最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
DVD 2月20日より発売!amazon.co.jp 配信はこちら

11/15/2014

安倍政権の「外交的勝利」と「解散総選挙」


日本憲政史上、前代未聞の珍事だろう。

衆議院の解散を決めることは総理大臣だけが持つ特権のはずだ。その総理大臣が連続外遊中で外交に専念している(はずの)あいだに、なぜか12月に解散総選挙が既定路線になっている。

高度情報通信の時代に、物理的に国内にいないからと言って連絡を密にとることはいくらでも可能とはいえ、そんなことに気をとられて外交は大丈夫なのかよ、と心配になるところだが、APEC会議で先頃やっと北京で行われた日中首脳会談は安倍政権の「外交的勝利」なのだそうで、孤立した韓国が「反日外交」をやめるのも時間の問題だそうだ。

ミャンマーで行われている東アジア諸国会議では、安倍首相は果敢にも中国の南沙諸島における開発計画に「法の支配」を尊重すべきだと牽制したそうだ。

法の支配ねえ…。 
南沙諸島はヴェトナム、フィリピンが領有権を主張して、実効支配する中国とのあいだで小競り合いが起こっているが、「法の支配」ならば日本の尖閣諸島に関する主張と同様、実効支配する中国にとっては「領土問題なぞない」が公式見解であって法的には問題がなくなるのだが。
日本国内で尖閣諸島の所有権を当時東京都知事だった石原慎太郎が買おうとしたときには「日本国内の経済取引は我が国が関知するとことではない」が中国政府の態度だったが(ちなみに慎太郎が買っていれば、仮に中国が尖閣諸島を領有してもその所有権は尊重されるのが「法の支配」である)、それが「法の支配を尊重」のはずだ。

中国が尖閣諸島を問題にしたのは、2010年に(日本の国内法によれば)領海侵犯の違法操業をしていた漁船を日本が拿捕し、その船長を法定拘置期間が過ぎても監禁し続けた(これは日本の国内法でも違法)末に日米外相会談、首脳会談の結果、釈放となった時と、2012年に野田首相(当時)が尖閣諸島を国有化すると言い出し、しかも「法の支配」云々と中国を挑発する国連演説をやってしまった時以降今までだけだ。

いや「法の支配」つまり公平客観で言えば、「中国が問題にした」のではなく「中国政府が無視できない問題を日本政府が引き起こし、中国政府が対応を余儀なくされた」と言った方が正確だ。

この野田政権の時点で、尖閣諸島をめぐる日中のいさかいは中国外務省が即座に報道官が「戦後の世界の法秩序は第二次大戦の結果に基づく」とコメントしただけで決着がついている。

習近平に政権が交替したあと、中国は自由民主党の重鎮・野中広務氏をわざわざ招き、氏がその側近であった田中角栄と周恩来のあいだで日中国交回復時に「棚上げ」合意があったことを確認した。

つまり立場上の建前はともかく、中国側は日本が実効支配する現状を問題にする意志がないことを、明白にしている。

どうも最近日本でのこの言葉の使い方がヘンなのだが、「国益を重視」「国益を優先」とは、周恩来が「棚上げ」を提案したようなことを言うのである。 
国家のおおやけの立場、つまり建前上は、歴史的な経緯からして中国政府は(中華民国つまり台湾と同様)尖閣諸島の領有権を主張しなければならない。 
だが日中の国交を回復し、日本との経済交流で中国の産業経済を促進することの方が中国の国益だったし、しかもいざ日本に尖閣の領有権を放棄されてしまえば、今度はこの無人島群が北京と台北の衝突の火種になる。 
ならば「棚上げ」の方が国全体の利益になる、というのが「国益を重視」だ。 
体裁としてはまったく格好のつかない妥協でも、その体面よりも国益が優先されたわけだし、習近平政権はわざわざ野中氏を招いてまでそのことを改めて確認したのだ。 
これで日中関係の政治的硬直が続く理由はなくなった…はずだったが、なんとその日本に一方的に有利な「棚上げ」密約の存在を、自党の大先輩が裏付け証言までしているのに、それでもわざわざ閣議決定で再否定したのが、安倍政権である(2010年当時の民主党の菅内閣が出した同様の決議に負けてはならぬ、とでも言うことなのだろうか?)。

同盟国のアメリカは早々に、2012年どころか2010年の「船長」騒動の際に「両国の主権問題に我が国は関与しない」として日本の味方を拒否したし(その首脳会談の翌日に船長が釈放、米側は国務副長官が「菅直人首相の高度な政治判断」を賞賛した)、ちょうど2年前に野田政権がいきなり自爆解散して退陣した真の理由も、日中関係を硬直化させた野田首相にオバマが愛想をつかし、再選祝いの電話すら受けるのを拒否したから、である。

野田による解散は、その午後の党首討論でいきなり口にされた。

民主党内ではすでに野田を退陣させ細野豪志氏を後任首相にして、党を離れた小沢一郎らを呼び戻し、細野首相で中国とも話をつける動きが進行しており、当の与党のそんな選挙準備すらまったく出来ていない総選挙は、当然ながら民主の惨敗に終わった。
この年の夏に東京で行われたIMF総会に、尖閣諸島問題を日本が硬直させたままでは中国の閣僚レベルが参加できなくなった時点で、世界は呆れ、オバマ政権は激怒していた。 
それも当然だろう。ユーロの通貨危機がささやかれる中、それでなくても今の世界で、中国抜きにIMF総会なんて考えられない。リーマン・ショック以降の世界経済をなんとか支えているのは、巨大な中国経済の力強い成長だったし、この時にユーロ危機を回避できるのに使えるマネーは、中国と日本の保有する外貨準備だった。

安倍と習近平の首脳会談を実現させるのに奔走したのは、福田康夫元首相だったそうだが、その裏にはむろんアメリカのもはや公然たる圧力と(日中会談に先立ちアメリカ政府は、国務長官と副大統領が、これからのもっとも大事な関係は米中関係だとさかんにアピールしている)、このままでは日本が外交的に完全に孤立することについての福田さんも含めた政治や外交が分かる人たちの危機感があったし、中国としても日本との関係が悪化し続けることは大きなリスクを伴う。

急成長する中国の産業の主力は、電気機器などの最終組み立て工程では日本製の部品が欠かせないし、日本企業の多くが中国に工場を持ってもいる。

たとえばユニクロの服だとかみなさん多少はお持ちだろうが、日本ブランドであっても製造国の表記を見て欲しい。 
主力商品でデザインがいいぶん裁断や縫製にそれなりの技術が必要な、ある程度高級なものや新しい商品のほとんどが「Made in China」、他に比較的シンプルで以前からの定番デザインのTシャツなどにカンボジア、バングラディッシュ、ヴェトナム、インドネシアなどの国名が見つかるだろう。

いや危惧しているのは中国だけではない。日本経済が風邪をひき、日中の経済取引が滞れば、世界経済が肺炎を起こすとすら言えるのが、今の世界の実情である。

日中の経済取引は、二国間のものでは世界最大規模の取引きのひとつだし、しかも外貨準備高などがいちばん多いのがこの二国だ。2012年のIMF東京総会は、まさにこの両国のマネーでユーロ危機の解決を図るのが本来の目的だったはずが、中国の閣僚級出席が不可能になった結果なにも決められなかったのである。

逆に言えばこの2国間の経済交流に障害が出ることは、リーマン・ショック以降不安定な迷走を続ける世界の経済にとって死活問題になりかねない。

言うまでもなく、日中の経済取引は日本経済にとっても死活問題だ。

わざわざこうも国益に反すること(「国益」とは国家の体面やメンツに関わる、たとえば「無人島の領有権」ではない。ベタに実際の利害、主におカネと商売の話だ)をやり続ける安倍政権は、世界から見れば「不思議ちゃん」でしかない。

筋も通らず、国益に合致するとも思えない、安倍政権の非常識な外交は安全保障理事会で経済制裁が議論されてもおかしくない類いの話だ。

たとえば靖国神社参拝など、第二次大戦中の日本を正当化するとみなされる行為は普通の国ならまったく許容されず猛然たる批判を浴びるし、慰安婦問題に関する不誠実な対応も同様だ。 
「集団的自衛権」や改憲論議と、それらをめぐる安倍の発言に至っては、普通なら露骨な戦争挑発行為として危険視される

にも関わらず、日中関係や日本の外交がまだそこまでは決定的に破綻していないのは、ひたすら日本が今でも世界経済を支える経済産業超大国だから、である。

だから今まで安倍は駄々を通し続けて来れたわけではあり、世界が根負けして筋の通らないわがままでも聞いてくれた結果の「外交的勝利」と言えば、まあそうなのかも知れない。

もっとも、首脳会談の中身からして、真相は違う。

安倍はわざわざ記者団に、習近平が「一回目に会うのは他人どうしだが、二回目以降はもう友人だ」と言ってくれたと自慢げに吹聴したそうだが、むしろ先方が余裕の大人の態度で配慮してくれた、ということに気づけないのだろうか?

国内ではテレビの第一報でのみ検閲カットがなくて報道され、その後はまったく伏せられているが、ホスト国が中国だというのに安倍は首脳会談の会場で習主席が来るまで待たされている。

「首脳会談」といっても通常の公式会談の体裁すら準備されず、双方が閣僚らを従えてテーブルを挟んできちんと議論を交わすのではなく、ソファに座らされて「表敬訪問」レベルの「懇談」扱いでしかない。その上、習主席が日本側の通訳官を露骨に無視する態度すら見られた。


決まったことは双方の領海に関することについての連絡を密にする体制の構築と外務省発表を通した報道では言われているし、その前に外務省は尖閣諸島について日中両国が「異なった見解を持っている」ということを、首脳会談の根回し段階で公式に発表させられている。

それは事実としては当然そうだろうとはいえ、日本が公式に領有権があると言っている以上、公式な発言はあくまで「我が国固有の領土であり主権の範囲、問題はない」でなくてはならないはずだ。

いかに国益に関しては微妙でも、国家の体面は国家の体面であり、公式の外交の場では形だけでも守られなければいけない体裁なのだが。

それどころか、この文脈で海上連絡メカニズムを構築、というのは、尖閣諸島とその周辺海域について中国政府の権限を一定レベルにせよ認める、という意味にしかならない。 
尖閣諸島の支配権と警察権の執行は、あくまで日本政府でなければ、それこそ「日本の主権を侵害」になる。

安倍は靖国神社の問題が議題にならなかったことで「外交的勝利」と胸を張っていいとでも、思っているのだろうか?

尖閣諸島に関する妥協と引き換えに靖国参拝、つまりどうも彼にとっては「日本の名誉」であるらしいただの自己満足を押し通した気分でいるのかも知れないが、中国側からすれば「そんなことは言わずもがな」の大人の態度であろう以前に、そもそも日本の戦争責任の問題は日中の二国間の問題ではないし、安倍の就任後の日本をめぐる国際政治の現状では、歴史問題は日本対世界の対立になっている(ということを、二国間の首脳会談ではあえて言及しないことで逆に巧妙に明確にさせたのもまた、習政権の「大人の態度」である)。

たとえば慰安婦問題や戦争責任に関することは、最初から世界に対する日本の誠意と信頼の問題だ。 
その信頼を損ね続けているからこそ、国連人権理事会人種差別撤廃委員会でも問題にされているだけでなく、現に安倍の靖国参拝は中国以上にアメリカ合衆国が大きく問題にし、駐日大使館に「日本の現政権に失望した」という異例の声明まで出させているではないか。

その上で「一回目は他人だが二回目以降は友人だから」というのは、はっきり言えば「もう観念して、馬鹿なことはやめるよね」という意味の慇懃無礼でしかない。首脳会談に至る経緯や、外交儀礼では異例の相手国をあからさまに軽んじる態度からすれば、そうとしかとれない。

日中首脳会談における習近平による安倍の扱いは、それほどに侮蔑的、日本側からすれば屈辱的なものだ。

ホスト国が相手国を待たせて後から「やあやあ」と言って出て来るなんて、本来なら政権の「国辱外交」に左派からすら批判が上がってもおかしくないレベルの、双方に最恵国待遇を確認しあった独立国どうしではちょっとあり得ない扱いなのだ。

ところがこれまで中国のこととなると過剰反応なまでになんでも批判的な報道に熱中して来た日本のメディアは、ほとんど論評を避け、今回に限っては中国政府を批判しようともしていない(批判して当然のネタがあるのに)。

いったいどういうことなのだ? 
中国の民間漁船がやっている違法操業ではさんざんあり得ない憶測で中国政府に筋違いな悪口を言い続け、民間のいわゆる「反日デモ」を政府の差し金だと決めつけて来たのに、中国政府それ自体が明確な態度として示したことは、なぜ問題にしないのか?

そこへ日中首脳会談への評価のまとめも出る余裕もないまま、突然の「解散風」だ。

ことテレビのワイドショーやニュースはもはや「解散」一色。結果、首脳会談や安倍外交について論評する「識者」が出て来る余地はまったくない。いやむしろ、それが出て来ないようにしているとすら見える。

そもそも与党が史上最大の議席数を衆参両院で確保していて、それをバックにした決定力が売りのはずの安倍政権だというのに妙な話ではあり、自民党内ですら長老連から「大義がない」と批判が上がっている

これが野田時代から継続する安倍政権の度重なる外交の失態、安倍がこれまでの外交方針を完全に方向転換せざるを得ない立場に追い込まれたことを報道させないための話題作りの解散だとしても、まったく驚かない。というか、それ以外に解散をする理由が見当たらない。

現有議席を越える選挙結果がさすがに期待出来ない以上、今選挙をやっても与党にも政権にもなんのメリットもないと考えるのが普通だ。

しかも確実に選挙に響く消費税の10%への増税まで控えているのに、安倍がいかに「先送り」を突然主張し始めようが、選挙民はそう簡単に騙されたりしない。強いて言えば、それでも投票する先の野党がない、ということしか、自民党にとって今選挙をやる勝算はない。

いやむしろ、これからの消費税増税もある、アベノミクスの失速(これは時間の問題だった)が年末にかけて数字で明らかになるだろうし、極度な円安で高騰する資源や食糧などが経済どころか企業の業務や国民の生活まで圧迫しはじめていて、その上これまで安倍が一部の熱狂的支持を集めて来た極度に人種差別的な、周辺諸国への敵意に満ちた東アジア外交も、この日中首脳会談で明かに転換せざるを得ない(つまり安倍の外交は明白に頓挫している)。 
これら選挙にとってのマイナス要因が明らかになる前に、とっとと解散して当選できれば、任期が延びるぶんまだ新人議員などは安心できる、ということなのだろうか? 
現にベテラン勢が呆れて難色を示す中、自民党内では若手・新人を中心に解散を支持するものは多いそうだ。

APEC会議の晩餐会では国名アルファベット表記に基づく席順でJapanとKorea、つまり安倍と韓国の朴大統領が隣合わせになって言葉を交わしたとか、日韓外相会談が行われ今後は定期的に会談を続けることが決まり、それを日本のメディアでは「韓国が孤立を恐れて日本との関係改善を求めている」と報じている。

だが、韓国・朴政権は最初から、日本との関係を絶つようなことなどそもそもやっていない。

この政権は植民地支配についてすらほとんど問題にしない態度すら明確にしていて、唯一要求しているのは(朴大統領の父・朴正煕にも戦中・戦後を通じて一定の責任がある)慰安婦問題とその被害者への誠意ある対応だけだ。今年の光復節(独立記念日)の演説でも、慰安婦問題だけが懸案であると大統領は明言しているし、日韓外相会談でその韓国側の態度が変わることなど、期待する方がおかしい。

もちろん韓国政府にも抜き差しならぬ弱みが、国益上はある。

中国にとっての日中関係と同様、日本との関係が自国の経済にとって決定的に重要で、だから悪化させたくないし、とりわけ日本が安倍政権になってからの異常な没交渉は、いつまでも耐えられるものではない。

まあ日本を諦めて取引先を他所に求めることは出来るが、日本の経済界とのこれまでの信頼関係をそう簡単には裏切りたくないのが、東アジア世界の倫理というものだ。

東アジア圏が安定した友好関係で維持されることは、その地域のどの国にとっても重要な国益だ。凋落の激しいヨーロッパ(EUとユーロは失敗だった、というのが支配的な見方になりつつある)やオバマもどうにも腰砕けで安定成長路線には回復しそうにないアメリカに変わって、日中韓を基軸にする東アジア・東南アジア経済圏が今後の世界を引っぱって行きたい、という野心もある。

それに日本だけが勘違いしているが、中国でも韓国でも、国民は基本、日本が大好きなのだ。


「中国人は反日だ」という印象操作を日本の大手メディアがやり続け、国民もかなりの部分が洗脳されてしまっているのとは裏腹に、一時は日本の反中国感情を恐れて減った中国からの観光客は、この夏頃から目に見えて激増しているのが、東京で生活していれば目につくはずだ。


銀座も新宿も、中国人観光客だらけである。

それも尖閣諸島の問題化の前の中国人観光客とは、客層が明らかに変化しているのが、服装を見ても、行く店を見てもわかる。

ほんの数年前、銀座にアジア地域本部を抱えるエルメスの関係者から、「アジア本店はここではなく上海に建てるべきだった」と言われたことがある。エルメス銀座の売り上げのもっとも大きな割合が、中国からやって来る富裕層の観光客だったそうだ。



レンツォ・ピアノの革新的構造設計を採用した結果、日本の建築許可が降りるまで完成が何年も遅れたこの銀座エルメス・ビルは、そのせいで出来上がったときにはすでに賞味期限が近づいてしまったのかも知れない。



当時は銀座に乱立する高級ブランド店に、富裕層の中国人観光客が殺到していたのが、今年の中国人観光客が押し掛けるのは、銀座ならユニクロの銀座旗艦店や、せいぜいが有楽町の無印良品だ(ただこっちは西欧や米国人の方がまだ多い)。


新宿でビック・カメラとユニクロが共同店舗の「ビックロ」を構えたのは、大変な先見の明の勝算だったことになる。

今や数寄屋橋から成田や羽田の空港に直行する格安バスに、銀座のユニクロで最後のお買い物を終えた中国人観光客が行列している。


つまり、今や中国からの観光客の主流は、実はちょっと余裕ができた中間層である。

中国の(というか中国に限らずアジア圏の)若者にとってのファッションは、今ではエルメスやシャネルやルイ・ヴィトンの成金ブランドではなく、安価でおしゃれで手入れも楽なユニクロや無印なのだ。それが安倍政権の押し進めた急激な円安というチャンスで、さっそく前から来たかった日本にやって来たのであろう。


この辺りはユニクロがさっそく目を付けて、「NIPPON OMIYAGE」なる観光名所をポップなデザインにアレンジしたTシャツのレーベルまで立ち上げて、こと中国人観光客の多い新宿などでは、かなりの専用スペースまで作っている。


日本のメディアはこれまでの報道が間違っていたと言うわけにもいかず、中国人観光客のV字回復を報ずる記事でも、「ドラマなどで見る悪者の日本人」を一生懸命に前提にしようとしているが、寝言は寝て言え、としか言いようがない。


70年代の日中国交回復を経て、80年代には鄧小平体制化で中国は日本企業の工場や共同事業を積極的に誘致している。

働く先が日本企業や日中合弁企業であるだけではない。

日本のコンビニもたいがい中国を始めアジア各地に進出し、大都市に行けば日本のデパートやスーパーも支店を出している。過去は過去の歴史として、40代以下なら日中国交回復後、30代なら「日中友好」が盛んにスローガンとして唱えられた時代に育っていて、現に身近には日本からの商品やサービスが「高級でおしゃれなもの」として生活に溢れているのだ。


この手の報道では今でも、日本に来る観光客に「炊飯器を買う」と言わせているのもウンザリする。

実を言えば銀座で中国人観光客がもっとも集中していそうな店は、アップル・ストア銀座だ。


iPhoneでもiPadでもMacでも、ITデジタル機器はむしろ日本以外のアジアの方が、生活必需品度が高いほどなのである。

元から言論の自由が保証されておらず、公的メディアが信用できない、と思っているのがデフォルト設定なのが中国人である。 
たとえば今や中国を代表する映画作家になったジャ・ジャンクーの最新作『罪の手ざわり』は、マスコミでは報道されずSNSで広まった事件を題材にしている。 
中国版ツイッターなどは、日本でのツイッターで大手メディアの新聞記事のリンクがさかんに引用されるのとは比べものにならない、重要なニュース装置になっているし、政府がブロックをかけていると言ったってVPNで回線を迂回させて(これは簡単だし、取り締まりはまず不可能だ)フェイスブックやツイッターで情報を得ている中国人も多い。 
日本人と違い、中国人はそもそも政府の発表やそれに基づく大手の報道を、話半分にしか信じていない。頼りになるのは口コミのうわさ話や裏情報だから、SNSやネットの需要度は当然高まる。 


それにしてもアップルなら国際企業なんだから製品は中国でだって買えるし、価格は世界中でだいたい同じくらいになるように各通貨で決められている。わざわざ日本で買うこともないだろう、と思ったら、今はそうではないらしい。

考えてみれば当たり前のことで、今年に入っての中国人観光客の激増の背景には、安倍の押し進めた急激な円安がある。

日本ではドルに対する円の価値しか報道しないが、中国元に対してはそれ以上に大幅な円安なのである。アップルの価格設定が追いつかない限りは、MacもiPhoneも日本で買った方が安い。


「日本は輸出企業が多いから円安は日本に有利」という思い込みは、せいぜいが1980年代までのものだ。なのに日本のメディアは、日本の円安で韓国が焦っているなどという数十年遅れの世迷いごとを一生懸命報じている。だが国際為替市場の当たり前の常識として、自国通貨が強いことは、それだけ多くの外貨建ての商品が買えるぶん、経済的に有利になるのだ。


さっきから何度もユニクロの例を出しているが、ユニクロの服のかなりの部分が製造国は中国である。

その服を中国人観光客が、日本の標準でいえば安価とはいえ中国の物価水準ではかなりのお値段で、それでも円安のチャンスに買い込んでいる。それが21世紀のグローバル経済の構造なのだ。

今さら円安で価格競争、と言ったって中国でも東南アジアでも工場労働者は確実に増えていて慣れて来てもいるし、そして人件費は物価水準からしてずいぶん安い。そこで価格競争をやるなんて無理があり過ぎて、なんの現実味もない。

何度も繰り返すが、ユニクロの製品は大部分が中国製だ。80年代末から90年代に、無印良品が日本の良質の素材と高い縫製技術と品質管理で、それまで安価で良質な下着など日用品がほとんどなかったヨーロッパを驚愕させたのとは、時代が違うのである。


法人税減税や、企業の設備投資優遇策を打ち出しても、その工場は日本国内はほとんど作られないだろう。大手企業が直接経営する最終組み立て工場であるとかは、中国や東南アジアに作った方が経営上合理的なのは、理の当然だ。

実際には金融緩和と恣意的な円安誘導以外に目立った施策がない「アベノミクス」は、円安で海外での儲けを換算した場合の円建ての決算の数値があがる、必然的に海外の市場と連動している日本の株式市場で、ドル建てならおなじ株価でも日本円に換算したら株価が上がったことになる、という効果しか基本的にはない。


いわば市場操作の時間稼ぎとしては有効な策でも、2年近くもそれだけをやっていれば、むしろデメリットの方が多くなる。

今年は農業分野では米価が3割減という衝撃の数値が出てしまっているが、いかに「食糧安全保障で自給率を上げよう」と机上の空論を振り回しても、農家でもトラクターの燃料も、肥料も、家畜の飼料も、その多くが輸入品である。急激な円安で輸入販売企業がその価格を上げざるを得なくなるのは時間の問題で、つまりアベノミクスでたとえば農家の経営はいっそう圧迫される。

発電用原子炉がすべて停止している現状で、火力発電が主力になっている電力会社の経営に関しては、今さら言うまでもない。これもいずれ、電気代に転嫁されざるを得まい。


日本は未だに、世界のなかでは途方もなく豊かな国だ。

経済規模が中国にぬかれて世界第三位と言ったって、向こうは人口が10倍、アメリカ合衆国も世界では数少ない億単位の国民がいる国で、日本より多い約2億だ。そしてアメリカとも、急成長後の中国とも異なり、日本はそれほどの社会格差がまだなく、治安のよい安定した社会を辛うじて守っている。義務教育が徹底され識字率が世界一の99%近い、というのも大きなメリットだ。

安倍政権の前は円高だったのも、リーマン・ショック後に不安定化した世界の主要通貨のなかで、円だけは信頼できる、安定した通貨だとみなされたからであり、その背景には日本経済が安定している、日本の財政も実はまだそこまで危機的な状況ではまったくなく日本の国債が暴落するようなことはまずあり得ない、という理解が世界のマーケットに浸透していたからだ。

これらはいずれも、直接に通貨には換算されないところでの、日本の富だ。

円安になったら中国人が喜んで憧れの日本に来るのもまた、そうした日本の富だ。


第二次大戦の惨敗から平和国家として復興を果たし、戦争は一切やらずに、資源のない国が勤勉さと知恵で世界でもっとも豊かな国のひとつになったことへの世界中の、とくに発展途上国や新興国からの深い敬意も、日本が持っている大きな富なのである。


だがバブル崩壊後もう20年以上、ひたすら目先のマーケットの数値を上げることにこだわり、もともと経済政策の失敗であったバブルをもう一度夢見るかのように国民を煽動することしか出来ず、今や急成長した周辺諸国に人種差別丸出しの敵意さえ剥き出しにしてしまう日本の政治は、そうした日本が持っている無形の大きな富を、どんどん食いつぶしている。


総選挙とは本来なら、そうした現状を打破する将来の国家像を国民に提示する機会であるはずだ。

選挙なのだから、今の段階で考えられるさまざまな国家の将来像を各党が提示し、議論し、国民の選択を仰ぐ場でなければならないはずだ。


だが泥縄の世論操作・世論誤摩化しにしかなりそうにない今度の総選挙にも、それはまったく期待できそうにない。