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7/09/2017

だから民進党はダメなんだ



あちこちで思わず、こう嘆息が漏れたことだろう。

都議選の大惨敗で少しは追いつめられたか、ちょっとだけ反省し始めたらしい自民党は、加計学園「総理オトモダチえこひいき」隠蔽問題でやっと態度を(少しだけ)変えて、国会の閉会中審査に応じるという。ただし7月10日月曜の1日だけ、衆参の内閣委員会と文科委員会のみで、参院と衆院がそれぞれ午前中と午後、数時間の審議に過ぎない。しかも疑惑の中心の安倍首相はG20で外遊中だ。

民進党は、一応いったんは拒否したものの、結局は飲んでしまった。

文科省の前事務次官・前川喜平氏が参考人招致されることになり、国家戦略特区諮問会議の民間議員も1人、自民が参考人に呼ぶという。だったら竹中平蔵・元行革大臣を問い詰めなければなにも進まないだろうに、その竹中は「日程が合わない」で逃げてしまった。

証人喚問ではないのだから偽証で逃げられるのに、竹中氏もまったくみっともない。 
「あなたは加計学園の加計孝太郎理事長が安倍総理の『腹心の友』だと知っていましたか?」と訊かれても答えられないのだろう、ということが逆にはっきりしてしまった。 
もちろん答えが「知っていた」であるだけで、安倍内閣は退陣に追いつめられかねないわけだが、知ってるか知らないかなんて「内面」の問題、噓でも逃げられるし「言った言わない」水掛け論の膠着にだって持ち込めるのに。

だいたい、民進党は自由党、社民党、日本共産党と共に、憲法に基づき臨時国会の開催要請も出しているはずだ。内閣はこれに応じる憲法上の義務を、2015年の安保法制強行採決後にも誤摩化したまま履行していない。だから「どうせ今回も応じまい」というのが野党の前提なのかも知れないが、逆に2度・3度と繰り返されれば憲法無視が定着し、議員の1/4の要請があれば内閣は国会を開会しなければならないという憲法上の義務が形骸化してしまう。

民進党が妥協したのは、自民の竹下国対委員長が必ずしもこれだけで終わりとはならない(かもしれない)、10日に出た内容いかんでは今後予算委員会の閉会中審査も検討する(検討はするがやるとは言ってない)、と言ったからだ。

ならば与野党ともにその約束は守ってくれ、民進党には10日で必ず次に続ける質疑をやってくれ、としか今のところは言いようがない(半ば呆れながら)。



もし前川喜平氏を国会に呼べば人気取りになるという程度の意識なら、民進党の心得違いも甚だしい。前川氏は官邸の、和泉総理補佐官の「首相は言えないから私が言う」といったような強引な関与までは証言できるだろうが、文科省内部でその後この事案がどう進行したかには、そこまで深く関わって来れたわけではないのだ。

2度目の記者会見で前川氏が明言はしたものの、強調はしなかったので聞き落とした人がほとんどのようだが、昨年10月21日付の文科省から出て来たメモに関する内容について、氏ははっきり「私は知りません。報告があがって来なかったので」と述べ、「大臣・副大臣と直接やりとりしていたよう」と続けている。

21日付メモそれ自体にしても、氏は「見ていない」とはっきり言っていた。「局長以下向けの説明のために作られたものではないか」と氏は推測するが、次官に説明がないのも不思議なことだと思えば、次官抜きで大臣・副大臣、となっていたというのなら説明はつく。

つまり前川氏は9月〜10月上旬にかけて、報道と民進党の質疑で最初に明らかになった文科省の内部文書(レク用のメモ)について自分も見ているから「あったものをなかったことにはできない」と証言したし、その時点では文科次官として「官邸の最高レベル」「総理の意向」に抗して文科行政の公平性の維持を保とうとしていたが、なぜか10月中旬か20日以降は、この事案から外されていた(担当部局が「大臣・副大臣と直接やりとりしていた」)のだ。

民進党が今、前川氏に尋ねるべきポイントがあるとしたら、まずここだ。


前川前文科次官の2回目の会見(日本記者クラブ)

次官スルーで懸案を、というのは省庁のガバナンスとしてあり得ない事態であり、松野文科大臣、義家副大臣にはそう判断した理由を問い質さなければならない。

今まで判明している流れから見れば、あまりに目障りになっていた前川次官を「外せ」という官邸の最高レベルの意志があったのか、大臣が安倍総理と官邸の不快感を忖度したことが強く疑われる。

閉会中審査が文科委員会と内閣委員会だけになるなら、こここそが文科委員会で追及すべき重要なポイントだ。

またこれは、前川氏の登場のインパクトをなんとか矮小化しようとして官邸や安倍支持勢力が前川氏に対して繰り返して来た誹謗中傷を、根底から覆す事実でもある。


「なぜ在任中に言わなかったのか」「退官してから言うのは、天下り問題で辞職させられた逆恨みに違いない」などと、こと安倍官邸はどの口でそんなことが言えるのか?

逆に文科省の天下り問題は、目障りな前川喜平次官を排除し辞任させるためにことさら取り上げられたものだったのではないか、という疑惑すら出て来る。 
前川氏自身は再就職等監視委員会は公正な第三者機関であり、文科省に問題があったのだから次官の引責辞任は当然だった、と述べてはいるが、疑念は残る。 
獣医学部の問題以外でも、加計学園は下村博文が文科大臣だった頃に「国際バカロレア」対応を謳った初等教育も推進しようとしていて、その応援で深く関わっていたのは下村氏の妻だ。この「国際バカロレア」について文科省は日本の小中学校の義務教育を歪めることになりかねないとして慎重姿勢で、その義務教育の公平性を維持することに腐心し続け、時には政府の方針にも明確に反対し、不登校の子どもたちの学習の場を公平に担保できるフリースクールの役割拡大の規制緩和や、夜間学校の充実を進めて来たのが前川喜平氏だ。

むしろ途中から次官が外されて、担当部局が大臣・副大臣と直接やりとりする状態になっていたのは、前川氏は次官としての職権の許す限りの範囲で加計学園の獣医学部新設がゴリ押しされていることに疑義を呈し、抵抗し続け、考えつく限りあらゆる動きをしたので官邸に疎まれ、口出しできない立場に置かれた、というのが真相ということになる。

そういう異常事態が起こっていたのなら、一連の加計学園の獣医学部新設の流れが、文字通り「官邸の最高レベル」というか「総理の意向」で通常の行政手続きを無視して強行されていたこともまた、誤摩化しようがなくなる。



10月21日付のメモがまずNHKで報道され、文科省が存在を確認した時点で、これが常磐専門教育局長(文科省)と萩生田官房副長官とのやりとりの記録で、萩生田氏が強い調子で文科省に迫っていたと伺われることから、民進党は「官邸の最高レベル」は具体的に、総理の側近で落選中には加計学園の客員教授だった萩生田氏を指すとみなしているようだ。

だが前川氏はこの見立てには否定的だ。

萩生田氏は総理に近いと同時に有力な文教族議員であり、むしろ文科省から相談やお願いをしたというのだ。

ここで「文科省が相談をお願いした」というのは、つまり当時次官だった前川氏本人のことのはずだ。

萩生田氏官房副長官は本来、国家戦略特区の担当ではない。なのに最初に明らかになった昨年9月〜10月上旬の一連の文科省内部文書(「総理のご意向」「官邸の最高レベル」)に萩生田氏も登場することを、菅官房長官は「怪文書」とみなす根拠のひとつとしていた。

逆に責める側である民進党からすれば、本来担当ではない萩生田氏が文科省に圧力にかけているのなら、つまりは萩生田氏が「黒幕」ないしフィクサーとして加計学園の獣医学部新設を推進していた、「官邸の最高レベル」とは萩生田官房副長官を指していたのであれば、氏は総理の最側近の1人であり、しかも落選中には加計学園の経営する千葉科学大の客員教授として給料をもらっていたなどの関係もあるので、安倍総理の汚職的な利益供与も含めて「総理の意向」を直接的かつ一網打尽に証明できる、と考えているようだ。


だがここにはたぶん、事実関係よりも期待を優先させる希望的観測が混じり込んでいる。民進党が10月21日付メモ以外に萩生田氏の関与をうかがわせる他のネタを持っているのなら話は別だが、そのネタの解釈も希望が入り交じって偏向していないのかも含めて、この方針は再検証して精査した方がいい。

「萩生田黒幕説」がいささか短絡的に過ぎるのに対し、前川氏が述べたことの方は現実的におおいにあり得るからだ。

内閣府とそのバックにいる官邸(和泉総理補佐官)からのゴリ押しで窮地に追い込まれる中、文科省としてこの学部新設を認めるかどうかを検討する上で絶対に必要な農水省の持つ獣医師の需給データもいっこうに出る気配がなく、内閣府が農水省からそもそも需給データを得ようとしていないか、持っていても隠させているのかも知れないという疑いも含めて、文教族であり、たまたま今は官邸の中枢にいる官房副長官に「なんとかならないか」と頼んだのであれば、これは自然な流れだ。

それにこう考えるなら、10月7日、つまり前川喜平次官がまだこの問題に関わっていたと思われる段階で書かれたレク用メモとも整合性がある。そこで萩生田氏は平成30年4月開校というスケジュールは無理ではないか(文教族なのだからそれくらい自分で判断できる)、と疑問を語った上で、加計学園がしっかりした内容の計画(「誰にも文句を言われない」)を出せば問題はないのだが、という常識的なことを言っている。

文科省が(言い方は悪いが)いわば萩生田副長官に「泣きつき」、部外者だったが自分でも疑問を持った萩生田氏がいろいろ情報を収集したり、安倍総理自身とも含めて関係者と話をしたり説得を試みた結果が、10月21日の常磐専門教育局長で文科省側に伝えられ、それが例のメモ文書に記録された、と考えた方が合理的に説明がつくのではないか?

萩生田氏が強権的に文科省に迫ったというより、「総理も『お尻』を決めているのだし、すまないが諦めてくれ。私にもなにも出来ない」と言ったのだと考えた方が、この文書の内容も自然に見えるし、愛媛県がトップレベルの獣医学部を求めていないという、文科省にとっては新学部設置に反対する理由になることがわざわざ入っているのも、萩生田氏が文科省の相談に乗っているのなら説明がつくのではないか?


いずれにせよ民進党は10日の審議の前に徹底した再検証の上で党内コンセンサスをしっかり検証してまとめておくべきだろう。

今の「萩生田=官邸の最高レベル」説は具体的な根拠が乏しい上にさすがに異例の、さすがにあり得ない動き方になっているし、なによりも萩生田氏がこれまで通りに「知らぬ存ぜぬ」で押し通せば、それで終わってしまう。

またこの「萩生田=官邸の最高レベル」説に疑問が拭えないのは、こんな複雑な芸当が萩生田氏には出来るとは思えない、ということもある。

文教族だから文科省には影響力はあり、その行政手続きにも詳しいだろうが、農水省と厚労省を巻き込みつつ内閣府を顎で使うというか、それぞれの省内の動き方も熟知して、裏で強引なゴリ押しをやりながら、表向きには一見合法的に見える体裁を繕える才覚が、この「黒幕」には絶対に必要なはずであり、それが出来るのは有能な官僚ではないのか?

同じことは森友学園「安倍晋三記念小学校」スキャンダルについても言える。 
国の側では国交省と財務省をまたぎ、さらに設計事務所や施工業者、森友学園の弁護士が一緒になって8億の値引きを画策しているのは、奈良県庁職員の出身で幼稚園と保育圏の経営しか敬虔のなかった籠池泰典氏には、およそ出来る芸当ではない。 
大阪府と国交省と財務省に、三通りのそれぞれ異なった契約金額を出していたことなぞは、縦割り行政を逆手にとってそれらの紺額が照合されることがない保証がないことには、絶対にやらないはずの手口だ。総理夫人の安倍昭恵氏の名前だけでは、ここまでの連携はちょっと想像がつかない。 
ちなみに設計事務所・弁護士・施工業者と文科省のやりとりのメールで、すでに8億円値引きの根拠となったゴミは実はなかった、「でっち上げ」であることはほぼ判明しているのに、こちらのスキャンダルの追及が事実上止まっているのも、メディアも野党もずいぶん甘い。

政府側では、この10月21日付けの萩生田=常磐面会のメモについて、一部に「誰が言ったのかが分からない」部分があることを理由に、というか安倍政権お得意の乱暴な印象操作で、あたかも文書全体が信用ならないかのように装っている。

これもよく考えるとずいぶん不自然な主張だが、前川氏の言っている通り萩生田氏が文科省から相談されて動いたのであれば、まさに政府側は「語るに落ちた」となる。萩生田氏が官邸の「誰か」に言われたことを文科省に伝えただけであることが、あたかも萩生田自身の発言であり意見であると誤解されているのであれば、確かに内実を知っている者なら「誰が言ったのかが分からない」ということにすぐに気づくだろう。


安倍首相は加計問題でも、森友学園「安倍晋三記念小学校」スキャンダルと同様に、自分が関与していたら総理も議員も辞職する、と大見得を切っている。

これが総理自身を追いつめる結果になった、というのが一般的な見方のようだが、「ならば総理の関与を証明すればクビが取れる」と野党側が息巻いてしまっているのは、実のところ安倍総理の姑息なゲームに乗せられているのではないか?

「総理の関与」の直接の立証であれば、結局は「言った言わない」の水掛け論に落とし込まれてしまう。仮に「総理から直接言われた」と萩生田氏なら萩生田氏が証言したとしても、安倍であれば最後にはその萩生田氏すらトカゲの尻尾きりで「噓だ」と言い張り、官邸が萩生田氏を人格攻撃する情報を御用コメンテーターにでも流せば、またもやうやむやなまま、逃げ続けることはできる。

検察が刑事罰を念頭に動くのならまた別で、捜査当局は身柄拘束の上で厳しい尋問で問いつめることもできる。
テレビを中心に総理の代弁を一生懸命にやって来た山口敬之・元TBSワシントン支局長のレイプ問題も同様で、所轄署が積み上げた証拠と、被害者が開示した山口氏からのメールや、その詩織さんが証言しているやり取りを突きつけて尋問するまでもなく、「合意」の有無は「お互い酔っぱらっていた(山口氏)」がゆえの山口氏の勘違いという脆弱な主張しか山口氏が「無罪」と言える根拠はないし、こんなものは身柄拘束の上での尋問ですぐ自白に至るレベルのものでしかない。 
だが国会答弁でそこまで追いつめるのは、せめて偽証罪が適用される証人喚問でなければ、相当に難しい。 

むしろ民進党は、このような「依怙贔屓」で行政が歪められたのは、どのような手段で可能になったのかを明らかにして行くことに集中した方がいいのではないか?

それにはたった一日の閉会後審査で足りるわけがないし、仮に竹下自民党国対委員長が約束を守ったとしても、こうやって小出しにされるだけでは常に逃げ道が確保できてしまい、いつまで経ってもこの問題が継続することになるだけだ。

まあ問題が尾を引く間は、野党は安倍政権に対するネガティヴキャンペーンを継続でき、安倍政権がどんどん弱体化していくことにもなりはするが、そんなことを国民が期待しているわけではない。

民進党が政権と与党の煮え切らない態度、というか姑息な逃げに、みすみす乗ってしまったのではないかという危惧の一方で、こういう小出しのやり方で、確かに安倍政権は直近の総辞職は免れ続けられるかもしれないが、むしろ弱体化した政権が強行採決だけは任期切れまでは繰り返すことになるだけで、自民党にとってのダメージは際限なく肥大していく。

こんなのは竹下氏たちにとっても決して賢いやり方ではなく、安倍氏の傲慢だけでなく、安倍氏とその側近以外の、自民党全体の自浄能力のなさを、延々と国民に印象づけ続けるだけだ。


もちろん「安倍晋三記念種学校」にしても「腹心の友」の獣医学部にしても、誰もが安倍氏が優遇しろという意志を伝えているに違いない、と実は思っているし、総理の強気の姿勢は「口裏を合わせれば逃げれると思ってるんだろ?」としか受けとっていないだろう。

だいたい、安倍氏がそれを直接に指示したかどうかは、行政のあり方について些末な問題でしかない。

「私が直接関与していたなら」というのは、安倍氏の論点逸らしでしかないのだ。追及されるべき問題なのは、そのような歪んで不公正な体質を政権それ自体が持ってしまっていることであって、しかもこれはこの二つの学校法人と政権との関係にについてだけではない。

例えば、ドル箱路線の東海道新幹線を抑えて黒字安定経営のJR東海の中央リニア新幹線構想には、財政投融資による政府の出資をすでに安倍政権が決めてしまっている。 
建前上はリニア技術を輸出産業に育てる「国家戦略」という言い訳は成り立つが、JR東海ですらリニア新幹線が設備投資が回収しきれない赤字になるのでは、輸出産業という夢にも暗雲が立ちこめる。 
それでもリニア構想を政府が出資してまで支えるのは、今は退任していても大きな影響力は持ち続けているJR東海の元会長の葛西敬之が安倍のウヨ友達、日本会議人脈の重要人物だからだ。 
ちなみに森友学園の「安倍晋三記念小学校」が中高一貫校への推薦枠があると申告していたのは、JR東海が有力スポンサーのひとつである学校で、この元会長が籠池氏に推薦入学を口約束したからだ。確かに正式決定ではなかったのを書き込んだのは籠池氏に非はあるが、総理とも親しい有力者の約束なら書類よりも信用してしまうのが、普通の感覚だろう。籠池氏だけを責めるのは筋違いだ。




贈収賄などの刑事罰が安倍氏個人に課されるのであれば、そこまで確定的な証拠も必要かもしれない(とはいえ刑事裁判において必要な論証は、あくまで「合理的な疑念の余地なく」でしかなく、安倍氏やそのシンパのへ理屈はおよそ「合理的」とはみなせない)。だが今問われているのは、行政が歪められたことへの行政府の長としての政治的な責任だ。

仮に百歩譲って、安倍氏には自分の名前が冠されて自分が理想とする教育勅語の暗唱を基本に置いた愛国小学校や、「腹心の友」の獣医学部計画を、個人的なシンパシーだか麗しい友情だかで支援し政府に優遇させる意図がまったくなかったとしても、すべてが役人が勝手に忖度して行われたことでも、行政機関がそのような配慮を最高権力者に対してしてしまう体質を持ってしまっているだけで、安倍晋三は首相として明らかに行政を歪めているのだ。

逆に総理がわざわざなにも言わずとも周囲が勝手にその意向を実現してくれるのなら、これほど腐敗し堕落した行政もなく、それを許容してしまうのは行政府の長として最悪の資質の欠如、としかならない。

そんな政府では、もはや利益供与を求める側が賄賂を出す、ということですらなくなるし、権力者の側が賄賂を求める必要すらない。ほっといても総理とその周辺の利益になることしか認められない社会になってしまう。こうした政治の私物化が刑事罰の対象になってはいないのは、そんな人間が権力の座につくこと自体が、民主的なシステムでは従来の合理的な想定の範囲を超えていたからに過ぎない。

アドルフ・ヒトラーやサダム・フセインですらただの私的な身勝手を政治に持ち込みはしなかった。 
ヒトラーの前衛芸術嫌いですら「退廃芸術」という公的な理論化がなければ弾圧はできなかった。安倍氏の独裁体質には、独裁なら独裁でそれを自己正当化する論理を構築して国民をある程度は納得させる努力すら欠けている、独裁者としてですら甘えていて、怠惰で、能力に欠如している。 
世襲の封建君主だって、逆に幼少時からそんな歪んだ人間にならないように「帝王学」を徹底して仕込まれたし、よほど人格的に問題があれば継承順位が高くともなんらかの理由で廃嫡されたり、臣下の厳しい諫言を受けてそれでも改善がなければ、権力闘争で幽閉されたり暗殺されるのが、少なくとも日本では常識だった。 
安倍氏のように甘やかされた勘違いのまま権力を振るうというのは、人類の歴史上かなり例外的だ。


安倍総理にはいつまで経っても瑣末な揚げ足取り的な開き直りの印象操作に逃げていないで(「関与していたら辞任する」と言いつつ、「関与してない、と証明しろなんて『悪魔の証明』だ」って、なんなんだその幼稚な二枚舌?)、そろそろちゃんと答えて欲しいことがある。

獣医学部を増やすことが、どうやったら国家戦略になるのだろうか?

1)人獣共通感染症やライフサイエンスといった新しいニーズに対応した研究や教育に力を入れることが「国家戦略」だというのなら、それは獣医学部の新設を、それも岡山理科大のようなレベルの学校にやらせることでは、絶対に達成できない。どう考えたって東大農学部獣医学科などの最高レベルの国公立大学や、北里大などのやはり理系・生物学研究の最高レベルの私大でなければ、対応できる学生もいないし、教員も研究者もおらず、施設を作っても宝の持ち腐れだ。 
2)既存の獣医学部では対応できない、というのなら既存の獣医学部の改革改変の方が遥かに合理的だ。ちなみに獣医師会も求めているのは集約化であり、「既得権益」どころか一部の私大は獣医学部を閉鎖しなければならない、自分達にとっても直接には厳しい改革を、獣医師会は教育水準と獣医の医療の質を保つためには必要だと主張している。これにどう安倍政権や国家戦略特区諮問会議は反論できるのだろうか? 
3)そもそもなぜ農水省に現状の獣医師の需給状況の精査を出させないのか?おおまかな統計で見る限り、獣医師全体を増やす政策に合理性はない(むしろ余っている)。 
4)家畜医の不足は確かに指摘されるが、ならば規制緩和の対象となる新しい獣医学部は獣医師の養成に特化したカリキュラムを持っていなければ、特例を認めるべき合理性がない。10月21日の萩生田官房副長官と常磐専門教育局長の面会に関するメモでは、愛媛県はそうした特殊な獣医学部を求めていない、と書かれているが、安倍政権と諮問会議はどういう認識だったのか?また実際に加計学園が提案しているカリキュラムの中身は、そうした必要性を考慮したものなのか精査は行われたのか?精査の結果、どのような根拠と理由をもって加計学園が適当、とみなされたのかを、なぜ開示しないのか?

以上は安倍政権自身が閣議決定したはずの、獣医学部新設を認める際の4つの要件に基づく指摘だ。これに安倍総理自らが答えられない、反論ができないのなら、行政が歪められたこと、安倍政権が自ら決めたことすら守れない情けない無能無責任内閣であることが、疑問の余地なく論理的に明らかになってしまう。

むしろこの4点を説明すれば「公正であるべき行政が歪められた」と批判する前川喜平氏に対するもっとも有効な反論になる。安倍氏は「私たちは政策論争がしたいのだ」と秋葉原での演説で強弁したが、ならば上記の政策論争としての質問には答えてもらわなければ…あなたはただの噓つきだ。

また、そもそも「国家戦略特区」は、安倍首相が「アベノミクス三本の矢」の三本目、規制緩和による成長戦略として公約したもののはずだ。

その新しい特区制度を所轄する大臣として安倍氏自身が任命した山本幸三・地方創生大臣は、獣医師に競争原理を導入すれば、価格競争で犬猫病院の値段が下がって国民が得をする、と主張している(そもそも「家族の一員」としてペットを大事にする今の日本で、その健康維持を「安かろう悪かろう」に任せる飼い主がいるとも思えないが)。では、

5)動物病院の価格破壊が、いったいどうやったら成長戦略になるのか?

以上の疑問にしっかり答えられないのなら、その時点で安倍内閣は「政策論争」なぞまったく出来ていないし、行政府としてまったく無能となるだけでなく、加計学園が選ばれた理由は「総理のオトモダチだったから」以外に考えられなくなる。


あるいは、50年間獣医学部の新設が認められて来なかったことこそ「歪んだ行政だ」というのなら、必要なのは特定の学校に対する例外優遇措置である特区制度の適用ではなく、制度そのものの改正ないし規制の撤廃だ。

これでは「獣医学部を増やすための特区」という政策それ自体の動機が、「腹心の友」を優遇する以外には、なにもなかったことにしかならない。


問題の本質は安倍氏が直接に関与したかどうか(そもそも「直接に関与」とは具体的になにを意味するのかすら曖昧で、最初から論点を誤摩化す詭弁でしかない)ではない。安倍政権の政策決定に合理性が見られず、恣意的な依怙贔屓で行政判断が行われたとしかみなしようがない結果がすでに出ていて、しかも政府から一切有効な反論もないどころか、その決定プロセスすら隠蔽され続けていることが大問題なのだ。

贈収賄などの刑事犯が適用されないという「反論もどき」について言うならば、安倍氏が逮捕されて刑事罰の対象になるかどうかは、安倍氏個人と司法当局の問題に過ぎない。国会で追及されるのは、ここまでデタラメな政治をやっている安倍氏の総理としての責任であり、その疑念が合理的な疑念の余地なく払拭されない時点で、安倍内閣は総辞職しなければならないのが、法治国家の基本的な倫理だ。



民進党も本気で内閣打倒を目指すなら、行政のあり方を糾し筋を通すことに、もっと本気を見せなければいけない。これをただ総理を追いつめている印象を与える手段としか見ていないのなら、つまり印象操作で人気取りを狙っているだけなら、結局はそんな野党もまた国民の信頼は得られないだろう。


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