最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品

12/17/2016

「北方領土」「日露平和条約」の同床異夢(にすらなっていない)


承前 (12/14/2016 北方領土は帰って来るのか 
        12/16/2016  山口県へのプーチン訪問と沖縄でのオスプレイ墜落の皮肉な偶然

いったいなにがなんだったのかよく分からないが、安倍さんがどんなに「個人的な信頼」を強みにしたつもりだろうが、経済援助つまりロシアに金をバラまくのと引き換えに北方領土が返って来ることはどうもないらしい、というのがこの度のプーチン露大統領訪日の顛末のように、なんとなくは思われている。

今年の5月から安倍が言い始め、9月には「手応えを感じ」たはずの「新しいアプローチ」とはなんだったのかの正体もよく分からないが、それでも中には、今度は「特別な制度」という言葉が飛び出したことに、安倍さんがなにか凄いことをやってのける実行力があるように期待した人もいるのかも知れない…のだが、その「特別な制度」がなんなのかも、なぜそれが必要なのかもよく分からないままでは、なんとなく「安倍さん凄い」と思う国民がいることに、安倍政権は一縷の期待をかけているのかも知れない。

二日目の東京での首脳会談のあとの日露共同記者会見でも、北海道新聞の質問に安倍はまともに答えず話をそらし、「特別な制度」がなんなのかはさっぱり分からなかったし、「旧島民の高齢化が進んでいる」ので「人道的な見地」を今回の交渉の大義名分に掲げているはずが、いつ頃までに実現できるのかの目処どころか、「私の任期中にぜひ」という程度の決意や目標くらいあっていいはずが、ただ逃げて誤摩化しただけだった。

夜のTVニュースにわざわざ生出演しても「前例がないから説明が難しい」と言い逃れをしただけだ。もちろんそんな「前例」があろうはずもない。そもそもそんな「制度」自体が、あり得ない話だからだ。

すでに前夜の山口県長門市での首脳会談後に、安倍が「特別な制度」を自慢げに発表したのとほぼ同時に、ロシア側では「ロシアの法律に基づく」と大統領補佐官が発表している。即座に両者のズレが鮮明化していたにも関わらず、二日目・東京での首脳会談でも、この認識の違いの擦り合わせは行われなかったようだ。

いやそもそも日本の世論では、この北方四島での経済活動や旧島民の訪問について、なにやらロシア側の問題で四島への日本人の立ち入りを禁じているから、「特別な制度」や交流拡大の交渉が必要なのだと思い込まれているが、これは大きな誤解だ。

ソ連時代ならともかく、今でも旧島民を含む日本人が北方四島に行くことも、日本企業が経済活動を行うことも、禁じているのは日本政府だ。ただ罰則は特にないし、罰することが出来る法的な根拠がない。国への忠誠、愛国心、政府に逆うなというような曖昧な理由だけだ。

日本政府が一方的な理屈で、ロシアの国内法に基づき日本国籍者がロシアのビザを受けて北方四島に行くことは、理屈の上ではロシアの施政権を認めることになるから行ってはいけない、としているだけなのだ。

確かにパスポートには、それが正式には他国政府に自国民の法的な保護を求める文書であることが明記されているから、日本人がその日本パスポートでビザの発給を受け北方四島に行けば、ロシアの法的管轄権を認めてその保護を求める格好になる。

もっとも、領土紛争がある土地について、公職にある者ならまだしも、このような理由で自国民の渡航・入域を認めない、という例を、他に聞いたことがない。

国境線の変更で元々自国だった土地が他国のものになったり元に戻ったり、というのは世界史上どこにでもある話だが、たとえば普仏戦争でドイツ領になったアルザス=ロレーヌ地方のフランス人は、第一次大戦まではドイツの支配下でそこに住み続けたし、ヴェルサイユ講和条約でこの二地方が再びフランス領になれば、今度はそこでの生活を保護する法はフランス国内法、警察権を持ち住民を保護し治安を維持する役割を担うのはフランスの官憲となった。「ドイツ領と認めないからフランス人はそこに住んではいけない」などとフランス政府は言わなかったし、そこにフランス人がいなくなればフランス政府は戦勝によりアルザスとロレーヌの返還をドイツに求める根拠を失っていただろう。

ナチス・ドイツの時代になりヒトラーがヨーロッパ各地に領土を拡張したのも、第二次大戦の勃発以前のその正当化のロジックは、「ドイツ人が住み続けているからドイツの土地だ」だった。

北方領土には1948年以降日本人はまったくいない。だから旧島民がより自由に行けるようにして、企業の経済活動で足場をつくる、そのための「特別な制度」という安倍のロジックは一見もっともらしく聴こえるが、これは二つの点で荒唐無稽だ。

まず第一に、当たり前の感情論として、将来的に日本領にするためにまず旧島民の日本人と今の島民のロシア人の交流を深め、旧島民がより自由に渡航できるようにして、日本企業の経済活動をやれば、ロシア人も日本の支配を受け入れてくれるはずだ、なんてことがあろうはずもない。

いったいどこの国に、「これからお宅の領土を乗っ取ります」とやってくる外国人や外国企業を歓迎して理解し、「だから仲良くしましょう」と真に受けて交流を深める国民なんてものがいるのだろうか?

「いずれ日本領にするために日本から来ました」などと言われては、ロシア人住民が旧島民ですら受け入れるわけもなく、一部にある旧島民への同情論や、ロシア人全般にある親日本感情なぞ一瞬にして消し飛ぶし、日本企業がそんな前提で進出すれば激しいボイコットが起こって当然だ。

これは日本外交がしばしば失敗する大きな原因で、安倍政権の場合は特に顕著なのだが、他国民、他国政府のいわば他人様の立場からは物事がどう見えるか、想像力どころか当然の論理的帰結すら考えられない日本側の独りよがりが、外交で通用するわけがない。

第二に、安倍が「前例のない」というのも当たり前で、そんな「特別な制度」は法の支配の基本論理にまったく矛盾し、そもそもあり得ないのだ。

安倍は主権、施政権といった国家の権利を為政者が気ままに権力を行使することだと勘違いしているようだが、主権、施政権というのはその土地の治安を守り住民の生命財産と生活を保護する責任を意味する。安倍のいう「日本の法的な立場」がいかなるものだろうが、その土地での法的な保護が担保されないところで生活をしようとするのは狂気の沙汰だし、ロシアの法に基づく保護のないところでの経済活動とは、つまりは日本企業がロシア人住民による略奪に遭おうとも文句が言えない、ということにすらなる。

安倍が時期的な目処を言わなかったのも当然だ。どう逆立ちしようがそんな「特別な制度」なぞあり得ない、「制度」というのならその制度を施行し運用に責任を持つのは誰なのか、それが保証されない「制度」は「制度」ではない。

「特別な制度」をどちらが言い出したのか不明だが、ロシアが提案したのならそれはあくまでロシア政府が運用の責任を負う経済特区とかそういうものでしかあり得ないし、ロシアが最大限妥協しても共同統治で、これとて双方が主権を認め合う、つまり日本もロシアの主権を一定部分で認める、ということにしかならない。

首脳のみの単独会談で安倍が言い出したことならば、プーチンは「なにを馬鹿なことを言っているのだ」と呆れつつ、安倍の言うことも考えてみるとその場で話を合わせただけだろう。そもそも安倍があり得ないことを言っているわけで理解する義理すらないのだし、今回の会談については、表面的だけでも話がまとまったように見せかけることがプーチンの戦略の一つでもあり、だから「特別な制度」とはロシアの法制下での新たな制度的枠組みの話だと誤解した風を装い続けつつ、誤解を解こうとはしなかっただけだろう。

それにしても今回の日露首脳会談や北方領土の問題を巡っては、こうした基本的な前提も含めて、あまりにも日本側の(政府が分かっていないはずはなく、分かっていながら世論操作で国民を騙している)誤解が多い。

今回の首脳間交渉の結果を「ロシアの食い逃げ」と酷評するのも誤解で、これは5月以降他ならぬ安倍政権自身がさんざんそのような誤解を振りまいて来たのに、日本での首脳会談が終わったとたんに「誤解だ」と安倍自身が言い出している。

日本が提案し、今後は約束するのは決して経済援助ではなく、安倍政権が発展途上国相手に繰り返して来たバラ撒き懐柔外交とは違う。あくまで相互の経済協力であり、ロシアは日本の企業などの経済活動にロシア領内での便宜をはかり、日本は日本企業によるロシア東部(シベリアやサハリンつまり旧樺太)への投資や進出を後押しする、というのが基本だ。

「協力」つまり日本企業にとってのビジネス・チャンスを日露双方で整備し、便宜を図ることであり、「食い逃げ」批判は当たらないし、儲けのチャンスがなければ日本企業は進出しないし、ロシア側からみればことシベリアなどロシア東部には、豊富な地下資源など、日本企業にとっての十分なメリットがあるはずだ。

現に安倍政権が提案している具体的な経済協力プロジェクトには、日本企業がすでに独自に立案して進めている事業も多数含まれている。 
領土問題を動かしたいからといってこんな見え透いた欺瞞の恩着せがましさは、相手国の不信を買いかねないのだが。

ソ連崩壊後の混乱期なら経済援助もロシアは確かに必要としていたが、時代が違う。

ウクライナ情勢やクリミア併合の経済制裁は大きなダメージではあっても、大統領がわざわざ援助をせびるか懇願しに来日するほど、今のロシアは落ちぶれていない。

いや今さら安倍が「誤解だ」と言ったところで、同じ誤解に基づいていたのが、安倍が今年の5月から「新しいアプローチ」で北方領土交渉を始めたきっかけ、最初の動機だったし、今に至るまで安倍自身が同じ誤解を引きずって、ロシア側の狙いを完全に読み違えているではないか。

プーチンが狙っているのは、現在の経済的な苦境の最大の、というかロシアからみればほとんど唯一の原因であるG7を中心とした対ロシア経済制裁を崩壊させるか、少なくとも日本を籠絡して対日本に関してはその制裁を事実上無効化することだ。

それが分かっているから日本でも外務省は他のG7諸国、とくにアメリカとの関係を理由に当初から安倍のこの計画に納得しておらず、だから安倍はこと夏の参院選以降は外務省を事実上蚊帳の外におき、世耕経済産業大臣にロシア担当大臣を兼任させ、経産省ペースでこの話を進めて来た。

その結果にっちもさっちも行かなくなったのも、世耕氏にも安倍に近い経産省官僚たちにも(たとえば経産省から出向している今井首席秘書官)、そして安倍首相自身にも、そもそも現在の世界情勢だけでなく、国際法や国際常識どころか、国家とその法の基本的役割についてさえ、基礎的な理解が欠如していたことが原因だと断じざるを得ない。

安倍首相も世耕大臣も経産省も、そもそもプーチンがこの話に乗って来た動機をまったく誤解して「北方領土を取り返して人気回復できる」と思い込んでこの計画に前のめりの極致で迷走を続け、プーチンは安倍の勘違いを百も承知で利用して来たのが、5月以降の日露交渉の全体構図だ。

ではそのプーチンの狙いはなんだったのか?

まずウクライナの内戦に肩入れして以降、G7が主導する欧米、つまりEU諸国とアメリカ、いわばロシアから見れば旧西側諸国との対立関係が深まっている国際的な孤立の打破だ。

今年のG7議長国である日本が自ら擦り寄って来たのだから、こんなにおいしい話はない。

いや「国際的な孤立」というのも、あまり正確ではない。

プーチンのロシアは一方で、かつての先進国であるアメリカやヨーロッパ以外の国々との関係は必ずしも悪くない。たとえば歴史的な怨恨もあったトルコとすら、今もシリア内戦ではアサド政権を支持するロシアに対しトルコがトルコ系住民の反政府勢力を支援していたり、昨年には撃墜事件で一時は対決しそうになったことすらうまく水に流して、連携を深めている。ソ連時代には戦争にまでなった中国との領土紛争も解決した。

またロシア国内では今も後進地域である東部、シベリアやサハリンは、一方で地下資源も豊富で有望なフロンティアでもあり、プーチン政権はこの地域の開発を大きな政策方針、成長戦略としている。そこに日本と中国の資本や技術が導入できることは大きなメリットだ。

だいたい今さらヨーロッパやアメリカとの経済関係にプーチンはさほど期待していないし、はっきり敵視しているのはアメリカと、EUの盟主となったドイツだ。

ちなみにEUのなかでの対ロ強硬派は先頃離脱が決まったイギリスなどで、ドイツのメルケル首相は当初から、人道主義と民主主義の基本理念で妥協はしないものの、話し合いと説得を重視して来た。 
だがそれでも、女だから気に入らないとでも言うのか、ドイツのEU内での覇権を警戒しているのか、プーチンのメルケルへの敵意は相当なものだ。



これにはロシア国民の歴史的な怨恨も無関係ではない。ドイツはなんといっても、第二次大戦でソ連(ロシア)を侵略し、2000万人ものロシア人を殺した国だし(そしてプーチンはその最大の被害を出したレニングラードの出身だ)、東西の和解と相互の尊重による世界平和を信念として冷戦を終わらせた最後のソ連書記長、ミハイル・ゴルバチョフですら、冷戦後にロシアはアメリカに一方的に敵視・差別され、裏切られ続けて来たと考えている(これは必ずしも偏向した、誤った歴史観ではない)。

今のロシアは、ヨーロッパがあまり好きではないし、アメリカには敵視されていると考えているし、プーチン政権が中国との連携を強めるなどアジアに重点を置きつつあることには、ロシアという国と民族自体がヨーロッパであると同時にアジアでもあり続けて来た歴史的なアイデンティティが深く関わっている。

帝政ロシアはこと実はドイツ人だったエカテリーナ女帝以降、目に見えてヨーロッパ化し、そのロマノフ朝を倒した旧ソ連もヨーロッパ起源のイデオロギーに基づく国家で、結局はロシア庶民を苦しめて崩壊したのが、18世紀以降のロシアの歴史だ。


アレクサンドル・ソクーロフ監督『エルミタージュ幻想』2002年

その過程では先述の独ソ戦の惨禍だけでなく、19世紀初頭のナポレオンの侵略もあった。帝政ロシアはナポレオンを撃退したことを誇りとしつつ、風俗や宮殿建築や文化ではそのナポレオンのフランスを模倣したのだから矛盾した話だが、ロシア革命の時代となると、皇帝一族や多くの貴族はフランス語を日常語としていて、ロシア語ができなかった者すら少なくなかったと言われる。

プーチンの標榜する新しいロシア・ナショナリズムは、そうしたヨーロッパ化した過去の支配層・エリート層に一派庶民層が培って来た歴史的な反発も背景に、アジア的なものにシフトする傾向を内包しているし、それはシベリア開発や中国、そして将来的には日本との連携を志向するものでもある。

こうした直接的な実利・国益の一方で、もうひとつプーチンが対日交渉ではっきり目標としている理念がある。これは本人もはっきり、正直に繰り返している通りだが、戦後71年間棚上げになったままの日露平和条約の締結だ。

ここがまた、日露間のボタンの掛け違いというか、安倍側の大きな誤解になっている。

北方領土にこだわる日本側からみると、1956年の日ソ共同宣言も「平和条約締結後に歯舞・色丹が返還される約束」という理解に偏りすぎて、平和条約イコール領土返還だと思い込みがちだが、ロシアが、特にプーチンが求めているのは、平和条約そのものなのだ。

平和条約はぜひとも結びたい、だがそれには色丹と歯舞の返還の約束が伴う。このジレンマをどう切り抜けるのかがプーチンの悩みどころで、そこを考え抜いて来ている点では、平和条約を領土返還の手段くらいにしか考えていない日本はとてもではないが太刀打ちができないのも当然だ。

また平和条約の締結こそが日露交渉の最大のテーマであることに気づいていない時点で、日本側が常にちぐはぐに陥り話が噛み合ない失敗を繰り返して来て、それがロシアの不信を買い続けているのも当然ではある。

プーチンが言っている「信頼関係が必要」とは、そういうことだ。

そんなことすら日本側にはまったく理解されていないこととなると、さすがのプーチンでもどこまで理解できているのかは怪しい。なぜ日本側がこんな当たり前のことすら思い当たらず、人口3000人程度の小さな、こういっては悪いが「僻地」の島が最優先されているのか、客観的には相当に理解不能な感情論へのこだわりでもある。

プーチンの言うように経済協力が信頼関係において不可欠だと考えるのは、別に「金よこせ」ではない。

日露の経済関係が密接になればなるほど、日本としてもロシアとの友好関係が日本企業が儲け続けるためには不可欠になり、結果たとえば安全保障リスクも下がる、という冷静な現実主義に基づく考えであり、平和条約もまたそのためにもぜひ締結したいのだ。

平和条約の締結こそが重要なのにはもう一点、防衛政策の問題があるし、今回の共同記者会見でロシア側の記者の質問に答える形で、プーチンは安倍の目の前で臆面もなくそれを滔々と述べた。

その発言の過激さの意味に安倍が気づかず、反論すらしなかったのは日本側の利害を考えると相当に不可解だ。

その日本からみればあまりにもの過激さに、テレビ中継の日本語同時通訳も大混乱に陥っていたが、だからといって要所要所で出て来た単語だけでも、それでも安倍がさっぱり理解できなかったとしたら、この人の外交センスの欠如は呆れるばかりだ。

プーチンは日露の平和条約締結問題と領土問題の歴史を説明するなかで、はっきりとアメリカを名指しで非難した上で、今後の平和条約締結に向けての信頼関係の醸成で最大の障害になるのが日米関係だ、とまで明言したのだ。

日本の日米安保条約に基づく義務は理解し尊重するとは言いつつも、その枠内でどれだけロシアの安全保障に日本が協力する気があるのかが問われる、とも問題提起をしている。

すでに初日の晩の首脳会談で、ウクライナ問題と経済制裁以降中断している日露のいわゆる2プラス2会議、つまり双方の防衛担当相と外務大臣が定期的に会合する安全保障連絡会議の復活を提案したことからも、今回のプーチンの最大の狙いが日米関係にくさびを打ち込むことであるのははっきりしていた。

日本のメディアの分析がいずれもここを見落としているのもおかしな話だが、共同会見でプーチンはこのポイントを激しくだめ押ししている。

北方領土問題の歴史についても、プーチンのアメリカ批判は激烈だった。日ソ共同宣言とそれに基づく平和条約締結交渉を、冷戦下にアメリカ政府が妨害したと明言したのだ(言い換えれば、そのアメリカの言いなりになる過去の日本政府は信頼されなかった、という意味でもある)。平和条約締結で色丹歯舞のみの返還で納得するのなら、アメリカは永久に沖縄を返還しない、と鳩山一郎政権に裏で圧力をかけたいわゆる「ダレスの恫喝」にも言及した。

また実際、56年の共同宣言から本格化するはずだった日ソ平和条約の構想は、最終的に1960年の日米安保条約の改訂で完全に頓挫しているし、領土問題でも四島一括を日本が国是としたのはこの時からで、だから共同宣言でも色丹と歯舞の返還にしか言及がないのだ。 
この辺りでも現在の日本国内の理解は史実に反しているし、政府が国民を騙してきたプロパガンダだったという誹りは逃れ得ない。

その上で、アメリカの敵意とその軍事覇権にロシアが防衛上は対抗せざるを得ない以上、択捉島・国後島はロシア艦隊の西太平洋への出口を確保するために手放せないこと、色丹島も日米安保に基づきそこに米軍基地が作られるようなことが絶対にないと日本が約束しない限りは返還は難しいとも明言した。

日米安保があるなかで日本はどうロシアが信頼できる国になるつもりなのか、と記者団とテレビ生中継の前で安倍に迫ったに等しい。

こうした論点は95分あったという首脳どうしの単独会談(通訳のみ同席)で出て来たはずだし、そもそもプーチンから見れば当たり前の前提で、安倍がなにも考慮していなかったとしたらそれだけでも「信頼関係」とはほど遠いことになる。

ペルーのリマでの前回の日露首脳会談や、訪日直前に読売新聞と日本テレビの合同インタビューでの発言、さらに同内容のビデオ・メッセージをロシア大統領府のウェブサイトに掲載するなど、ほとんどけんもほろろなまでに極めて厳しく安倍を恫喝するに等しかった態度からすると、プーチンは大遅刻こそしたとはいえいざ日本に来たとたんに、とても愛想がよくなった。日本や長門市へのリップサービスを繰り返し、安倍にも親しみを込めた態度だったのは、すべてこうした思惑から来るプーチンの演出だったと考えるべきだろう。

記者団の前で、日露両国のテレビで生中継され、当然アメリカ国務省やEU諸国の外交担当部局でもウォッチしている共同会見で、以上を滔々と述べたことからも、プーチンの今回の訪日の目的は、日米同盟にくさびを打ち込み、はっきりとアメリカを牽制することだった。

そこに日本がどれだけ乗って来るかまでは、さすがのプーチンにも読めていないだろう。その意味ではこれは大きな賭けの大芝居ではあった。

とはいえ安倍が理解して話に乗って来るならしめたものだし、これまで十数回も日露首脳会談を重ねて来た経験則からして、安倍が自分に向かって真っ向から反論なぞしない(そんな度胸がない)ことまでは読んでいたに違いないし、共同会見でも反論も制止もなく安倍が愛想笑いに終始するしかなかった(というか頭が真っ白になっている、という表情にもなっていた)だけでも、アメリカが日本に不信を抱くことは確実だ。恐らくはそこまで、プーチンは計算している。

そんなしたたかなプーチン相手に、北方領土の旧島民の手紙を読ませたり、会見でもその旧島民の複雑な思いを安易な感情論に言い換えてご都合主義に利用した安倍が、いかに見当違いの勘違いで場違いなことをやっていたか、結果として他ならぬその旧島民を自らの外交手腕の欠如、稚拙さ、自己保身で裏切ったことの無能の罪、身勝手の罪は大きい。

だいたい旧島民の故郷への思いなら、日本が北方四島の主権に形式的にこだわるあまり、渡航を禁じたり難しくして来たのは日本政府なのだ。単に墓参がしたい、故郷の島に泊まりたいだけならロシアがビザ発効要件を緩和して旧島民に優先的な配慮をすればいいだけだし、日本がアメリカの意向なぞ二の次に、平和条約を早く締結しておけばよかった。「ダレスの恫喝」のようなことがあっても、それを国際社会相手に公表してアメリカを非難していれば、解決ないし無効化できた。

択捉・国後はポツダム宣言やサンフランシスコ講和条約で日本が領有を放棄した南千島(ロシア語では南クリル)列島の一部というのもプーチンが共同会見で明言したことだが、ソ連(ロシア)の公的な認識(ゆえに返還の対象ではなく、領土問題にならない)であるだけでなく、そもそも56年の共同宣言以前には日本側でもこの認識を共有していて、だから二島の返還しか求めていなかったのだ。

それが今では四島返還に凝り固まっているのは、「ダレスの恫喝」などを受けた対米配慮というか対米従属の方針転換で、それがあたかも日本の国是のように国民も騙して来た結果、収拾がつかなくなっているのが現状ではある。客観的にはアメリカの妨害が日露友好を阻んでいる(つまりは日本政府の二枚舌外交と対米追従が諸悪の根源)と言う指摘には、反論が難しい。

それにしても安倍はどうするつもりなのだろう?

今回の一連の事態で、アメリカは明らかに不信感を抱いているはずだ。今月末には、安倍はこんどはパールハーバーを訪問し、オバマとの日米首脳会談を控えている。

ここでも曖昧な愛想笑いで二枚舌を誤摩化し、報道に圧力をかけて国内向けに体面を取り繕うだけなのだろうか?

いや安倍は、オバマはどうせもう辞める、これからはトランプのアメリカなのだから、とタカをくくっているようにも見える。夜のニュースに生出演した際に対米関係を問われてはぐらかしたときも妙に余裕があり、そうしたニュアンスが垣間見えた。

だがトランプが選挙戦中にプーチンを偉大な指導者と持ち上げた言葉尻だけをとって、トランプとプーチンで米ロ蜜月が始まるかのように思い込んでいる安倍も日本のメディアも、あまりに考えが甘い。

トランプがプーチンを持ち上げたのは、オバマやクリントン夫妻をこき下ろす比較対象として都合が良かったからに過ぎない。

しかもトランプは人道主義や国際平和よりも自国の利益を最優先しロシアの強さを誇示するプーチンのやり方を褒めて「自分も同じやり方でアメリカ・ファーストを守る」と言ったのであって、アメリカもロシアも自国第一主義を掲げる指導者になるのなら、むしろこの両国が今後対立を深める可能性も十分にある。

プーチンは今回の訪日でターゲット、いわば「戦う相手」を日本ではなくアメリカに設定していて、だから日本との領土問題をあいまいに済ませ安倍への配慮まで見せたのも、オバマのアメリカ以上にトランプのアメリカを見据えた戦略だと考えておいた方が、「希望外交」の大きな勘違いでのちのちひどく後悔することがなくて済むだけ賢明だ。

だいたい、11月のペルーでのAPEC会合の際の首脳会談以降、プーチンが一時極めて厳しい態度を見せていたのも、別にトランプが次期米大統領に決まって米ロ関係の好転が見込まれるからなどではない。安倍がリマでけんもほろろの扱いを受けて記者団相手に半ばパニック状態で弱音を吐く状況にまで陥った原因は、その直前に安倍がNYに寄ってトランプに媚を売っていたから、その姑息な二枚舌の土下座媚び売り外交を「信頼に値しない」とやられただけである。

安倍の自称「地球儀を俯瞰する外交」では、トランプのアメリカになればプーチンとトランプが蜜月になり、そこに日本が取り入ることで「対中包囲網」ができるとでも考えているのかもしれない。だがかくも地球儀を俯瞰できていない、世界情勢がまったく理解できていない勘違いもない。

ロシアは既に述べた通り、そもそもアメリカをまったく信用していないし、歴史的にも信用できない。中国との関係も重視しているプーチンが狙っているのは、西太平洋・東アジアでのアメリカの覇権を低下させることで、その点では中国とも利害が一致している。

シリアやウクライナの情勢からすれば、日本がロシアべったりになることは国としての信義に反するのも確かだし、ことシリア問題でプーチンに擦り寄れば、日本にとって極めて重要な中近東・アラブ諸国の信頼を決定的に失うことにもつながる(ちなみに今回の首脳会談では、ロシア側は「シリアとウクライナについて両国首脳の見解が一致した」との主旨を一方的に報道させているが、日本側はこれもまったく否定できていない)。

だからプーチンの誘惑においそれと乗ることにはまったく賛成はできないが、しかし対アメリカについては、プーチンが提起して来たことを日本は真剣に考えた方がいい。日本の対米従属・対米追従外交の「戦後レジーム」は、もはや成立しないのだ。

そもそも白人至上主義の狂信者が重要な支持基盤で、国防長官にも白人至上主義者の「狂犬」が就任するようなトランプのアメリカに、安全保障や外交で依存するなどというのは、狂気の沙汰だ。まさか日本がそんなことすら理解できていないと知ったら、さすがのプーチンも呆れ、自分の読み違いに困惑するかも知れない。

12/16/2016

山口県へのプーチン訪問と沖縄でのオスプレイ墜落の皮肉な偶然


鳴り物入りのプーチン大統領訪日と日露首脳会談は、事前の予想では思いも寄らなかった意外な展開が起こっている。意外過ぎてその意味、プーチンがなにをやってのけたのかが、日本側では政府だけでなくマスコミも、よく把握できていないようだ。

どうも日本では、ロシアならロシアで専門家、対米外交ならアメリカの専門家、中東なら中東の専門家が出て来る「国別の専門家の縦割り」議論になりがちで、国際情勢のなかで日本はなにをやっているのか、なにをすべきなのかをちゃんと把握することが苦手のようだ。

今回も、ほぼ同時に並行してロシアが深く関与しているシリア問題(というか、プーチンのロシアがアサド政権を事実上傀儡として虐殺と言ってもいい内戦鎮圧を主導している)のことも、その前々日には沖縄で米海兵隊のオスプレイ輸送機の墜落事故のことも、結びつけて考えることができないらしい。

というか、オスプレイ墜落もただ沖縄の問題かのようにしか語られず、これが日米関係の重大な危機であり、米軍と沖縄ではなく日本と米国政府の問題であることすら無視されているのはさすがに異常なわけだが。

だが今回の日露首脳会談の意外な展開は、並行して世界でなにが起こっているのかともちろん無関係ではないし。

結果からみればこのオスプレイ墜落をめぐる日米関係の大問題が、プーチン大統領の言動に大きく関わっているし、プーチンがこの会談で急遽目的にしたのは、日露関係のことではなく、露骨なまでの対アメリカ政府への牽制に、日本を徹底的に利用することだった。


まず長門市での首脳会談に至るてんてこまいと、安倍首相が「膝を突き合わせた本音の会談」の顛末を見て改めて印象に残ったことだが、ウラディーミル・プーチンは思っていた以上に恐るべき政治家だ。

日本の安倍首相が熱望した山口県長門市での首脳会談の当日、プーチンの到着が2時間以上遅れるという報せがあっただけでも、日本中が色めき立った。

首相官邸や外務省は慌ててメディア各社、とくにテレビ報道に、プーチンがこれまでも首脳会談では遅刻の常習犯だとの情報を流し、この程度の番狂わせは官邸の想定内だとのブリーフィングも重ねた。

しかしプーチンが来日直前に日本テレビと読売新聞を呼んだインタビューでは、安倍政権が期待していた北方領土問題の解決については「日露間には領土問題なんてない、日本は(勝手に)そう思い込んでいるらしいが」と断言、日本側の不誠実な二枚舌を突き「信頼できる雰囲気」を作ることが重要、と脅しまがいのことまで言い、日本がウクライナ紛争とクリミア併合を受けた対ロ経済制裁の参加国であることまで挙げて「経済制裁をしておきながら経済協力とはなにごとだ」と非難までしてみせていた。

会談開始の直前までの状況を見れば、安倍政権が鳴り物入りで仕組んだ「総理の故郷へのプーチン大統領訪問」は日本側の大惨敗、首相が恥をかくだけならともかく、北方領土問題を安倍が望んだのとは逆の意味で「私の世代で確定」させることになりかねないことさえ、十分に予想された。

詳しくは先の本ブログのエントリーをご覧下さい  
12/14/2016 北方領土は帰って来るのか?

そしていきなり、2時間以上もの遅れという一方的な告知だ。安倍官邸ではドタキャンの可能性も含めて、さぞ戦々恐々だったことだろう。

そうでなくとも「自分の地元に招きたい」という安倍のラブコールにもプーチン側は「なぜ東京でやらないのか」と難色も示し、一応は折れたものの警備の事前調査団をこれみよがしに派遣し、日本側が長門市の旅館「大谷山荘」の離れの貴賓室を準備していたのが「警備上の問題がある」と本館への宿泊に無理矢理替えさてまでいる。

土壇場で日本側の警備の不備をあげつらって山口行きを拒否し(そうでなくても「仕事にならない」という不満が以前に日本側に伝えられている。プーチンの最大の来日目的は、日本企業への投資呼びかけトップセールスだったので、東京を希望していた)、警備が万全な東京のロシア大使館に泊まるという展開も想定された。

むろん通常の外交儀礼なら失礼千万になる話だ。

だが今回プーチンが相手にしているのは危機管理コンプレックスの安倍首相だ。元KGBエージェントのプーチン、つまりテロ対策など危機管理のプロにそう言われては、深く傷つくというか、ますます下手に出て言いなりになってしまう。もちろん離れの貴賓室を拒否したのだって本当に警備の問題があったり不安になったはずもなく、安倍のコンプレックスを突いてプレッシャーをかけるマウンティングに決まっている。

日本側が沿道に歓迎の長門市民まで手配しているのに、到着はわざととしか思えないやり方で日没後にずれ込んだ。

6時過ぎにやっと「大谷山荘」に到着、首脳会談が始まっても、和やかな雰囲気の挨拶の交換をメディアに取材させようとする日本側に、プーチンは相当に底意地の悪い皮肉を二発、ぶっきらぼうながらも褒め言葉を並べた挨拶に、しっかり組み込んでいた。

まず両首脳の「信頼関係」を褒めるように装い度々会談をして来たことを述べながら「こないだペルーで会ったばかり」(そのペルーでの首脳会談で、安倍はほんとんどパニックのような落ち込みようだった)、安倍が当地の温泉に触れて「疲れが取れる」と言ったことへの返しとして「今日の会談で疲れるつもりはないから」である。

来日前の発言からしても、その前の「こないだペルーで会ったばかり」の会談でのけんもほろろの態度からしても、日本側がまったく楽観視できない雰囲気を作り、大遅刻でどっちがボスかを見せつけるかのような高飛車な雰囲気を演出して、安倍首相がなんとか国民相手にメンツを保つこと、大惨敗になりそうな首脳会談の結果を国民に向かってどう取り繕うのかに必死になっているであろうところだった。

ところがプーチンはそんな安倍の焦りや国内向け人気取りの都合を全部見透かした上で、いきなり予想外の変化球で、うまく持ち上げて喜ばせてさえみせたのだ。

両首脳が個別会談に入ると、その前の90分に及んだ公式会談に同席していたラブロフ・ロシア外相が記者団の前に姿を現し、プーチンからのいきなりの提案を、安倍首相が歓迎したことを伝えた。

プーチンは日露の2+2定期会合、つまり防衛担当相と外務大臣が定期的に会う安全保障会議の再開を呼びかけたというのだ。

日露間のこの安全保障連絡会議は、ウクライナ・クリミア問題を受けたG7による対ロシア制裁と、それまでロシアを含めたG8だったのが冷戦前と同じG7に戻ったのに合わせて、中断されていたものだ。

この日露の2+2の再開を発表したことこそが、今回の首脳会談で出た最も重要な提案であり、合意事項だ。経済協力も、日本側が交渉しているつもりで来た領土問題も、もはやそんなに重要ではない。

通常の外交常識では最重要の議題だった平和条約締結交渉を進めることですら、日本がそれが領土問題を意味すると思い込んで来たのとは、まったく異なった意味を持つが、それにしても領土でも主権でも経済協力でもなく、いきなりこんな安全保障の話が出て来るとは、日本側にはまったく想定外だったことだろう。

しかも2+2の再開、つまり安全保障分野での「戦争と危機管理のプロ」に見える元KGBのプーチンとのと連携は、「危機管理コンプレックス」で「戦争ができる普通の国」への憧れに凝り固まった安倍にとっては、無条件に大喜びして歓迎してしまう話だ。

案の定、安倍氏はすっかりごきげんで、会談後は記者団に囲まれて、この2+2再開と、日本国民相手ではなによりも重要だった「領土問題」での成果になると思い込んだ「北方四島での特別の制度下での日露共同の経済活動」での合意を、大喜びで発表した。

後者の「特別の制度に基づく」がなにを意味し得るのか分からずに嬉々として発表してしまったのを見ると、安倍氏はよほどプーチンの愛想のいい態度に安堵して、2+2会合の再開に舞い上がってしまっているのだろう。


テレビでさっそくこの報道が流れた際には、字幕で安倍が実は思いっきり手玉にとられたことが皮肉にも示されてしまった(またこの画像をツイッターで流したのが、安倍の側近のひとり山本一太参議院議員である)。

この字幕で報じられた通りで、ロシア側の大統領補佐官はさっそく、この「特別な制度」が言うまでもなくロシア法に基づくものであることを確認している。つまり、北方領土の主権は譲らないどころか、日本にロシアの施政権を認めすらさせてしまったことになる。

安倍ヨイショ系の “識者” がメディアで必死に誤摩化しているが、「特別な制度」がロシア側の提案、たとえばロシア政府の定める特別区的な扱いなら、それはどう逆立ちしようがロシアの主権を前提とした議論にしかならない。

むろん「特別な制度の」といういかにも玉虫色の言い草は、双方でいかようにも解釈できる。だから安倍は日本の報道機関にちょっと圧力をかけるだけで、さしあたりのメンツは保てるだろう。しかし北方領土問題は日本側の望む解決から、明らかに後退している。

もっとも、そんな方向での進展そもそも絶望的だったわけだが。

だがこの玉虫色の言い方で済ませたということは、まだかなりの手かげんをプーチンはしてくれてもいる。

正式な発表は翌日東京での共同会見で行い、文書も出すという話なので、日本側の事務方が慌てて修整を要求できるし、「特別な制度」の詳細を今後の交渉で詰める過程で、この失態は挽回とまでは行かずとも、白紙に戻せなくもない。

今回の首脳会談で遥かに重要なのは、2+2会合の再開に安倍が喜んだことの持つ、とんでもないメッセージ性だ。

さらにロシア側では、平和条約の締結で日露が合意し、この締結に向けた作業が今後加速することも、強調するように発表してすでにさかんに報道させている。折しもプーチンの支援を受けたアサド政権が反体制派が守るアレッポの完全制圧を進め、虐殺行為も懸念されている。ロシア側の報道では、このシリア内戦とウクライナ情勢についても、プーチンと安倍の見解が一致したとまで言われてしまっている。

平和条約も合わせて日露安全保障連絡会議を再開というのでは、プーチンが要求してきた「信頼できる雰囲気」というのは単に「日露友好の確認」という建前論以上の意味を持つ。一方でこの議題に関しては、日ソ共同宣言によればこの締結に伴い歯舞群島と色丹島が返還されるという約束について論じられた形跡がない。

肝心なのは、プーチンが露骨に日米関係にくさびを打ち込んで来ていること、安倍首相がそれに乗ってしまったことだ。

こんな展開はまったく予想していなかったが、プーチンは心底恐ろしく、大胆にして狡猾な政治家だと改めて思い知らされた。

今回3時間近く遅刻したあいだに、日本の最新ニュースを知って思いついたことなのかも知れないが、その政治的文脈を考えれば、この首脳会談でプーチンが本当に勝負している相手は日本でも、まして安倍政権でもない。アメリカ相手の揺さぶり、露骨な脅しなのだ。


米大統領選挙の期間中にドナルド・トランプがプーチンを褒める言葉を連発していたことから、プーチンが今後の米ロ関係を楽観視しているかのような報道が日本では多いが、これはあまりにもの短絡だ。 
そもそもトランプはオバマやクリントンらアメリカのリベラル系政治家へのあてつけで支持者を盛り上げるための引き合いにプーチンを出しただけだし、オバマ政権の厳しい対ロ外交よりは好転するにしても、トランプの外交方針は未知数だ。 
ウラディーミル・プーチンはこんな程度のあやふやな話に簡単に乗るような迂闊な政治家ではない。


折しも日本では恐るべき皮肉な偶然で、プーチンがアメリカ揺さぶりに利用できる事態が起こっているのだ。

その絶妙なタイミングでプーチンが狙ったのは、日本からの経済協力でも、この際北方領土をロシア領として事実上確定することでもない。遥かにスケールが大きな、G7つまり旧西側先進諸国の連携への強烈な揺さぶりと、アメリカへの露骨な牽制に、この日露首脳会談の目的自体がいつのまにか変わっていた。

プーチン来日の前々日夜に、沖縄で普天間基地所属の米海兵隊のオスプレイ輸送機が海上に墜落している。日本政府は米軍の通告をあえて鵜呑みにして「不時着」と発表しているが、翌朝には明らかになった機体の大破した状態を見れば、どうみても墜落だ。

ただでさえ日本側、とくに沖縄の不安と反発が高まるなか、なんと沖縄米軍の最高司令官にあたるニコルソン四軍調整官が、事故を抗議しに来た沖縄県副知事に対しても、そして記者会見でも、日本側からみればとんでもない発言をやらかしているのだ。

この事態は本来なら、日本の対米感情を悪化させ、日米関係を危機に陥れる重大な事態だ。プーチンはこのタイミングを見事に利用して見せたのである。

ニコルソン調整官が事故はオスプレイの機体自体の問題ではない、と繰り返ただけでも反発が大きい。あまりに事故が多いことの懸念から、オスプレイ配備に対する抵抗は、普天間基地の辺野古移設と高江のヘリパッド建設への反対運動の大きな要素になっている上に、この墜落事故と同日に、別のオスプレイが普天間基地に「不時着」(胴体着陸)していたことまで明らかになっている。

しかもニコルソン調整官は、墜落事故の直接原因が空中給油訓練中のパイロットの操縦ミスなのにも関わらず、市街地を避けて海上に「不時着」させたことでそのパイロットを誉め称え、副知事に「沖縄県民は感謝すべきだ」とまで言い放っているのだ。


これが普通の国なら、なにしろ沖縄県民を代表する立場の公職にある副知事に向かって、たかが他国の軍司令官がひどい侮辱をやらかしたことになる。

沖縄県が激怒しているだけでは済まず、政府でも当然問題にして、米大使館に抗議文を送付するか、大使を呼びつけて謝罪を要求するような、巨大な外交問題になるのが「普通の外交」だ。

実際にはもちろん(国際標準なら恐ろしく奇妙なことだが)、日本政府は事故に抗議もせず、司令官の日本国民を侮辱する暴言に至っては防衛副大臣らがむしろ理解を示し同調までしてしまっているが、アメリカ政府、とくに国務省は、「なんということをしてくれたのだ」と焦っているし、日本側の反応に戦々恐々としている。

日本政府がとりあえず対米従属を崩していないことまでは安心できても、国民の反発は必至だし、普通の政府なら表向きは冷静でも、実は激怒していておかしくない事態なのだ。

そこへアメリカと現状敵対関係にある(対ロシアの経済制裁を主導しているのはアメリカのオバマ政権だ)ロシアの大統領と日本の首相が会談し、日本が明らかに安全保障においてロシアに接近することを意味する合意が即座に決まったのである。

アメリカ国務省はすでにこのニュースに激怒し、また戦々恐々ともしていることだろう。

もちろん安倍の日本政府はこうした「普通の国」なら当然やるべきことでもなにもやる気はないのだろうが、代わりにプーチンがやってくれたことになるのだ。

アメリカから見れば米軍機の事故と米軍司令官のふるまいに、にわかにアメリカに反発を抱いた日本政府が、安全保障政策でアメリカに距離を置き、アメリカと現在対立関係にあるロシアに接近したことにしかならないのが、今夜の日露首脳会談の結果だ。

日露がこのプーチン来日で大規模な経済協力でも合意に達するのであれば、G7で連携してきた経済制裁の体制も事実上崩壊するし、訪日前のインタビューでプーチンはあえて、経済制裁があっては日本と信頼関係が築けない、と強調もしている。つまり山口と東京での合意は、アメリカ相手に「日本は対ロ経済制裁を事実上解除した」とのメッセージにもなる。

プーチン側では、ロシアのメディアに、ウクライナとシリア情勢について日露両首脳の見解が一致した、とまで報道させているらしい。「日本は外交安全保障でアメリカと距離を置き、これからはロシアに接近する」というメッセージが見事に演出されてしまったのだ。少なくともシリア内戦に関しては、安倍首相にはここで断固としてプーチンに反論して軌道修正してもらわねばならない。

とはいえ個人的には、これも大枠では必ずしも悪くはない結果だ、とは思わなくもない。

これまでも日本の外交の最大の問題だった対米従属の転換点にもなるし、なによりも白人至上主義者レイシスト層の熱烈な支持を受ける超保守主義の独善的孤立主義者トランプが次期大統領に決まり、その国防長官に「アメリカに逆らう奴らを殺すのは楽しい」と公言する「狂犬」が指名されたようなアメリカと、今後も安全保障政策での連携を深め、日本の防衛をアメリカに依存する、アメリカ軍に我が国の国土内で好き勝手をやることを許すなどというのは、日本に取って何重もの意味であまりに危険だし、あり得ないことだ。

プーチンのロシアが経済制裁を受けるのは、国際社会の信義としてはしかるべきことであり、ウクライナ内戦だけでなく、今ではなによりもシリア内戦におけるロシアの態度からすれば、日本は同調すべきではないのはもちろんだ。

とはいえ、それでもプーチンが凋落の激しく独善的な閉塞に陥りつつあるヨーロッパとも、アメリカとも距離を置き、ロシアの将来についてアジアとの連携に外交の軸足をシフトしていること自体は正しい判断だし、日本にとっても対ロシア、対中国の関係を改善して、この三国が東アジアにおける安全保障や秩序の新たな形成のイニシアティブを握ることは悪い話ではない。

しかもロシアの豊富な天然資源(石炭、石油、天然ガス)は日本にとって必要なものだし、ロシア東部(シベリア、サハリン州)は日本経済、日本企業にとっては有望なフロンティア、見返りの大きい投資先である。

ちなみに、だからプーチンが日本と経済協力を議論したいのは「援助」を求めているのではない。ビジネス上のパートナーシップであり、経済制裁の解除だ。

安全保障的でトランプのアメリカに依存するなんて危な過ぎる以上、ロシアとの連携もひとつの選択肢だし、中ソ関係も良好である現状、そこに日本の今後の安全の手段を見出すのも現実的な選択だし、トランプのアメリカを牽制することも日本外交にとっては有益なではある。

とはいえ、心配なのは安倍晋三首相が、プーチンがなにを持ちかけて来たのか、それが日本の今後の外交戦略や安全保障政策にとってなにを意味するのかを、まったく考えていないことだ。

安倍首相はそのプーチンがウクライナ問題はともかく、シリアでアサド政権を傀儡にして虐殺にも等しい蛮行を続行していることに、まったく無頓着でもある。

折しも、今月末には安倍はハワイの真珠湾を訪問し、クリスマス休暇中のオバマとの最後の首脳会談に望むはずだ。

まともな外交能力のある日本の総理なら、オスプレイ墜落と在沖縄米軍四軍調整官の暴言、そして今回のプーチン来日は、この日米首脳会談でアメリカ側にある種の脅しをかける有効な外交カードになるし、トランプ政権に移行したあとも防衛安全保障で過剰な対米依存に陥るリスクも減らせる。

だがそうは言っても、プーチンが安倍をうまくのせた演出は劇薬すぎて、アメリカは当然、自分の立場が極めて拙い(オスプレイの事故も、四軍調整官のあまりに非礼な言動も、責められれば反論は難しい)からこそ、まずは逆に強気な態度で出て来るだろう。

そのときに、安倍首相はどう動くつもりなのだろうか?

慌てふためいて今度は対米ゴマ摺りに専念したところで、それではかえってアメリカの不信感を増すだけで、日本の立場は悪化する。

つまりは安倍はプーチンが西側に揺さぶりをかけるのに利用されたおもちゃどまりになって、日本は国際的に孤立してしまう。

うまく使えば対米交渉で有利な条件を引き出す有効なカードでもあり、またこれ以上はアメリカに依存できない日本にとって、非常に有益な外交政策の転換点にもなるのだが…

12/14/2016

北方領土は帰って来るのか?


端的に言ってしまえば、安倍晋三はウラディミール・プーチン相手に「領土問題」の話をしている【つもりだった】らしい。だが実際に話していたのは経済協力と平和条約の締結だけで、もちろんプーチンはそれが安倍にとっては「領土問題の話をしているつもり」なのだと見抜きはしつつも、なにしろ安倍がはっきり言わないものだから、巧妙に手玉に取って経済協力の約束を取り付けるついでに、安倍が期待していたのとはまったく逆の方向で日露間の領土問題を決着させてしまおうとさえしている。

一点だけよく分からないのは、安倍が本気で自分は領土問題の話をしていると信じ込んでいたのか、プーチンの顔色が怖くてとてもではないが言い出せないまま、日本国内向けには虚勢を張って確信犯で嘘を言っていたのか、である。

まあいずれにせよプーチンは、その安倍の国内向けの虚勢さえもこの際徹底的に打ち砕こうとしているし、それはただいかにもこのマッチョ政治家らしいマウンティングであるだけではない。

プーチンはあわよくば、ロシア政府が現在も有効とみなしている1956年の日ソ共同宣言で約束されていたはずの、色丹島と歯舞群島の返還すら、履行しないで済む決着に、日露首脳会談を持ち込もうとしている。

それにしても、これは安倍に限ったことでもないが、こと領土問題の扱いとなると、日本外交はつくづく苦手であるらしい。

安倍首相が人気取りの思いつきのようにこの5月頃から言い始めた「新しいアプローチ」による対ロシアの北方領土返還交渉は、プーチン露大統領の訪日前にすでにほぼ絶望的な結果になりそうだ、という予測が大勢だが、そもそもこの日露交渉は「領土問題」がテーマだと思って来たこと自体が、日本側の一方的な思い込みだったようだ。

訪日を目前に読売新聞と日本テレビのインタビューを受けたプーチンが語ったのは「四島の返還なんてこちらは一切聞いていないのに日本が勝手に話を進めている」と不信感も露に安倍側の嘘を厳しく非難する内容だ。

日本政府からなんの反論も出ていない以上は、事実関係そのものはプーチンの言う通りなのだろうし、それはこの一連の日露交渉で報道された実際の事実関係を見ても確認できる。

たとえば安倍氏が5月にソチのプーチンの別荘に馳せ参じたり、9月の首脳会談でも「手応えを感じた」などなどと言っていたのは、ひたすらプーチンの機嫌をとることだけを優先させて経済協力を申し出るばかりで、平和条約のことすらロクに交渉せず、まして四島の帰属のことなんてなにも言っていなかったからだったと考えた方が説明がつく。

だいたい「新しいアプローチ」を言い出した時点から、実際に報道されていた交渉の内容は、一貫して経済協力の強化と、1956年の日ソ共同宣言で合意したもののそのまま「棚上げ」になっていた日ソ(今では日露)平和条約の締結に向けた話だけだったではないか。

この時点では、「もしかして『新しいアプローチ』とは二島先行返還論のことなのか?」とでも考えるしかなかった。日ソの国交が正式に回復した1956年の日ソ共同宣言には、平和条約の締結と同時に歯舞と色丹が返還されるという約束が明記されているからだ。 
だがなぜか、「新しいアプローチ」についてそういう分析をするメディアは一切なかった。 
こういう報道しかやらないから世論が領土問題をまったく理解できないままになり、その世論への配慮が優先されるから、いわば「嘘に嘘を重ねる」のに近い格好になり、だから日本の外交は、竹島にしても尖閣諸島にしても領土問題の扱いで失敗ばかり続けてしまう面も大きい。

日本の政界の理屈では、この60年前の共同宣言でもっとも重要視して来たのが平和条約締結と同時に色丹島・歯舞群島を返還する、という部分であり続けて来たので、日本側の認識としては、二島の返還については議論していた、という認識にはなるだろう。

だがそれは、一方的な日本側の認識でしかなく、ソ連(ロシア)がそれを共有して来たわけではない。

少なくとも外交の建前・国際常識でいえばもっとも重要なのは平和条約の締結、つまり第二次大戦が国際法的にはまだ完全に終結したことになっていない状態を改めることであって、外交の建前上は国境地帯の小さな島々の帰属は付随的な、より低い重要性しか持たない。

プーチン大統領は今回、見事にこの部分で安倍外交の揚げ足を取ってみせた。

これまで交渉して来たのはあくまで平和条約の締結とより密接な経済協力のはずなのに、まだ平和条約の締結時に返還と約束して来た歯舞・色丹だけならともかく、いつのまにか日本側が択捉国後という、ロシア側から見ればまったく関係ない問題まで盛り込んだかのように言っているのは不誠実な二枚舌外交でロシアを騙しているではないか、と今や安倍をストレートに非難しているのだ。

繰り返しになるが、「『新しいアプローチ』とは二島先行返還論のことなのか?」と考えるのが最初から日本側の認識でも自然になるわけで、なぜかそう報道はしなかった日本のメディア、そういう議論から逃げた日本の「識者」がおかしい、ということにしか客観的にはならない。 
もちろんそれは、別に「新しく」もなんともないわけではあるが。

この露骨なまでの不信感の表明は、もちろん相手がプーチンであるからには、演技だと考えた方がいい。

その上でプーチンは日露首脳会談については「信頼関係の構築」を強調もしている。つまりは安倍に「誠意を見せろ」イコール「俺を納得させろ」と脅しているのに等しい。

もちろんしたたかなプーチンのことである。

安倍が国内向けの人気取りの二枚舌で北方四島の返還を国内向けでは言っていること、最初から安倍がその二枚舌で自分に接近して来ていることは、最初から百も承知だった。

自分の意図を完全に理解されているのに、安倍はそのことをはっきりとプーチンに伝えたことが一度もなかったのだろう。そうでなければプーチンが11月末のペルーでの会談以降態度を豹変させたことに安倍政権があわてふためくことも、ダンマリを決め込むこともないはずだ。

こんな時に限って日本的な「察してもらう」「以心伝心」の文化をよりにもよってプーチンに期待する方が考えが甘いわけで、明言はしない意図を相手国に見透かされるというのは、外交では揚げ足をとられる弱点・失点にしかならないとういう当たり前のことが、この総理大臣は何度外交上の失態を繰り返しても、未だに学習できないらしい。

で、安倍側がそれでも北方領土の返還に目処をつけることに固執しつつ、しかしプーチンに面と向かってはそれを言えない立場に追い込まれては、一縷の望みにすがって逆に色丹・歯舞の返還の望みすら断たれる話に乗らざるをえなくすらなり得る。

つまりこのままでは、ソ連からロシアへの政権の移譲後も有効性が確認されている日ソ共同宣言に明記されていた、歯舞・色丹の将来的な日本への返還も、「日本側の態度が不誠実」という理由で白紙撤回されかねない。

というか、ウラディミール・プーチンは最初からそれを狙っていたと考えた方が、恐らくは正確な認識だろう。

色丹島は日ソ共同宣言以来、理論的にはいつ日本に返還されてもおかしくない状態にあった。現在3000人ほどの人口があるそうだが、国後・択捉にはメドヴェージェフ大統領、二度目のプーチン大統領の政権下で大規模なインフラ整備などの経済開発が進んでいるものの、「いつ日本に返すか分からない」色丹島ではそこまでの開発は進められず、島は人口減少リスクでも苦しんでいるらしい。

つまりプーチンにとっても色丹の帰属を確定させる必要はあるのだ。ならばこの際、安倍の不誠実な二枚舌ないし的外れな「以心伝心」「配慮」「察する」期待を逆手にとって、色丹・歯舞も返さずに済む大義名分の確立にまで漕ぎ着けることができれば、色丹の住民のための開発事業も進められるし、今ある以上に重要な軍事設備を置くことすら可能になる。

こうした相手国の利害や立場も考えず、つけ込まれる弱みになんの対処もしていなかった安倍外交が稚拙なだけだ

つまりは安倍晋三は自分からプーチンに擦り寄っておいて、逆に足下を見られ、みごとにしてやられたのだが、最初からあまりに認識が甘かったとしか言いようがない。

なにせ安全保障の問題だけでも、ちょっと考えれば分かり切った話なのだ。

なのに安倍政権では今まで、そこを考えもしなかったらしい。だとしたらあまりに呆れた独りよがりの「前のめり」、愚劣な希望外交でしかなかった。

そもそも安倍を落胆させた首脳会談の直後にロシア政府が発表した通り最新の対艦ミサイルの配備が完了している択捉・国後だけでなく、すでにロシア軍の基地がある色丹島も、ロシア側からすれば現状、安全保障の観点から、日米安保に依存する日本には返還できるわけがない。返還したとたんに色丹・歯舞が米国の軍事拠点になることだって、米政府が要求するだけでそうなってしまうのだ。

そもそも、安倍首相はこれまで自民党の先輩達がなぜこの問題で苦労して来たのかもまったく勉強していないらしい。

択捉、国後、色丹と歯舞群島の帰属は、日本側からみれば日ソ中立条約を破棄して終戦間際になって参戦して来たソ連軍に不当に占領された土地、というのが公式見解であり、その主張自体にはもちろん一定の正当性がある。

しかし、日本人や日本外交がひどく苦手なことなのだが、外交とは常に相手国があるものであり、その相手国には自国の利害もあれば、自己正当化の論理付けもあって当たり前なのだ。

ロシア(ソ連)側からみれば日ソ中立条約の一方的な破棄も、自国に二千万の犠牲者を出したナチスの同盟国である日本がいつまでも抵抗を続けていた1945年夏の段階で、世界の平和の回復のための当然かつ正当な判断ではあったわけで、またアメリカを中心とする他の連合国からの要請もあった(ヤルタ会談、ポツダム会議)。

たとえ日本の主張に正当性があるからといって、領土問題で相手国が完全に間違っているなんてことは絶対にあり得ないことが、なぜか日本人には理解できないらしい。  
まして第二次世界大戦で日本やドイツはただ敗戦しただけではなく、人道に対する罪、自らの野心で世界平和を危機に陥れた罪で裁かれた側となるのが、戦後の世界秩序の基本だ。それが「戦勝国の論理だ」というのなら、まずサンフランシスコ講和条約の破棄でも明言することから始めるのが筋であり、それができないのなら黙っているしかない。
だが外務省もそんな二枚舌の欺瞞に無自覚に耽溺する世論に配慮した内向きの政策しか提案できず、だから日本は外交的な惨敗を続けることになる。

そしてロシアからみれば、第二次大戦の敗戦で日本は千島列島と南樺太の領有権を放棄したはずであり、択捉と国後の二島はロシア側の地理的な認識では「南クリル列島」つまり千島列島の一部で、日本が放棄した島々に含まれるという見解になる。

その「千島列島の一部」には地理的に属さないとソ連ないしロシア側も認めざるを得ないのが色丹島と歯舞群島で、だから戦争の過程で一方的に占領領有した領土は平和条約の締結と同時に返還する、というのが1956年の日ソ共同宣言の領土問題に関するロジックだった。

つまり日本から見れば「北方四島」でも、ロシア側から見れば千島列島の一部である国後と択捉の二島と、歯舞色丹では、少なくとも建前上はまったく認識が異なるし、歯舞と色丹についてはだから共同宣言と同時に平和条約の内容を詰める作業が始まったはずで、1956年からみて近い将来に返還されるはずだったし、ソ連も当初はそのつもりだった。

しかもその日本側でさえ、サンフランシスコ講和会議の時点では、吉田茂首相が択捉と国後は千島列島だという認識だったし、普通に地図を見れば確かにそうとしか見えない。

平和条約の締結と色丹・歯舞の返還という流れが完全に止まってしまったのは、ソ連(ロシア)側からみれば日本側の責任になる。

それに日本側でも、日ソ平和条約による戦争状態の最終的な法的終結とこの二島の返還・帰属よりも、別の政策を優先させることで、事実上自らこの二つの島々を見捨てた、取り返すことを諦めたことも、国内の報道ではまったく触れられて来ていないものの、間違いのない史実だ。

1960年の日米安保条約の改正だ。

アメリカが日本に軍事力を置くことを戦後の占領と無関係に認め続け、米軍が自国の軍事背安全保障政策に必要な基地を日本が提供し続けることを約束したこの条約により、アメリカがソ連を牽制するために、返還された色丹島に米軍基地を置くことも可能になる。

当時の冷戦下では、ソ連側からみれば自国領土の防衛の観点から、この二島を日本に返還することが絶対にあり得ないことになるし、岸信介政権もその程度のことは百も承知だったはずだ。

日本政府はそれが分かっていても、日ソの友好関係と平和条約、沿岸の北海道魚民の利益や、なによりも故郷の土地に戻したい旧島民の悲願よりも、日本全体の安全保障政策と冷戦下での日米の連携(というか対米従属と、アメリカの軍事的メリット)を優先させて、いわば歯舞・色丹を見捨てたのだ。

しかも日本政府はサンフランシスコ講和条約と、そして日ソ共同宣言の時点では日本側も色丹と歯舞の返還を求める立場を公式には表明しながら、国内では二島ではなく四島一括でなければ、と言う二枚舌を続けているし、そこにはアメリカの圧力も垣間見え、平和条約締結にアメリカが圧力をかけた事実すらある。これではソ連(ロシア)側から見れば明らかに不誠実で一貫性に欠ける態度にしか見えない(少なくともそこを責め立てる日本側の弱点・失点になる)。

だから60年安保以降、北方領土問題が動くことはまったくなく、こと知床半島と択捉・国後のあいだの海が極めて豊かな漁場であることから、冷戦期にはこの海域で操業していた日本漁船が拉致拿捕される事件も相次いだ。

北方領土の問題と平和条約の締結が再び動き始めたのは冷戦の終結がきっかけだった。

ソ連(ロシア)にとっては軍事的要衝としてのこの四島の価値が低下する、事実上なきに等しいものになる一方で、冷戦を終結させその禍根を清算するという大義名分を果たすべき状況になったからだ。

まずミハイル・ゴルバチョフ・ソ連書記長が来日して海部俊樹首相との交渉を進めたのが、これはペレストロイカが思うように進められなくなっていたゴルバチョフ氏の政権基盤が、この訪日中にモスクワで起こった事実上の無血クーデタに近い政変で揺らいだことで、立ち消えになってしまった。

そのソ連がなくなり、ロシア共和国となった時点で、ボリス・エリツィン初代大統領と日本の橋本龍太郎首相のあいだで再び交渉が始まり、この時には橋本首相がロシアのエリツィン氏の別荘にまで招かれて膝を交えた親密な状況での交渉が進んだが、これもエリツィン氏自身の健康問題(心臓病)の突然の悪化と、それに伴う政権の弱体化で立ち消えになった。

こと橋本エリツィン交渉の時点では、経済的な混乱が収まらないロシアのなかでもとくにシベリアより東の地域は貧困に苦しみ、北方四島のロシア人住民のあいだでも日本の経済力に期待し、自分達の住む権利さえ保証されるのなら日本領になってもいい、というくらいの意見すら出ていたし、冷戦が終わったこの時代の空気のなかでは、繰り返すがこの四島の軍事的な要衝としての位置づけは限りなく低下していた。

あとはロシア国民にとって「貧しさのあまり領土を売り渡した」という形になってしまうプライドの問題が国民の反発を買うのではないかという心配だけが最大の障害になり、ゴルバチョフ、エリツィンの両政権もあと一歩のところで決断に踏み切れなかった、というのがこれまでのだいたいの流れだった。

安倍氏は、こうした自分の祖父も含む、自党の先輩たちの苦労を、まったく知らないのだろうか?

北方四島をめぐる交渉が進められようとしていた過去のいずれの時期と較べても、ロシア側では今この四島の帰属をわざわざ議論することのメリットも、モチベーションも遥かに少ない。

まずゴルバチョフ、エリツィンの二人にとって、冷戦の後片付けが政権の大きな役割だった。

日本との平和条約締結と領土問題の解決はその象徴的な意味を持つし、なんといっても四島は確かにスターリン独裁時代に日本から奪ったものでもあるのだから、旧体制への批判と反省を示し日本との新しい友好関係を確立するという立場からも、共同宣言に明記された二島だけでなく四島も含めて日本に返す、という大義名分は立てられなくもなかった。

しかし今はまったくそんな時代ではない。

冷戦の終結を世界が喜んだのはもう20年以上前のことで、今や新冷戦が始まることすら危惧され始めるなか、この四島の帰属問題は再び強く軍事的な意味合いすら持ち始めている。

ロシアはアメリカやEUとウクライナをめぐって対立を深め、シリア内戦でも立場の違いが鮮明化している。

安倍首相はプーチン氏との「個人的な信頼関係」が通用すると思っていたようだが、ロシアからみればその安倍政権は、昨年新安保法制を強行したのを見ても、沖縄県と県民の反対をおしきって普天間基地の辺野古移設や高江のヘリパッド建設を強行しているのを見ても、対米隷属と米軍の軍事プレゼンスに依存する傾向が以前の日本のどの政権よりも顕著な政権だとしか見えない。

プーチンがそんな対米従属べったりの安倍の日本を信頼して四島を返すなんてことは、防衛政策上絶対にあり得ない。

択捉と国後はそもそも「千島列島の一部」の認識なのだから返還を論ずる対象にならないし、色丹島だけでも米軍の軍事的な要衝になり得る以上は、日ソ共同宣言で合意されている色丹歯舞返還の約束をどう反古にできるのかをこそ、プーチンは真っ先に考えたはずだ。

安倍や世耕対露交渉担当大臣がいかにゴマを擦って下手に出て、すでに民間企業のロシアへの出資まで上乗せして経済協力をアピールしたところで、プーチンは得る者はどん欲に受け取りはしても、そんなことでなびきはしない。

…というよりも、日本が首脳会談で提案する「経済協力」に、すでに日本企業が自身の経営判断で進めているロシアでの事業やロシアへの出資まで勝手に含めて、いわば水増しした内容で交渉のテーブルに出すことは、ロシア側からみればあまりに見え透いて馬鹿げた欺瞞にしか見えない。

確かにウクライナとクリミアの問題で日本も含むG7各国による経済制裁を受けてはいても、経済が苦しいとは言ったってソ連崩壊後の混乱期とは比べ物にならないほど状態はいい。経済協力と引き換えに領土を、というほどにプーチン政権は追いつめられてなぞまったくいないし、強固なナショナリズムがこの政権の権力基盤となる圧倒的な支持率の基礎にある。そもそも、北方四島を今日本に返還するメリットがまったくない。

それどころか、ロシアには経済協力を申し出ながら、アメリカや他のG7諸国相手にも顔色をうかがい歩調を合わせて経済制裁を続けるという安倍政権の二枚舌外交は、相手国の不信しか買わない(というより、相手はプーチンである。こうも分かりやすい欺瞞は絶好の揚げ足取りのネタになる)ことに、日本側はなぜ気づけないのだろうか?

安倍のような「他人様のいない世界観」、相手国の立場や都合や主張を自分たちの側の都合で勝手にねじ曲げてしまう認識の歪みでは、外交なんてできるわけがない。

それに個人的な信頼関係を言うのなら、ゴルバチョフと海部俊樹、エリツィンと橋本龍太郎のいずれをとってもプーチンと安倍よりも遥かに深い信頼関係があった。

ゴルバチョフもエリツィンも政治的な理念や理想主義、誠実さを曲がりなりにも重んじる政治家ではあった(人間的に善良でもあった)が、プーチンとの「個人的な信頼関係」なんて夢想する方が間違っている(またプーチン自身がそういう悪辣な権力者であることを売りにして支持を集めてすらいる)し、こう言っては悪いが安倍氏は安倍氏でプーチンとまったく違った意味で「平気ですぐ嘘をつく政治家」ではないか。

プーチンのような考え抜かれた権謀術数ではなく、ただ行き当たりばったりに言葉に詰まって稚拙な嘘やデタラメを言い出してしまう、プーチンとは別の意味で信頼に値しない「噓つき」の安倍が、二枚舌の不誠実を相手に見透かされておいて、いまさら「信頼関係」もへったくれもない。

今までの流れを見る限り、噓つき政治家どうしの「個人的な信頼(なんてものが成立するなら、の話だが)」は、自分と自国の利益のためには平然と考え抜かれた嘘をつける能力があるプーチンに、無能なのにエゴが強いから苦し紛れに嘘を言ってしまったり、自分の誤摩化しの人気取りで平気で嘘を言ってしまえる安倍氏の二枚舌外交が見事に逆手に取られた、という結果にしかなりそうにない。

11月末にペルーで開催されたAPEC首脳会議での日露首脳会談の結果に、安倍首相が失望を隠せなかったことから、日本のメディアではアメリカ大統領選挙でプーチンを褒めていたドナルド・トランプが次期大統領と決まったことが、日本にとっては不利に働いた(米露関係の改善が望めるのだから日露関係が後回しになった)、とする分析が日本のメディアでは支配的だが、これも相当に眉唾な話だ。

というか、どうやったらこんな幼稚な与太話を真面目な顔で言えるのか、理解に苦しむ。 
日本側の失敗のいいわけにアメリカ大統領選挙を御都合主義で持ち出しているだけだ。

まずトランプ政権がどんな対ロシア外交の方針を打ち出すのかすら見えていない段階でそんな拙速な方向転換をするほど、プーチンは稚拙でうかつな政治家ではない。あまりに相手側の能力を見くびり過ぎ、相手の思惑を自分たちの都合だけで決めつけて誤解するのも、日本の外交が失敗するいつものパターンだ。

しかも安倍が「新しいアプローチ」を言い出した時点で、プーチン政権は色丹島や国後島の軍備の強化を発表していた。なのに日本側はこのことにすら、一切抗議していない。安倍は日本的な「配慮」でプーチンの好感を得たのつもりだったのかも知れないが、これでは相手側に「ナメられる」だけだ。

いやもちろん、日本の外務省だって、ここまで稚拙な判断の連続はさすがにしなかっただろう。

北方四島の問題を話題にすることで夏の参院選も睨んだ人気取りを計ろうという安倍首相に対し、外務省がそうは簡単にいかないことを警告くらいはしたはずなのは、とくに参院選後の内閣改造を見ても分かる。

なんと安倍の側近としても知られる世耕氏が、経済産業大臣だけでなく対ロ交渉の担当大臣にも就任し、外務大臣がやるべき交渉を勝手に進め続けてしまったのだ。これでプーチンに足下を見るなという方がおかしい。

つまり安倍は自分の妙に楽観的な希望的観測に当然ながら異を唱えた外務省を煙たがり、経産省と世耕大臣と官邸で日露交渉を進めることにして、あろうことか経験の蓄積がある外交のプロを排除して、自分の非常識で見事に自滅しただけではない、日本の国益を大いに損ねてしまったのだ。

もちろん日本の外務省だって確かにそれほど有能ではないのは、その通りだとは思う。政権によっては国民の利益を守るためには外務省を信頼するわけにはいかないのも、小泉純一郎政権が最初は外交機密費問題に切り込もうとして失敗したことや、鳩山由紀夫政権時に開示されたさまざまな密約を見ても、ある意味では当然の態度だ。

とはいえそれでも、外務省はまだ外交の専門家集団であり、安倍のようなただのド素人が傲慢にないがしろにしていいものではないし、現に安倍政権はこれまでも何度も外務省の進言や警告、意向を無視した独走の結果、外交的な失敗を繰り返している。

鳴り物入りで「河野談話の再検証」なる与太話を外務省の反対を押し切って私的諮問機関にやらせた結果、安倍は周辺諸国の不信感を買っただけで、「検証」の結果出て来たことといったら従来知られていた事実関係の再確認だけだった。

昨年のイスラム国による人質事件も、外務省が懸命に止めさせようとしたのに、安倍が勝手にカイロでの演説で「イスラム国と戦う国々に援助」という文言を入れてしまった結果起こったことだ。事件が表面化すると、特使としてアンマンに派遣した中山外務副大臣は、この種の交渉は絶対秘密裏で行わなければならないのが外交官の常識なのに、記者団相手のぶら下がり会見を毎日のように開催するという、政権の人気取りを優先しただけの非常識な行動に終始した。

昨年夏の、安倍首相肝いりの「明治の産業革命」の世界遺産登録も、外務省がせっかく韓国との交渉でまとめた話を、世界遺産会議が始まってから安倍首相が自分の身勝手で混乱させた結果、日本は全理事国の全会一致による懲罰的決議まで食らうはめになった。

米議会両院総会でのスピーチという名誉ある場でも、安倍はその内容を外務省にタッチさせず経産省出身の補佐官に書かせたデタラメな代物を読み上げた結果、日本の報道では隠されているもののアメリカのメディアは無視か批判だけに染まり、共和党の重鎮さえ非難声明を出すようなていたらくに陥った。

直近の例では、これも外務省の制止を無視して次期大統領に決まったドナルド・トランプに面会を頼み込み、TPPについて説得できたつもりだったのが、自信満々で行ったペルーのリマでの記者会見の直後に、トランプがTPPの即時離脱を宣言した経済政策ビデオを発表、大恥をかいたうえに、オバマ政権の不信も買ってしまってその誤摩化しに懸命になるあまり、真珠湾を訪問して謝罪外交に走ろうとしているのが現状だ。

日本はなぜ、外交上の失敗を繰り返すのか?

とりわけ安倍政権はその失敗の典型パターンのなかでも極端に稚拙な誤りを繰り返しながら、まったく反省も学習もないようだ。

外務省に限らず、日本人全般にはどうにもうまく認識できないことのようだが、外交は最低限でも相手国がいることであり、場合によっては無数の第三国の利害もからみ、複雑な状況下で高度の判断が要求される分野だ。

日本の外交はそれでなくとも、この相手国の利害や思惑を読み違える、というか自国の都合や主張の辻褄合わせに終始するだけで他国がその都合にあわせて動いてくれると思い込んだ「希望外交」の失敗や、国内世論に気を遣い過ぎた二枚舌の誤摩化しで動きが取れなくなるケースがあまりに多い。

だいたい、75年前の対米開戦こそがその典型だった。日本はアメリカが最後には妥協してくれると信じて強硬態度を貫き、結果最後通牒のハル・ノートを突きつけられたのだ。

尖閣諸島や竹島の領土問題でもこの種の失敗が繰り返されている。

というか、竹島に関しては民主党政権の野田首相が本気で国際司法裁判所に持ち込もうとして、外務省が慌てて止めて腰砕けになったこともある。つまり外務省は、実は日本の領有主張が国際的にはまったく通用しない理屈だと分かっていながら、国民の御機嫌取りのために虚勢のデタラメ領有権を国内向けに言い張っているのだ。

尖閣諸島をめぐっても、安倍の前の民主党政権で菅、野田の二代の首相が大変な失態を演じてしまっていながら、メディアも含めてそのことを国民に正直に言えないまま、安倍政権に入ってから日中関係を取り返しのつかないレベルで悪化させてしまった。

そうはいっても、これまでの日本の外交だって、安倍政権になってからの拙劣さに較べればまだマシ、と言わねばなるまい。

しかもこの総理ときたら外交で失敗しかしていないのに、メディアもまるで批判しないし、周囲でも誰も諌めないらしい。 
いやそれどころか、なまじ現実がそんなに甘くはないことを進言をしたばかりに外務省が排除されるハメになり、その結果が昨年暮れの慰安婦問題についての日韓合意(韓国に守る義務がなにもない空約束に10億払っただけ)のていたらくだったり、今回の日露首脳会談だったりするわけだ。

安倍首相は北方領土の旧住民に面会し、自分の世代でこの領土問題の決着をつけたい、と豪語したそうだ。なるほど、プーチンもこの際自分の代で決着をつけるつもりだ。つまり、このままでは、歯舞色丹まで含めてロシアの領有権が確定する、という結果になりかねない。

だいたい平和条約締結に伴う二島返還だけだったら、冷戦中はともかくその終了後には決着できたことだ。海部俊樹首相も、橋本龍太郎首相も、二島だけではなく四島一括でなければ許されない、という自民党自身が作って来た世論を尊重せざるを得なかったのだし、その後も交渉は膠着したままだったのだ。

もともと旧島民にしてみれば、島の帰属よりも自分たちが故郷に戻れるかどうかの方が重要だ。ソ連時代ならともかくロシアの時代ともなれば、ビザを取得して故郷を訪問することも本来ならできるし、居住も含めたビザの取得ですら、ロシア側はむしろ好意的に対応するだろう。

そして旧島民が故郷に住みたいと思うなら、突き詰めれば日本領だろうがロシアだろうが、そのこと自体は関係がない。戦後の三年間ほどは、択捉、国後、色丹の三島では、ロシア人と日本人が片寄せ合って生活して来た歴史もある。

旧島民が故郷に住むことが許されないのはあくまで日本政府の都合で、日本国民がロシアのビザで北方領土に入ることはロシアの主権・施政権を認めてしまうことになるから、として日本政府が禁じて来たことでしかない。

冷戦終結後の日ソ・日露交渉で、旧島民の墓参のための「ビザなし渡航」がまとまったのは、ソ連やロシアがビザを発行に難色を示したからであるかのように日本国内では誤解されているが、これはまったくの間違いだ。日本政府の都合で旧島民にビザが発行されることを日本側が拒否しているから、「ビザなし渡航」というずいぶんいびつなところで落ち着かざるを得なかっただけだ。 
安倍は今回、この「ビザなし渡航」の拡大もプーチンと交渉したいらしいのだが…。

ここまで長いあいだ旧島民を我慢させて来たはずの主権と帰属の問題を、安倍は今回の日露首脳会談では議論せず、そこは曖昧なままに四島での経済協力まで持ちかけ、旧島民の訪問の機会を増やす交渉をするらしい。

いいかげんにして欲しい。旧島民は今まで70年近く、なんのために我慢させられて来たというのか?

安倍が「避けて通った」つもりでも、プーチンから見れば安倍が四島の日本への帰属を強く主張しない限りは、四島に関するロシアの主権を容認したとみなして当然だ。むろん安倍がそんなつもりではないことは百も承知でも、安倍がはっきり言わない限りはプーチンがそう受け取るのが当たり前なのだ。

このままでは、70年近く待たされて来た旧島民こそいい面の皮だ。ここまで自分の国民、それも高齢の人たちを裏切り続けて、この総理大臣は恥ずかしいと思わないのだろうか?