最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
DVD 2月20日より発売!amazon.co.jp 配信はこちら

10/28/2014

塩崎厚生労働大臣の「謝罪」(泉南アスベスト訴訟続報)

(このエントリーは前々項 アスベスト訴訟の最高裁判決は「勝訴」なのか? の続きになります)

泉南アスベスト訴訟の原告、つまり泉南のアスベスト被害の代表の皆さんが、昨夕やっと塩崎厚労大臣に面会した。最高裁の判決が出てから最後の段階のひと月弱だけ、原一男監督の大作ドキュメンタリーの応援スタッフで参加しているが、原告の「関西のおばちゃん」たちが本当に普通の、気さくな皆さんで、すっかりかわいがって頂いていて本当に感謝している。

とにかく国にきちんと謝って欲しいという気持ちは本当によく分かるし、賠償金が目当てだろうとか陰口だってさんざん叩かれながら、8年も頑張って来た皆さんにとって、大臣が謝罪したことはとても大きかったに違いない。

「まずは謝って欲しい。お金の問題じゃない」

それを奇麗ごとなどと冷笑すべきでない。たとえば石綿肺が悪化し、50歳で看護婦のお仕事を退職するしかなかった岡田さんの、もっと働きたかった人生は、どんなにお金を詰んだって取り返せないのだから。


しかし今は一級障碍者扱いで月500円とはいえ、酸素ボンベだけでも以前は三割負担でも月々の出費が3万。それ以上に、働けない身体にされてしまったことは言うまでもない。決してお金が目当てでなくても、お金のこともまた、無視できない。

国が「謝る」とはどういうことなのだろう?

原組・記録班も他のメディアと同じ扱いで、キャメラは原さんのメイン・キャメラ一台だけで、それも冒頭部分のみの撮影。国側はメディアに「謝った」という印象、イメージだけを報道させたい意図が透けて見え、それもお膳立てをしたのは自民公明与党のアスベスト対策プロジェクトチームの二人の議員。その二人が面談後の記者会見をまず行い、与党がアスベスト問題に強い関心を持っていることをアピールするのはいいが具体的な問題の話はなにもなかった。


最高裁判決には大きな問題がふたつある。

まず国の責任は昭和33年から46年までに限られ、それ以前はアスベストの危険性を十分に認識できる立場になかったとみなされ、その後は法律で排気装置の設置を義務づけたから国の責任は果たしたという判断になっている。だが僕たちの一般的な感覚では、石綿が危険だと認知されたのはその20年以上後の、1990年代半ば以降だ。法規制がほんとうには徹底されなかった、危険性が啓蒙されなかったことが、「法律があるんだから個々の事業者の責任」で済むのだろうか?

形だけで逃げて産業上の石綿の重要性を優先させたのが、この国の政府ではなかったのか?

もうひとつはアスベスト被害がいわば「労災」の枠組みでしか認識されていないこと。いわゆる近隣暴露、つまり「労災」ではなく「公害」としてアスベストの被害を受けた人たちの訴えは退けられている。

国側は大臣の面会を発表した時点でも、「裁判で勝った原告には謝る」というニュアンスを通し続けていたので、最高裁でも門前払いの敗訴になった原告は不安もあるし怒ってもいた。それが全員に大臣が(予想に反し)頭を下げたことは、それは嬉しかったろう。だがそれが国側の狙いだったような気もする。わざと謝らないかも知れないと思わせておいておけば、謝ったという事実だけで、裁判で門前払いにされて来て政治救済の対象であるべき、そしてずっと怒って来た人だって、つい喜んでしまう。

夫がアスベスト被害の石綿肺と肺がんで亡くなった佐藤さんは、昭和46年以降とみなされ敗訴になっている。その夫を撮ったDVDを二枚、大臣に渡すため持参していた。塩崎大臣はちゃんと受け取ったという、それだけで佐藤さんは一応は喜んでいたが、大臣がちゃんと見るかどうかには一瞬だけ不安をかいま見せた(その瞬間が撮れてますように!)。佐藤さんの夫のような被害者の救済について、大臣は

「前向きに善処したい」

と言ったそうだ。

佐藤美代子さん
農家で隣がアスベスト工場だった南さんは、環境被害、近隣暴露について大臣に訴えることは出来、大臣はそうした問題があることまではきちんと認識したらしい。これも

「前向きに善処したい」

とは言った。

農家だったが隣の工場からのアスベスト被害で亡くなった父の遺影を持つ南さん
亡くなったご両親の訴えは認められた岡田さんは、しかし託児施設がなく石綿工場内で子守りをされ、それで乳幼児の頃からアスベストを吸ってしまったご自分の訴えは認められていない。石綿肺で呼吸が難しくなり、50歳で働けない身体になり、月三万の酸素ボンベ。一本12時間もつと言うが、昨日は減りが多く、泉南の家を出てから帰るまでほぼ12時間でも、まずもたなさそうだった。

その岡田さんは、記者会見ではっきり、自分は「敗訴した」と明言した。

普段は朗らかな病気にめげず岡田さん
これはまったくおかしな話だ。子どもの頃の岡田さんは、訴えが認められた労働者とまったく同じ環境で被害に遭っている。しかも粉塵は低い位置ほど濃くなるわけで、働いている大人以上に吸ってしまっている可能性が高い。

しかし「敗訴」だ。

会見のあいだじゅう、南さんの固い表情と岡田さんの沈んだ顔が印象に残った。

最高裁判決後の記者会意見での岡田さん、南さん、川崎さん

「前向きに善処したい」

意地悪な言い方をしてしまえば、霞が関話法の官僚用語で、「出来るだけ先送りにしてなにもしない」の意味でもある。

それでも、大臣には会う気がないとしか見えず、原告に応対した厚労省の官僚が「スケジュールが多忙で、報告がいつになるか」とすら繰り返し、原告が傍聴していた国会答弁ではその塩崎大臣も菅官房長官も「重く受け止める」ばかりをロボットのように繰り返した2週間前の上京時に較べれば、えらい違いではある。

だから原告の皆さんが喜ぶのも分かるが、そうなることを狙った演出だったような気がしてならないのは、僕の見方がうがち過ぎているのだろうか?

いずれにせよ、大臣は

「前向きに善処したい」

とだけは確かに言った。

大阪高裁に差し戻しになった第一陣の訴訟については、和解調停に入り判決が確定した第二陣と同じ扱いにする、という「方向」は語ったが、即時であるとか期日を決めて明言したわけではない。
遺族ではなく数少ない生存原告の石川さん
昨日はまず、新幹線で到着する原告の皆さんを東京駅まで迎えに行った。霞が関に移動しながら聞けた話では、弁護団にはなるべく穏便に、あまり激しい言葉は使わないように言われたということであり、最初は代表2名だけ発言し、あとの人はなにも言えない段取りだったのを、佐藤さんが怒って変えさせた、という話をJRから地下鉄に移動するあいだ歩きながら伺うことができた(手持ちの大移動長廻し、うまく撮れてるかな…)。

こうして全員が発言できるようになったとはいえ、1人たった1分である。

厚労省に到着して、最初は自分になにも言うな、言ってはならない、と言っていた若い弁護士さんに会った佐藤さんは、自分から真っ先に彼女に声をかけ、しきりに労り、謝っていた。

そういうところが、本当にとてもやさしい、いい人だ。涙もろいぶん、他人の感情にもとても細やかに配慮する。

僕にも「藤原くん、藤原くん」としきりに声をかけてくれ、帰りの厚労省のエレベーターのなかでは「藤原くん、やったよ!励ましてくれてありがとう」と元気に語りかけて下さった。

だがこの人たちの善良さ、やさしさが、結果としてこの人たちが損になるように利用されてしまっている気がどうしてもしてしまう。

大臣が

「前向きに善処したい」

としか言わなかったことを佐藤さんの口から聞いたのも、この時だ。

「本当に大丈夫なんですかね」と言うと、佐藤さん南さんは一瞬だけ「我が意を得たり」と不安を隠せないことの混じり合った表情をされた。

「大臣は人の痛みが分かる人だった」と皆さんが信じたい気持ちは痛いほどわかるが、一生懸命そう信じないとやっていられない、という思いで、だからこそ自分を押し殺している気配もそこはかとなく感じ取れた。

その「痛みが分かる」と発言し、本当に感動していたように見えた松島さんが、東京駅で原さんのインタビューに応えようとしなかったのはなぜなのだろう?「会見で言った通りです、もういいです」としかおっしゃらなかったのは、実は分かっているのではないか、とも思えた。

だとしたら、それでも語らないその複雑さを、どうドキュメンタリーで映画に出来るのだろう?

ご両親を亡くされた、まだお若い武村さんだけは、厚労省の前でも、新幹線を待つホームでも、「こんなのはふざけている。大臣に会うべきでなかった。それより石綿対策室でもなんでも、厚労省の役人を泉南に呼びつけて実態を見せるべきだった」と怒っておいでだった。

遺族原告の武村さん
東京駅のJRと地下鉄、そして厚労省が主な撮影現場になった今日だが、「規則ですから」ということですぐ警備員が来て撮影を止める。帰りの見送りで新幹線を待つホームでも、なかなか撮影は困難だった。そんな我々に原告の皆さんは最後まで気を遣って下さった。どうも気がせいてしまって目立ってしまい、それで警備員にマークされてしまったのかも知れず(なにしろキャメラに接続したマイクを僕が持っていて、それで二人が走り回っているわけで)、もっと冷静に、おとなしく、目立たぬように動けばよかったと反省することしきりでもある。

いやドキュメンタリーはやはり難しい。こういう追っかけドキュメンタリーは僕はほとんど経験がない(いやまあ東京駅内や周辺でゲリラ撮影とかは以前やってますけど、その時はある程度は警備員対処も含めて仕込んでいたので)ので始末が悪いのだけど、それにしてもどんどん難しくなっている気もする。 
駅にせよ役所にせよ、警備員はただ仕事だからやっているだけだし、理由は「お客様のプライバシーの侵害」などそれなりにもっともにも聴こえる…のだけれど、結果として僕たちは真実や現実からどんどん遠ざけられている気がする。

原告の皆さんは、新幹線に乗ったあとも発車まで、ずっとホームにいる我々ににこやかに手を振って下さっていた。そして大阪、泉南に帰って行かれた。

僕はほんの三度の上京につき合っただけだが、ほんとうにやさしくして頂いて、心から感謝する次第だ。いずれ泉南にも遊びに行きたい(ただ皆さんに会いに、遊びに)。そして失われた人生は決して取り戻せないとしても、これからのこの皆さんの生活が、少しは平穏で、もう怒らないで済むものであって欲しいと願う。

しかしそれが皆さんが我慢することで得られる平穏ならば、あまりにも不公平だと言わねばならない。

この国はいつから、こんなに不公平で薄情な国になってしまったのだろう?「裁判に勝ってよかったね」「大臣にも謝ってもらえたし」、それだけでいいのだろうか?

前回の上京時に、弁護団の村松先生が僕のインタビューで漏らしたことがある(なかなか口が固く慎重な村松先生に、原監督が変化球を決断して僕に訊かせたわけだ)。

結局、この国では公害だとか労災は、被害者が頑張らなければ決して救済されないのだ。それも憐れみを乞い、可哀想だと言うことを世間に思わせることでしか、救済らしきものは始まらない。

いや村松先生は、ここまでははっきりは言わなっかったと思う、上記はやりとりの中での僕の相づちも含めた言い換えだが、要するにそう言うことである。

そんな社会を相手にしているときに、弁護団がなるべく原告に慎ましいというか謙虚というか、おとなしい、被害者然とした態度に留まるよう促すのも、やむを得ない戦略ではあると思う。

だがそれでは映画にならない、という点では原さんも僕も認識はほぼ同じだ。映画に出る人は、たとえ被害者でも、毅然としていて欲しい、そうでなければ映画的ではない。

いやこれでは言葉が足らないだろう。「映画的であって欲しい」とはどういうことかと言えば、映画とはやはり人間が実存していること、その世界があることの尊厳をこそ撮るものだからだ。

でも福島の被災者が毅然と、あくまで堂々としている『無人地帯』は日本では受け入れられなかったし、一昨日の日曜に、震災の三周忌以来半年ぶりに会った富岡町の西山さんが主人公の一人になるその続編も…昨晩は二人で、ほんとブラックユーモアだか不条理喜劇かとしか思えない浜通りの現実を、しかもそこ以外の日本では誰も関心を持たないことも含め、毒舌で盛り上がっていました。
 『…そして、春』富岡町に一時帰宅中の西山さんとお父上

ふと思うのは、原さんが泉南で撮りたい映画も、僕が福島浜通りで撮って来ている人たちも、この方が絶対に映画的だと僕らは思うのだけれど、弁護士の村松先生がおっしゃったようなこの日本の社会では、絶対に「ウケない」のかも知れない。

人が人としての尊厳を守り抜いて生きようとするという物語を、今のこの国は受け入れないのかもしれないとしたら、日本の映画って終わってるんじゃないか?

10/19/2014

小渕首相の娘さんと自民党的なるもの、あるいは日本的な保守の終焉



安倍政権からの猛烈なラブコールで大臣になったはずの小渕優子さんが、いきなり事務所費の使途の問題が明るみに出て、辞任に追い込まれようとしている。なんでも後援会が上京した際の観劇のチケットを公費から出していたそうで、確かにそれ自体は褒められた話ではない。

だがこれだけなら、そんなに大騒ぎするようなことでもないはずだ。

小渕さんの後援会と言えば恐らくお父さんの代から続いている関係で、公私混同と言われればその通りであるにせよ「おつきあい」のレベル、買収とか政策を左右するとかの話でもあるまいし、同じ事務所費問題でも前の安倍政権や麻生政権の際に閣僚が辞任に追い込まれたような、事務所の存在自体が有名無実だったとかの重度な不正に、それが闇資金に横流しされていた疑惑だとかが、あるわけでもない。

メディアの猛烈なバッシングが始まるなか、小渕さんが辞意を表明したのは潔いし、傷口を広げないためにも賢明なやり方だったが、そもそもそんな大騒ぎして叩くような話だったのかも含め、いろいろ疑問は残る。

自民党嫌いな人たち、安倍をなんとか辞めさせたい人たちはこれをテコに安倍自身の「任命責任」を問えると思い込んでいるようだし、政治評論家が一応は、したり顔で「身体検査がなってなかった」などとコメントするのだろう。

だがちょっと待て。

これまで何度も安倍自身の嘘や問題発言がいくらあっても(福一の汚染水が「ブロックされている」というまったくの嘘、国内で誰も知らないことをいきなり国際会議で「公約」、国際法をまったく知らないことがバレた稚拙な発言、果ては戦争挑発ととられて当然の暴言などなど)、常に辞任どころかメディア・スクラムで見事にうやむやになっているのに、たかが閣僚候補の「身体検査」に手抜かりがあった程度で辞めさせる世論が出来ると思うのだろうか?

むしろこうなって来ると、そもそもなぜ安倍執行部は内閣改造にあたって小渕さんの入閣に執着したのかが疑問に思えて来る。

小渕優子さんが閣僚候補として取り沙汰された時、小渕さん本人は若く野心もあるだろうし、自分の活躍の場が出来るならと前向きだったかも知れないが、所属派閥の青木派は当初は固辞していた。少子化担当などいかにも人寄せパンダな「女性閣僚」ポストでは決してウンと言わず、巨大官庁である経済産業省を仕切る経済産業大臣という、あの若さで女性では異例の抜擢の入閣になった経緯がある。

安倍執行部はそれだけ小渕さんの入閣を切望しながら、事務所費の問題などをまるでチェックしていなかったのだろうか? 
いくらなんでもそこまで狡猾とも思えないが、事務所費問題を知っていてわざと閣僚をオファーして罠にはめ、小渕優子さんを政治的に葬り去ることを狙っている、それに大手メディアも協力させられているのでは、とすら思えて来る。 
そう思ってしまうほどに、杓子定規に「政治とカネ」とだけのレッテル貼りに終始するメディアの騒ぎ方も不自然だし、こと五大紙やテレビが妙に政権に都合のいい歪曲報道を行うのは、もはやいつもの光景になっている。 
確かに公費である事務所費を後援会の接待に使っていたり、その経費の会計を不明瞭に放置していた事務所や秘書に問題はあるが、政策を大きく左右したり犯罪との関連性が指摘されるような大スキャンダルではないのに、よってたかって「政治とカネ」で小渕叩きである。 
むろん、小渕優子さんがメディアにとって叩き易い(匿名性の大衆の嫉妬心を煽り易い)相手だった、ということも無視は出来まい。なにしろお嬢さん議員でけっこうな美人、今は結婚して子育てと仕事を両立させているように見えるし、そこへ今回の経産相への大抜擢だ。

小渕優子さんといえば一般には小渕恵三元首相の娘というくらいしか知られていないし、後継者として衆院に立候補した時には「こんな右も左も分からぬ小娘が」というのも含め、自民党の世襲体質の典型としてさんざん批判も受けた。

小渕恵三元首相自身が、国民に顔が知られたのは竹下内閣の官房長官時代に昭和天皇が崩御し、新しい年号は「平成」と記者会見で発表した時で、「へーせー」という音韻も含めていかにも間延びして間抜けだと笑いものにされた。首相としてバブル崩壊後の難しい経済運営を迫られていた際に野菜のカブを持ち上げて「株あがれ」とやったパフォーマンスなど、どうもいい印象がない人も多いはずだ。


そんな小渕恵三さんの知られざる業績には、たとえば対人地雷禁止条約に日本が参加したことがある。当時外務大臣だった小渕さんは、防衛省や外務省事務方に反対するスキを与えずに即座に「こういうものは日本は賛成しなければいけませんよね」の一言で押し通してしまった。霞ヶ関としては世界最大の保有国アメリカへの配慮がある上に、なんと自衛隊ですら(専守防衛で日本領内しか活動できないのに、どこで使うのか分からない)対人地雷を保有していた以上、日本はこの条約に参加できない、と大臣にブリーフィングする予定だったのだ。

そして大国である日本が速やかに参加を表明したことで、対人地雷の禁止は世界的におおいに弾みがついたのである。

現在、未だに世界の旧紛争地に残存している対人地雷の処理でもっとも活躍しているのは日本の技術と、日本の元自衛官である。命がけの仕事だが、ノウハウも知識も、経験から来る知恵もあって、旧紛争地の子どもたちのために老齢を押して頑張っている。 
こういう日本人こそ安倍晋三は褒め称えるべきじゃないのか? 少なくともそういうことこそが「自民党らしい」はずだ。

実は一般にもたれているイメージと、小渕恵三さんの政界での評判は真反対だった。配慮を欠かさない大人しい調整型政治家としてふだんは細かな気配りの能力を発揮し、人の話をよく聞く。それでいながら、この対人地雷の一件のように言うべきときは間髪入れず、しかしあくまで柔らかな物腰できちんと言い、ものごとを決断させてしまう。

バブル崩壊後の停滞で日本経済が困難な時代だった小渕政権の経済政策それ自体は、いろいろ妥協や不徹底もあったものの、経済界の重鎮やベテランからの評価は決して低くない。ただ地道できちんとした政策であったぶん派手さがなかった(「カブあがれ」くらいしかパフォーマンスがなかった)上に、小渕さん自身が職務の半ばに脳出血で倒れ帰らぬ人となって中途半端に終わってしまった。

小渕さんは意識を回復することなく亡くなり、順天堂大学病院の病床で後継指名を受けたという森さんが総理になったが、真相は闇のままだ。

そして小渕優子さんも永田町では、二世三世だらけの自民党若手のなかで珍しく勉強熱心だし有能だと評判が高い人でもあり、最初は疑っていた地元の信頼も厚いという(自民議員には珍しく美人だしね)。経済産業大臣という職も、経済政策をきちんと勉強している彼女は適任だという声が少なくなかったそうだし、派閥のボスの青木氏も、日本初の女性総理を目指させたい秘蔵っ子のキャリアに傷をつけたくないと入閣を渋ったものの、経産相ならばということで折れた経緯がある。


ただ小渕優子さんが経済に明るいと言っても、安倍内閣の経済閣僚としては場違いである。小渕さんはむしろ実態経済を重んじて社会の万遍ない、できるだけ社会全体の公平な経済成長を志向する経済政策を学んでいて、およそ金融資本主義のギャンブル理論に染まってほとんど詐欺的な金融操作を「経済政策」「アベノミクス」と称し、株式会社の配当や資産価値を上げる経営手法を国家の政策に当てはめようとする安倍政権とは合ない。

たとえば安倍改造内閣の厚生労働大臣は、そうした金融資本主義的な経済政策に明るいとされる塩崎氏である。

安倍政権としては高齢化社会を睨んで福祉政策の効率化や、国際競争に勝ち抜ける労働法制の改革を標榜しているが、その中身は要するにリストラ、合理化と称して首切りや外注化を繰り返し、非正規雇用を増やしてコストダウンを諮り、経営側と従業員の格差を拡大させて来た昨今の企業経営の手法そのままである。

確かにそういう企業リストラ的な手法をとることで、高齢化社会が進み今後の大幅な財政出費の増加が見込まれる年金や医療、福祉分野のコストを少しでも抑制することになると、計算上だけならそうとも見えるし、日本の国家が抱える借金を減らして国際的な信用度を上げる方向になるようにも見えるのかも知れない。

とか言いながら、膨大な赤字があると言われている割には日本国債の格付けは相変わらず高いし、国内では円高が悪いように言われるが、円が安定しているのは暴落するリスクが少ないと思われているからだ。

だがそうした経費節減ありきの合理化(切り捨て)は、企業なら増収に結びつくかも知れないが、国家や社会の「政策」と言えるものではない。

企業なら損失を出す分野を切り離せば収益は上がるが、国家社会はその総体のある部分を切り離してどこかに押し付けられるものではない。せいぜいが、かつての日本がやったように、国内で食えなくなった層を「海外の新天地」の美名で誘惑し南米に移民させたり、満州開拓に送り込んだりしたやり方しかない。

たとえば、地方ならまだ食費を抑えようとしたら自分の家で作った作物がある。だが現代の都市の労働者層なら、食費を下げることが栄養バランスを崩したり脂肪分や塩分の過剰摂取に直結し、これは将来の医療費増大に確実に結びつく。

健康に気を遣った食生活が出来るには、都市なら料理を趣味に出来たり有機野菜を好んで買うなど、一定の収入や余裕がなければ難しく、また低所得者層ほどそうした知識や生活習慣を身につける余暇もない。

しかも安倍政権の掲げる労働政策では低所得の非正社員層はカップラーメンにコンビニのポットでお湯を入れる生活にますます追いつめられ、しかもそうした人が増える一方で、一定の収入のあるホワイトカラーですら…ホワイトカラー・エグゼンプションが進められれば、ゆっくり飯を食ってる暇もなくなりかねない。 
短期的には企業経営に弾みがつくかも知れないが、その結果少子化も進み、人口減少も止められず、つまり将来的に労働人口が減る上に一般論でいえば少子化で育つと過保護になりがちで仕事への耐性も低くなりがち、うつ病にもなり易い。一方で高齢化は進行し、それを団塊以前の世代の預貯金でなんとか支える、蛇が自分の尻尾を飲み込むような話になりかねない。

地方レベルでは、こと東北地方では、戦後広まった高塩分高脂肪の食生活を改善する啓蒙政策は地道に効果を上げているし、なにしろ素材自体がおいしいし生活時間も都市に較べればゆったりしているし、食を大事にする生活文化が残っているから、健康に配慮した食生活への転換は成功して来ている。

だが全国規模、とりわけ都市部ではそうした啓蒙によって将来の医療リスクと医療費を下げる政策は、「メタボ検診」程度の形だけに留まって、まず効果は見込めないだろうし、生活習慣病を予防し将来の医療リスクを下げるのにもうひとつ肝心なストレス対策に至っては、むしろ国民が不健康になるようなストレスを増やし続けているのが、小泉純一郎以降の自民党の政策だ。

その上安倍執行部の自民党では、カジノ解禁を議員立法するそうだ。賭博が非合法とされる日本だが、パチンコや競馬、サッカーくじなどの合法賭博が重要な公的財源(というか特定財源)になっていたりもして、ギャンブル依存症対策はすでにまったくの野放しで、WHOの報告によれば日本は先進国のなかでこの依存症の患者の推定割合が相当に高い。 
なんで高度産業先進国の日本が観光振興でカジノとなるのか自体よく分からないのだが(これは産業基盤があまりない小国が手っ取り早い外貨獲得でやることで、たとえばそれで食って来た国がモナコ公国、そのモデルを踏襲しているのがマカオだったりシンガポールだったり、である)、ギャンブル依存症はストレスを倍増させ、ストレス解消のつもりでギャンブルによりのめり込んではさらにストレスを増大させる悪循環を引き起こす。

たとえば国民の生活にもっとも直接に関わる厚生労働行政において、安倍政権の意を受けて塩崎厚労大臣が進めようとしているのは、むしろ政治の役割と国家経営の長期的継続性の放棄だ。

こうした厚生労働行政の問題はなにも働く者の権利の保護や福祉に限った話ではなく、経済全体に響く。「デフレ脱却」を安倍政権は公約しているが、金持ちがどんなに金持ちになっても、貧乏人との格差が広がれば実はデフレは止まらないのだ。高いものが売れて官庁の出す経済指標の数字上の見た目で消費が上がっているように見えても、しょせん金持ちが贅沢品を買う余裕が出来ただけ、貧乏人は安いものしか買わないのでは、デフレの構造自体はびくともしない。

日本の税制は高所得者や企業からより多く徴税し、税を富の再分配に活用して社会の平等性を維持するかつての方向性から、間接税・消費税中心、つまりよりフラットな税負担へと方向転換しようとしていて、安倍政権はことその方向性が鮮明だ。今年4月の消費税8%の結果経済は予想以上に悪化したが、それでも10%への再増税に待ったがかかる気配はないし、メディアも金融の操作で短期的にはどうとでもなる数値を根拠に「経済は回復している」と政権擁護に必死だ

介護関係の深刻な人手不足は収入が少ないことも大きな原因と言われるが、その報道にも全般的に給料は上がっているという枕詞がわざわざつくほどのヨイショっぷりである。 
それも朝日新聞が、なんだから困ったものだ。

だが消費増税で安定財源を確保したいのなら、皆がよりよいモノを買える、貧乏人や庶民でもたまにはちょっと贅沢とか、子どもや孫のためにはちょっと背伸びして、というように政策的に持って行かないと、消費税による税収が安定して増えることはない(実は民主党の公約だった「子ども手当」は、もっとも即効性が高い景気対策、デフレ予防でもあった)。金持ちが儲けがあるときや政策的インセンティブに応じて贅沢品を買いあさるだけでは、消費税を福祉社会保障の安定財源として期待するには無理があるわけで、今安倍政権が進めようとしている労働法制や法人税減税とは真逆な方が、消費税収は安定するはずなのだ。

小渕優子さんを経済閣僚として入閣させるということは、このようにより社会の各層に満遍なく、安定した(しかし日本の現状では緩やかなものでしかあり得ない。すでに基本、豊かな国なのだから)経済成長路線の方へと政策を修正する意味を持ったはずだし、だからこそ小渕さんもそのポストなら、と入閣を受け入れたのだと思う。

これは小渕優子さん個人の考えだけで決まることではなく、父の小渕恵三さんから引き継いでいる政治的遺産、もっといえば所属派閥の青木派が旧・田中派であることにつながる話だ。もともと自民党の歴史のなかで岸信介首相や福田赳夫首相の系譜、最近では森喜朗、小泉純一郎、そして安倍晋三という岸=福田派系の、エリート官僚に近いタカ派路線と対立する田中角栄の系譜があり続けたなかで、後者の最後のホープが小渕優子さんである、という歴史的な位置づけがあり、また青木派の領袖・青木元幹事長は彼女にそういう役割を期待して来た。

つまりは日本の庶民に伝統的な、まろやかでやさしい保守主義を受け継ぎながら、日本初の女性総理として、女の力でそれを現代に合わせて更新することだ。

かつては自民党内の最大勢力だった旧・田中派的な流れは、族議員の温床とも言われ、政治腐敗を糾弾もされて来た一方で、まさに田中角栄や小沢一郎が典型なように、地方の庶民層を支持基盤にし、「族議員」の政官財の癒着が疑われる一方で、だからこそその専門の政策分野に明るく人脈も持っていた集団である。

その旧・田中派の系譜は、かつて田中角栄がもっとも目をかけていたと言われる小沢一郎が自民党を離れて以来、どんどん自民党内での発言力を失って来ている。

小渕優子さんが今回閣僚になりながら、即座に辞任に追い込まれたことは、この自由民主党という政党の歴史の流れのなかで、決定的な意味を持ちかねない。 
というのも、いかに速やかに辞任してダメージを最低限に抑えたとしても、小渕優子さんの政治生命はやはりこれで断たれたも同然だし、青木派自体の発言力も決定的に落ちてしまうのは避けられないだろうからだ。

自民党とは大雑把に言えば、岸信介的なものと田中角栄的なもの、正反対の二つの「保守主義」を併呑し続けて来た政党である。

岸的、つまり中央集権体制の国家主義で官僚制によって国家を運営する、旧長州閥、軍、内務省、明治に官僚養成のため国立の帝国大学を作り、その卒業生を中心に国家権力の中枢を担わせる、その実西洋的な中央集権的な官僚支配体制(イギリスとドイツのプロイセン帝国がモデルであることは歴史的に明らかだ)による国家運営の在り方と、田中派的、つまり地方のいわば「お百姓」、せいぜいがその地主階級の価値観としての昔ながらの日本的な「保守主義」に基づく、地域コミュニティに根ざした「みんなが豊かになる」政治を目標とした国家運営の在り方のあいだには、実のところ決定的な思想的対立がある。

この対立は戦後史のなかでは、外交方針の違いにも現れている。 
つまり60年安保を強硬したのが岸信介であるのに対し、その10年後にアメリカの核の傘による安全保障を是認しながらも、その冷戦の対立図式に安住するのではなく、中華民国(台湾)ではなく中華人民共和国との正式国交を結び日中友好という安全確保のオルタネイティヴを、そのアメリカにも認めさせるどころか巻き込んでまでやってのけたのが、田中角栄だった。 
田中角栄の場合、ヴェトナム戦争で中華人民共和国と対立関係にあった、それも保守共和党のなかでも右派的なニクソン政権にこれを認めさせ、まずニクソンに台湾ではなく北京を選ばせたのだから、まったくたいしたもんである。

岸的な日本の国家像は、こと戦後、とりわけ中国への敵意をあからさまにして来ている現代の日本において、その実おそろしく思想的には矛盾したものになっている。

国家に忠誠を誓いその意志を粛々と実行に移す官僚(そして軍)を中心とする国家運営は、その実歴史的に言って日本的なものではまったくない。近代日本のそれは制度そのものは英独からの輸入だが、精神的骨格は科挙制度と儒教倫理によって運営されて来た中華帝国のそれであり、安倍が「日本の歴史と伝統」をいかに吹聴しようと、その歴史と言えば唐の律令制をそのまま日本に当てはめようとした大化の改新から奈良時代まで、日本史のなかで日本がもっとも中国化した時代しかない。

明治以降、儒教倫理に極めて忠実な「武士道」なる疑似伝統があわてて作られたが、確かに朱子学は江戸幕府の公式学門ではあっても、そのなかで日本的な伝統の倫理観と儒教的な倫理観の整合性をめぐって朱子学者たちのあいだでさえ論争が度々あったことは(もっとも有名なのは、赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件に際し、浪士達の処遇をどうするのかの論争だった。安倍さん『忠臣蔵』くらい分かってるのかなあ?)完全に無視されている。
 真山青果作、溝口健二監督『元禄忠臣蔵』


それに対して日本の庶民的な伝統倫理(実は「武士道」とはまったく関係がない)を反映した、まあ素朴と言えば素朴だし、ほどほどに自己矛盾もあるのを腐敗も含めて程よくなあなあで済ませながら地域コミュニティを維持して来た、成文化されず明治以降の国史の教科書にも登場しない本物の「歴史と伝統」を、完全とは言い難いにせよ継承しているのが、自身が貧農の出で学歴がないことをむしろ積極的にアピールさえした「今太閤」こと田中角栄である。

この田中派的なる自民党、日本的な「保守主義」と、岸的な中国儒教風かつ西洋官僚社会的な、日本では近代以降にしか存在しない「保守主義」(ずいぶん真新しいものでその実ちっとも「保守」「伝統」ではない)の差異をきちんと認識しなかったことに、日本のこと戦後の左派勢力の失敗もあった。

一応反自民的を気取って来た朝日新聞や、野党として自民党と対決して来た社会党(現社民党)や共産党は、この田中派的なるものの意味を見誤っていて、田中角栄自身が贈賄で有罪になるに至っては、反資本主義・反大企業のターゲットとしてむしろ自民党のうちの田中派的なものを攻撃して来てしまったのである。 
ダーティーな田中に対する「クリーン三木」であるとか、日本のインテリやメディアは長らく、むしろ岸的な専制的エリート主義の価値観を(左派でハト派ですら)持ち上げて来た歴史がある。

田中角栄がぶち上げた「日本列島改造論」という勇ましいスローガンは、確かに大企業・大資本の力で日本劣等全体を産業国家に作り替える話のようにも見える…が、そんな認識だけでは明治中期以降の殖産興業・富国強兵路線から連なる近代日本の産業史に対する歴史認識が決定的に欠如している上に、田中が「日本列島改造論」をぶち上げた時点での世界経済における日本の産業的な立場もよく理解していないことになる。

殖産興業・富国強兵とは、明治政府がかなり強引に当てはめた中央集権の国家構造を、経済産業政策にも当てはめるものだった。

日本の近代産業の最初の目玉は生糸生産の軽工業だった。これは原料となる蚕の生産で地方の農家にまで裾野が広くお金が回るタイプの産業であり、江戸時代以来の伝統でその取引の中心は大阪だった(昭和初期までは、大阪は経済規模でも人口でも東京を上回っている)。

日本が明治維新以降急速に近代化が出来たのも、この日本産の生糸の需要が欧米で大変に高く、最初から輸出で外貨が獲得できる国だったことが大きいし、また元から生糸などの供給が自力で出来る上に、しかも識字率・一般庶民の教育水準が当時の世界で群を抜いて高かった当時の日本を植民地支配しようなどという、リスクの大き過ぎる選択に走る国は欧米列強のどこにもなかった。

最初から開国さえしてもらえれば、普通に日本と商売した方が、メリットが大きかった。 
日本がそれだけ発達した国であったことが、日本が植民地主義の時代を安全に生き延びれた最大の理由であろう。わざわざリスクやコストの大きい植民地支配をする必要もないし、また文化教育水準が高い国は、それだけ植民地支配に伴うリスクも大きいのである。

だが明治政府(長州閥)はただ日本の独立を守るだけでは飽き足らなかったのか、植民地主義の時代にアジアの盟主にでもなって西洋並みでも目指したつもりで、軍事の需要も睨み日本を生糸など民生分野の軽工業ではなく、国家規模の重工業をこそ産業の中心にすることを選択した。

重工業では大規模な工場が必要になる以上、それは都市部やその周辺などの工業地帯の、局所に集中することになり、国家政策と密接に結びついた大企業(財閥)による経営が必要になる。

産業形態が重工業中心に転換すれば、生糸のように収入が地方にも巡って全国規模で経済を回せることはほとんどなく、そこで必要とされる労働力もそのまま地方の「ふるさと」に留まる農家ではなく、都会や工業地帯に出て来て工場や炭坑などに従事する、いわゆる近代的な意味での「労働者」、プロレタリアートだ。その移行は戦前には完成せず、むしろ決定的になったのは高度成長時代、田中角栄が総理大臣になる少し前のことである。

この歴史的な文脈でみれば、田中角栄の「日本列島改造論」の目的が、決して大企業優先の資本主義優遇政策ではなかったことに気づくはずだ。

日本各地に道路網と鉄道網を整備すれば、まず直近でその建設工事のため地方の労働力を必要とする。言い換えれば利益が都市部や工業地帯に集中するのでなく、地方で働く労働者の給料になり、それは地方での生活で消費され、個々の地方に小さいとはいえ経済圏を構築することになる。

さらに長期的にみれば、道路や鉄道網の整備によって、少なくとも部品など運搬が容易いものは、工場が都市部やその周辺の工業地帯に集中しないでも済む、地場産業が国全体の産業構造に直結して地方に雇用を産むことにもなり得た。

というか、それを狙ったのが「日本列島改造論」だったのだ。

また田中角栄がコンピューターつきブルドーザーとの異名を取りながらあえて越後訛りを棄てず、自分に学歴がないことを隠しもしなかったことは、旧帝大出身のエリート中心主義、つまり中央集権的な教育の価値観において「ものすごく勉強ができる」ことがイコール「偉い人」(かつては「末は博士か大臣か」という言葉が教育の目標として巷間口にされたものである)となることへのアンチテーゼにもなった。

旧帝大を目指すことだけが優等生の証になるような、「旧帝大出の偉い人が言うから従いましょう」ではない価値観も並立させなければ、日本という山が多く細長い特殊な地理的条件を持つが故に元は地方色が豊かで、かつ島国であるためかなり特異な発展を歴史的に遂げて来た社会は、皆がそこそこに満足して幸福であるようには維持できないのだ。

なんだかんだ言って55年体制の自民党がこの国の発展に相当な成功を収められたのは、岸的な流れとしての戦前の軍と内務省、官僚機構、旧帝大(東大)閥に連なる中央集権的な国家主義に対し、したたかな現実主義に根ざした庶民的な「保守」…というか明治以降の近代化でたぶんにないがしろにされて来た、日本の歴史と伝統を担う田中派的な流れがあったからである。

たとえばそうした日本の歴史と伝統の保守は、完全な競争社会や「強さ」=「善」ないし「正義」の図式を好まない。

とりわけ戦後には、公にはほとんどタブーとされて来たものの、戦時中に一兵卒として塗炭の苦しみを味わい無駄死にさせられたのが農家の子弟など庶民層だったからこそ、田中派的な系譜は戦争には反対して来たし、日中国交回復が好例であるようにそれを実際の政策としてもやって来た。

田中自身が一兵士として中国戦線に行っているからこそ、日本軍がやったことも分かっていて、だからこそ日中国交回復と日中友好の必要も分かっていたはずだ。 
あれだけのことをやって恨みを残した大国が隣にあることは、どう机上の空論で軍事力やら核弾頭の数を比較しようが、どう考えても現実的におっかないに決まっているからだ。
日中双方の大狸のご対面、田中角栄と周恩来

田中派的な自民党の流れは、「弱いもの」にはそれなりの配慮を欠かさないような古風な倫理観は持って来たし、またそういう平等性をある程度は確保しなければ、日本という国と社会全体が機能しなくなることを理解していた。

一億総中流には問題ももちろん多い。しかし治安は安定するし、将来のよりよい生活に夢を持って安心して働けるぶん労働生産性は効率よくアップする。そしてそうした田中派的なものがあったからこそ、自由民主党は都市部よりはむしろ地方に、強固な支持基盤を作ることも出来たのである。

一方で日本の左翼勢力は、こっちもこっちで霞ヶ関の官僚に負けず劣らず学歴があり、またその学歴がものを言うエリート気取りである。 
演説会で暗殺された浅沼幸次郎など、普通の庶民に分かる…というか信頼できる言葉で語れる左派の指導者も戦後まもなくにはいなくはなかったが、どんどんと淘汰されて行った。

大島渚『日本の夜と霧』 

左派リベラリズムの観点からすれば、田中派的なものの志向したほどほどに平等な日本社会とは、およそ不完全な平等でしかないのは確かだし、若者にとっては田舎の閉塞した抑圧的な空気は変わらないだろう。なるほどそれは、理論的に言えば偽善に留まるものでしかない。

だがそれでも、岸=福田=安倍派的な、あるいは長州閥の残党と言っていいのかも知れないが、中国道徳と西洋植民地主義の野合でしかない中央集権・エリート中心のフィクショナルな国家主義よりは、遥かに現実社会の局面で機能するものだし、ある程度の自由や社会の許容性も担保できるものだったのも確かだ。

また田中派的なものが存在していたことそれ自体が、岸的な流れのエリート主義を抑制するアンチテーゼにもなって来た。

庶民レベルでも、昔なら「象牙の塔」とアカデミズムを揶揄するのは当たり前だったし、「先生と、言われるほどの、馬鹿はなし」という川柳は日本人の一般常識でもあった。なんと言ったってコンピューターつきブルドーザーでも低学歴の、しかし越後弁が抜け切らなくても議論にめっぽうつよい田中角栄が、それを体現していた。

自民党にかつて大勢いた「族議員」というのも、そういう存在でもあった。

確かに一方では政官財の癒着の中枢にいたのも彼らだが、族議員は所轄官庁以上にその業界に詳しく、エリート官僚が出して来る中央集権国家的な政策に現実主義の観点からノーを言えた、それだけの知識も経験も知能もあったのだ。

つまり官僚や流行の経済学者の言いなりにしかなっていないのにその知ったかぶりで満足できてしまう、岸=福田=安倍の系譜の二世三世議員よりは、ナンボかマシなのだ。

ことロッキード事件で田中角栄が逮捕され有罪となって以来、日本の世論はこの田中派的なるものを嫌悪し、政界の浄化が叫ばれて来た。

田中派はそれでも政治的な実行力と、自民党最大派閥の議席数の力で、日本の政治に強い影響力を持って来たが、田中角栄自身が病に倒れるのと前後して、竹下内閣を契機にその地位の低下は如実になり、小沢一郎が自民党を去り、小渕恵三さんが総理の任期半ばに倒れたこと、その後を派閥としては岸的な流れに属するヌエのような森喜朗さんが継ぎ、そして小泉純一郎総理の登場に至る。

当初は反官僚主義を標榜したはずの小泉政権が、それを堅持できたのは最初の一年にも満たない。

小泉純一郎が排除に成功したのは官僚の権力ではなく、官僚と癒着もしながらその絶対権力の抑制弁にもなっていた族議員の方だった。今となってみれば、これがむしろ官僚機構の絶対権力化による中央集権化を押し進め、一方で自民党の政策担当能力を絶望的なまでに劣化させたことは、火を見るよりも明らかな現実だろう。

もはや改憲論を党是に入れながら、まともな憲法論議すら出来ず憲法の法治国家における機能すら理解できないのが今の自民党だ。お勉強はできても、憲法なら憲法といった制約が現実社会の政治組織のなかでどう機能するのか、人間や社会への理解が足りないためまったく分かっていないのだ。

田中派的なるもの、あるいはもっとはっきり言えば本来の自民党であったものの崩壊には、自業自得の面も大きい。地域コミュニティを維持して来た日本の本当の「保守」は時代に合わせてそれなりに変化して来たが、それが地方行政の身近なレベルでさえ政治に反映されたとは言い難い(そのもっとも分かり易く身近な例が、東日本大震災と福島第一原発事故に対する当該自治体の無策で、こと双葉町の例あまりにも無惨だ)。

小渕優子さんが事務所費問題で刺されたのも、お父さんの代からつながる後援会との昔ながらの人間関係の付き合いの結果だが、別に観劇の面倒なんてみなくとも、地元との人間関係はもっと今の地方の人たちの感覚に合わせて変えて来られたはずだ。

それに小渕さんの事務所に観劇の手配をさせて切符代を持たせていた後援会幹部というのも、地元のごく普通の、小渕さんが実はかなり有能だしいいお嬢さんだし、きれいだし話も分かる人だと思って支持したであろう人たちからみれば「ちょっとおかしいんじゃないの?」レベルの話になるのだろうし、どんな芝居を見たのかは知らないが、その演目によっては「それはダサいんじゃないの?」とすら言われるかも知れない。

だがそれでも、政治家としての能力や思想ではなく、たかがこの程度のことで小渕優子さんの政治生命が絶たれる、それだけでなく今や空前の議席数を確保した巨大与党の自民党のなかで、本来の自民党の政策作成と政策実行能力の要を担って来た流れが完全に途絶えるかも知れない(言い換えれば、日本の権力の実態が霞ヶ関独裁の全体主義になる)ことの危険性を、我々は「政治腐敗を許さない」程度の感情論は一切排して、冷静に認識した方がいい。

それは単に、いわゆる田中派的なものがハト派でもあったのに対して安倍がタカ派どころか言っている中身はネオナチで、田中角栄的な流れが中南海とも公式・非公式に密接なパイプを持ち続けてこれまで決定的な対立を避けて来たのに対し、安倍政権が自ら中国とのあいだに決定的な対決を自らの度重なる挑発によって引き起こし、日中対立によってアメリカを味方について世界を米中対立にすら持ち込もうとしていること(まあ現状、そんなもん世界中で誰も相手にせんが)や、改憲論、平和憲法が骨抜きにされつつあると言った、左右対決の問題だけではない。

もちろん安倍が日本外交を破綻させているのは重大問題だが、それですら安倍的な危機の本質ではなく、結果としての表層の事象に過ぎない。

安倍政権それ自体の問題は、自身まったくお勉強ができない安倍を含め、自民党の主流派の多くが、それなりにお勉強でいい成績はとれた連中も含め、どうしようもなく馬鹿であることだ。

「コンピューターつきブルドーザー」が仕切って来た自民党とは、えらい違いなのである。

たとえば塩崎厚労大臣がいい例だが、結局は偉そうな顔をして最新の経済理論だか経営理論を説く先生の言いなりで、国家や社会を運営するということがどれだけ複雑で、長期を見渡せる視点が必要で、しばしば自己矛盾を内包せざるを得ないものであるかをまったく理解しないまま、杓子定規に薄っぺらなプライドを発散させるだけだ。

お勉強も出来ない総理大臣と、お勉強は一応出来たかも知れないがしょせんそれだけの大臣や副大臣政務官では、結局は膨大な情報量を直接に掌握して、それを根拠に使え、しかも高学歴を誇る(要するに東大法学部がいちばん偉いとされる馬鹿げたヒエラルキー)官僚事務方の言いなりにしかならないだろう。

お勉強はできても自分でやる勉強はやり方すら分からない閣僚では、その閣僚がなにかを判断する際に必要とする情報の供給を、官僚が恣意的に左右することで政策を思い通りに操れるし、おなじことを記者クラブ相手の記者会見やいわゆるオフレコ懇談でメディア相手にやることで、報道すら完全に支配することが出来る。メディアの方は記者がこれまたお勉強はできて一流大学は出ている受験優等生から先にはまったく成長せず、自分でやる勉強がまったく足りないので、官僚の出して来るオフィシャルな情報に完全に依存し切っている。

どこかの「偉い人」からなにやら教わったから得た知識だけで「自分は偉くなったんだ」と思い込めるのは、もはや官僚や記者や二世三世議員に限った話でもなく、日本全国で威張り腐って他人を「衆愚」扱いする連中は、みんなそうだが。

永田町という地域を、1日でも2日でも歩き回ってみると実感するかも知れない。そんな今の日本の政治に決定的に欠けているものがなんなのか、気がつくかも知れない。



そこには、なにが欠けているのか?

それは人間性、人間が本来なら生まれながら持っているかか育っているうちに身につけて来たはずの当たり前の直感的な知恵が、決定的に欠如しているのだ。

またそうした人間性(あるいは庶民感覚)を「衆愚」だか「愚民」扱いしてまったく勘案しないことが、自分達の偉さだと思っている人たちばかりが、闊歩しているのである。

10/12/2014

アスベスト訴訟の最高裁判決は「勝訴」なのか?



大阪府泉南市のアスベスト被害をめぐる訴訟で、最高裁での「勝訴」「国の責任を認める」判決が大きく報道された。大きく…いや、日本で使われた石綿の量と、アスベストの健康被害問題の広がりからすれば、もっと大々的に報道されたっていいことのはずだが、一方で「勝訴」と手放しに喜んでいいものなのだろうか?

最高裁の判決文 
第一陣原告に対して http://www.asbestos-osaka1.sakura.ne.jp/kataseru/20141009-1-hanketu.pdf 
第二陣原告に対して http://www.asbestos-osaka1.sakura.ne.jp/kataseru/20141009-2-hanketu.pdf

原一男監督が7年前から、この訴訟の原告団を追う新作のドキュメンタリー映画を撮影している。最高裁判決をめぐる原告・弁護団の活動を撮るための臨時のスタッフとして、判決公判の9日と翌10日の2日間手伝うことになり、原告の皆さんとも行動を共にさせて頂いた。

入廷前、弁護団長にインタビューする原一男監督
最高裁の南門前で待っていると、公判開始からほんの数分でいわゆる「旗出し」、今回の場合は「勝訴」という文字が書かれた幕を、法廷から駆け出して来た若い弁護士さんが大きく広げる。すぐに周囲は沸き立ち、支援の宣伝カーからは万歳三唱が呼びかけられた。

その喜びの声を、首都圏の建設現場のアスベスト被害者と思われる人たちが、なんとも感無量の顔で見つめていたのが、心に突き刺さった。




「勝った」としても、この人たちにとってそれは単純な喜びになるはずがない。一生懸命に働いて来たが故に自分の身に起こってしまった不幸を、噛み締める瞬間でもあった。

泉南訴訟の影の立役者である、地元で被害者の掘り起こしに尽力した世話役の男性が、万歳の声を背景にインタビューに応じていた。

泉南の人たちはアスベストの被害者・犠牲者になったが、それだけではない。石綿加工を地場産業として一生懸命に働いて来て、陰ながら日本の経済産業の発展を支えたのが、この町の歴史でもある。だがそれを誇ることは、その代償のあまりもの悲劇がこの町の人たちにだけ振りかかってしまった現実からすれば、今はとても難しいだろう。その町の、人々の歴史を取り戻すことが、これからの大きな課題にもなるのかも知れない。

判決を待ちながら、この男性はずっとすでに亡くなった14人の原告の写真と名前を記した横断幕を見つめていた。彼の説得に応じて原告になったのは、被害者のなかでもごく一部に過ぎない。インタビューで彼は、「私たちはあまりにも多くの人たちを見殺しにしてしまった」と呟いた。




それでもまあ、勝ったのだろうし、とりあえずはよかった、と思って衆議院第一会館で行われる記者会見に向かったところで、原告の代表の一人で、ご両親を石綿肺と肺がんで亡くされた南さんと出会った。入廷される前にもすでにお話していたので挨拶して、「おめでとうございます」と声をかけたのだが…。


南さんは「それが違うのよ。私たちは門前払いにされたの」と仰るのだ。

「え?そうなんですか?」切々と真相を、冷静に、しかし率直に語られる南さんを、この時撮影しておけばよかった。原さんすみません。

これが自分の映画だったら、撮らなかったスタッフに怒鳴り散らしているかも知れない。だがそれは記録映画の監督として、明らかにやってはいけないことだろうし、だから自分のように未熟ではない原さんは、決してその様には振る舞わない。 
どんなに対等な関係性を演出しても(そして原さんはそういう現場を徹底して、この映画では作っていると思う)、映画の現場ならそうした現場なりの権力関係が自動的に派生する。監督は決して民主的な存在にはなり得ない。いわば独裁権限を持っている監督がこういう時に強権的に振る舞えば(そんな「つもり」はなくとも、結果としてそう見えてしまえば)、自分がいない場でそういう撮り損ねた事実があったこと自体を、スタッフが報告してくれなくなる。 
監督が知るべきことを知らないというのは、スタッフの感情の尊重以前の問題で、どう考えたって作品のプラスにはならない。そして我々はあくまで、映画を作っているのだ。

記者会見が始まったときには、僕たちはこの本当の結果の意味を知っていたので、原さんのメインキャメラが弁護団の説明を撮っているあいだ、第二キャメラはこの南さんたち、いわば「門前払い」にされた人たちを中心に狙うことが出来た。

記者会見中の原告、岡田さん、南さん、川崎さん
弁護団の方は、この国の司法や行政や社会の仕組みの枠内でしか、こう言う場では語ることが出来ない。今後の他のアスベスト訴訟の追い風にするためにも、メディアに「国の責任が認められた」としっかり書かせるためには、どうしてもこれは「勝訴」だという論調でまず記者に理解させる必要がある。その文脈では原告のことも「喜びの声」としてメディアが報道したがる以上は配慮しなければ、事情をよく理解していないしする気もない記者たちやデスクは、今回の判決自体をあまり大きく取り上げないかも知れない。

支援の運動への配慮もある。訴えが認められた原告のことを無視するのも、それはそれでおかしい話になる。

だがその結果、南さんたちの受けた不公平は、なかなか明言には至らないことになってしまう。

判決を待つ原一男
泉南のアスベスト問題は、まったく解決はしていないし、最高裁は決して、公正で納得できる判断など出してはいない。

生存している原告8人のうち(原告団のうち14人がすでに鬼籍に入った)実際に訴えが認められたのは4人だ。たとえば遺族原告の代表を務めて来た南さん、岡田さん、佐藤美代子さんの訴えは認められなかったし、賠償額の算定のためのテクニカルな処理が主たるものとはいえ、第一陣の審理は大阪高裁に差し戻しになった。

南さんのご両親は農家で、石綿工場労働者としてアスベスト粉塵を吸われたのではない。一時は田畑が、稲もかぼちゃも工場から飛んで出たアスベスト粉塵で真っ白になるほどだったのが泉南の風景だったそうだ。町中に中小の石綿工場がある以外はまだまだ農家も多かったいわゆる「田舎町」には、最盛期にはアスベスト粉塵が工場の内外を問わず飛散していたのだ。

だが建設や工場の労働者の被害ばかりがクロースアップされるなかで、泉南ではアスベストは労災被害だけでなく公害でもあったこと、南さんのような被害者の存在は、報道などでずっと無視されがちだっただけでなく、裁判でも無視され審理すらロクにされていない。

工場の建物の中だろうが外だろうが、同じアスベスト粉塵を吸って同じように肺を犯され、同じ病気で苦しみ同じように亡くなった人たちがいる。それでも政府の仕組みでは工場内の、労働環境の整備は厚生労働省の管轄であるのに対し、南さんのようないわゆる近隣暴露は「公害」であり、つまり環境省マターだ。

…と、こんな理屈で納得する方が実はおかしいのは、言うまでもない。

実際に受けた被害になんの変わりもないのに、三権分立で行政府とは独立しているはずの裁判所が結局、国の行政管理の不作為をその行政府内の管轄の区分けの都合に従って判断し、近隣地域のアスベスト粉塵による汚染の度合いが分からないが(データも写真も残っていないのは、調べなかった行政の責任じゃないのか?)、外なんだから工場内ほどの汚染はなかっただろうという、その実確たる根拠がなにもない憶測を持ち出して後付けのへ理屈で原告だけでなく、その背後に控える膨大な被害者を門前払いにしたのだ。

工場内の被害なら常勤の労働者だけに限定される。雇用名簿を調べれば被害者の把握は容易だし数も少なくて済む。

その人たちが工場内で働く労働環境についての国の行政権の不作為による加害責任(いや本当に「不作為」なのか?それ自体が疑わしいことは、最高裁になっても踏み込まれなかった。ちなみに60年近く前の水俣病でも、同じ構図があった)も、アスベストの危険性が医学的な定説として細かく確定してから国が規制法を審議し始める期間に限定され、それ以降は「不作為」つまりやるべきことをやらなかった責任から除外されてしまったのが、今回の最高裁判決だ。

そこでハネられたのが、やはり原告の共同代表を務めて来た佐藤美代子さんの亡くなった夫だ。

1958年から1971年までは認めるがそれ以前から働いて人については、国にアスベストが危険だと認める十分な情報がなかったし、それ以降は法律を作ることで責任は果たしたのだから法律を守らなかった事業主・雇用主の責任だ、という理屈なのだろうが、1958年以前だったらアスベストが危険でなかったわけでもあるまいし、その前は調べもしなかった、法律が出来てもしっかり運用するよう厳正に対処しなかった行政に、責任はないのだろうか?

南さんと共に最初から代表を務めて来た岡田陽子さんは、自らも重症の石綿肺になってしまい、常時酸素吸入が必要だ。だが労働者だったご両親については国の加害が認められたもの、自分の被害は認められなかった。

佐藤さん、岡田さん、南さん
当時は満足な託児施設がなく、共働きのお母さんが働いているあいだ工場の敷地内で子守りされ、アスベスト粉塵を吸った結果が今の不自由な身体だ。看護師の仕事も酸素吸入が必要なほど病状が悪化して続けられなくなった。それでもこれは国家賠償の対象ではない、とされた。

なぜなのかよく分からない。職場に子どもを連れて来ていたのはお母さんなのだから国はそんなこと想定する義務はない、とでも言うのだろうか?

いや実際、だからこそ岡田さんのお母さんの人生はあまりに辛いものだったことだろう。「知らなかったから責任はない」では済まされるはずもなく、娘さんのために自分を責め続けて亡くなられたに違いない。

なのに国の方は「知らなかったから責任はない」で済まされている。なにかおかしくないか?

たとえば毎日新聞の社会面は、この岡田さんを中心に報道している。

http://mainichi.jp/shimen/news/20141010ddm041040106000c.html

しかし見出しは「両親に『勝ったよ』」、記事では「安堵の表情を見せた」とあり、無理矢理笑顔の写真を掲載してポジティブなムードの演出に終始している。その写真でお隣に写っている南さんら、環境被害の原告が無視されたこともまったく触れていない。

それに実際には、記者会見のあいだじゅう、岡田さんは気丈に振る舞おうと務めながらも、やはり沈んだ顔をされていた。


わざわざ笑顔の写真を出すこと自体、それが報道なのだろうか?

恣意的なプロパガンダではないのか?

プロパガンダといえば、名目だけは「勝訴」が報道を駆け巡っても、アスベストの医学的な危険性が確定してから国が規制法を作るまでのほんの十数年間の、労働の現場での環境についてしか、国の責任を認めていないのが今回の判決の中身だ。

その責任の範囲を決める理屈が、一見合理的に説明されているようにも判決文を鵜呑みにすればできなくもないが、考えれば考えるほどに被害に遭った側ではなく、一方的に被害を与えた側、加害者となる国側だけの理屈、行政の視点、その論理の都合で考えて、それでも「これは無責任」と言える範疇だけしか国の責任の有無を判断していない。

勝訴となった被害者についても、石綿肺について被害事実は認めているものの、肺がんについては曖昧だ。

確かに「がん」は厳密にはその原因をひとつに特定できない病気ではあるのだけれど、石綿が原因だとは特定できないと言うのは、逆にいえば石綿ががんの原因ではないと断言することも不可能なはずだ。科学的な立場とは、本来そう言うものだ。言い換えればこの最高裁判決は、まったく科学的ではない。

肺がんなら代表的な例がたばこであるなど、他にもいろいろ発がん要因は確かにある。とはいえ石綿肺で苦しんで来た人が肺がんで亡くなったときに「いやでもたばこを吸ってたでしょう?」「排気ガス」「ストレス」等々を挙げて「国の責任でないかも」と言うのは、あまりに一方的で科学を無視したへ理屈でしかない。

同じようなことは、たとえば福島第一原発事故の被災地域で今後見つかるであろう甲状腺がん患者にも言える(甲状腺がんは4〜5年経たないと発見できるレベルまで大きくならないし、小さい段階では免疫でがん細胞が死滅する場合も多いと考えられている)。

福一事故の場合、放射能もれの被曝データからして、原発事故から4〜5年後に甲状腺がんの発見が増加する(つまり福一事故の被曝原因のがんが見つかる)ことはあまり考えられない。 
それでも絶対に人口に対してこれまで分かっている発症率に準ずる一定の比率に相当する患者は確実に見つかる(検査技術の向上と徹底した調査で、確実に早期発見できる)し、統計学的には目立った増加が見られなければ「原発事故要因と特定できる甲状腺がん発生はなく、福島県に住み続けてもとくに危険は、まずない」と断言していい一方で(風評の予防のためにむしろ積極的にそう言うべきでもある)、しかし個々の患者の実際の発症について、放射性ヨウ素を原因から排除するのも、決して科学的な態度ではない。 
だからメディアは、甲状腺がん患者が出た場合には国と東電が責任を持つことをルール化すべきだと言うべき、反原発運動もそう主張すべきだと既にこのブログでも指摘しているが、無論これまで実際にやられて来たことと言えばまったく真逆、被災者をダシにお祭り騒ぎの正義ごっこに耽溺しただけだ。 
これだけの科学技術立国の現代日本でありながら、政府もメディアも反対運動も、揃って科学というものに対するつき合い方を心得ていないように思える。 
科学を真剣に考えることは、実際に自分が直面した悲劇を理解するために科学を必要としている被害者たちだけに押し付けられているのではないか? 
統計的には原発事故由来とは考えにくい、と言われたって甲状腺がんが子どもに見つかれば、親御さんはもの凄く苦しみ自分を責め続けるだろうし、実際に科学的にその可能性を完全に排除はできないのだ。

福一事故の場合、免疫学的・統計学的には原発事故由来の甲状腺がんの発生は恐らくないとまだ判断できるが、アスベスト訴訟の場合は肺がんの原因で真っ先に考えられのが何なのかははっきりしているし、こと岡田さんの石綿肺の場合、他に考えられる理由はないのに、「いや国が責任を負うのは労働者の就業環境だけですから」「たまたま吸ってしまったことまで国の責任と言われても」とでも言うのだろうか?

これが三権分立の、司法権が行政権から分離独立している国の裁判所が出す判断だろうか、と首を傾げたくなる。

よく考えれば「原告」つまり被害者の「言い分を認めて」なぞまったくいない最高裁の判断なのだ。判決の論理的な枠組み自体が、一方的に行政府の理屈の範疇にしかなっていない。

司法権もまたあくまで主権者たる国民が裁判所に付託しているだけのはずだが…。小学校で習うことだぞ?

行政府の考える、行政の都合上に過ぎない、行政権の執行者の主体的主観によって構成された論理に、司法が従う必然はどこにもないし、むしろそうであっては困る。

事実としての被害はどんな立場だろうが、労働者であろうと周辺住民であろうとアスベスト粉塵を吸い込み、それが肺組織に突き刺さって破壊され、重い病になった、という医学的な現実だけが公正客観であり、それが等しく救済されるのが公平のはずだ。

なのに最高裁の判断は、南さんたちや岡田さん、そして多くの亡くなった原告、さらには訴えることすら出来ず亡くなった多くの泉南市民が無視されたことに同情する以前に、理屈が、筋が通っていない。

これで日本は公明正大で公平な社会、法治国家だと言えるのだろうか?

法治国家とは本来、最高裁が司法の最高権威だから従いましょう、ということではない。

最高裁は司法の最高権威であればこそ、誤った判断を下してはならないという義務を負っているのだ。そうでなければ国家が国家たり得る権威すら保てないはずなのに、判決を歓迎する素振りの報道ですら、「気の毒」以前に「不公平で、公正とは言えない」という観点に、ほとんど踏み込んでくれない。

ましてこの判決が、アスベスト被害者のあいだに救済される者と救済されない者を差別し、分断を作り出しかねないことに、報道は変に遠慮しているのかまったく触れていない。

原告や被害者が実際にそうやって分断や反目を始めるかどうかなどとまったく無関係に(そしてこの原告団ならそうはなるまい、と信じる)、判決自体がそれを狙っている、そう誘導するようにわざとやっているとしか、僕には思えないのだが。

報道は未だに最高裁に水戸黄門的なものを期待し、責任を問われる行政はいわば悪代官、その罪が明るみになって虐げられた善良な民が喜んだ的な物語をここに読み込もうとしていて、だから岡田さん自身が救済されていなくても見出しは「両親に『勝ったよ』」となり、笑顔の写真を一生懸命探すが「笑って下さい」で撮った写真を選んだのかも知れない。 
だが大岡政談の南町奉行越前守自体が作りごとだし(実際の大岡忠相は裁判官よりは有能な行政官だった)、水戸中納言徳川光圀の全国漫遊もフィクションでしかない以前に、最高裁の判事たちですら、今の日本ではいわばただの官僚だ。そしてこと、この判決では、彼らまでもが官僚的に過ぎる、国家の権力構造の内輪での保身を「真実」に優先させてしまったように思える。
果たして三宅坂、永田町と霞が関のトライアングルの内輪だけで、裁判が「真理」や「真実」を明らかにすることに到達し得るのかといえば、そんなことありえるはずもないなんて、子どもにだって分かる話だが。

この判決には行政府への配慮が垣間見えることは、弁護団から記者会見でも指摘があった。

行政への配慮、すなわち国の法的な直接責任をなるべく軽減する事実認定とその解釈に徹して、裁判所の命ずる救済を少なくしているのは、永田町と霞が関が「政治決断」を下せる範囲を少しでも広くとろうとしている、と好意的に解釈も出来るし、また実際この種の健康被害について国の責任を争う裁判では被害者のうち原告になっているのはごく一部であり、真の解決には政治決断が必要にもなる。

C型肝炎訴訟では、判決後に原告団と面会して約束をしたはずの舛添厚労大臣(当時)がなんと官邸の裏口から逃げるというトンデモな展開があり、福田康夫総理大臣が政治決断を下したのだが、思えば厚労省から相当な抵抗があったから舛添さんが逃げたのであり、福田さんがあの決断が出来たのはひとえに福田さんが人としてまともだったおかげだったのかも知れない。 
だとしたら今の総理大臣は…なんと安倍晋三氏ではないか…。なんともまたタイミングが悪い

それでも原告と弁護団の記者会見が始まったのとほぼ並行して、塩崎厚労大臣が会見し、謝罪したというニュースが記者会見会場に飛び込んで来たときには「おぉ」というどよめきが起こった。あの場では誰もが、早期で前向きな政治決断への期待を抱いたことだろう。

だがフタを開けてみれば塩崎大臣の会見内容は、国の責任が直接に認められた原告に対してのみの謝罪という、「え?それなんのための謝罪なの?」という内容でしかなかった。いやそんな謝罪ならわざわざやる必要がないから、まったく想定すらしていなかった。

裁判所が責任と罪を認めたケースのみ「ごめんなさい」って、被害者ではなく裁判所の「権威」だけを向いた、言う通りに神妙にします、と言うだけの、口だけの「謝罪」でしかない。だいたい「謝れ」と法に命令されたことなのだから、わざわざ言うのはまったく無意味ではないか。 
しかも文書化した談話は報道陣には配られたものの厚労省のホームページには載せないという。 
なんじゃそりゃ?  
今の政権、安倍内閣のやることというのは、とにかく世間の常識、社会の当たり前の前提をつねにすっ飛ばしているので、想定の範囲外で驚かされてしまうことばかりだ。

原告と弁護団は6時半からの約束で厚労省に向かったのだが、まず驚いたのは「部屋の準備が出来ていない」とかで、原告が廊下で待たされたこと。

言うまでもないが、これは健康被害について国の責任を問う裁判だ。つまり原告は病人か、その遺族である。しかも実際に岡田さんのように、常時酸素吸入が必要な方がいるのに、廊下で待たせるのか?

押し問答の末なんとか部屋には入れたのが、「部屋の準備」もなにも、ただの会議室である。だいたい、なにを準備していたのだろう? 「準備」してたはずが誰も出て来なかったぞ?

そして十分遅れでやって来たのは、アスベスト問題の担当部署の人間ではなかった。言うことはただひとつ、「判決を精査するまではなにも言えない」「関係省庁との協議もこれから」だけだ。

(原一男作品のラッシュではなく、私物のデジカメで撮影した、当日の模様)

子どもの遣いじゃあるまいし…。

では担当者に会わなければ、という話に当然になるが、一部が差し戻しになっている関係上「係争上の案件で当事者に会わせることは出来ない」の一点張り。とにかくそれでは話にならないから、担当者にそう言って来い、と追い返すしかなく、そして戻って来てもまた同じ話。

それが三回も繰り返され、とにかく翌日10時にまた来るから、それまでに少しは検討するように、で散会になったのは午後9時だった。

そして翌日10時にはまた別の、やはり同じ労働基準管理局の、石綿対策のまた別の隣の課の室長が来たのだが、当然ながらこれまた同じ話である。

たまたま我々はその背後のポジションだったのでふと見れば、手元にはなんと「対応マニュアル」だけはしっかり準備されていたのだが、そこで想定されている質問や要求と、原告と弁護団の言い分がまったく異なっているのが、なんとも虚しくて滑稽ですらあった。 
原告が普通の庶民だからと「もの凄く有能なエリート」を自認する官僚の皆さんは、ちょっと相手を小馬鹿にし過ぎている、見くびっていたのではないだろうか?想定のトップは「大臣に会いたい」という要求への対応が書かれていた。 
弁護団はプロだし、原告も7年も8年もやって来た人たちだ。今さらそんな子どもっぽいことを言うはずもなく(えらい大臣サマがすべて解決してくれる、なんて水戸黄門幻想や、有名人の大臣に会えて嬉しい、じゃあるまいし)、筋を通して理路整然と、国の責任の所在をはっきりさせるためにもまず謝るべきは謝り、責任ある立場のものがまず具体的な事情を聞くことを要求しているのだから、話が噛み合ない。

それでもこの二人めの室長さんは、歳上でもあるせいか少しはものが分かっていたのだろうか? すぐに使えないと分かった想定問答マニュアルを盗み見ることもなく、押し問答は20分強で終わり、1時間近くも戻って来ないのでどうしたのかと思えば、大臣官房の総務課長との面会を決めて戻って来たのは評価したい(ちなみにマニュアルには僕が盗み見た限りでは書いてない内容だし、実際にえらく時間がかかっていたし、戻って来た時には表情がまるで違っていた)。

午後になった面会では、基本的にその課長が原告ひとりひとりの話をひたすら聞くことに徹したのは、少しは前向きに動き始めたと信じたいところだ。

いやこれくらいは信じられなければ、この日本国の国民であることが絶望的になるし、恥ずかしくもなる

一時間近く待たされているあいだの原告の皆さん
いずれにしても、分かったことが二つある。

まず10月9日にこの裁判の判決が出ることは、判決内容までは分からなくとも政治日程には組み込まれているはずなのに、安倍政権では厚労省でも官邸でも、なんの準備もしていなかった、ということ。

そして厚労省では相手を見くびってタカをくくってでもいたのか、相手を怒らせるような対応しか出来なかったということ。

原さんに言わせれば「いやそんな藤原が言うような策略なんてなにもなく、なにも考えていないで、ものすごく間抜けなだけじゃないのか?」である。

もうひとつは、官邸や厚労省だけでなく、最高裁まで含めて日本という国家の「権力」の在り方が、これだけの大国の権力とは思えないほど姑息でせせこましく「ちっせえ」、そして狡いんだか単に間が抜けているんだかよく分からないが、もの凄く小さなスケールで邪悪だと言うことだ。

判決翌日、厚労省に向かう前に、原告は総理官邸から大通りを挟んだ向かい側、記者会館の前の街頭で訴えを行った。午前中の面会のあとも厚労省の昼休みと重なる時間帯に、厚労省前でやはり街宣行動をやった。そこでちょっと驚いたことがある。

通勤途中や、昼食に出かける国家公務員である人たちのほとんどは、泉南アスベスト訴訟の原告、つまりアスベスト被害の犠牲者である人たちを、一生懸命に無視して、冷酷さと敵意すら必死で演じていた。

ビラを受け取る人はほとんどいない。厚労省前でビラを受け取った数少ない心ある人も、原さんのキャメラの前をそのビラで顔を隠して通り過ぎて行く。

アピールを背景に佐藤美代子さんのインタビューを撮っていたら、急いでいるフリをして僕たちにぶつかってくる人までいた。

話は前後するが、官邸前ではアスベスト訴訟の前に、特定秘密保護法に反対するアピールが行われていた。こちらを官僚・国家公務員が無視するのはまだ分かる。思想や考え方の違いの範疇で、賛成しないという選択肢はあるはずだ。

だがアスベスト訴訟の場合は、限定的とはいえ最高裁が行政の不作為の結果の被害者で、国に責任があると認めた人たちだし、それ以前に加害者が誰であろうともの凄く大きな被害を受け、人生をめちゃめちゃにされた人たちだ。

そんな国民に起こったあまりもの不幸を無視し、冷酷な態度をとろうというのは、いったいどういう神経なのだろう?

一般市民なら「関心がない」はあっていいだろう。だがあなた方は国家公務員のはずだ。

国民の生活を守るのがあなた達の最大の責務であり、そのために大きな権力や権限を与えられている。仮に直接の瑕疵や責任はなくとも、この被害者の存在自体が、国家の行政の失敗や、至らない部分があることの証明ではないのか?

このような不幸を少しでもなくすことが、あなた達の仕事ではないのか?

…っていうかこの人たちは馬鹿で恐ろしく世間知らずなのだろう、と率直に思う。 
少なくともこんな公の場でそんな態度に出ること自体、自分達の印象をもの凄く悪くすることにしかならない、とすら気づけないのだろうか? ポーズだけでも神妙にしていれば、まだ世論だって少しは官僚批判を和らげるだろう、少しはなにかが違っただろうに。

厚労省に限らず霞が関の慣例なのだろうが、直接に応対するキャリア官僚のそばには、ノンキャリアの、たいがいはベテランで歳上の人が着くことになっている。ただ隣に黙って座っているだけで、無表情に徹し、なにも言わない。判決当日の晩と、翌日の二回の面談で、三人のキャリア組が原告と会ったのだが、「おつき」のノンキャリアは、ずっと同じ人だった。

判決翌日の午後の、総務課長との面談に向かう際、原告や我々取材陣を案内するのも、この人の担当だった。それが驚くことに、にこやかで礼儀正しく心配りも行き届き、とても「いい人」だったのだ。酸素ボンベを常に引っぱっている岡田さんへの態度は、とりわけ丁寧だった。

総務課長との面談のあと、岡田さんがこの人を捕まえて、「さっきは『そこの隣の人!』とか言ってしまってごめんなさい」と謝っていた。

言われた方は恐縮するばかりである。仕事とはいえ自分の態度が責められてもしょうがないものであることは、本人も分かっているに違いない。またここで「どうしても謝らないと私の気が済まないから」という岡田さんも、とても立派な人だった。

岡田さんと息子さん
アスベストの問題は「日本の産業発展の犠牲になった」という定型句がよく使われる。

だが決して忘れてはならないのは、被害者の人たちは「犠牲になった」だけではなく、真面目に働いて出来る限り誠実に生きようとして、この国の発展を支えた功労者でもあったことだ。

泉南はアスベストが地場産業でもあった場所だけに被害が大きく、アスベストは労災だけでなく公害の問題にもなったのだが、それは泉南のアスベスト産業もまた今もあるこの国の豊かさを支えた、という意味でもある。

原告の皆さんはそんな「日本の庶民」でもある。

実はとても辛い内容の、名目だけが「勝訴」だった判決と、霞が関や永田町で見かけた、この国の権力を左右する人たちの冷たさ、あるいは人間的な不自由さの一方で、そして街頭で訴える皆さんのお話の内容のあまりに過酷な辛さにも関わらず、原告の皆さんはそれでも明るい「関西のおばちゃん」である。

とてもチャーミングで、朗らかで、そして根っから真面目な人たちであり、とてもしなやかで、普通に賢い人たちでもあった。

福島浜通りや飯舘村で自分の映画を撮っていたのと同様に、これだからドキュメンタリーはやめられない、と思わせる、人間の真の強さを学べる契機や喜びが、この2日間にも度々あった。

官邸前で佐藤さんのスピーチを撮りながら、原一男監督は涙を流していた。


厚労省前でその佐藤さんのインタビューを撮りながら、敗訴した悔しさを語れない佐藤さんの涙に原さんも泣き、マイクを持っていた僕にしきりに「なあ、藤原、君もそう思うだろう」と相づちまで求めて、なんとか佐藤さんを励まそうとしていた。