最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
DVD 2月20日より発売!amazon.co.jp 配信はこちら

4/01/2011

嘘でもないのにエイプリルフール的な…あまりに不条理な…そして滑稽な…悲しいまでに…

日本政府は「東京電力の隠蔽体質で日本は国際社会の信頼を失う」というメディアの皆さんの危機感に賛同し、フランスの国際原子力資本アレバ社の参入を頼み、今後は安全で世界への情報公開万全の原子力推進へと、方向転換を図ることを決定しました…というのは、エイプリルフールでは、ない。

日本政府は次回G20で福島原発事故を元に国際的な安全基準を作るというフランスの提案に賛成、ということは事故った上にフランス企業の技術協力を求めてしまった日本に事実上発言権がなく、仏米英主導の基準を押し付けられて海外資本参入での原発推進となることも、エイプリルフールではない。

しかもエイプリルフールだと本気で思いたいのは、そもそもが福島と同形の原発の使用実績があるわけでもなく、地震・津波の事故の情報蓄積もなく、今回の事故に対処するノウハウがあるわけでもないフランスの「技術協力」を菅政権が仰いだのは、ひたすらマスコミ対策世論対応のためだけだと言うこと。

一方でアレバにしてみれば今回の事故は情報の宝庫、こんな事故が実際に起るなんてめったにないわけで、技術者を派遣することで情報収集、それが地震・津波対策が必要な東南アジアや中南米への原発売り込みにおいて必要な技術開発へと繋がること。我々はいわば実験動物になるのだ。

フランスは「原発大国」で、日本は、東京電力は遅れているのだという無邪気な思い込みも結構だが、ついひと月前まで日本もまた「原発大国」であり、そして原子力技術はどこでも国策であり国家機密レベルのものなのだ。そんなことも気づかずにヒステリックで稚拙な政府叩き、東京電力叩きに邁進して来たメディアの罪は大きい。

ぶっちゃけた話、発展途上国への原発技術の輸出において、フランスと日本はライバルだったわけで、無論、この事故で日本が原発技術を海外へ輸出だなんてもはや夢また夢の世界なわけで、フランスやアメリカに「技術協力」を仰いだ以上はその凋落は決定的だ。まあ世界で唯一の被爆国がそんなこと商売にしちゃいけないのはその通りなのだが、もっとおっかないシナリオが展開する可能性は大きい。

技術者派遣や物資提供だけでなく、なぜCEOが来日し、首相がサルコジと会っているのと並行してそのCEOは経産大臣と会談していたのか。日本の原発市場への参入も射程に置いたトップセールスであり、G20での協議での「国際的な安全基準」が日本への市場開放圧力となるのも、織り込み済みだ。

しかも仏、米、英が日本に原発の市場開放、資本参入を要求する正当性を、日本のメディアはすでに彼らに無邪気にも提供してしまっているわけだ。つまり利権癒着体質の日本の原子力産業の隠蔽体質だからこんな事故が起ったのなら(曰く「東京電力の人災だ」「責任追及」)、公明正大に世界にオープンにしなければ日本国民も納得しないという理屈。

生き馬の眼を抜く国際資本ビジネスの現実を考えもせず、海外メディアの扇情的な報道を「真実はそっちだろう」と踊っていた日本のメディアは、ジャーナリズムとしてあまりに幼稚だ。

始末の悪いことに、なぜ欧米メディアが原発事故に関して日本政府や東京電力の「隠蔽体質」を激しく批判するような論調になったのかと言えば、それは彼らがそう評価したからではなく、日本の報道関係者がそう言ってるのだからそうなのだろう、と言うわけで鵜呑みにして誇張して報道したというだけのこと。

無論、政府の情報の出し方に問題があるのはその通りだ。ジャーナリズムはそこを批判する責務はある。だが毎度おなじみの利権で腐敗で隠蔽で「原発マフィア」だのというようなことだったのかと言えば、それは部分的にしか正しくない。「隠蔽体質」といよりは、ただの官僚的な保身に過ぎない。

政府や東京電力や保安院がもっと正直であるべきだった点はなによりも、停電で起った事故である以上、原子炉の現状を把握するのに必要な計器がほとんど作動せず、だから情報がもの凄く限られていたということだ。それをちゃんと説明しないから、情報が「ない」ことが情報を「隠している」かのように見える。

このような事故の場合、なるべく安心感を与える情報の出し方をするのはパニックや風評被害の防止のためには当然のことだ。だが政府の情報の出し方は説得力のある安心感ではなく、言質をとられず逃げを確保する保身のための、うわべだけの安心感の演出に終始してしまった。これではかえって不安になる。

危機管理の上で安心感を与える情報の出し方は「安心です」と繰り返すことではない。出せる情報の範囲で、できるだけ分かり易く説明し、全体像を明らかにすることだ。だが政府はそれが出来ずに「安心だ」と「可能性としては」を繰り返し、全体見通しも表明できないまま、不正直さの印象ばかりになる。

政府で会見している枝野官房長官も菅首相も、会見を取材している記者にも、事故の全体像を把握する能力がない。テレビ局にもない。専門家が呼ばれても、頓珍漢な質問に苛立ちながら、なんとか安心感を与える説明をしようにも、また一般人向けの平易な語彙を操れないために、不完全燃焼に終って説得力を持てない。

分かり易い説明をしようとするあまり、噛み砕くのでなく単に難しい部分をはしょってしまう説明の結果、言葉だけの知識として「内部被曝」と言った用語を聞きかじってるだけのにわか評論家と化した一般人が、基礎的な教養も欠けたまま「隠蔽だ、あの学者は推進派の御用学者だ」と糺弾するスキが出来る。

たとえば原子炉の専門家がこの事故の説明をTVに求められると、なにしろ冷却系の故障なのだから、原子炉の発熱と冷却の原理を説明しようとする…とウラン燃料でも混合燃料でも核分裂で熱を出すのは同じ原理だから、難しい物質名は省いてしまう。

すると三号炉はウランだけでなく混合燃料であることを聞きかじっていただけのジャーナリストたちからは、「プルトニウムの隠蔽だ!」という糺弾が始まる。

なにしろ素人の聞きかじりに過ぎないジャーナリストの多くは、事故の原因と結果のプロセスよりも「毒性の強いプルトニウム」という単語に反応する。その物理的特性には興味もないから、「なぜ放射線量ばかりでプルトニウムを計測しない」…ってそんなの技術的に無理だって、ってことにも気づかない。

一方で事故の現象と収束を解説する原子炉の専門家にとっては、この事故の技術的な解決策が最大の関心で、派生物として出る放射性物質は、原因を止めれば出なくなる、としか考えられない。そこに放射能にこそが最大の関心事(まあそれは当然だ)であるべったり文系志向の記者たちとの齟齬がまた生まれる。

また放射線の健康被害についての基礎教養を、ジャーナリストも一般人も持っていない。

放射線に限らずどんな毒でも致死量というものがあり、あくまで量と蓄積と累積と確率の問題なのに、彼らはあらゆる薬が量によっては毒になる、あらゆる麻酔や抗精神薬が麻薬でもあることも、考えたことすら、ないのだ。

一般人に伝える言葉を持たない専門家と、専門知識を理解するための基礎教養である中学高校までの理科すら踏まえてないジャーナリストや一般人、そして総責任者である自覚のない政府のあいだで、苛立と相互不信が蔓延し、しかもネットの功罪で中途半端に断片化された言葉だけの似非知識は蔓延する。

みんな知ったかぶり。

大規模な、自治体ぐるみの避難というような事態になれば、公表する前に避難計画などを整備するのは当然のことだ。だが日本のメディアもそういう常識を忘れて行動し、また政府は政府で既に信頼を失っている上にそうした細かな配慮が出来ない状態にある。それが隠蔽しているかのような印象を加速させる。

こうして事故をめぐる言説は、実のところよく分かってない官邸とやはりよく分かってないメディア関係者と、情報の出し方が下手過ぎる東電と保安院と、その混乱に苛立つ専門家と、不安情報が麻薬のようになってる一般人のあいだで、出来の悪い伝言ゲームの相互不信に陥る。そして政府と東電は批判される。

ところが官僚的な優等生体質の今の政権は、驚く程批判に弱い。

保安院も天下り上層部の官僚的な保身本能が暴走し、まともな科学技術的な説明すら出来なくなってしまっている。そして官邸は責任逃れ批判逃れで「可能性」を繰り返す。

こうしてますます政府批判が高まり、政府はそのことばかりを気にする。

かくして事故を体系的に理解しどう対処するのかを考えることよりも、全体像から切り離された個々のディテールに一喜一憂する世論が出来上がり、また細か過ぎる報道がそれに拍車をかける中、情報発信の稚拙さゆえに不信感を持たれた政府は、事故の解決や国民の安全よりも、世論の対応に精力を注ぐ。

こうして事故の解決のことよりも、世論対応にばかり汲々とする政府の脆弱さに、見事につけ込んだのがサルコジとアレバ社だったというわけだ。

政府も報道も国民も大局を見失ったなかで、さてこれからどうするの、というくらいの政治的・外交的・経済的な難局を引き起こしてしまい…

…さてこれからどうするの?

確かなことは、我々がこの原発事故を教訓に、日本はこれからどうするんですか、我々の生き方や社会のあり方はこれでいいんですかを自分たちで考えるチャンスを、自ら放棄してしまったこと。そして周辺地域の被災者ばかりが振り回されて、それでも発言権を持てない田舎として、何も言えないままに犠牲になるのだ。

…というところで、事故は事故で相変わらずそれなりに危険なまま、日本の歪んだ中央集権と一億総役人根性優等生体質の病弊ばかりが露になってしまった。

まさに国難であり、平成23年の敗戦。

個人的には、ヒロシマ・ナガサキの死者たちと生き残りたちに申し開きができないよなぁこんなんじゃ、と思う他なし。

…と同時に、1万2000人を超える死者が確認され、今なお届け出があるだけでも1万6000以上の人の行方が分からない、すでに現実に起った地震と津波という巨大な厄災があるというのに、まだ一人の死者もなく、数値的にそこまで命に関わる放射能汚染は原発の周辺以外では確認されてもいないのに、地震のことより原発のことばかり皆が考えているのも、なんだかバランスとしておかしな話だ。

考えてみれば原発の周辺で既に避難勧告が出ているか、今後避難対象になるかも知れない地域は、地震と津波の甚大な被害を受けているのだ。

我々はそのことすら、つい忘れがちだ。

5 件のコメント:

  1. 連日、たいへん興味深く、読んでいます。
    ただ、藤原氏の主張には疑問を感じます。
    僕は自分のブログで以下の通り、まとめてみたのですが、内部被曝については、専門の研究者でも、従来、考えられてきた毒の被害の構造とはまったく違う構造で起こっているのではないかと考えて研究している人もいるのではないでしょうか?

    http://blue.ap.teacup.com/documentary/1748.html

    >放射線に限らずどんな毒でも致死量というものがあり、あくまで量と蓄積と累積と確率の問題なのに、彼らはあらゆる薬が量によっては毒になる、あらゆる麻酔や抗精神薬が麻薬でもあることも、考えたことすら、ないのだ。

    というのがこれまでの従来の科学で解明されていることなのであり、たとえば水俣病の水銀の場合などに言えることであったのだとしても、放射線、放射能物質の場合はもしかしたらそれとはまた違う原理があり、危険性があるということも考えられないでしょうか?
    それが低線量被曝ということで問題にされているわけです
    が。
    これはたしかに従来の科学の考え方からすると説明できないようなことかもしれないので、非科学的な考え方のようにも見えますが、それは現在の科学ではまだ解明されていないというだけであるのかもしれないのではないでしょうか。
    いずれにしろ、そうした可能性がある以上、こうしたことは念頭に入れておくべきであると僕は思います。
    いかがでしょうか。

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  2. 「従来、考えられてきた毒の被害の構造とはまったく違う構造で起こっているのではないかと考えて研究している人もいるのではないでしょうか?」いません、そんなの。
    低線量被曝でも、長期に渡れば健康に影響する可能性は高く、現在の様々な基準値はその考え方に基づいて設定されていることは、3/27のこのブログで説明してある通りです。
    環境被曝と体内被曝でも、要は放射線をどれだけの量、どれだけの期間浴びるかの問題です。ただ体内から放射線を浴びている場合、より近い場所であるので必ずしも距離との反比例とは言えない、といった学説ならありますが、そもそもこのブログでは、距離と反比例することすら触れていませんよ。
    放射線の身体への影響の原理なら、すでにさんざん研究され、これまでの科学の考え方を否定するような話はなにもありません。放射線が遺伝子の一部を破壊する、というだけのことです。

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  3. 低線量被曝・・・

    青森のにんにくも、
    双子やいびつが稀ではありません

    長野のひとパック10個入りのたまご
    全てが双子でも気持ち悪くないですか

    千葉のみょうがもどこぞのキャベツも
    良く見ればありえない箇所から芽が出ているものがあります

    すべて美味しくいただきました
    形は少し間違っていてもやっぱりちゃんと甘くて美味しかった

    この前、単純な双子ではなく
    殻つきの卵が卵のなかに入っているのを
    YOUTUBEで見かけました
    外側の卵にも内側の卵にも卵黄はきちんとありました

    見つけた本人たちは、
    すごく喜んではしゃいでいたけど

    私は少し怖かった
    人間ならどんなふうに育つのだろうかと

    青森産のにんにく、芽が伸びてきていたので
    水につけてみました

    日に日に芽は育っています
    ところどころいびつでも、まっすぐに、伸びようとする
    曲がっていても
    形は少しだけいびつでも

    人間もきっと一緒かも
    もしおなかにいる赤ちゃんが少しいびつでも
    お母さんはきっと産むでしょう
    いびつすぎたら産まれてもこないでしょう

    まだ大気圏核実験が行われていたころの死産率が
    異常に高かったのも
    統計ですので気のせいではありません

    今回の原発事故ではただ、
    死産や奇形児の確率がほんの少し上がったのだと思います

    日本にはあと55基の爆弾
    ほぼ同じ数のフランスとの地震の確率差 1:1500

    確率の問題ですが
    私の子供もいびつかも知れないなんて思うこと自体、
    単純に恐怖ですね・・・

    恐怖の確率をほんの少しでも減らしたいです

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  4. clamm03634/05/2011

    上の方
    「いびつ」ってどういう基準で言っているのでしょう。
    われわれが普段食する商品作物などは何十年にわたって品種改良が進められてきたものがほとんどです。原種と比較すれば今われわれが食しているもののほうがはるかに「いびつ」です。
    普段見慣れない形だからといって「いびつ」と断罪してしまうこと、そして、それを安易に人間の誕生と結び付けてしまうことはとても危険な考え方です。
    「いびつ」な人間をそうやって規定してしまうことで「普通」の人間に警鐘をならしているつもりかもしれませんが、あなたのやっていることは、「いたずらに風評被害をひろめ」、「いたずらに恐怖をあおり」、「いたずらに差別を助長している」ことだと自覚してください。

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  5. 園田さん、不安になるのは分かりますが、そもそも例えばにんにくの場合、粒が揃っていること自体が生物学的には「いびつ」です。植物と鳥類と人間の遺伝構造を、そう安易にごっちゃにされては、さすがに困ります。

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