、『東京暮色』は1957年の映画だ。

さらに言えば、その監督の代表作のひとつとなった、赤ん坊をめぐる大人たちを描く風刺喜劇のポスターを見て、彼女は以前に自分が生めなかった彼の子のことを思い涙ぐんだのだとか…。その妊娠が正確にはいつのことだったかは不明だが、小津がそのことを承知でキャスティングしたとは、さすがにあり得ない話だろうか? いや小津は知らなかったとしても、彼女はだからこそあの役をやったのではないか?

吉田喜重『告白的女優論』予告編

あるいは『告白的女優論』では三人の女優の役を最初に選んでもらったのは有馬稲子だったと吉田監督にうかがったことがあるが、そのときに彼女は迷わずあの役を選んだという。なるほど…。

これもあまり考えたくない推測だけれど、吉田監督や共演者で監督の妻の岡田茉莉子もまた、そんな有馬稲子の味わった試練も知ってただろうし、だから吉田さんは彼女のためにあの役を書き、そしてなによりも重要なことは、有馬稲子はそのことを百も承知でこの役を選んだのではないか? そういえば吉田さんからその裏話を聞いたときにも、なんだか妙な含みがあったような気もする。

しかしスター女優って、すごい生物なんだな…。










しかし映画って、つくづく因果な稼業ではある…。

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