最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
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12/11/2014

わけが分からない解散総選挙で、いったい誰が最後に笑うのか


史上最大議席を誇る巨大与党がなぜか「解散総選挙」。この 理解不能な騒動が始まったころ、さらに変だったのは、解散の権限を持つ首相は長期外遊中だった。

いくら高度情報通信時代とはいえ、首相が外交に専念しているはずの時になぜか、どうにも首相すら預かり知らぬとしか思えぬところから、解散だ総選挙だの声が上がって来ていたのである。

「国家機密を守らなければ」と法律まで作っておきながら、政権の最重要機密事項である解散の話がこうも簡単に漏れるとは、安倍政権というのはとにかく、普通のことがまったく普通に出来ない政権であるらしい。

この解散をめぐる“内閣の機密漏洩”おかげで、野田政権の気まぐれで日中関係がこじれて以来の懸案だった首脳会談がやっと開催されても中身はまるで報道されなかった。ワイドショーはすでに解散一色だったからだ。

いやこれ、明らかに「特定秘密保護法」の処罰対象ですよ?

日本のメディアが中身を報じない日中首脳会談が、見れば分かるように中国圧勝、安倍は屈辱的に扱われても黙っているしかなかったあとで、習主席自身が「一回目は他人だったが二回目以降は友人」と余裕で声をかけたら(普通は「もう変なこと言うなよ」の脅しと思いますよ)、安倍自身が喜んで随行記者にそれを自慢げに披露した。

「ボクが一生懸命我慢したら中国サンもボクの気持ちを分かって優しい声をかけてくれたんです!」で済んでしまうのだから、誰も考えもしなかった奇策 “ワガママ坊やの駄々泣き落とし” を成功させた外交的な奇跡といえばまったくその通りで、従来の外交や国際政治の価値観では、評価すべき言葉も基準も見当たらない。

いやまあ、それで丸く収まったんなら、いいんですけど…。
僕はまだまだ若いつもりだし、本業では斬新な手法を売りにしているはずが、それでも自分が従来の価値観ややり方に囚われた旧弊の保守主義者に思えて来るくらい、安倍首相の政治は本当に「新しい」。我々が知って来たあらゆる常識を、あまりに軽やかに(というか軽薄に)超越している。

ついこないだまで、特定秘密保護法改憲論、いわゆる「集団的自衛権」論議に、歴史問題をめぐる中国韓国との対立が、安倍政権が批判を浴びる主なポイント、それに内閣改造後には「政治とカネ」問題がちょっと加わっただけのはずが、選挙が決まったとたんに安倍が争点は「消費税10%増税引き延ばし」だと言い出し、メディアでは安倍の経済政策の是非が主な論点になって来ている。

「いやアベノミクスが失敗したからって外交無視されても困るんですが」とはまた誰も言わないのが不思議だが、一方でアベノミクスの失敗だけでも論じる時間が足りないほど論点だらけだし…

…と思っていたら、安倍はしかし「アベノミクスは順調だ」という。え?ならなぜ消費増税を先延ばしにする必要があるのか、ますますわけが分からんぞ?

いやまったく、この政権がいかに普通の議論を普通に出来ないフシギちゃん政権であると分かっているとはいえ、あまりに言うことが変過ぎて、それが「あまりに変な話」であることについ気づかないくらい、もう言っていることがムチャクチャです。

とにかく「普通のことを普通に出来ない」の典型というか、アベノミクスの失敗つまり安倍政権の経済政策の誤りも、最初からそもそもあまりに非常識な経済政策で、二年前からこういう結果になることは分かっていたはずだ。

アベノミクスは最初から短期しか使えない常識はずれの奇策でしかなく、二年も継続できるものではない。金融緩和と円安誘導で通貨流通量が増加するように政策的に誘導すれば、GDPなどの数値はいったんは一応はあがり、景気はよくなったかのように見える。たったこれだけの自動仕掛けめいた市場操作を「経済政策」と言われても、普通なら国民が困るわけだが。


  • 通貨流通量を増加させる手段にはいろいろあるが、他になにも出来なくなった場合でも究極、通貨供給量を増やせばいい。
  • つまり日銀にお札を刷らせてそのあぶく銭で民間債権でも国債でも買わせればいい。

これがアベノミクスと名付けられた経済政策の現状だ。
これで永続的に成長路線の薔薇色の未来が約束できるのだったら、世界中でそうやればいい、国際協調の大リフレでリーマン・ショック以降の危機なんて突破できたはずだとは、安倍の経済政策のブレーンをやっている人たちですらさすがに言うまい。 
むろんそんなことみんなでやってしまったら、世界経済が一気に破綻するし、その国の国債どころか通貨それ自体まで一気にデフォルトしてしまうからだ。

アベノミクスの「異次元緩和」を支持する経済の専門家と称する人たちですら、国民や一般相手には「通貨流通量を増加させるには究極、通貨供給量を増やせばいい」政策に伴うリスクは決して口にしなかったし、批判派ですら「円安で物価高になり、それが消費を冷え込ませる」までは指摘してもその先はほとんど言わないまま、安倍が日銀総裁を更迭して新総裁が「金融緩和は止めるタイミングが難しい」と就任会見で言っても誰も呆れもせず批判もせず(いやだから、それがあなたの仕事です、日銀総裁!)、アベノミクスは二年近く続くあいだに、本当に「お札を刷って名目経済成長」になってしまい、歯止めが効かない円安が経済を直撃し始めている。

安倍政権が二年近く続いた結果、日本経済はいわば金融緩和依存症、まるで麻薬中毒状態なのだ。正直、この選挙がどんな結果になってもいまさら急には止めるわけにもいかない。
確かに麻薬や向精神薬と同様、金融緩和も「止めるタイミングが難しい」のは黒田さんが正直に仰った通りではあるが(変なところでプライドかなぐり捨てて正直になられても困るんだけど)、だからこそ即効性がある景気対策だと分かっていても中央銀行は慎重になるのだ。 
またして権が人気取りで安易に手を出さないように、政府の口出しできない、独立した機関としての中央銀行の専権事項だったはずが、その政治システムの安全弁すら吹っ飛ばしてしまったのが安倍政権である。

日本国債の格付けは下がったと言ってもまだワンランクだけで済んでいるが、まさに警告として受け取るべき、つまり「もうやめろ、危ない」という話でしかない。

これまで世界でもっとも信頼度の高い国債だったのが一気に「日本がギリシャのようになる」だけでは済まない。日本国債の大部分は国内で買われ、その多くが「老後の蓄え」だ。それが全部紙クズになりかねないことを、アベノミクスは今も継続中なのだ。

実はこの程度のことは、中学校で習っているはず、義務教育の一部だ。

モノの価値は需要と供給のバランスで決まり、貨幣経済では物価水準の高低は貨幣の流通量と有形無形の商品の量の関係性に左右される。「インフレ」とは「モノの貨幣換算の価値が上がる」だけではなく、裏返せば商品に対して貨幣の量が多くなっため貨幣の価値が下がっていること、たとえば商品やサービスの量に比して通貨の流通が多いことを意味している。

なお「インフレーション」を経済用語として用いたのはカール・マルクスが最初である(というか経済学の創始者自体がマルクスである)が、元は医学で「腫れている」「炎症」の意味だ。

アベノミクスはその日本円の価値を恣意的に下げることから始まっている。

日本での「物価高」とは、日本円の価値が下がっていることを同時に意味するわけだが、元々は菅直人が言い出した(当時は財務省と特に日銀が常識的な危機感を持ち、やらせなかった)「インフレ・ターゲット」とは、人工的な市場操作でこの状態を作り出す意味である(ただの理論であり実際にそうなる保証は何もない…というか従来の経済学ではそうなる説明がつかない・後述)。

どうも「円安」とだけ言うと、それは他通貨に対する円の価値だけだと思ってしまうかも知れないが、それだけではない。

社会のなかに存在する資産や財産や、社会の生産活動で産まれる商品の価値、サービスの価値に比して、通貨の価値が下がるのが「物価高」と呼ばれる状態だ。それが通貨の流通が多いことの結果であれば、それだけ多くの売買契約が起こっているのだから悪いことではもちろんない。通貨流通つまり経済取引が刺激されて資産や財産の価値があがったり、その増えた資産が投資されて生産活動も刺激され、サービスの需要も増えて売買が増えるから通貨の流通が増え、その結果の物価の上昇(=通貨の価値の下落)以上に社会全体の持つ富が増えていくからだ。これが「経済成長政策」の本来意味するところである。

だが中学校で習った通り、それはただ物価が上がればいい、通貨の流通量が増えればいいということではない。通貨の流通量をとにかく上げるだけだったら、通貨の供給量を増やせばいいし、まずは金融緩和だが、要するに究極お札を刷ればいいはずだ。しかしこれに手を出す政府や中央銀行が滅多にないのは当たり前のことだし、その理由も中学校で習っている。

まず社会全体の持つ富に較べて異常に通貨の流通量が多く、土地不動産や証券・債権などの投機対象に異常に資金が集中する状態を「バブル」という。

バブルはもちろん、遅かれ早かれ弾ける。軟着陸はもの凄く困難だし、それが出来なければその国や社会や延々とその後遺症に苦しむことになるのは、我が国が1990年代以降実感して来た通りであるだけではない。 
19世紀に資本主義が成立してから、世界は1929年以来これを何度も経験して苦い教訓を学んで来たはずだ。最近ではリーマン・ショックがあり、中国の(実態経済の拡大をものすごく伴った)急成長のおかげで、辛うじて世界大恐慌が防げている。

さらに危険なのは、通貨の流通量が自然に増えるのはまだ市場にそのニーズがある、バブルでさえ投機マーケットで売買取引が活発だから起こるのに対し、通貨供給量をただ増やせば(つまりお札を刷れば)、という理屈に走ってしまうと、これまた子供でも分かる話だが、カンフル剤には使えても、そこで社会全体の生産性の成長が伴わなければ、通貨の量が無駄に多い分モノの値段ばかりがあがる一方で、バブルにすらならない。

これも実は中学校で習っているはずだが、この場合は「インフレ」とは区別して「スタグフレーション」と呼ばれる。社会全体の富(資産・財産と生産活動で産まれる財、サービス)に比して通貨の絶対量自体が不釣り合いに多く、物価高なのに不景気な状態のことだ。

アベノミクスは理屈だけで言えば、はっきり言えばスタグフレーション誘導政策とも同意になる(中学生でも分かる話)。

だからこそ安倍の再登板当時から(あ、これも日本のメディアでは報じなかったか)、国際的にアベノミクスには風当たりが強く、日本の引き続きの金融緩和を求め続けるIMFですら警告を発していた。

それでも短期であればアベノミクスに効果が見込めたのは、通貨流通量でいえば日本はついこのあいだまで、むしろ潜在的には「金あまり」ですらあり、だから硬直した通貨の流動性を強引にでも確保する必要があった。

これは日本人の国民性もあるのだろうが、バブル崩壊以降の基本は常に金融緩和路線、つまり利子がどんどん下がり続けこれ以上下げようがないレベルのままもう10年以上が経過しても、利子もろくにつかないのに定年退職をした高齢者を中心に銀行預金が多い(さすがに昨今は取り崩され、かつてほどの水準ではないが)ことがあった。

その預金の投資先がなかなか見つからない、銀行がなんと消費者金融を傘下においてそこでよりリスキーだが高利の金貸業に手を出し、本来なら成長分野になるかも知れない中小企業などが貸し渋りに喘ぐ、というのが民主党政権時代でも、それ以前の自民政権でも、日本の金融政策の問題だったはずだ。

「いやそんなの銀行員がちゃんと仕事すればいいわけだろ?あんたらどれだけ高給取りなんだよ金食い虫!引退した高齢者に今さら自分の判断で投資しろなんて言うなよ」とも思わなくはないが、実態経済が実は決してそんなに悪くなかった、ほどほどに堅実には経済が廻っているのになにか先行きに不安が大きいとき、こういう刺激策で前向きムードになること自体は、無碍に否定すべきことでもない。

だがそこで忘れてはならないのは、リフレ策は理論的には結局スタグフレーション誘導であり、だからあくまで短期の時間稼ぎにしかならないことだ。

投資や消費が増えるムードを作ったところで、間髪をいれず今後成長が期待される分野への資金が流れ易くする政策を打つ一方で、膨大な預金を少しは消費に廻してマーケット全体でも通貨流通量が増えるように誘導する、その方向にいろいろインセンティヴを配して行くという金融・経済政策の王道が、口で言うのは簡単だがなかなか難しかったのは確かだ(民主党政権の本来の公約であり、霞ヶ関に潰された)。だから突破口としては、アベノミクスという「禁じ手」もひとつの手段ではあったとは言える。

ちなみにアベノミクスが始まってから「民主党政権時代は経済が」と言い出す人が出て来たが、当時の新聞見出しでも見れば分かるように、経済がそこまで悪いという実感は当時はなかったはずだし、実際にそんなに悪くなかった 
なによりもの証拠に、日本円も日本国債も、リーマン・ショック後の世界では数少ない信頼される通貨であり国債だから、円高だったし格付けも高かったのである。

アベノミクスで日本の株価は上がった…のは、そのように見えただけである。

円安になれば円建ての株は値段が対外的に下がるから買いがつき易くなるから円建てでは上がって見える。

企業収益の海外分は円建ての決算では数値が自動的に増える。

最初の刺激効果のあとも、その株が上がっているように見え続ける効果を持続するためだけに、特定業種の株価が上がるような政策アイディアをとっかえ引っ替え出して来たのが、安倍のいう「第三の矢」の実態だ。

安倍が自慢げに記者会見する「成長戦略」が毎回あまりに的外れなので驚いた人も多いだろうし、この政権が「あまりに変なこと」ばかりやる典型例になるのだが、ちゃんと理由もあったのである。たとえば…


  • 薬品のネット販売を解禁すれば、ネット販売会社と製薬業界の株価は上がる。
  • 人材派遣事業の規制を緩和すれば、人材派遣会社の株価は上がる。
  • 本気で日本製兵器を大量購入する国があるかどうかはともかく「集団的自衛権」をぶちあげ武器輸出解禁を言うだけでも、重工業製造業の株価はとりあえず上がる。


現在の株取引のほとんどはコンピューター処理で、ひとつのソフトウェアが分当り何千もの売買を処理している。安倍政権が打ち出す「政策」らしきものは常に、そのソフトウェアが反応して買い注文を出すような内容になっている…というかそれ以外に「成長戦略(これも「買い」が入るキーワード)」として打ち出す理由がない。

なんのことはない、人間相手ならよほどのバカでない限り引っかからないが機械は騙せる安直な金融詐欺の一種だ。 
この「風評の流布」で安倍が持ち上げられてホリエモンが実刑を食らうなら、日本はおよそ法治国家とは言えまい。

今年下半期に入って見るからにアベノミクスが失敗し、とくに内需の大半を占める個人消費が落ち込んでいると明らかになったことが総選挙の背景にある、という分析がある。4月には消費税が8%に増税され、それが消費落ち込みの原因だから、10%への再増税を先延ばしにすることを国民に問う、というのが安倍さん本人が解散した(後付けの)理屈だ。

安倍さんの政治が次から次へとあまりに変なことをやり続けてくれるので、ほんの半年とか8ヶ月とか一年前のことでも、国民の側も忘れがちになってしまうのだが、「なら最初から8%増税をあんたが止めればよかったじゃんか」という突っ込みはさておき、つくづくこの人は渋谷の自邸から永田町に通勤するのでも車窓の外すら見ないんだなあ、と呆れてしまう。

ちょっと思い出せば、今年の下半期が前年度同期に較べて極端に消費動向が悪くなるのは、昨年の同時期がむしろ良過ぎたからでもある。こと安倍さんの自宅がある辺りから永田町への通勤ルートなら分かり易かったはずだが、昨年の秋から今年の春にかけて、都内は消費増税前の増改築と新築の駆け込みでちょっとした建築ブームになっていた。

アベノミクスでダブついた資金があったのでそこに廻す余裕もあり、はっきり言えば消費増税とアベノミクスの組み合わせは、安倍さんの経済政策でほとんど唯一成功した部類に入るんじゃないか、という皮肉のネタにすらなる。

あれだけ駆け込み需要があるのだから、そのぶん増税後の二、三ヶ月の景気の落ち込みは「まあ増税のやむを得ない結果でしょう」と甘受する他ない部分はある…とも言えないのは、その駆け込み需要で業者や作業員に払われたおカネは増税後にも消費に廻って冷え込みを抑えたはずだし、都内の建築の需要は新築でも増改築でも、増税後もそこまで極端には下がっていない。

それでも消費増税で消費落ち込みを言われるのをとにかく(たぶんほとんど病的に)恐れた安倍政権がやってしまった決定的な失策は、いわばプチ金融詐欺の風評の流布も一年以上続ければさすがに手詰まりネタ切れになったところで、日本円の通貨流通量ではなく通貨供給量それ自体を増やし始めたことだ。

これは安倍自身の人格の未熟さも相当に関わっているのだろう。なにしろとにかく批判を受けるとパニックを起こす人だ。だから消費動向が悪いと言われたとたん、なにも考えられずに馬鹿の一つ覚えで日銀に命じて(ちなみにこれは違憲であり違法)お札を刷ることしか思いつかず、日本円の価値それ自体をどんどん下落させてしまったのだ。

それがこの夏以降の極端な円安の正体だ。民主党政権時代に較べて日本全体の価値が、円安だけで6割近くにまで下落している計算になる。

普通なら、こういうのを文字通りの「売国」と言う。 
もうニッポン全国買い叩き大セール以外のなにものでもなく、さっそく銀座や新宿は中国人観光客だらけになっている。

「いやあなたさあ、渋谷から永田町にご出勤と言ったって地下鉄半蔵門線じゃないんですよねえ?」とまた安倍さんにイヤミを言いたくなってしまうのだが、都内なら原油価格アップによるガソリン代のアップは、安倍さんでもない限りそう車では移動しないから、そこまで個人消費を冷え込ませたりはしないだろうが、そんな公共交通が発達しているのは東京などごく一部の都市部だけで、地方に行けばガソリン代の上昇、これから冬になれば北の方では灯油代のアップだけでも、超円安政策は確実に消費を冷え込ませ、それは消費増税の比ではない。

いや今のところはまだ、各企業は「円安による輸入原価の高騰」しか値上げの理由に持ち出していないが、本当に今後起こりかねない、あるいはすでに今起こっているのは、日本円という通貨それ自体の価値の下落である。

実際に日本社会が持っていたり生産できる有形無形の富の総体に対して、不均衡に通貨の流通量ですらなく供給量それ自体ばかりが多い状態、つまりはスタグフレーションだ。


総選挙への関心は、現状ものすごく低い。

メディアはまたもや「国民の無関心」「無気力」を責める上から目線の無責任なお題目を繰り返すのだろうが、こんな政治、あんな政治報道で関心を持てという方がどうかしているし、もはや安倍さんだけが悪いのではない。

アベノミクスがスタグフレーション誘導政策にもなる、言い換えれば短期しか使えないものであったのは、再三繰り返すが「最初から分かっていた」はずだ。

なのにメディアは「安倍政権で景気が良くなった」と繰り返し、「第三の矢」がいつまでも出て来ないことすら誰も危機感を持って批判しなかった。

一般市民は本当は気が気でなかったはずだが、それがなかなか言いにくい「空気」というのがこれまた、日本ではおなじみである。なにしろ「専門家」先生たちが大丈夫だと言ってるんですから、ね…。

こと昨今ではメディアがやたらと「専門家」を出して来る。ちょっと前までは専門分野をちゃんと紹介した上でかなり練られ相応に客観的な見解を流していたはずが、最近ではNHKなど平気で「専門家の意見は」でどこかの教授やシンクタンクの役員をただ登場させるだけで発言内容も相当にいい加減、編集しまくりで文意をつくり、視聴者にはそれが具体的にどんな研究者でどんな見解を持っているかではなく、「専門家だから正しいんだ」だけが強引に刷り込まれる。 
ブラックジョークとして言ってしまえば、東アジア東南アジアは、未だにほとんどが全体主義と独裁が幅を利かせる国ばかりで、曲がりなりにも民主主義と言えそうな国はまだ二国しかない。それは国民党が今の台湾の利益をちゃんと考えなくなったので民進党が政権復帰するのが時間の問題の台湾と、うっかりパク・クネに投票して大統領にしてしまったことをみんなしっかり後悔している韓国であって、日本はこの二国に完全に抜かれただけでなく、どんどん羊のごとく従順でなにも言わない国民の全体主義国家に後戻りしている。

それにしても不思議だ。いったい誰の意図で今回の解散総選挙が決まったのか?

最終的にはもちろん総理大臣である安倍晋三しか決められないことだし、本人は相変わらず「私の決断」のつもりなのだろうが、首相が外遊で留守中に誰かがイニシアティヴをとって解散風を吹かせ、帰国した首相が無節操にそれに乗ってしまっただけ(毎度おなじみ、おだてられていい気になった)、としか見えない。

そもそも安倍晋三首相にとってこそ、ここで解散するメリットがまったくない。

衆院選で史上最大議席を確保し(小泉純一郎すら越え)、参院選でも圧勝、この「国民の支持」の表象としての議席数こそ、安倍の最大の権力の源泉だ。

霞ヶ関の一部ですらこの首相に振り回されるような巨大な権力、特に強力な決定力を武器にして来れたのに較べて、解散総選挙したところで、前回衆院選ほどの議席はまず期待できないのだから、得るものはなにもない。

それもとってつけたように「争点は消費増税先延ばし」って…いや今のままの数値なら予定通りの増税はもはや絶望視、それをもっとも強硬に進めたい財務省ですら二の足を踏む状態で、与党も野党も増税反対なのに今さら争点にはならない。

それに安倍さんが「アベノミクスは成功」と言うのなら、それこそ消費税の10%増税を引き延ばす理由がない。ではいったいなにを戦う選挙をやるつもりで、彼は解散を決断したのだろうか?

人気取りで財政規律を無視する首相の国が、その首相の命令で異次元金融緩和政策?そりゃ国債がデフォルトするモラル・ハザードも時間の問題になるぞ?

これはあくまで仮説、推測に過ぎないが、逆に言えば安倍政権の史上最大議席に伴う権力を削ぐことがこの総選挙の真の目的だと考えれば、ある程度納得は行く。

衆院で史上最大議席のあと政権につけばアベノミクス人気で参院選も圧勝、というので、財務省も経産省も安倍を止めることが出来なかった(説明したって理解できる知識も知能もないし)。

いかに日本の経済界の重鎮が憂慮し、アメリカの現政権が怒り、世界中が心配し、日本の実態経済に響くのも時間の問題に見えた日中関係の膠着化も、安倍が最大議席と国民の支持を背景にしている以上、外務省でも自民党の長老でも止められなかった。

安倍がぶちあげた「集団的自衛権」にしても、実際に防衛省などが “霞ヶ関文学” を駆使してうまくねじ込んだのは「予防的先制攻撃」の容認であり、たとえば他国間の紛争が日本に飛び火する前に日本から介入できる、という権限だ。防衛省にとっては有り難く、外務省にとっても使えるカードではあった。とはいえその防衛・外務の両省も、まさか首相自らの発表会見で中国を実質名指しにし、南沙諸島問題が日本が中国に戦争を仕掛ける理由になると言う、極めて好戦的な挑発が飛び出すとは、まったく想定の範囲外だったろう。

あの暴言を外務省幹部や首相OB、元外務大臣たちがどう火消しに廻ったのか、まったく報道には出て来なかったが、あそこまで言われてしまうと、中南海もうかつに反応すれば「即戦争」となりかねないせいか無視してくれて、結果として問題になっていないのが安倍の「勝利」と言えば、そうなのかも知れない(本人がそう思い込んで自慢している可能性はある)。

安倍政権が「普通のことを普通に出来ない」政権であること、「あまりに変なことばかりやる」非常識内閣であることに例をあげればキリがないが、要は永田町も霞ヶ関も、さすがに疲れてしまったのではないだろうか?

一種の「安倍おろし」がこの解散総選挙騒動の裏にあるように思えてならないし、その切り口で今後の事態の推移を見れば、もっと分かって来ることがあるのかも知れない。

ただそれが分かって来たところで、ではどこに投票すべきかが見えて来るわけでもないのが、我ら国民の不幸ではある。

これだけははっきりしたと思うのだが、日本は民主主義の国ではない

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