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12/07/2014

東京国立博物館の国宝展〜日本の「祈り、信じる力」とは、中国を完璧以上に模倣すること



『日本国宝展・祈り、信じる力』という題名だけ見ると、安倍晋三政権の困った国家主義ごっこのなんちゃって全体主義が、ついに美術館・博物館、歴史的文化遺産の保存・展示まで蝕んで来たのか、とゾっとする人もいるだろう。

とはいえなにしろ「日本」とわざわざつけるまでもなく「国宝展」と言われれば、オール国宝指定の名品ばかりだし一応は見ておこうと思ってしまう(つまり客寄せ・動員の成功は保証されている)が、一方で「とにかく国宝だから」だけが基準で特別展を構成させられるだけでも、学芸員が気の毒にもなってくる。

それも「祈り、信ずる力」だ。まさかとは思うが「神風」伝説のオリジンと称して蒙古襲来絵詞の展示でも期待されて居そうで怖くなる。

共催のNHKには、安倍の腰巾着気取りの元三井物産の籾井氏が会長として政権から強引に送り込まれているし、同じく政権に押し付けられた経営委員に至っては、特攻隊を美化したつもりの支離滅裂な小説がベストセラーということになっている御仁である。一方で東京国立博物館自体はもちろん文化省傘下だし、題名だけみると政権の馬鹿げた圧力に屈した右翼国家主義テイストと思われるかも知れない

ところが、今日が最終日で8時までで終わってしまうので今更のブログ掲載で恐縮だが、東京国立博物館の国宝展は想定外のとんでもない展覧会なのだ。これだけの国宝を全国から集められる東博の権力だけでなく、学芸員スタッフのいかにも日本の文化と伝統を踏まえたイジワルな遊び心の知性が、凝縮されている。

なお庭園の秋の公開も今日が最終日、こちらは午後4時までです。小堀遠州の「転合庵」
ここに竹を使ったりするところがまさに「きれい寂び」の洗練


出品作品はすべて国宝で、確かに「祈り、信じる力」つまり日本の歴史と伝統の信仰の精神史のテーマに大真面目に本気で忠実な展示にすると、その当然の結果として…安倍たちが期待していそうな中身とまるで真逆になるのは、実を言えば日本の歴史と文化伝統をちゃんと知っていれば理の当然ではあったが、しかしここまでやるか東京国立博物館!


逆に言えば安倍たちのような昨今の自称「右翼」は、学校で教わるレベルの日本史ですらよく分かっていないのだろう。


まず入り口には奈良の薬師寺に伝わる飛鳥時代の仏足石、そして最初の目玉が法隆寺の至宝とされる玉虫厨子だ。

まず日本史の教科書の写真ではまったく分からないが、玉虫厨子は3mを越える巨大なもので、材質は黒檀かなにかとても堅く艶のある木で黒光りして、大変な迫力と華やかさなのだ。堅い木材の極めて精緻な加工による繰り返し文様の精緻さに圧倒されると同時に、その文様の意匠と四面に描かれた絵を見ればすぐに気づくことがある−−これは驚くほどに完璧な技術と教養をバックに作られた、完璧過ぎるまでの中国模倣だ。

こちらは現代に復元された複製の玉虫厨子

写真で見るのとは違って、四枚の絵はまだかなり保存がよく、とても鮮やかに見えるが、その意匠も中国風だしこと捨身飼虎図(釈尊が前世に飢えた虎の母を憐れみ、自らその子どもたちの餌になった、という故事)の物語展開の表現法は完全に中国文明のそれだ。


考えてみたら当たり前のことで、仏教はまず朝鮮半島を経て渡来し、遣隋使・遣唐使以降は中国から直接最先端を学ぼうとして来たのが古代の日本だ。

玉虫厨子はおそらく最初の遣隋使(一般には聖徳太子が、とされているが実際の記録では推古天皇で、日本書紀に太子の関わりの記述は一切ない)以降の作で、半島経由でなく中国の直接模倣を目指したのは自然なことだ。ただそうはいっても、これだけの技術と美的水準で、というのが圧巻であるのは言うまでもない。

「これこそまさに、祈り、信じる力」と言われればその通りだと思う。本当によくもここまで熱心に模倣したものだ。


意地悪な憶測をしてしまえば、日本史の教科書では色あせた、大きさすら分からない小さな写真でばかり紹介されるのは、玉虫厨子が無視できない文物であっても、ちゃんと教えれば中国模倣だと子どもに分かってしまうからかも知れない。


そして飛鳥時代〜平城京の時代までの仏教関連の展示が続く。

中国から輸入された細密文字の法華経(ちなみに日本の右派が極端に忌み嫌う創価学会は法華経信仰だ)、のちに藤原不比等に暗殺される長屋王による般若心経写経(当然、全部漢字だ)があり、奈良県の寺院に伝わる当時からの法具の数々の精緻な加工技術に息を呑みつつ、中国から輸入したのか日本で忠実に作られた模作なのか、素人目には区別がつかない。

唐招提寺の舎利容器(奈良時代)

唐招提寺の舎利容器であるとか、驚くべき工芸の粋であり、完璧に、最高級のレベルで、いやまったく素晴らしい中国模倣ではないか。

東大寺大仏の台座の内部から発見された2本の剣、「陰剣」「陽剣」も展示され、仏教だけでなく道教系の陰陽思想も古代の日本に強い影響を持っていたことが印象づけられる。

虚空蔵菩薩像(平安時代、東京国立博物館蔵)

平安朝の仏教の展示に入ると、東京国立博物館自身が所蔵する至宝のひとつ、国宝・虚空蔵菩薩像など、こちらは絵画が中心になるが、仏やその守護神たちはもちろん元はインド由来だし、そのインド風の姿の細部に中華風の文様などのディテールを繊細な描写で付け加えていることがよく分かる。ゾウに乗った普賢菩薩の絵ももちろんある。

その向い側には奈良国立博物館の地獄草紙と東大寺の華厳五十五所絵巻が展示され、末法という感覚が平安中期以降蔓延したことがはっきり印象づけられ意味づけが深化されている一方で(政治の腐敗と朝廷の堕落を含む)、それに応じて流行して教科書ではこっちばかりが強調される阿弥陀信仰は、宇治平等院の装飾の飛天菩薩二体と、阿弥陀来迎図が一点だけ、といかにもサラリと済ましているところがおもしろい(これが最終室の展示の伏線になっている)。

安倍を奉る昨今の珍妙な右派は、学校教育が「自虐史観」で「日本の真実を教えていない」と言い張って来たが、その認識はある意味で間違ってはいないのかも知れない。 
古代の日本人が仏教伝来から聖徳太子あたりを経て大化の改新、平城京までどころか、太子の時代の第一回遣隋使直後まで程度のほんの短期間で「玉虫厨子」を作れるほどに中国の最先端の様式や技術まで吸収するほど優秀であったことを隠して来たわけで、確かに「不当に日本を貶めた」「自虐」と言われればそれは、その面もある。 

ちなみに聖徳太子の国書が隋の皇帝煬帝を怒らせた、という「無礼神話」には史実的な根拠がなく、古代の日本はそんな野蛮国のように振る舞いはしなかったと考えた方が合理的だし、現に煬帝は返礼の使者をちゃんと派遣している(そもそも太子が摂政だったとしても国書は推古帝名義のはずで、あんなデタラメを学校で教えているのがおかしい)。 

日本は中華帝国を中心とする東アジア文明圏のルールをすぐに理解し、大唐帝国が成立するとさらに熱心にその文化文明を学び、朝貢外交に精を出したというのが「真実の歴史」だ。 


平安朝に入って遣唐使が途絶えて「日本独自の文化」が、というのもまったくの虚偽だ。 
遣唐使という正式国交の朝貢が、唐帝国の内乱と中央政権衰退で出来なくなっても、とにかく中国を学び模倣することと、日本国内の政情が安定しないなかで中国に憧憬と救済の希望を求め続けた「日本人の祈り信じる力」は、むしろ強化されていた。

ここまで平安朝までの仏教美術の粋=古代日本の中国模倣の努力を徹底して見せて、安倍的な自称右派が(単純に意味が分からないとしたら困るが)イライラでもし始めたところで、もちろん日本の信仰は仏教だけでなく古来からカミ信仰があった、と来るのだが、またこの展示室が完全な爆弾である。


いやまったく、もはや「反アホ政府の知的テロリズム展覧会」と呼びたくなるほどだ。


まず沖ノ島で発見された、古墳時代に遡る祭祀遺跡の出土品の展示だが、いやみったらしくわざと日本製と確認される鏡等を中心に見せながら、その形式も文様も完璧な中国模倣であることは見れば分かる(ダメ押しとして、このあと弥生時代の同じ文様の、こちらは中国製の鏡も展示されている)し、解説では中国や朝鮮半島の文物も多いことがちゃんと触れられている。


尖閣諸島問題をめぐる安倍の馬鹿げた暴走が、痛烈に皮肉られていることになる。日本と中国大陸や朝鮮半島のあいだに無数に点在する島のどれをとっても、「古代から日本人が使って来た」ことは言えるが、「日本人だけが使って来た日本固有の領土」と主張するのは、歴史を知らない愚か者だけだ。 
沖ノ島もそうだが、東シナ海も日本海も古代から海上交通が活発で、当然ながらその海を囲むあらゆる国がこうした小さな島を利用して来ていたのであって、「歴史的に昔から日本領」だとということ自体が馬鹿げているのだ。


さらに展覧会は、カミ信仰の起原が弥生時代と縄文時代の信仰文化だとなんの解説もなく「当たり前のこと」として提示しつつ、しかも恐らくは現代につながる「日本人」の祖先である弥生よりは、わざと縄文の土偶に力を入れて東北から出土した傑作を並べ、最後に持って来るのは函館市から出土した中空土偶である。これは非常に写実性が高いスラリとした男性像で、入れ墨をして毛深い身体は、文化的・身体的にどうみても「縄文人の子孫がアイヌではないか」と自然に思わされる。



(実際、文献による確認が不可能で考古学調査もまだまだこれからだが、今のところアイヌの直接の先祖が弥生人の系譜の日本人に次第に追われて行った縄文人だと推測するのが、もっとも合理的な解釈であり、本来の定説だ)


大和朝廷以降の信仰では、あえて熱田神宮の来国俊(短刀)を展示しつつ解説でちゃんと同神宮に三種の神器のひとつの草薙の剣があることを示し、日光東照宮のご神刀の国宗ともども、「刀は武士の魂」という明治以降の虚偽の伝説をちゃんと覆してくれる。来国俊も国宗も、それ自体がある種の「ご神体」なわけだが、刀自体が一種の「カミ」として扱われもして来たのが日本の伝統だ。

そして薬師寺の僧形八幡座像のご登場である。


本来の日本の信仰とは「神仏習合」どころかカミ信仰と仏の信仰が渾然一体(要は人間を越えた存在であれば自然だろうが死者の霊だろうがとりあえず、暴れられても困るので拝む)であり、子の場合は日本の神(八幡とは応神天皇の神格化だ)が仏や菩薩や仏教の神々より格下の僧の姿で現されて来たことをバーンと見せつけてくれるわけだ。

こと平安朝に密教が導入されてからは、世界のすべてが究極大日如来に収斂する世界観のなかで日本の神々は密教の信仰体系にどんどん組み込まれて行った。

後半ではまず歴史文書展示で、たとえば日本書紀の最古の写本(京都国立博物館)はもちろん、すべて漢文で書かれているが、展示部分は中大兄皇子の宮中クーデター、いわばテロ事件である蘇我入鹿暗殺の下りで、わざわざその内容の解説つきだ。

だが「分かる人には分かる」この展覧会のミソは、東寺文書(百合文書)の展示だろう。

まずいきなり目につくのは、わざわざ表装されて保存されて来た足利尊氏による祈祷依頼だ。

これもちゃんと内容解説つきで、尊氏が反乱軍(つまり南朝)退治を表向きでは祈願しつつ、後醍醐天皇の身勝手に手を焼いて、その実うんざりしていた風がちゃんと伝わる。その後に、その後醍醐帝の綸旨が表装など一切されないまま展示されているのだから、日本史の常識さえあればこの展覧会が「なにを言いたいのか」は分かり切ったようなものだ。


東寺は後醍醐帝の綸旨よりも尊氏の祈祷依頼に価値を置き、後者を飾れるように表装して保存して来たのだ。 
ミもフタもなくこの態度こそが「歴史の真実」である。


我々が学校で習っている歴史では、足利幕府初期の天皇家分裂騒動は一応「公平」「客観的」に書かれているが、戦前の「國史(皇国史観)」は南朝正統論で尊氏が「逆賊」だった。今の歴史教育ですらやはり尊氏が天皇に逆らって勝手に別の天皇をたてて将軍になったというようなニュアンスはあるし、南北朝の対立がとても深刻だったかのように思わされている。

だがこの東寺百合文書の展示を見れば、実際がどうだったかがよく分かる。

後醍醐天皇がおかしな無茶を言うから皆が手を焼き、結局は退位させられたのに、後醍醐帝はそれを認めず騒ぎ続け、血統では天皇家嫡流なので無碍にもできず、さて困ったね、というニュアンスがありありで、そして南北朝の対立自体はまったくたいしたことではなかった(後醍醐帝とごく一部の跳ねっ返りが吉野に立て篭っていただけ)、というあたりが真相だったのだ。


考えてみたら当たり前の話である。鎌倉幕府の北条家執権支配は明らかに行き詰まっていたにせよ、だからって武家政権を天皇親政に戻して京都の朝廷の貴族官僚が世の実権を、なんてあり得ようはずもない。 
鎌倉幕府の滅亡は単に武家支配のなかでの代替わり・政権交代に過ぎないのに、それを理解できずに自分の独裁を強要した後醍醐天皇はただの迷惑だ。


つまり、展覧会のど真ん中でこれを持って来たのは、南朝と後醍醐天皇を「正統」とみなしあたかも「忠君愛国」が日本の歴史だか伝統だと思い込んで来た近代の、明治以降の歴史観がおかしい、完全な誤りだ、ということであろう。

順路では文書展示の後になる、鎌倉時代以降の「信仰」に関わる美術と称して展示される国宝群は、もうある意味「むちゃくちゃ」というか「学芸員のやりたい放題」というか、この展覧会の「言いたいこと」のダメ押しの連発だ。

禅宗の僧であった雪舟には国宝指定の作品が何枚もあるが(常設展の方では12月は破墨山水図が「今月の国宝」だ)、ここで見せられるのはその作品中もっとも中国山水の特徴を忠実に踏襲した「天橋立図」で、しかも「最近の研究成果」としてこれが雪舟80代の最晩年の作であることまで明記されている。つまり天才雪舟の到達点も、完全な中国模倣だった、と言わんばかりの話だ。

雪舟等楊「天橋立図」
さらに南宋の禅僧の肖像や、北宋で描かれた孔雀明王図も展示されている(もちろん日本の「国宝」。確定できるだけで国宝の15%が外国製、その可能性が高いものも含めれば4割くらいになるはずだ)。教科書ではなるべく触れないようにしているが、公式の遣唐使が平安末期に途絶えたことに大きな意味はほとんどなく、その後も日本は江戸時代まで常に密接に中国と交易し、中国渡来の文物や知識は常に日本人の信仰や文化で模倣され、崇拝され、大きな影響を持って来たのだ。

法然上人絵伝絵巻はわざと、朝廷権力が法然の一派を弾圧したことを物語る部分が選ばれて、展示されている。

相国寺、玳玻天目散花文茶碗(国宝)

さらに茶道が実は禅宗の文化でありやはり信仰と深く関わっていることを堂々と言い放っておいて、見せてくれる茶器はまず相国寺の鼈甲模様の天目茶碗、もちろんこれは元時代の中国でしか作れなかった逸品だ。

この華やかな中国の茶碗が「日本風じゃない!日本の茶道は侘び寂びのはずだ!」と知ったかぶりをする人は、その次の大井戸茶碗にほっとするのかも知れないが、安土桃山の茶人がもっとも珍重した「井戸茶碗」は、朝鮮人の農村の民具の美を日本で(勝手に)再発見したものだ。

大井戸茶碗、喜左衛門(京都、大徳寺孤蓬庵蔵)

愛国者サマたちへのお情け(笑)に、その次はやっと紛れもなく日本製の茶具として、立派な志野茶碗が展示されているが、これは大商人三井家のコレクションだ(NHKの教養のかけらもない会長が三井出身であることへの皮肉か?三井家は将軍家をもしのぐコレクションを持ち知性と教養の深さで武家の大大名さえ凌駕していた)。

そしてその次が、大阪市立東洋陶磁美術館の至宝、飛青磁花生である。もちろん中国製、元の陶磁器の最高峰の傑作である。

飛青磁花池(大阪市立東洋陶磁美術館)

さらに禅宗や茶道の関係で中国から輸入された絵画や墨跡の展示が続き(もちろん日本の「国宝」)、ここまで見てくればもうはっきりするだろう。


  • 日本の文化と伝統とは、常に中国と朝鮮半島を文化・文明の先進地域とみなして憧れ、そこを忠実に模倣したり多くを学んで作られて来たもの以外のなにものでもない。 
  • その「祈り、信ずる力」とは、その模倣をある意味オリジナル以上に完璧にやってしまう熱意に他ならない。


祈り信じることとはなによりも中国文明を畏怖し模倣することだった、と言い切ってしまった展覧会の最後は、九体の国宝仏像(うち三体はごく最近、昨年の指定)と元興寺の五重塔ヒナ型の展示だが、このダメ押しがまたふるっている。

まず元興寺の五重塔ヒナ型は五重塔の定型の完全な縮尺模型で、各地に国分寺を建てるために使われたと解説されている。つまり中国や朝鮮半島から渡来した建築技術を国内各地で忠実に再現できるように完全に分解可能で、日本の大工が中国渡来の技術をそっくりそのままコピーして塔を建てるためのものだったという。

そしてこの部屋に展示されている仏像のなかでも、もう言いたいことは分かった、とは思っていてもやはり唖然とさせられるのが、法隆寺金堂の四天王像のうちの広目天だ。


こんな広目天は見たことがない。まず顔立ちは、法隆寺西院(斑鳩伽藍)夢殿の秘仏・救世観音によく似ている。


夢殿の救世観音は聖徳太子の写し身だという伝説があるが、はっきり言えば朝鮮半島風の顔だ。

さらにこの広目天は、服装までが後の定型となる中国風に西方とインドの影響を交えた鎧兜ではなく、朝鮮半島の文官の出で立ちだ。

というかこの広目天、顔も、服装も、踏みつけている悪鬼のシンメトリーに形式化された表現も、完全に朝鮮半島風の像である。

その広目天の向かいには京都・三千院の阿弥陀三尊から、脇侍の観音菩薩と勢至菩薩像だが、この阿弥陀三尊は来迎図の機能があるため両菩薩が前屈みになっているのが特徴だ。死者のもとに阿弥陀如来が来迎するのはもちろん西方から、つまり中国の方角だ。

そして大トリが、法隆寺金堂の広目天同様に昨年に国宝指定となったという、快慶の「善財童子」と「仏陀波利」だ。


鎌倉彫刻の最高峰のひとつなのは間違いないが、この二体は「渡来文殊」五体の一部だと言うのだから、もう大笑いである。

「渡来文殊」とは、乱れた日本の国に知性の象徴の文殊菩薩が正しい教えをもって中国から救済のため渡来する、という伝説であり、インド人の少年と老人である善財童子と仏陀波利は、その中国から正しい知性を伝えに来てくれる文殊菩薩のお供なのである。



さて、安倍晋三さんやお取り巻きのオトモダチたちの誰かは、この “日本の文化と伝統の粋” を集めたすばらしい国宝展をちゃんとご覧になったのだろうか?いや「愛国者」なんだから見なきゃいけないでしょう? 
唯一心配なのは、安倍たちが単に愚かであるだけでなく、昨今の若手の右派・保守気取りも含め、「次世代の党」の若手候補であるとかにしてもたいがい単純に驚くほど無知無教養でマンガしか知らないから、さっぱり意味が分からなかったりして…。

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