最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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9/23/2014

ジャック・ドゥミ『モデル・ショップ』の謎


 ジャック・ドゥミ監督『モデル・ショップ』予告編

ジャック・ドゥミのアメリカ映画『モデル・ショップ』(1969)が公開当時にまったく評価されず、なぜ今に至るまでほとんど無視されて来たのかは理解し難いのだが、しかし語るのがひどく難しい映画であり、そのための言葉や論理がなかなか見つからないのも確かだ。

映画のなかでセシル(アヌーク・エメ)とジョージ(ゲイリー・ロックウッド)がお互いに言い合う、


「あなたは自分のやることがなんでも説明できるの?」
「君は自分のやることをなんでも説明できるのか?」

二人がお互いに同じことをいうこの台詞は、この映画が自身について語っていることでもある。

では映画とは、その中身がすべて説明できるようになっているべきなのか?

そもそも映画を「理解」するとは、そういうことなのだろうか?

ジャック・ドゥミの映画はしばしば、この「映画的であるとはどういうことなのか?言葉で説明できることが映画的なのか?」という疑問を観客に喚起する。

一見古典メロドラマ的なストーリーの構図を用いるようでありながら、それが通俗メロドラマとは明らかに異なる映画的な純粋さの方向へとねじれていくのがドゥミの作品世界の常なのだが、『モデル・ショップ』は、なかでも最も純粋な成功に達した例かも知れない。



映画的に純粋とは『モデル・ショップ』の場合、そこに言語化できる出来事がなにも起こらない、空虚な映画であるからこそ映画性に充満しきっていることだ。

ジャック・ドゥミの映画はこの点で恐ろしく自由な、究極の映画の自由さえ体現しているとも言えるが、とはいえ批評はもちろん簡便なレビューでも、ストーリーかなにかを説明できないと評価を書きにくいのはその通りだし、言葉で「ここが凄い」を言い合えなければ、映画業界内の口コミの評判も広がりにくい。

しかも『モデル・ショップ』の場合、一般的に出て来る説明それ自体が、この映画がきちんと見られることを阻害する、見る者の意識をちゃんと映画を見られない方向へと歪めてしまう言葉になりかねない。

『モデル・ショップ』を説明するとき、我々はつい、

これはドゥミのデビュー作『ローラ』の続編だ。ヒロインのセシル(芸名がローラ)が最後にアメリカに行くだろう、その後の彼女についての映画だ。

と言ってしまいがちだが、これが大きな誤解を招く間違いなのだ。

なぜなら、『モデル・ショップ』の主人公はセシルではなくあくまでジョージであり、彼がなにも起こらないロサンゼルスの路上の冒険旅行の途上で『ローラ』の7~8年後のセシルに会うのが、この映画の展開である。



なのにただ『ローラ』の続編だ、と言ってしまえば、彼女が登場するまで観客はまだかまだかと待たされることになり、いざセシルの姿を見ても、しばらくはひたすらジョージがお気に入りのクラッシク・カーで彼女の白いマーキュリーを追い続けるだけなのだから、『ローラ』後のセシルを期待していた観客は、『ローラ』で彼女が待ち続けた恋人ミシェルがやはり白いマーキュリーに乗り、白いスーツ姿だったことの符合くらいしか見るべきものがなく、戸惑ってしまうだろう。



やっとジョージが、セシルがエロ写真のモデルとして働く「モデル・ショップ」(客が密室でモデルと二人きりになって好きなポーズを要求して写真を撮る、という趣向の風俗店)で対面し、会話を交わしても、彼女はほとんどなにも語らない。

だいたいアヌーク・エメ演じる白いワンピースの女が『ローラ』のセシルであることは、これが続編だという前情報がなければ、モデルたちのカタログに貼られた写真が『ローラ』の踊り子のそれであること以外、なんの手がかりも与えられない。




はつらつとして一瞬もじっとしてはいない、落ち着きなくコケティッシュに動き回り表情もコロコロ変わる、そんな生き生きした姿がチャーミングだった『ローラ』のセシルと、『モデル・ショップ』の疲れた顔で、静かに、無表情にポーズをとるセシルでは、同じアヌーク・エメが演じていても、まるで別人にすら見える。

ジャック・ドゥミ『ローラ』復元版予告編


15分間で12ドルの時間が過ぎると、映画はセシルから離れ、店を出たジョージを再び追い続ける。知り合いのコミュニティ・ペーパーの編集部で実家に電話をかけたジョージは、母に徴兵通知が届いていることを知らされる。


この映画の背景がヴェトナム戦争であることは、最初からラジオ放送と飛行機の爆音で暗示されていたが、それがついに主人公の直接の現実となって、ジョージの無気力が戦死する恐怖に取り憑かれているせいだったことがはっきりすると同時に、電話越しに父と喧嘩になり、父が自分の第二次大戦の従軍体験や、兄が朝鮮戦争で戦ったことを挙げて彼を叱責することで、この映画がヴェトナム戦争の時代の若者たちの虚無的な感覚をめぐる、60年代末のロサンゼルスという都市の肖像であることが明確になる。



この展開を待つまでもなく、上映時間のなかでセシルが登場する時間がどれだけあるかで一目瞭然のはずのことが、なぜか『モデル・ショップ』の主人公はセシルだと誤解され続ければ、当然それを鵜呑みにした観客ならば、わけが分からず期待はずれになるだろう。


いやだが、それを言うなら、『ローラ』だって主人公はセシルではなくロラン・カサール(マルク・ミシェル)であり、ヒロインならアヌーク・エメのセシルだけでなくもう一人の少女セシルもいた。

『ローラ』少女セシルと米兵のフランキー

無為に生きる若い男がセシル/ローラに出会い自分の人生が変わるかと夢見るが、その夢は幻滅で終わる、その同じ構造は『ローラ』と『モデル・ショップ』に共通し、確かにその意味で後者は前者の続編であり変奏、写し鏡である。

逆に言えば、『モデル・ショップ』が理解されないまま無視されて来たのは、『ローラ』が誤解されたまま愛されて来た映画だからではないだろうか?

『ローラ』の主人公がセシルであったのなら、「ヌーヴェルヴァーグの真珠」とまで賞賛されたこの映画は、夢見がちな女がその夢を信じ8年間恋人をけなげに待ち続け、自分と息子のためにアメリカで金持ちになった恋人が帰って来るという夢が最後に現実になる、という素敵な恋物語として見られるのだろうか?

それだけの映画だったとしたら、ジャック・ドゥミとはまたえらく下らない少女趣味の映画を作る監督だ、で終わってしまいそうな気もするが…

もちろん『ローラ』はそんな単純に子どもじみた映画ではないし、そうでなければセシルが愛してはいないという米兵のフランキーと関係を持ったりもしないだろうし、ロランが少女の方のセシルとその母(エリナ・ラブールデット)と出会い、英語の辞書が重要な小道具になり、少女セシルがお祭りでフランキーに会う謂れもなかったはずだ。

『ローラ』フランキーとセシル

『ローラ』は夢見がちな映画ではなく、夢についての映画だ。

夢を見なければ生き続けていられない当時のフランスの女性たちを、ドゥミという男性監督がロラン・カサールという男性の主人公を通して見ている映画なのである。少女セシル、踊り子のセシル、少女セシルの母、さらに息子を待ち続ける、日曜画家であるミシェルの母、異なった世代のそれぞれの女達は、一人の女性の様々な年代とも見られるようになっているが、歳をとればとるほど、世界の現実に心を削られた彼女たちの夢は純粋さを失い、その夢は固執と諦めのアンバランスなないまぜになり、それでも彼女達は夢を見なければ生き続けられない。

ドゥミはそこに、戦後のフランスが(実は敗戦国に他ならない)コンプレックスの裏返しでキッチュな夢の対象としつつ、一方で軽侮の眼差しでも見ていた「アメリカ」を重ね合わせることで、複雑でデリケートな戦後フランスの心象風景の群像画をこそ、実は描いていた。 
この夢と幻滅、夢の投影先である他者と、憧れる自分が自分でしかないことの相克は、戦後の実質アメリカ占領下のフランスの港町で思春期を迎え、アメリカ映画が産み出した特権的なジャンルであるミュージカルを愛し憧れながら、それとは異なった音楽にのせた物語映画を目指したドゥミ自身も、共有するものだったのだろう。

フランスの女たちがそういう夢に生きなければならないことを、『ローラ』のドゥミは決して否定はしないが、かといって夢が現実になる形で肯定されているわけでもない。

同じ夢の崩壊、運命の残酷さは『シェルブールの雨傘』にも見られるし、『ロバと王女』でも『パーキング』でも遺作『想い出のマルセイユ』でも、そんな人生と運命の残酷さの主題の変奏が物語構造の中枢にある。 
いや『ロシュフォールの恋人たち』でさえ、それが映画を背後から支えて映画たらしめている本質は、去ってしまった失われた夢の再生だ。

『ローラ』の女達の夢は、夢見がちな青年ロランが巻き込まれる密輸の陰謀に暗示される男達の野心と経済・金銭の論理に対比されつつ、最後には一見ハッピーエンドに見えるセシルとミシェルの再会シーンによって、しかし逆に夢が夢でしかないことが暗示され、映画はロラン・カサールがダイヤモンド密輸の旅に向かう姿で終わる。

その後にダイヤモンド商として成功したロラン・カサールが、『シェルブルールの雨傘』でカトリーヌ・ドゥヌーブが愛する青年と結ばれる夢と待ち続けるはずだった信念を打ち壊して結婚する夫になる。 

 『シェルブールの雨傘』 カサールの回想

イヴ・モンタン演ずるモンタン自身のマルセイユへの帰郷を描く遺作『想い出のマルセイユ』は、元は初老のカサールがナントに帰って来る話だった。
『想い出のマルセイユ』イヴ・モンタンとマチルダ・メイ

いやより正確に言えば、その夢の対象であり「アメリカ」の象徴でもあるミシェルの姿は、なんの説明もなく映画の冒頭に写っていた。


白いマーキュリーに乗り白いスーツを着て妙にマッチョなミシェルを、文字通り「白馬の王子様」の夢の実現と受け取るかどうかは一応は観客任せになっているが、本気に出来る、これでセシルには幸福が約束されると一緒に夢を見られる観客が、果たしているのだろうか?

一方で現実のアメリカを象徴する、というかアメリカ人そのものであるフランキーの方が、小さな脇役に見えてはるかに親愛さを込めた存在感で描かれている。

フランキーと結ばれた方が、セシルと息子は幸せになったかも知れないとも『ローラ』には確実に描き込まれている一方で、しかしドゥミはフランキーの優しさや現実的な判断やよりも、自分が信じる夢に忠実であるセシルを、とても愛らしい存在として映し出していた。



それは言葉の理屈では説明不能な、映画ならではの論理なのだ。ドゥミもまた、たとえばフランソワ・トリュフォーのように、言語的な論理では説明も表現も出来ないことにこそ、自分の映画表現を探求した映画作家だった。

『シェルブールの雨傘』
鏡に映る母、その鏡のさらに向こうの鏡に映る娘
『モデル・ショップ』のセシルは、『ローラ』の頃の、自分の信じる夢に忠実であることで自分に忠実であろうとした自分(こうした人物の在り方故に、ドゥミ映画では鏡がよく用いられる)が壊れてしまった、その後のセシルであり、自分が自分の言葉で説明できる存在ではないことを自覚したセシルでもある。

「あなたは自分のやることがなんでも説明できるの?」

人間が合理的に説明可能な生物ではないことにこそドゥミが注目するのは、ドゥミのあらゆる映画が人生における真実と偽り、自分自身の真実とはなにかを見いだすか、それを見失うか棄ててしまう物語であるからに他ならない。

人間が不合理で、人の真実とは謎めいて把握不能であること、人生が決してある目標に向かう一本道なぞではないことを、ジャック・ドゥミは否定も肯定もしないし、それでも人間が自分の真実を求める生きものであること、自己探求と自己革新、あるいはそれが不可能になった悔恨こそが、ドゥミの全作品に一貫した主題性だ。

ある意味ジャック・ドゥミの映画とは、究極の「自分探し」映画なのだ。

『モデル・ショップ』ジョージとグロリア
『モデル・ショップ』でジョージと同棲しているグロリア(アレクサンドラ・ヘイ)は、『都会のひと部屋』のヴィオレット(フランソワーズ・ギュイヨン)に当る人物(ちなみにドゥミは当時、すでに『都会のひと部屋』の脚本を仕上げ、親友の美術監督ベルナール・エヴァンがデザインの構想を練りはじめていた)だが、どちらの女も合理的で道徳的な動機判断で観客の共感を呼び、普通なら主人公と結ばれることも期待されるはずなのに、ドゥミの映画ではそうはならないし、かと言って彼女達の堅実で現実的な合理性が、たとえば打算や野心であるかのように、否定的に扱われるわけでもない。

『都会のひと部屋』ヴィオレットとフランソワ

グロリアは、自分がCMのオーディションを受けた大広告代理店の社長の甥にあたるジェリーとの再出発を決め、ジョージから去って行く。

だがそれは金や、女優としての出世の足がかりになびいたから、とは言い難い。グロリアはただ自分の不安についてジョージと違い正直であろうとする、その不安を乗り越えて行くためには、ジョージと訣別するしかない。そのためにジェリーを利用することだけが彼女の打算であり、ジョージもグロリアがジェリーでなく自分を愛している、だからこそ去って行くのだと分かっている。

『都会のひと部屋』で、ヴィオレットはエディットに恋人フランソワを奪われるが、それで彼女が敗北するわけではないし、だからと言ってエディットが悪女であるわけでもなく、そのフランソワへの愛が真実であることにも疑問の余地もない。 
むしろドゥミのもっとも突き詰めた、もっとも純粋にドゥミー的な映画にして最高傑作である『都会のひと部屋』では、悲劇と死ですらその人物が自分の真実を追及することの必然として起こる。死はエディットとフランソワにとって自己の完成、究極の自己実現であり、ヴィオレットの真実であり自己実現とは「私は彼の子どもを産んで育てるわ。これであなたとおあいこよ」なのだ。 

『都会のひと部屋』エディットと母の女男爵 
ジャック・ドゥミは真のロマンチスト映画作家だ。それは20世紀以降の通俗的な意味でのロマンチックとは無縁の、19世紀的な、本来の意味でのロマンチシズムを、優れて20世紀的な表現である映画においてこそ追及しようとしたことにおいてである。

『モデル・ショップ』で再び会いに来たジョージと一夜を共にするセシルが、『ローラ』以降今までの自分を語ることで、『ローラ』のハッピーエンドに見えたもので示された夢が文字通り否定されるのは、ミシェルが金の亡者のギャンブル狂(『ローラ』の次作『天使の入江』との関連がここで明白になる)でセシルがアメリカでまったく幸福でなかったこと以上に、渡米してフランキーに連絡をとろうとしたら、彼がヴェトナムで戦死したと両親に告げられたことの方が、重要なのかも知れない。

  ジャック・ドゥミ『天使の入江』

運命は常に、思わぬ偶然や気づかなかった必然を装って、人間を翻弄する。先のことなど分かりはしない運命のなかで、ドゥミの主人公達はあるいは自分の真実を再発見し、あるいはその真実に気づきながら達成することを諦めてしまった、その後悔に囚われ続けている。

たとえばドゥミが描く母親達は、『ローラ』の少女セシルの母(エリナ・ラブールデット)、『シェルブールの雨傘』の母(アンヌ・ヴェルノン)、『ロシュフォールの恋人たち』と『都会のひと部屋』の母(ダニエル・ダリュー)、そして『想い出のマルセイユ』の母(フランソワーズ・ファビアン)と、しばしば母と娘の関係においてさえ、「女」であることを止めない。女としての自分の人生を自分が納得できるように生きて来れなかった彼女達は、『シェルブールの雨傘』の母のように、娘の結婚相手に見初めた男相手に女であることを発散し、色目さえ使ってしまう。 
唯一の例外が『都会のひと部屋』のヴィオレットの母(アンナ・ゲイロール)かも知れない。自分が結婚したら寂しくないか、と訊ねる娘に、母は「あなたは自分の人生を生きるのよ。私はもう十分に生きたから」と微笑む。

『モデル・ショップ』においてその運命の正体が全編に暗示され支配しながら、一度も映画の表面には現れることがないのは、ロサンゼルスの街が一見、そのヴェトナムでの戦争とは無縁のように日々の存在を生きているからだ。ヴェトナム戦争と、その戦争の泥沼に自ら足を踏み入れてしまったアメリカの没落。フランキーのヴェトナムの戦場での戦死は、アメリカの夢の純粋さの死でもある。

この意味で1968年に撮影され翌年公開された『モデル・ショップ』は、フランス人監督の作品でありながら、最初のアメリカン・ニューシネマ、その先駆だったとも言える。ドゥミがここに映し出したアメリカの喪失と残された空虚こそが、その後『スター・ウォーズ』という究極の逃避の登場まで、アメリカ映画に取り憑きそこを支配する主題となる。 
皮肉なことにドゥミ自身がジョージ役に切望したのは、後にその『スター・ウォーズ』のハン・ソロ役で大スターとなる、当時はまったく無名のハリソン・フォードだった。

  ハリソン・フォードのテストフィルム


セシルの人生の二つの幻滅、あるいは『ローラ』で語られた夢の崩壊は、それを語るセシルにとって以上に、それを聴くジョージにとって重要な意味を持つ。このようにドゥミの映画では、人間が偶然の見えない絆によって実はつながっていることが、常に重要な物語構成要素となる。

ジョージもまた、ロラン・カサールがそうであったように、漠然とした夢を持つが故に社会から遊離した青年だが、その現実社会に対する無気力・無関心はカサール以上に醒めて明晰でありながら、実際の生活においてはカサール以上に現実離れして危機的でもある(風変わりなクラッシック・カーに乗り、そのローンの返済に追われて無職無収入なのに、金銭感覚がない)上に、彼は彼で、これから戦争に行かなければならない。死がちらつき、将来が見えないことが、ジョージが無気力で刹那的である大きな理由でもある。


『モデル・ショップ』を語ることの難しさのひとつは、これが「まったくなにも起きない映画」であることもある。

「どんな映画か」と訊ねられればつい「『ローラ』の続編」と言ってしまい、それこそ「どんなストーリーか」を答えようがない。

この「なにも起こらない」点でも『モデル・ショップ』はその直後に始まるアメリカン・ニューシネマの先駆になっているし、当のアメリカ人が作ったアメリカン・ニューシネマ以上にアメリカン・ニューシネマ的な映画だ。

カサール以上に現実から逃避するがゆえに(ヴェトナム戦争があるからには、より深刻に逃避したくなる理由がある)夢見がちなジョージは、自らなにかをやるわけでもなく、一貫した動機というものを見せず、その動機から合理的に推測できる行動も一切とらない。

車のローンを払うための資金調達という動機が一応冒頭に設定されるが、その金100ドルの工面が彼のこの24時間のドラマにおける彼の行動の一貫した動機であったはずなのにも関わらず、払う気があるのかどうかも曖昧なまま(古典悲劇の三一致の法則がこの点で覆えされる)映画は進行し、ジョージ自身が自分に払う気などなかったことを自覚するのは、セシルと二度目に会ってからだ。

既に脚本は出来上がっていたドゥミの夢の企画『都会のひと部屋』は48時間の物語だ。この古典悲劇の三一致の法則を意識した構成は『モデル・ショップ』にも反映され、映画はきっかり24時間で展開する。 
空間の一致については、それぞれナントと、ロサンゼルス、ハリウッドのサンセット大通り界隈で展開すると同時に、自動車であてどもなく町を彷徨う、そのこと自体が『モデル・ショップ』の劇的空間を既定してもいる。そしてジョージとグロリアの家から始まった映画=ジョージの24時間の旅は、同じ家に戻る円環構造で終わる。
一方で『都会のひと部屋』が三一致の法則のもうひとつ、動機の一致についても極めて明晰で、故に壮大な悲劇でしかあり得ないのに対し、『モデル・ショップ』ではジョージについてそれは極めて曖昧でしかあり得ない。故にこの映画は、物語映画たり得ないフィクション、悲劇に到達し得ない物語であることを、ドゥミは強く意識していたに違いない。

『都会のひと部屋』エディットとフランソワの出会い


そのジョージにあるのは(そしてこの映画のもっとも中心的な主題は)一貫した「動機」や明確な通貫行動ではなく、自分がこのアメリカという世界に適合しないのではないかという漠然とした不安と、その国が今ヴェトナムで戦争をしていて、自分もいつ徴兵され死ぬか分からない漠然とした恐怖だ。

どうせ自分の人生に先はないのだから、という漠然とした諦めは、徴兵通知が届いたと知らされることで現実になる。この徴兵通知が、いわばこの映画のなかで唯一なにか具体的に彼に起こることなのだが、それが電話越しで伝えられるだけなのだから、「なにも起こらない、物語的に空虚だからこそ映画性に充満した映画にする」ことにおいて、ドゥミは徹底している。


意外かも知れないが、ドゥミは『モデル・ショップ』のために滞在したロサンゼルスという街がとても好きで、自分の愛着をそのままジョージの台詞で語らせている。



だだっ広い道路で高い建物があまりない、平板に広がるサンセット大通りあたりの街並や、ジョージと同棲相手のグロリアが住む郊外の、油井がある風景と平屋建ての家など、いずれも丹念に、詩情さたたえて撮影されている。


LAがこれほど美しく撮られた映画、その空気感が捉えられた映画は、この都市こそがアメリカ映画の本拠であるはずにも関わらず、めったにない。

だがそのLAの美とはある殺風景さの詩情、矛盾した美でもある。

ジャック・ドゥミ『ロサンゼルスにて』1984年
だいたい「ハリウッド」という地名が世界中に向けて放っているオーラと現実のほとんどなにもないハリウッドの落差からして、ロサンゼルスというのはイメージとリアルの矛盾があまりに激しい街だ。


郊外の、ジョージ達の住む家では、ひっきりなしに飛行機の爆音がシーンに介入し、それはドゥミ映画において欠かせない旅への憧れの主題性(彼の映画のほとんどが港町で展開し、汽笛の音が重要な聴覚的モチーフになっている)、「ここから出て行きたい/出て行かねばならない」衝動だけでなく、北爆が始まっていたヴェトナム戦争も暗示する。



飛行機の爆音と、カーラジオから流れるバッハやシューマン、リムスキー・コルサコフのクラッシック音楽が、この映画の音環境を決定している。ジャック・ドゥミでなければ、ロサンゼルスを音的にこう表現することなど思いも寄らなかったろうし、ロサンゼルスの殺風景な、漠然とした空虚さを美しいものとして撮るのも、ドゥミならではだ。


それは外国人がLAに抱きがちなイメージだけでなく、アメリカ人自身が思い込んでいるLAのイメージにもまったく反した、異邦人で詩人の映画作家ドゥミだからこそ見い出した真のこの都市の姿でもある。

ロサンゼルスとはその実空虚で漠然とした、なにもない、なにも起こらない街なのだ。



その空っぽの美にこそドゥミは詩情を見いだし、そこに映画的な充実を探り当てた。

ちょうどジョージが最初にセシルと過ごした15分間に撮った写真が、なんのポーズも彼女に要求しなかったが故に、『ローラ』から8年後のこの女の真実に満ちあふれて美しい空虚であったように。


アメリカ現代史の1968年の時点で、この殺風景な空虚さとは喪失の風景でもあり、そこでなにが失われているかといえば、建築家を目指していたジョージが建築事務所を辞めている、同じく建築を学んだ同級生がたまたまロックバンドを始めて成功しているが、その成功にまるでこだわっているとは見えないことに象徴され、ジョージと父や兄との葛藤で決定的に示される、アメリカン・ドリームの喪失、アメリカの存在理由そのものの自壊だ。

『ローラ』と『シェルブールの雨傘』が密やかに戦後フランスのある喪失を映し出している(たとえば革命によって成立した自由と民主主義の国家という理想は、この二本の映画においてまったく現実ではない)以上に明晰に、『モデル・ショップ』はアメリカがアメリカの本来を喪失し、アメリカ映画がアメリカ映画ではあり得なくなった空虚な風景をこそ、映す映画なのだ。


 『モデル・ショップ』エンディング

『ローラ』において夢の憧れを表象していたのが「アメリカ」だったのが、実際のアメリカ、8年後のロサンゼルスの『モデル・ショップ』においては、その夢を持つこと自体が不可能になっている。 
この点においても『モデル・ショップ』は確かに『ローラ』の変奏であり、その負の現実の合わせ鏡となっており、『モデル・ショップ』の存在が『ローラ』の本質を映し出し、照らし出し、『ローラ』がどういう映画であったのかが『モデル・ショップ』を見ることで明確にもなるのだ。 
すべての作品が繋がっている、しばしば後の映画によって以前の映画の本質が明瞭になるのは、ドゥミという映画作家の際立った特徴だろう。


その喪失の風景の空虚さを前に、すべてを失い、これから死にに行くことになるかも知れないジョージは、電話に向かって繰り返す。

「人はいつだって前向きに生きるよう試すことはできるんだ People can always try, you know.」

それはジャック・ドゥミがヴェトナム戦争中のアメリカの、失われた夢の大地に投げかけた最後の希望なのだろうか? それとも世界の空虚さを知ってしまった諦めの中で、自分に言い聞かせるだけの呪文のような言葉に過ぎないのだろうか?



展覧会「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」国立近代美術館フィルムセンターで開催中 http://www.momat.go.jp/FC/demy/index.html
特集上映「ジャック・ドゥミ 映画の夢」アンスティチュ・フランセ全国支部に巡回予定  http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1409130926/
ジャック・ドゥミ論、「ベルサイユのばら」を中心に  http://www.france10.tv/international/3578/ 

9/03/2014

現代日本社会の差別の構造


先頃、国連の人種差別撤廃委員会が日本に勧告を出したのだが、日本メディアの対応・報道は、ほとんど詐欺まがいに見える。

たとえば、これがその件で毎日新聞の出した社説だ。

http://mainichi.jp/shimen/news/20140902ddm005070033000c.html

最近「藤原くんは使う言葉が厳し過ぎるからかえって伝わらない。同じことでももっと気を遣って言えばいいこと言ってるのに」と親身になってくれる知人に忠告されたので、一生懸命気を遣ってみた。「ほとんど」と「まがい」でぼやかしてみたが、こんな文章は事実関係だけで論評すれば「詐欺まがい」ではなく「詐欺そのもの」であり「欺瞞」だ。 
それも毎日だけの問題ではなく、日本中のメディアどころかネット上の個々人の無視出来ないパーセンテージまで、この欺瞞を共有しているか、無自覚だとしてもわざと騙されている。

どこから指摘を始めたらいいのか困ってしまうレベルの、何重にもの歪曲に満ちているのだが、まず語彙の定義のおかしさから始めてみよう。

「「殺すぞ」「出て行け」といった乱暴な言葉をまじえた主張を集団で公道などで繰り返す行為は」

と言うのはただの犯罪性の高い暴言であって、ヘイトスピーチとわざわざ言う必要がない。

このブログでは再三指摘して来たことだが、「ヘイトスピーチ」とは虚偽や歪曲によって差別偏見に基づく憎悪を煽動する発言のことで、具体的にはたとえばネット上やメディア、国会で歴史修正主義を言いふらすことであり、こと欧米のいわゆるヘイトスピーチ規制の諸法はまず第一に、明確にネオナチと歴史修正主義を対象にしていて、たとえばカナダやドイツではホロコーストを否定する言説自体が懲役刑の対象である。

「朝鮮学校を運営する学校法人が起こした訴訟で(中略)学校周辺の街宣禁止をヘイトスピーチを行う団体に命じた」

と加害行為の具体的な中身は曖昧にしている上に、その主体・主語もうやむやな文体を選び、そもそもその団体名をなぜか明記していない。

街宣が禁じられた、とだけしか書かないのはなぜか?

なぜ「在日特権を許さない市民の会(略して「在特会」)が、朝鮮学校に対する差別的で暴力的な脅迫をスピーカーでがなり立てたことが違法とみなされた」と、はっきり言わないないのだろう?

少なくともこの「在特会」なる団体に関しては、

「ヘイトスピーチを直接罰する法制は日本にない。このため、法規制の必要性が今焦点になっている。差別的な言論をどうすれば社会から締め出せるか。冷静な議論が必要だ」

と毎日が言っていること自体がとんだ偽善だし(違法とみなし賠償を命ずる判決すら出ているのに「法制がない」?)、国連人種差別撤廃委員会も人権理事会も、「差別的な言論」を「社会から締め出す」類いの規制法の必要性なぞ、まったく勧告していない。

そもそも

「「殺すぞ」「出て行け」といった乱暴な言葉をまじえた主張」

と言うのなら、それは主張ではなく脅迫であり営業妨害だ。

現行刑法では脅迫行為の訴追起訴に関して、個人が特定される被害者が必要だと言う解釈もあろうが、ならば解釈運用レベルでなんとでもなる話だし、立件訴追で有罪判決とまでならないかも知れないからといって、違法性が高いこのような行為に「デモ」として道路使用許可が出ること自体が警察の怠慢であり、人権理事会もそこを問題視している(のは今年が初めてですらなく、以前の勧告でも再三指摘されて来たことだ)。

人種差別撤廃委員会の勧告は、もし必要があるなら刑法の条文を修正して「個人」ではなく「少数民族」などの他者・マイノリティ集団が被害者でも有罪になるよう明記すべきだ、という意味あいの勧告にまで踏み込んでいるわけだが、これも「ヘイトスピーチを法規制しろ」という話とは次元が違う。

「対象とされた人たちは恐怖も感じる」

という言い方も呆れた偽善だ。ならば「恐怖」を感じなければいいのか?そんな感情論で「弱者」と認定するまでもなく、営業妨害であり、どう考えてもただの迷惑行為だろう?

仕事と商売の邪魔、朝鮮学校だったら子どもの勉強の邪魔の社会の迷惑でしかない。そんなものにデモ許可が出ていること自体がおかしく、警察や行政当局の恣意的な判断や悪意が疑われて当然のことだ。

挙げ句に

「政治家は、個人の尊厳を脅かす差別にこそ真剣に向き合うべき」

という無茶苦茶な差別の新定義まで登場してしまっているが、差別の問題であれば「個人の」ではない。

なぜ「他者の」、人種民族差別であれば「他民族の」とはっきり書かないのか?

そして「尊厳」という重い言葉がいつのまにか「傷ついた」にスリ替えられるのも現代日本の欺瞞的な偽善の常であり、「恐怖も感じる」と同様、被差別の立場にある「マイノリティ」を「弱者」と恣意的に誤訳して、強弱の関係性において下位にみなす、そのこと自体が差別意識でしかない。

その上

「両国との関係が冷え込んでいることもヘイトスピーチの背景にあるのではないか」

とまで言い出すのだから呆れる。

話はまったく逆で、自国の歴史責任をきちんとして欲しいと言われているだけなのに、虚偽や歪曲によって差別的憎悪を煽動するヘイトスピーチが国内で繰り返されていることが外交関係を破綻させている。日本側が差別意識に満ちた欺瞞で過去の歴史責任を曖昧に済まそうとするあまり、被害の相手国に対して侮辱的な発言まで繰り返していることが、両国との関係を悪化させているのだ。

それに対し中国も韓国も、政府当局は極力冷静な対応に徹して来ている。

韓国政府が今問題にしているのは従軍慰安婦問題だけで、それさえ誠実に解決されれば外交問題は解消するはずだ、とまでパク・クネ大統領が光復節(独立記念日、日本にとっては終戦記念日であり、つまり同じ日付けが認識の主体によって異なった意味を持つ)の演説で述べている。

韓国は侵略や植民地支配による国家・民族の総体の被害は今更問わず、あくまで個人の人権が差別的に侵害されたことへの真摯な反省を日本政府に求め、うやむやにしようとする言説に抗議しているのだ。 
決して自国の外交的利益を狙っているのではないことになる。あくまで問題は個々の被害者の奪われた人権であり、尊厳だ。 
もちろん、そうやって自己の正当性をきちんと担保した方が、実は外交的に圧倒的に有利なわけで、そんなことにも気づかない日本側があまりに子どもなのだ。

それを「中韓は反日だ」とか、韓国を「告げ口外交(って、米国等諸外国や国連を「先生」にでも見立てた小学生の発想にはついて行けない)」とか、慰安婦問題を「韓国のでっち上げ」で「朝日新聞が在日に支配された反日で」などと言うことこそが、典型的な「ヘイトスピーチ」である。

いやその「在日特権を許さない市民の会」にデモなどで対抗する「カウンター」側がネット上で「ヘイトスピーチの定義」で、その在特会メンバーと目される匿名アカウントと言い争っていることに至ってはお笑い草だ。 
「『殺せ』はヘイトだ」とか言い出す以前に、「在日特権」なるありもしない言い草で、不公平感を煽り差別的憎悪を煽動することは、定義通りのヘイトスピーチである。

そもそも、今年の人権理事会勧告でも、人種差別撤廃委員会でも、日本についてもっとも問題にされたのは慰安婦問題に対する日本政府の不誠実な対応であり、強制で軍相手の性行為を強要されていた以上は(そして日本政府の公式見解である「河野談話」は、その事実を認めている)「性奴隷」だとはっきり認めろ、とかなり強い調子で迫っている。

厳しく批判されたのは現在の日本政府や高官が差別をおおっぴらに公言すらしてしまっていること、そして日本の様々な法制度が未だに差別的であり是正される気配すらないこと、刑法などが差別犯罪にきちんと対応していないことであり、つまり政府の責任であり政府の問題である。

それをたとえばこの毎日の社説は、国民相手の「ヘイトスピーチ規制」に話をスリ替えている。

これを欺瞞、詐欺と言わずしてなんと言うのだろう?

だいたい当たり前の大前提として、国連の諸委員会が勧告を下すのは国民に対してでなく国家に対してだ。毎日新聞の優秀な解説委員の皆さんは、国連という組織の機能と役割すら知らないのだろうか?

人権理事会でも人種差別撤廃委員会でも、日本政府があまりに怠慢で人種差別を放置しているだけでなく、自らも差別的であることが問題だ、と言われているのだ。

それを「ヘイトスピーチを許すな」と一部国民の問題にスリ替え、「在特会」をスケープゴートにして、実はその「在特会」と深いつながりがある‪安倍晋三‬などの自民右派、検察当局、警察公安部を免罪し、日本政府の責任をうやむやにしようと言うのだろうか?

実際の勧告では(国家政府対象である以上、当たり前のことで)そんな「在特会」などの特定団体を名指ししているわけもないし、「在特会」が国際問題になっているわけでもない。たとえば韓国が外相会談で彼らの「デモ」の件を持ち出したのは、諸外国や国連諸機関が当然ながら、「在特会」のような団体と安倍晋三が密接に関わっていて、行政当局の一部が協力関係にあることすら知っているからだ。その種の団体が安倍の街頭演説に日の丸を持って参集することは、日本のメディアでは慎重に排除されているが、BBCでもCNNでもきっちり放映されている。

「『表現の自由』という国民の基本的人権を持ち出して擁護することはできない」

などと毎日が書いているのもこれまた酷過ぎる欺瞞で、両方の勧告とも検閲に相当しかねない「ヘイトスピーチ規制」なぞ要求していない。むしろそうなる可能性を慎重に排除した上で、実害のある脅迫や営業妨害を取り締まれないように刑法が恣意的に解釈されていること、ないし取り締まる意志を見せないどころか「デモ」と認めて道路使用許可を出している行政当局を批判しているのだ。

戦後の「一億総懺悔」が欺瞞に終わったのに近い状況が日本の世論に産まれているのではないか? 国連人権理事会にも差別撤廃委員会にも、日本国家とその法制度、及び政府が人種差別をやっているから是正すべき、と勧告を受けたのであって「在特会」を処罰しました褒めて下さい、では通用するはずもない。

ところが現代の日本人は、常に自分自身もそこに属する民族の総体としての国家の責任、主権者たる国民の付託を受けその責任を果たす第一義的な責務を追う行政や立法、司法機関のこととなると、常に問題を曖昧にし、責任の主体をぼやかし、たとえば「在特会」のような一部を責めれば、それで「反差別、正義」の側に立てたかのような錯覚を共有し、本質的な問題にはまるで切り込まない。


客観的には、結局自分のその一端を担うことになる責任から逃げているだけだ。 
逃げながら、この場合なら「在特会」をスケープゴートにして貶めることで、自分たちの「正義」だか批判されない安全圏を守っている気になっている。

先頃、札幌市の市議会議員が「アイヌ利権」なるこれまた典型的なヘイトスピーチを発言して物議をかもしたが、なぜか問題にされているのはその市議が「アイヌ民族はもういない」と、百科事典や過去の自身もアイヌであるアイヌ文化研究者の発言を引用して主張したことだけだ。

肝心の「利権」なる不公平感の捏造と差別煽動が、なぜ無視されるのだ?

開拓博物館の展示が、元々アイヌの土地であった北海道に日本人が入植したことが「侵略」である、と分かるように変更されたのは、別にアイヌへの配慮でも「利権」でもない。学術的な正当性の問題だ。 
アイヌが「いない」つまり日本に同化されたと言うのなら、アイヌの過去の文化は現代の日本文化を構成する歴史的要素とみなされるはずであり、だったらその無形文化を形式だけでも保護(踊りや祭りなど)するために補助金などを出すことは、当然の文化政策だ。 
在日コリアンやアイヌの子孫、いわゆる被差別部落出身者の生活保護の受給率が高いとしても、それは就職差別などがある結果でしかなく、収入によって決まっていることに過ぎない。
「利権」っていったいなんなんだ?

実際には公平な施策の一部に過ぎない、ありもしない少数者の「利権」を歪曲デマで言い立てるなら、それこそ差別的憎悪の煽動、つまりヘイトスピーチである。

まずこの市議は、「民族としてはアイヌ民族は(ほぼ)消滅した、ないし消滅しつつある」という学術的見解の意味が分かっていないで引用している点で、お話にならない。

「民族として存続」つまりその民族のアイデンティティが担保されるに十分な形でその民族の文化が継承されていて、今後も存続され得るとみなせることと、実際にその民族の血統を引く、子孫であると自己認識している個人がいることは、まったく別次元の問題だ。

それに明治以降の日本政府の苛烈な差別同化政策の結果アイヌ民族が「もういない」とみなされ得る現状があることは、現代の日本国家と日本人という民族、その代表者である日本政府の責任であって、「もういないのだから民族の存続と公平性の担保のための諸政策は不要」などと言い張るのは、あまりに無責任な、完全な倒錯だ。

「アイヌが(多数民族である日本人からの一定の独立性を持った少数民族としては)もういない」と言うのなら、それでも現に少なくとも「アイヌの子孫である」とは確実に断定できる個々人はいる以上、彼らが主体となってアイヌの民族としての存続と民族文化の継承の可能性を一刻も早く回復させるよう促し重点的に支援することが、当然の倫理的かつ論理的な帰結として、日本が即刻始めなければいけない責任の果たし方のはずだ。

ところが現状では、アイヌ側の自助努力も袋小路で、実生活ではやはり血統的な出自を隠して日本人に同化した方が楽な現実はほとんど変わらないまま(せいぜい、カミングアウトしたらいちおう建前では「褒めて」もらえる程度のこと)、民族をいかにして維持し得るかの啓蒙も十分になされているとはおよそ言えず、政府行政の主体ではそれこそなにもやっていない。

アイヌの民族文化の継承の要であるはずの少数民族の母語としてのアイヌ語が継承存続される可能性は極めて低い。ネイティヴな、つまり生きた言語・母語としてアイヌ語を使える人は高齢者に限られ、大人になってから自分のアイデンティティに気づいて学び始める人はいても、子どもの頃からネイティヴ・スピーカーとしてアイヌ語を習得することはまずない。

少数民族の言語で子どもを教育することこそ、少数民族の権利の国際標準の要だと言うのに。

ことアイヌ語はもともと文字がない、アイヌ民族の生きた母語として使われていた段階で文字表記の習慣がなかったので、ネイティヴ話者が存続し続けることは言語の継承の文字通り死活問題になる。発音規則やニュアンスどころか、語彙や文法すら正確に残すことが出来なくなる。

言語との関連で重要とされるのはまさに自身のアイデンティティに関わる「名前」であるが、アイヌでも琉球でも日本国籍を取得した在日コリアンでも、民族の言葉による名をつけることは戸籍法で原則許されていない。昨今、日本人が外国風などの変わった名前をつける流行への対応で、たとえば「アイヌ風の名前」「実はアイヌ名ともとれる名前」が辛うじて許容されているに過ぎない。

日本人にとっては日本語で教育を受け、日本名を名乗ることは自然なことなのでその重要性を意識できないのかも知れない。だが、同じことを「公平性」「同じ日本国民」を騙って他民族・他者に押し付けてしまえば、それは明らかな不公平・不平等であり、どうみても対等ではなく、すなわち差別に他ならない。

同じ客観的・外形的事実でもどちらが主体で、その事実を見ている主体が誰なのかによって、その意味することはまったく異なってしまう。このことに日本人はあまりに鈍感なのか、自身も所属するが故に自身もその責任の一端を追う社会のやっている差別から眼を逸らそうとしているのだろうか?

「アイヌ民族はもういない」とだけ言ってしまえば、あまりに説明不足で乱暴な言い方なのは間違いない。そこでは「日本がアイヌ民族をほぼ消滅させ、同化を完了した」ないし「アイヌ民族は日本に消滅させられ同化されたか、消滅させられようとしている(時間の問題である)」という歴史的事件の主体と、その責任が無視されている。

そう言ってしまえることは差別意識の反映だ、とも判断出来るし、そのことで札幌市の市議を批判することは正当だが、それは「アイヌ民族はいない」と言うのは「差別だ」ということは意味しない。

議論の次元がまったく異なる低レベルの怠慢だし、だいたい差別とは言葉尻ではなく意識の構造の問題であり、文脈から判断するべきものだ。

差別とは「弱者が傷ついてかわいそう」という感情論の問題ではない。

不当であり、そこで奪われた公平性や対等性を担保するためには、安易な感情ではなく社会の構造と意識の構造を論理的に考えることが人間社会の理知的な良心のはずだ。ところが、日本では「反差別」の「運動」ですら、その基本が踏まえられていない。

人間が正義、正しくあり得るとしたら、それは自分の意志で正しい行いをした時にのみ担保される。そして被害者であったり被差別者、いわば「弱者」である立場とは、その主体的な行動の権利を予め奪われてしまっていることに他ならず、それは人間として恐ろしく屈辱的な状況であり、およそ正義なぞ名乗る気になれるものではない。しかも自分の力でそこから抜け出すことが恐ろしく困難なのだが、そこから抜け出し主体性を取り戻すことこそが、「尊厳」が本来なら意味するところのはずだ。 
だが「マイノリティが傷ついてかわいそう」だから「ヘイトスピーチをやる奴らを叩け」「日本の恥」だけでは、その主体性が奪われていることは無視されたまま、つまりは二級市民か「ペット」として同化隷属させていることにしかならない。 
それで自分達が「反差別」で「正義」であると思い込むのなら、それもまた被差別者の搾取でしかない。

国連人権理事会や人種差別撤廃委員会の勧告の内容をスリ替えて「政府の権威でヘイトスピーチを言う奴を処罰しろ」と言い始めてしまった毎日新聞の社説が典型のように、「差別をしている」と断定した他者を叩くことで自分との差異を強調し、自分が「差別している」とは言われない安全圏を確保しようとすることそれ自体が、むしろ差別と同じ心理的動機から来る行為であり、それは自己欺瞞、いわば自分の周りに「バカの壁」を作った気分になっていることでしかない。

たとえばアイヌや琉球人のように、近代化以降の日本がほぼ同化を完了させてしまった(ないし、しまいつつある。例えばアイヌ語のネイティヴ話者であるアイヌがいなくなってしまい民族の言語文化が継承されなくなるのは危急の時間の問題だ)と客観的にはみなせてしまう現状がある時に、それを日本人の「運動」が「『アイヌ民族はもういない』なんて言ったらアイヌが傷つくから差別だ」と言い張ることは、二重の意味で欺瞞・偽善であり、一皮剥けばオブラートにくるんだだけの差別になってしまっている。

第一に、それは実際にその民族浄化の同化をシステマティックに実行して来てしまった日本人の側の責任をうやむやにすることになる。

いやだからこそ、良心ぶった偽善者がこっそり自分の差別意識を隠蔽・温存するために、恣意的にこの発言だけを問題にするのだろう。

むしろ例の札幌市議が「アイヌはもういない」と言ってしまって初めて、日本がやって来てしまったことの現実の結果に気づき、慌てて叩いている、そしてそれでも少なくともアイヌの子孫であるとは確実にみなせる人たちが(彼らが民族的アイデンティティを担保するものをほとんど失わされてしまっていることには眼をつむったまま)出て来てくれることに安心しているだけのようにしか見えない。

第二に、そうやって日本人の側が自らの主体的責任をうやむやに誤摩化す言動の延長が、相手民族の主体性を奪っていることに気づこうとしない欺瞞がある。

「そんなこと言ったらアイヌが傷つく」と言いつつ、実はその民族の側が自分達がシステマティックに日本政府と日本社会によって同化消滅させられようとしているか、実際問題として実質完全な同化を強要され民族として消滅している現実を訴えることすら、実は封じこめてしまってもいる。

差別とは確かに「尊厳」の問題ではあるが、だからこそそれを「弱者が傷ついた」にスリ替えることこそ差別的な欺瞞、今風の流行語でいえば「上から目線」の傲慢であり、つまりは差別意識の発露である上に、この場合はおためごかしの恩着せがましさで、実はその受けた被害に関する発言権すら奪っているのことになる。

これまでの歴史的経緯で被害と加害の関係性がある以上、被害者の側である在日コリアンにせよ朝鮮民族の総体にせよ、アイヌにせよ琉球民族にせよ、その歴史をきちんと、彼らの主体的な歴史叙述で語る権利があり、それを奪うことは二重の意味での侵略行為に他ならない。

ところが現代の日本社会では、その歴史の叙述すら、「そんなことを言うのは反日だ」と言ってマジョリティの強圧で黙らせることが定例化している。

アイヌはこれまで日本の国家と民族にやられて来たことは我慢して黙り、ただ札幌市の間の抜けた勉強不足市議を叩くことしか許されないとでも言うのか? 
在日コリアンならこれまで100年以上の差別の歴史は言うな、たかが「在特会」を叩くことに満足しなければ「反日」と言われ脅されるのか? 
しかもそうしたバッシングの主体すら結局は日本人マジョリティで、少数民族はお手伝いだかお飾りだか、子分扱いしかされていない。ペットないし奴隷、お飾り、都合のいいエクスキューズでしかない。 
「尊厳」を言うのなら、そういう立場に置かれるが「尊厳を傷つける」なのに、その現実を口にしたら「マイノリティが傷つくから差別だ」と言い張るのが、現代日本の標準的な「反差別(のフリ)の偽善だ。

ここに毎日の社説が言う「個人の尊厳を脅かす差別」という珍妙な新定義の詐欺性がある。

日本人個人であれば、確かにたとえば自分の祖父や曾祖父が南京事件の直接加害者であったり、慰安婦を抱いていた、あるいは慰安婦になるよう強要することに関わっていた事実を指摘されれば「傷つく」だろう。だがそれなら、だからこそ子の世代が過去を克服することで、その新しい世代の「自己」を獲得しなければならないはずだし、そういうことこそが「民族の存続のための歴史と文化の継承」の意味するところだ。

本来の「尊厳」とは、このように個々人の主体性に関わる問題であるにも関わらず、「傷ついた」という表面的に「被害」にも見えることだけの感情論に逃げてしまいつつ相手には「受け身」の立場しか許さず、歴史問題を明白にすることすら「差別だ」と言えることにもなってしまう…というか、現にそうなっているから、日本国内ではここまで慰安婦をめぐるデマ的な隠蔽歪曲が花盛りなのだ。

そういう意味で、日本人の総体自体が、自ら自分達の「尊厳」を奪っている、投げ捨てているとすら言える。

我々の尊厳とは本来、その向き合うのも困難な過去とどう向き合い、受け止め、あるいは克服出来るかを、自らの意志と自らの努力で成し遂げることのはずだ。

アイヌや琉球人、在日コリアンですら、その尊厳のもっとも基本的な部分すら担保されていない

そこから逃げておいて言葉狩りに終始すること、「ヘイトスピーチを言う奴を処罰しろ」と言うこと自体…だいいち、それは「お上」への責任丸投げか、集団性に埋没して個人の責任をうやむやに出来る安心感に耽溺したリンチになってしまう。

そうやって自らの属しアイデンティティを埋没させる多数派集団の優位や優越感を、他者を貶めることによる相対性で担保しようという態度こそ、差別そのものなのは言うまでもない。

9/01/2014

映画が「自己表現」とは、どう言うことなのか


晩年のレンブラントは「画家は結局、自画像しか描けない」と言った。

その言葉を好んで引用するのはアニェス・ヴァルダだが、ここで注意すべきは「しか描けない」と言うこと、結果としてそうなるのであって、「自己表現」が目的ないし最終目標であるわけではない。

レンブラント・ファン・ジン、自画像 1660年
ロバート・アルトマンは大っぴらには、しばしば映画の「作家主義」自体にすら疑問を呈していた。

「結果としてすべてが私というフィルターを最後には通るから、私の映画がなんとなく『私』というフォルムを持っていることは認めるが、それは私にとってあまり重要なことではない」

レンブラント・ファン・ジン、自画像 1658年
前項で「僕も映画監督のはしくれですが、セルフは絶対に撮らない」と自己紹介すればよかった、と書いたが、これはこれでまったくの事実である(ことドキュメンタリーの場合、僕の映画はひたすら「他人様」を撮り、「他人様」の話を聞くものだし、映画を作りることはその話を聞きたい欲望の言い訳になってすらいる)と同時に、矛盾もしている。

『フェンス』や『無人地帯』では藤原がそこらじゅうに写っているではないか、と見ている人にはすぐ指摘されそうだ。土本典昭のアップで押し通した『映画は生きものの記録である』でさえ、それでも冒頭で撮影の準備中に指示を出している監督が写っている。


フィクション映画の『ぼくらはもう帰れない』では俳優として出演もしている(頭でっかちで賢くない映画評論家役)。 
一切出ていないのは(これはまだ誰も見ていない)完成間近の『ほんの少しだけでも愛を』だけだ。監督と撮影とキャメラ・オペレーターを兼ねているのでさすがに出演しようがない。

ドキュメンタリーではある意味、監督が写ってしまうのはやむを得ないのではないか? 物理的に避けられないし、無理に避けると不自然になりかねない。

多くの場合ドキュメンタリーは実は「現時点でキャメラの前で起こっていること」よりも「過去にあったこと」が語られる構成を持ち(「原発事故直後」の福島で撮った『無人地帯』ですら、津波と事故発生は話を聞いて撮影するひと月前だし、映画はどんどん「それまであった福島浜通りの生活」に向かう)、その話を聞く立場で、撮影は別人がやっていれば、その話し相手として監督本人は画面に入ってしまうし、それを排除する方が不自然ですらある。

たとえば小川の『辺田部落』でも、土本の水俣シリーズのほとんどでも監督が写るのは、「(他者の)話を聞くこと」「対話すること」が、演出の基本的なスタンスであることからの自然な派生だ。

小川紳介『三里塚・辺田部落』

実時間ではそんなに写っているわけでもないが、かなり長いインタビューをそのまま長めのショットで見せて、その一部でちらっと写ったりするから、出ずっぱりのような印象を持たれてもおかしくはない。

小川の『辺田部落』の冒頭の長廻しがそうだし、写っているのが実時間では5秒でも、印象としては、たとえば『無人地帯』ならいちばん長いシーンは10分まるまる長廻しで、そのあいだは監督本人がシーンの中にいることになる。

『無人地帯』ラッシュ 10分間長廻し

だが前項で触れたアヴィ・モグラビの映画で写っているアヴィが自作自演の登場人物としてのアヴィ・モグラビであって、その時のキャメラの=映画の視点が、背後に人のいない固定キャメラであるのとある意味同様に、『フェンス』でも、そして『無人地帯』ではより明確に、映画の視点、映画の構造から浮かび上がる思想は、キャメラの前にちらちらと映りながら話を聞いて相づちを打っている本人とは別人格として見られるべきだし、そのことは演出で狙ってさえいる。

『フェンス 第二部 断絶された地層』

映画に限った話でもあるまいが、作品とは作家の私的な表現であると同時に、完成され見られたり体験される時点で、作家とは独立した別の「人格」とも言うべきものを持つはずだ。

その作品のなかにきちっと存在する表現されたものを踏まえる限りにおいて、観客の解釈もまた、作品の創造の一部に実はなる。

ひとつの作品に、あらゆる観客が同じ解釈や同じ感想を持つことは本来あり得ないはずだ。 
ここがたとえば「観察映画」の大きな問題だ--「客観観察」を装うがゆえに同じ観察結果に観客が到達することが前提になっているし、その「みんなと一緒」の安心感がそうした映画を見る体験を支えているのだが、本当にそれが「映画を見る」体験だと言えるのだろうか?

実は恐ろしく不自由ななかに、作り手と観客が共謀/共依存で落ち込んで行っている気がする。

 フレデリック・ワイズマン『メイン州ベルファスト』 
そんな「観察映画」のネタ元であるフレデリック・ワイズマンの映画であれば、アメリカ人が見たときと外国人が見たときだけでも、より注目して見るところやその解釈は、まるで異なっていてもおかしくないのだが、その和製模倣は、むしろ逆を狙っているように思えてならない。

こと映画の場合は、共同作業が必須になる。デジタル化の進行でほとんど一人で映画を作ることだって可能のようでいて、それでもキャメラの後ろ側の撮り手/作り手に対し、映画に写るのはキャメラの前の他者であり、自分でキャメラの前に立ってしまえば、こんどはキャメラの方が明らかに作り手から独立した存在になる。

自分の場合はしかも、アヴィ・モグラビの映画とも、原一男の映画とも違い、ドキュメンタリーを撮る場合には僕は自分では撮影はしない。最初から映画のなかにあるものがすべて自分の表現であるわけでもない。

こと自分でもその気になればキャメラは廻せるからこそ、ドキュメンタリー映画を撮る時には最高クラス、ということはそれなりの強い個性も持った撮影監督でなければ…というわけで『フェンス』では大津幸四郎、『映画は生きものの~』と『無人地帯』及びその続編『…そして、春』は加藤孝信のキャメラで、このクラスの撮影監督ともなると、演出はほとんど口出しも出来ないし、現にやらない。

その結果、大津も加藤も意地悪なので、僕がいやがるのを承知で、絶対にカット出来ないところで、ちゃんとインタビュー中の監督をフレームに入れてしまうわけだ。
『フェンス 第二部 断絶された地層』澤元逗子市長と筆者

そういう作家本人に限定されない複数の視点、複数の中心が映画のなかにあることが、自分の作品ではいちばんうまく行っている『無人地帯』は、だからこそ特に今の日本では「安心して観ていられない」映画になるのかも知れない。

週刊金曜日に出た映画評。そんなもんなのかなあ…?
なにしろ最終的な完成作品は監督自身の表現であることは避けられないとしても、キャメラそれ自体の視点は撮影監督の担当だから微妙に、しかし意識的に演出家の視点からズレているし、なによりも観客が安心して信頼し同化できる「正しい」ないし「みんなと同じ」視点が、まったく映画のなかに存在しない。

だいたいそんな立場が、あの震災と原発事故を前にあり得るのだろうか?そのこと自体が最初から疑問だった。



ナレーションはあえて英語で女性だし、状況説明はするので最初は一見高所から達観しているようにも聴こえながら、外部の視点から映像を見ている立場の彼女(アルシネ・カーンジャン)も画面には写らないもう一人の登場人物であり、はじめは撮影の背景事情や補足情報を客観/第三者的に伝えているようでいて、次第に見えている映像から想起される彼女自身の思考を語り始める。



そして解答や結論めいたことはなにも言わず、最終的に到達するのは「日本とは本来こういう国だった」という彼女なりの発見だ。

それは一見、外国人が日本を発見するように見えながら、実は現代の日本人でもほとんど忘れていること、農耕民族だった日本人に独特の、アニミズム的な自然観のことである。 
「それがこの風景における神聖さなのだろう」「日本が侍の国であったことはない、常に農民の国だった」



観客が期待するであろう「福島原発事故」や「反原発」に関する「メッセージ」性は、最初から入れる気はなかった。



だいたい原発事故の被害地域と、避難させられたそこの住民を撮る映画である。わざわざ「原発事故はこんなにひどい」とか言葉にする必要もないだろうし、その見える破壊と見えない破壊の被害は、写ってされいれば、それ以上言う気にもならない。



というかもっとはっきり言えば、『八月 爆発の前に』におけるアヴィ・モグラビの一人三役がイスラエル社会のカリカチュアであるように、映画のなかに写っている作家自身だけでなく、映画それ自体にそこはかとなく現れる作家の有り様は、決して映画の「メッセージ」(なんてものがあるとすれば)の担い手ではないはずであり、たとえば監督がキャメラの前に立った瞬間に客体化されるはずだ。

映画という表現されたもの、作品の完成形の前では、その作り手自体が客体化され相対化される。



「なにかメッセージがあれば、電報会社に行け」という大プロデューサー、サミュエル・ゴールドウィンの言葉を好んで引用するのはフレデリック・ワイズマンであり、「メッセージを届けるのは郵便局の仕事だ」と言ったのはベルナルド・ベルトルッチだ。

電報の方が早いのがさすがアメリカのユダヤ人…なのだろうか?

もう大昔だが、ベルトルッチのインタビュー集『クライマックス・シーン』が翻訳出版されて読んでみて、驚いたことがある。「え、そういうつもりだったの?」と思ってしまう発言だらけなのだ。

ベルナルド・ベルトルッチ『ラストエンペラー』撮影ヴィットリオ・ストラーロ
正直、この人の場合は、監督本人よりも映画が「語って」いることの方が数倍魅力的だ。

また重要な相棒であった撮影監督ヴィットリオ・ストラーロも、映画撮影芸術のグルとしてあらゆる色彩に意味付けをして滔々と語る姿に圧倒されるが、よく考えると「そんな理屈は聞かない方がおもしろかった」と思ってしまいかねない。



映画はたとえば、政治的・社会的メッセージを担わせることには、あまり向いていないと思う。社会を直接変えたいのなら、映画なんて作っているよりは政治運動をやった方がいい。

フランシス・フォード・コッポラ『地獄の黙示録』撮影ヴィットリオ・ストラーロ
フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』は元々はエンドクレジットがなかったが、拡大公開時に必要になった際、最初はアウトテイクだった(というか、撮影後にセットを壊す際、念のために撮っておいた)爆発シーンが背景に使われた。

そこでウィラード(マーティン・シーン)達が去ったあとカーツ(マーロン・ブランド)の本拠地が空爆で破壊されたという解釈が広まり、コッポラ監督は慌てて黒字に白い文字のクレジットに差し替えたと語っている。

コッポラとしては、カーツを暗殺したウィラードが刀を棄て、それを見守っていた山岳民族も武器を手放し、ウィラードがランスの手をとって歩き出すことで、平和への希望をラストに込めたつもりだったというのだ。

『地獄の黙示録』Redux版、マーロン・ブランドとイロコイ族の子どもたち
2001年に発表された1時間長い「Redux」版では、音響効果で山岳民族たちが武器を投げ棄てる音が強調され、コッポラの「メッセージ」がより明瞭になったとも言えるが、しかし両方のバージョンがDVDになってコッポラがつけた副音声解説では、彼は「平和」とは言わず「戦争の次の段階」という慎重な言い方をしている。


偶然にも9.11と相前後して発表された「Redux」版では、フランス植民者の農園のシーンが追加され、「ヴェトコンはアメリカが作った」という告発が、アルカイーダが元々CIAがムジャヒディン運動に出資したことから始まっていることとパラレルに聞こえ、戦争と平和の問題がより強調されたかのように受け取られがちだったし、プレスでのコッポラの発言も当初の公開時以上に平和主義的な面を強調しがちだった。


だが作品の全体像で見たとき、ふたつの『地獄の黙示録』の差異が意味するところはむしろ逆ではないかと思えて来る。


1979年に発表された『地獄の黙示録』が戦争の狂気についての映画だったのに対し、「Redux」版で追加されたシーンの多くは西洋文明と東洋、限界をさらけ出す文明とジャングルの対立であり、文明が去勢していた野性が、戦争によって暴力という歪んだ形で放出され、それが東南アジアの自然と人間性と対峙していく。


こと最後の、カーツの支配する土地では、設定上は彼に従っていることになっている山岳民族の存在感が、およそアメリカ人に従っているようには見えない方向性で強調されている。


とくにほとんどが裸の、子どもたちの肌の輝き、それにカーツが囲まれている姿は、前半に追加されたプレイメイトとの性的なシーンと呼応しつつ、まったく対照的に健康な官能性を発散しているし、「Redux」版が光化学写真技術でなく染料を使った印刷技術によるカラーのフィルムで公開されたことで、山岳民族の肌の輝きの鮮やかさと闇との対比の官能が、より際立っている。



「Redux」版は最後には、ヴェトナムについての映画ですらなくなる。実際の撮影地はフィリピンであり、「Redux」ではフィリピンの山岳民族イロコイ族の存在感が最後のパートで極端なまでに強調される。


いやだいたい、21世紀に見直せば、もはやアメリカ対ヴェトナムよりも、西洋と東洋、東洋と対峙した西洋の限界と暴露されるその『闇の心』として見られるべき映画だろう。

『地獄の黙示録』のような巨大で、雑多な要素を取り混ぜて、あえて混沌とした映画を「メッセージ」で読み解き「作家の言いたいこと」を探るべきなのかどうか自体に疑問はあるが、1979年版がヴェトナム戦争の狂気についての告発だったしたら、「Redux」版は文明の意味を問う旅となった。東南アジアの川をさかのぼるその航路は、現代の文明人が自分の内に押し込められた野性に向き合う、自らの「Heart of Darkness 闇の心」への旅路なのだ。

『地獄の黙示録』Redux版
その意味で、これは「自分探し」の映画だとは言えるし、『地獄の黙示録』の創造の過程自体がコッポラにとって自らの「Heart of Darkness 闇の心」への旅路であったことは映画史上よく知られている。

だがそれは「そうなってしまう」、作品を作ることの必然的な宿命であり、「自分を認めて欲しい」と思って自分の思い込みに過ぎない自己イメージを観客に共有して欲しいと願望することではない。

『地獄の黙示録』Redux版、マーロン・ブランド
『地獄の黙示録』は極端過ぎる例だとしても、映画作品における作家とは作家自身にとってすら謎めいたものであり、あたかも「作家の想い」や直接的な政治性を帯びた「作家のメッセージ」を想定した上で、ただそれを観客に共有して欲しいという欲望が映画的であるとは、僕にはあまり思えない。

エレノア・コッポラ『ハート・オブ・ダークネス、コッポラの黙示録』

むしろ『地獄の黙示録』で最終的に観客が向かい合うのは、「映画とは何か?」であり「我々は何者なのか?」だ。

それに観客にとってにしても、「作家の言いたいこと」に安心して共有する気分になるだけでは、発見も驚きもサスペンスもなく、映画を見る体験が退屈になるだけではないのか?

 だからこそ「サスペンス」を映画的に定義づけたヒッチコックが史上もっとも尊敬される映画作家の一人になるではないのか?
アルフレッド・ヒッチコック『サイコ』

むしろある方向性に期待を持たせつつ、それを映画の展開とともに、俗にいえば「梯子を外される」状態になるようにすることが、映画の現代性ではないのか(やり過ぎると「分かりにくい」と言われるリスクはあるが)。

フィンセント・ファン・ゴッホ 『耳に包帯をした自画像』、1889年
…というか、こうして自己分析的なことを書いているだけでも自分が困惑し混乱してしまうのが正直なところだ。言葉で書いて伝わる「メッセージ」なり「私の思い」なら、わざわざ映画にする必要もあるまい。

文章にした方が早いし確実だと思うし、だいたい人間にとっていちばんよく分かっていない「他者」とは誰かと言えば、それは自分自身だろう。映画作家にとって「自分」なんてものは、自分が作った作品の中からそこはかとなく浮かび上がって来るものでしかない。

あらゆる映画がある意味、監督の「自己表現」になるとしたら、恐らくはその意味においてであろう。アルトマンの言ったように「結果としておぼろげながら私というフォルムを持つことになる」とは、実は相当に怖いことでもある。