最新作『無人地帯 No Man's Zone』(2012)
〜福島第一原発事故、失われゆく風景、そこに生きて来た人々〜
第62回ベルリン国際映画祭フォーラム部門正式出品作品
DVD 2月20日より発売!amazon.co.jp 配信はこちら

12/31/2011

地震と大津波と原発の危機があった年に


ちょうど一年前の大晦日には、このブログにこんなことを書いていた→ 「2010年-この国はいったい何を恐れているのだろう」

その時には3月11日の大地震ようなことが起こると考えてもいなかったし、あの日を境にこの国は大きく変わったはずだとも言える。先日、イタリア人の映画ジャーナリストに取材を受けたときにも、自分で「2011年3月11日は1945年8月15日と同じくらい重要な日付けだ」と言っている。
イタリアの日本映画ウェブサイト「Sonatine」 Matteo Boscarol によるインタビュー(英語)
同、レビュー
しかし一年前に書いた昨年の総括と、その決定的な日付けから8ヶ月以上も経った今の現状を比べると、本質的なことはなにも変わっていないのだ、とも思えて来る。
平気で嘘をつく人々と、その嘘に平気で騙される人々。 
もはやなにも筋が通らない、筋を通すことを誰も気にもせず、閉塞感を皆が愚痴りながら、自分の現状をなにも変えようとは決してしないニッポン人。 
失敗も冷静に受け止められず反省もできない国。 
自分からはなにもしない人々の国。(2010年12月31日の本ブログ)
我々は、この大天災とそこに誘発された人災(原発事故)から、なにも学習していないのかも知れない。いやむしろ、こと原発事故をとりまく諸問題は、ただこれまでずっとあったのに誰もが見て見ぬ振りをしてきた様々な矛盾が、顕在化しただけなのだとすら、言えてしまいそうだ。

 3/11の地震には、誰もがそうであったように自分も驚いた。まったく予想も覚悟もしていなかった(この列島が地震の巣の上にあることは自明であるのに)。

しかし正直に言って、その日の夜ぐらいから福島第一原子力発電所でどうも問題が起こっているらしいと報じられたときには、もちろん「大変なことになった」とは思ったもの、想定外とか驚きという意味では、たいして驚きはしなかったのである。

簡単な話だ。福島第一原子力発電所が老朽化していることも(設計上の耐用年数を越えて運用されていたことも)、津波想定が甘かったことも、すでに新聞やテレビの報道で知っていたのだ。

既に知っていて、理屈としては想定できることなのだから、「驚く」というのは少し違う。

しかしそれでも、世論はすぐに『国民は安全神話に騙されていたのだ』という、それこそ神話に他ならぬ虚構に飛びついた。福一に潜在的な危険性があったことは、かつて五大紙の一面トップの記事にだってなっていたのに

「大手マスコミは東電にお金をもらっているから、真実を報道して来なかったのだ」という、まったく事実に反する話は(繰り返し言うが、僕だって新聞とテレビで【知っていた】のだから、報道はもちろんされていたのだ。それもかなり大きく)、しかし「知らなかった自分たちに罪はないのだ」という無責任さに徹したい欲求から、あっというまに世論の大勢が盲目的に信じ込むものとなった。


「安全神話が」「東電が」「推進派が」と騒ぐ人たちに、2004年の秋に一時は大問題になったはずの原子炉の耐用年数延長決定をめぐる報道を指摘すると、確実にヒステリックに…反論すらせずに話を逸らして、なぜか「推進派だ」と罵倒までされてしまう。

奇妙な話だ。どんなに知らんぷりをしようが、その事実がちゃんと、現実としてあったことを、指摘している相手は知っているのだ。いまさら誤摩化したところで、今度は嘘つきという罪を重ねるだけではないか。

なぜその時には関心を持ちたくなかったのだ、国が決めたことなんだから大丈夫だと思ってしまったのだと、素直に過ちを認められないのだろう?そこで気づかなければ原発を止めて行くのなんて無理に決まってるのに。なし崩しで「のど元過ぎれば」になるのは分かり切っているのに。

なにしろ、なぜ原子炉の耐用年数を延長するという無茶苦茶な決定を政府が下したのかと言えば、それはなによりも「東京の電力が足りなくなる」からだった。
中越地震で柏崎の原発が自動停止し(これは原子炉の安全機構が働いたのだから、怒るべき話ではない、念のため)、この原子力発電所が活断層に囲まれていたことが明らかになった。その当時、地震などの問題があまりないとされていた福一にもっと電気を作らせないと、東京が困ったことになると予想されたのだ。
少なくともずっと反原発運動などに関わって来た人達は、耐用年数延長問題も、その時には一部の地震学者から貞観地震のときには福一にも10m超級の津波が来ていた可能性があると指摘されていた(ちなみにこれを大々的に特集で報じたのはTV朝日系の『報道ステーション』である)ことも、さすがに知っていたはずだ。

なのにその人達までがなぜ、「安全神話に騙されていて国民は知らなかったのだ」という神話に他ならない虚偽を鵜呑みにする素振りをするのだろう?

国が決めたことなんだから大丈夫だと思ってしまう」国民性というのは、原発事故でやれ「政府が隠蔽だ」とか「国民を騙している」と言っている人達でも、実のところその政府の権威への依存性がまったく変わってもいない、成長も学習もしていないことも、指摘しておく。

なにしろ放射能による汚染の実際被害を語るときにその人達が持ち出すのは、医学者の見解でも放射線の専門家の意見でもなく、最大の権威であるかのような顔をして言い出すのは「これまでの基準が1mSv/yだった」から、法律がそうなのだからそれを越えたら被害があるのだ、という倒錯した論理なのだ。

その基準や法はどのような理由で、どのような思想を背景に、誰が決めたものなのかということは、一切考えようともしない。そこに考慮すべき余地があることすら気づかぬまま、国家が決めたことに盲従したいだけなのだろうか?

なのに一方で、原発事故というかっこうのいいわけがあったから、その権威の担い手である政府であるとか官僚、あるいはやはりエリート社員の多い大企業である東京電力を叩いて鬱憤晴らしが出来るという、その状況に陶酔しているだけにしか見えない。
法の文言を杓子定規に踏まえるだけで、現行の法が人為の産物である以上は人間の限界性の枠内にしかなく、常に改められ更新されなければならないという、近代法治のもっとも基本的な部分をすっ飛ばして、「法治国家なんだから」と言い出す−−この「法治」「民主主義」をめぐる日本人の根本的な勘違いも、このブログではうんざりするほど繰り返して来た話ですよね、念のため。
しつこいほど繰り返すが、近代法治というのは民主主義と法の公平性、そして倫理という理想的な体系の理念がまずあって、その人為では到達不能かもしれない高度な理想を目標に、現実には限界だらけでなかなかそこに到達出来そうもない人間たちが、個々の矛盾や問題を地道にクリアしていくこと、常に理念の基本に立ち返って、現実の社会と照らし合わせながらその欠陥があって当然の法体系を少しずつでも理念に合わせて更新していく、そのプロセスの実践でしかない。「法で決まってるからそれを守れば法治だと認めてもらえるはずだ」なんて怠惰で依存性丸出しの話では、ないのだ。
僕にはさっぱり理解できないことだ。

確かに政治家になったり、一流官僚になったり、東電のような一流企業に入るからには、東京大学とかその辺りの難しい学校に入らなければいけないわけで、子どものころからお勉強だって出来なきゃいけない。でもどんなに優秀な優等生だろが、人間は人間でしかない。学歴という権威だって極めて限界のあるものでしかなく、能力の物差しとしてそこまでアテになるはずもないことくらい、ちょっと考えれば分かるはずじゃないか。

ましてそういう学歴を支える日本の教育、とくに受験の実態が、極めて限定された分野での杓子定規な知的活動(と言うほど「知的」であるのかも疑わしい) にしか対応できないものであることだって、みんなその教育を受けているんだから分かってるはずだろうに。

「安全神話に騙されていた」というのが虚偽でないとしたら騙されてる方がよほどのお人好し(というか馬鹿)である以上に、原発事故をめぐって政府や東京電力が「隠蔽している!」などという話には、かなり呆れてしまう。「隠蔽」するもなにも、何を隠すべきかを判断できるほどの情報すら、政府や東電は把握していなかったというのが実態だろうに。彼らがいちばん「隠蔽」したのは、自分たちが実はよく分かってないことを必死で隠そうとして来た、とは言えるんだろうが。

しょせん、その程度のものである。それどころか官邸も東京電力も恐ろしく混乱していたことも、当時の報道を見れば分かりきったことだ。

「隠蔽」どころか、まだ内部で検討段階の案に過ぎないことが「高官の話」としてボロボロと出て来てしまう。そしてスクープされたことでその検討段階の案は既成事実化し、フランスのアレヴァ社の水浄化装置を使うことにしても、破損した原子炉建屋を覆うことにしても、どんどんお金がかかるが実効性は疑わしいことばかり決まって行く。あこぎな商売を狙ってる連中にいいように振り回されてるんじゃないか、とすら思えて来る状況に、また政府以上になにも分かってないで勉強不足であることがあからさまなマスコミが拍車をかけていることは、4月1日のこのブログ(「嘘でもないのにエイプリルフール的な…あまりに不条理な…そして滑稽な…悲しいまでに…」)でも指摘した。

先日も、原子炉内から放射性キセノンが検出されたことを、東京電力が慌てて公表した。まだ検出量も確定してない段階で、とにかく発表しなければというのは、ちょっとでも公表が遅れるだけで「隠蔽だ」と叩かれるのが怖いからなのだろう。しかし検出量が分かっていなければ何が起こっているのかは特定できっこない。「再臨界しているのではないか」と訊かれればNoと答える根拠がまだないのだ。果たして24時間後には検出量が特定され、結果はおよそ再臨界はあり得ない微量。そんなの量が確定した時点できちんと公表しておけば、結果として誤報だったものがNHKの7時のトップニュースになるなんてことは、なかったろうに。

福島県の放射線アドバイザーに就任した山下俊一氏が「こう言っては失礼ですが、日本全国理科音痴。そこに高度な核物理学が」だから「この際反省してきちんと勉強しなおすべき」と指摘した時には、「なるほど」と思った。果たして山下氏が指摘した通りのことが、ますます加速している。

しかもそこで最大の問題は、誰もが「自分たちは勉強不足だったかも知れない。確かに理科音痴だったのかも知れない」と反省すら一切しないことなのだ。

福一事故が起こるまでは原子力発電の問題にまったく無関心で、大々的に報道されていたことすら無視しておいて「安全神話に騙されていた」と必死で虚構を口にしているのと、まったく同じ心理だろう。

実のところ、我々は自分たちの使っている電気が実はどれだけリスクを伴うことなんて自覚したくなかった、ましてそのリスクを地方の、他に目立った産業つまりは雇用がない土地の弱みにつけ込んで押し付けて来たことを無視したかったから、関心を持たなかっただけなのではないか?

ひたすら自分が責められるかも知れないことを恐れているだけなのだ。そしてそれが大いに誤っていたことすら、大地震や大津波、それに原発事故を経ても、まだ学習しようとすらしない。

自分は「いい子」なのだと必死に思い込むこと、他人に批判されたりしたくないという以外のことは、これだけの災害が起こっても、まだ考えられもしないままなのかも知れない。

だがそんな自分の周囲の目ばかり気にして、そこでなにか間違いを指摘されたとたんに命が危ないとでも勘違いしてしまうところで思考停止していようが、大地震と大津波でひとつだけは確実に実感しなければならないはずのこととは、我々人間が信じ切って、そこに浸り切って生きて来た現代文明の価値観なんて、しょせんとても果敢ないということではないのか?

絶対に安全で快適な暮らしなど求めたところで、そんなこと自体が、この宇宙の巨大さの前に、決して到達できないものなのだ。

確かに今年の地震と大津波は、我々が知っている歴史のなかでは未曾有の天然災害だろう。東北の太平洋沿岸ではところによっては数十センチの地盤沈下も起きている。

それは凄いことだ。でも一方で、そうした地球の活動がなければ、この日本列島自体が存在していない。

逆に言えば、その壮大な大地の創造の物語のなかでは、この未曾有の大地震ですら、ほんのかすかな地殻の変動でしかない。

人間の存在とはしょせん、それほどに脆く果敢ないものだ。だがだからこそ、尊いのである。

12/19/2011

いわき市、12月

金曜日の晩に、いわき明星大学で『無人地帯』無料試写があったので、金土はいわき市に行って来た。

12月16日撮影 いわき市豊間の四家さん宅

4月22日に撮影した、築140年で津波の直撃を受けながらも構造はびくともしなかったという家は、7ヶ月半建ってもそのまま建っていた。「これは私の建物です。壊さないで下さい」と、4月に持ち主が貼っていた張り紙そのままに。

4月22日撮影、豊間の四家さんご夫妻(映画『無人地帯』より)

この四家さんのご近所で、お宅よりも遥かに新しい、やはり津波に遭った家はもうほとんど取り壊されていて、ぱっと見ただけでは津波で破壊されたことも分からないかも知れない。


元からなにもなかったのと、一見なにも変わらない光景に戻っているのだ。


町の大部分が壊滅してしまった山陸の小さなコミュニティ等とは違って、いわき市は大きな市なので、比率からすれば津波の被害は限られているように数字上は思われがちだ。ほとんどの場所では、一応普通の生活が戻っているようにすら見える。だが津波の被害を受けた人達の困難はまだ始まったばかりだし、個々人の抱えた困難にはなんの変わりもない。

さらにいわゆる「警戒区域」からの避難者も、多くがいわき市の仮設住宅に住んでいる。


今回の震災は「神戸の教訓を活かせ」がかけ声になったが、関西の大都市と東北地方では、比較的温暖な福島県浜通りでもぜんぜん様相は違う。そこをよく考えないで慌てて作ってしまった仮設住宅は、実用的な面だけ考えても、どうみても冬場はあまりにも寒そうだ。

元々断熱材を入れるような設計になっておらず、ところが素材自体が金属など熱伝導が高いもの、ということは外気の寒さがそのまま入って来てしまう作りが、それも山の手の高級住宅地の近くの市有地や、未造成の宅地の区画(ということは、宅地に必ずしも適していない、風が吹きすさぶ丘のてっぺんとか)にボコっと建てられているのだ。

これでは環境自体が、その人達が今までずっと暮して来た、昔ながらの好立地の場所とはあまりに環境が違いすぎるだけでなく、避難先で孤立しろと言っているようなものだし、生活の便も悪過ぎる。ただでさえ仕事がなく収入が断たれている避難者なのに、日々の買い物にも自動車がなければ不便。高齢者ならタクシーしか足がない人も多いだろう。


もう12月で寒いから、つい冬場の断熱材のことが気になってしまうが、トタンの平屋根ということは、直射日光の熱を逃がすことができずに室内にどんどん溜まってしまっていたはずだ。そういう不満はほとんど聞かれていないということは、皆さん我慢していたのだろう。

慌てて建てなければいけなかったのは分かるが、もう少し配慮は出来なったのだろうか?今さら責めてみても仕方がないとはいえ、このような行き当たりばったりの急場しのぎの連続みたいなやり方は、今後は改めて行かなければなるまい。

一方で、もう少し後になって建てた仮設住宅は、屋根も切妻で快適さに配慮したり、しっかりした民間業者や団体に委託されたものは木造だったり、よく出来ているものもある。



「残り物には福がある」とはいえ、これでは初期に仮設に入った人達との格差が大き過ぎて不満や軋轢も産まれそうだ。それがまた、見るからに急場しのぎのそれと隣接して建っていたりするのだ。


神戸モデルの仮設住宅は、2年間という想定で作られている。しかし20km圏内からの避難者がたった2年で元の家に戻れたり、あるいは別の住む場所を見つけられるだろうという保証なんて、どこにもない。

そんな自分たちの力ではどうにもならない、先行きの見えない現状のなかで、避難している人達はこの季節だとクリスマス会など、ささやかな日々の節目節目に、落ち込んでしまったりコミュニティがバラバラにならないように、出来るだけ前向きに生きようとしている。


東京電力では原子炉の冷却に使った水の行き場が足りなくなり、この年の瀬になって海に流すことをいきなり検討し始めた。これだって最初からそうなるのは分かってる話のはずだろうに、なぜ今まで手をこまねいて来ただけなのか?

政府も東京電力も、「東京の」「東大を出た」優秀な、頭のいい人達のはずだ。だがやってることは、先行きをなにも考えないままの行き当たりばったりで、将来的なことはなにも決められないし、現実の問題をあまりに無視した、配慮の欠けたことばかりだ。せめて当事者の話くらいちゃんと聞けばまだ分かることもあるだろうに、そもそも聞く耳を持っていない。

東京のマスコミだって同じことだ。地元の、いちばん困っている人達に何がいちばん必要なのか考えようともせず、主に東京中心の視聴者や読者におもねて、現実とは無関係にそこに “分かり易い” ようにと彼らが考えるような報道しかしない。


そんな中では、秋頃になってやっとエアコンが取り付けられたとか、まだまるで済んでいない仮設も多いという話をするのにも躊躇してしまう。ひどいこととは言え、「駄目だなぁ、しっかりして下さいよ」程度の話であるはずだ。だがその程度の話でもプライドを死守し批判を逃れたいだけの人達は聴こうとしないし、一方でこの程度の話でも「責任をとれ、クビだ」となりかねない。

現代の都市の論理で “分かり易い” 報道とは「責任の所在をはっきりさせる」と称してとにかく叩く相手、悪者を作ることでしかない。

かくして大臣の首は飛び、責任を問われるのを恐れる東京電力は未確認の情報や想定・仮定までも説明不足で公表し(いや、配布する資料に説明は書いてあっても、どうせ記者たちは真面目に読もうともしないのだろう)、一方で考えておかなければならないことはなおざりなのだ。

都会など、「その他の日本」では、原発事故で「安全と安心」が失われたと叫ばれ続け、マスコミは主にその声に応じてのみ報道を続け、インターネットでもそのような言葉ばかりが飛び交う。それが日本の「世論」として均質化されたものであり、地方から発信されることですら、その都会に合わせてテーラーメードされている。

その陰で、あまりにも大きなものが、この一連の災害で失われている。

破壊の映像に息を飲むのは容易い。病気になるかも知れないと騒ぐことも、簡単に出来ることだ。批判する、というより叩く相手を探しまわれば、その対象はそこらじゅうに転がっている(し、実際のところいくらでも批判すべきことだって多い)し、「責任を追及」することで自分は正義だと思えるのなら、楽な話だ。実は自分達が、そのもっとも困っている人達を助けようにもその術すら持っていないことも、忘れられる。

そんな「ここ以外の日本」では、本当はどれだけ大切な物が失われてしまったのか、そのことを見極める努力すら、忘れられてしまっている。

なお、このお宅にお住まいだった四家敬さんご夫妻の避難先にお心当たりのある方は、ご一報頂けると助かります。追記:無事連絡が取れ、続編にも出演して頂く予定です。

【お知らせ】いわき市では年明け、1月14日にも13時半〜、もう一度『無人地帯』の試写を無料で行います。会場:いわき市・磐城緑陰中学校 視聴覚室 お問い合わせは錦つなみ基金まで。同時期に郡山市、福島市などでの試写も検討中です。

12/13/2011

『NoMan's Zone 無人地帯』いわき市で試写



大熊町、双葉町、富岡町、浪江町などのいわゆる20Km圏内と、いわき市、そして飯舘村で撮影した最新作のドキュメンタリー『NoMan's Zone 無人地帯』ですが、現地の人に見て頂くために、いわき市の被災者支援グループ「綿つなみ基金」のご協力により、いわき明星大学で試写を行うことになりました。

12月16日(金)開場17:30  上映18:00~   場所/いわき明星大学 講義館   定員/400名入場無料   主催/錦つなみ基金   問合わせ/09053574980(斉藤)  

【アクセス】   いわき駅から6番のりばより約20分   (下記以外は本学へ行きませんのでご注意ください。)   ○ラパークいわき行き(高専前・明星大経由)→明星大正門 下車   ○いわき光洋高校行き(高専前・明星大経由)→明星大正門 下車    ○いわきニュータウン行き(八ツ坂・飯野経由)→中央台北中 下車 徒歩4分


『NoMan's Zone 無人地帯』20011年 日仏合作
アリョーシャ・フィルム、ドゥニ・フリードマン・プロダクション製作

撮影 加藤孝信
編集 イザベル・インゴルド
音楽 バール・フィリップス 演奏 バール・フィリップス、エミリー・レスブロス
音響監督 臼井勝
製作 ヴァレリー=アンヌ・クリステン、ドゥニ・フリードマン
制作 カトリーヌ・グリゾレ
朗読 アルシネ・カーンジャン
監督 藤原敏史


今回は被災者、この大変な事態の当事者の皆さんにまずご覧頂きご意見を伺うための、無料上映です。以後、来年2月のベルリン国際映画祭に出品、そのあと劇場公開を目指しているところです。

ところで東京フィルメックス映画祭でのワールド・プレミア上映で、このように素晴らしい感想を書いてくれた人がいました。

「無人地帯」NoMan's Zone - Life_Fragment_log _ / _或いは _ /Life/Glitch/Memo_

こういう文章を喚起するというだけでも、映画を作ってよかったと思える。

12/10/2011

テロリズムと男性性〜オリヴィエ・アサイヤス『カルロス』、ロバート・クレイマー『アイス』


オリヴィエ・アサイヤス『カルロス』(2010)予告編

東京日仏学院で、1970年前後を中心とした極左革命勢力などによる政治的暴力の時代をめぐる映画の特集上映『鉛の時代』が開催中だ。

「テロリズム」というと2001年の9/11事件以降、なにやら絶対悪か狂信の、絶対的に排除すべき恐怖のイメージで捉えられがちなのがこの10年間であっただけに、この時代を遡行したズレと比較、省察は意義深い。

テロリズムとはあくまで「政治的暴力」である。暴力は政治の手段であって目的ではなく、テロルは恐怖を世界にばらまくための半狂人の悦楽なぞではない。それはなんらかの政治的目的達成のための、あくまで手段なのだ。

無論、21世紀のテロリズムではあえて、敵に「テロルとは暴力と破壊に陶酔した狂人の絶対悪だ」と思い込ませるというひねり技に出たオサマ・ビン・ラディンが、その不安と恐怖の演出を見事にやり遂げた結果、「アメリカの権威・威信を解体する」という目標を実のところ完璧に成し遂げてしまってもいるわけで、アルカイーダは20世紀以降もっとも成功したテロリズム組織なのかも知れない-目的の達成という意味では。

暴力は手段であって目的ではない-70年代のテロリズムの目的とはたとえば『アイス』においては革命であり、『カルロス』の場合は「パレスティナの大義」だ。


 ロバート・クレイマー『アイス』より
「最後の官僚が最後の資本家の血液に溶けてなくなるまで、人類に幸福はない」

実はアメリカの権威と維新の破壊解体こそが目的であったアルカイーダとは異なり、この時代のテロリズムは、それぞれにそれなりに立派な「正義」である目的を堂々と掲げていた。問題はむしろ、「目的は手段を正当化する」とマルクスが言うのでれば、だから政治的暴力と言う手段が肯定されるかどうか、のように思える。

そしてマルクスが正しいのであれば、目的が正しい以上はテロルも正しいことになる。

なるほど、そうは言っても暴力の行使は違法ではないかと言われるかもしれない。

しかしそこでバルベ・シュロデールのドキュメンタリー『テロルの弁護士』の主人公がナチ戦犯クラウス・バルビーを弁護した際の論理がある。なるほど、バルビーの指揮下に拷問が行われ、ユダヤ人は逮捕され連行され、ジャン・ムーランのようなレジスタンス指導者たちが殺された。「だがそれはフランスがアルジェリアでやったことと全く同じではないか」。

国家もまた暴力を政治的手段として用いている(警察も軍隊も国家の権力を施行する暴力装置だ)ときに、テロリズムを「違法だ」と断罪することは、倫理的に極めて困難になる。国家を維持するという目的の正しさを(マルクスを援用して)語るのであれば、ならば帝国主義的な資本主義を擁して植民地や少数民族を弾圧する国家の存立が「正しい」目標と言えるのだろうか?

アメリカ映画かマスメディアのニュースの大前提になっている「テロ=悪」の論理は、実のところこのように極めて脆弱なものに過ぎない。そもそも例えば現在のようなホワイトハウスを維持することが、アメリカ人とその同盟国民にとって幸福なのかすらどうかすら怪しいのだし。「テロ=絶対悪」とは、その実およそ絶対正義とは言い難い国家権力に依存することしか出来ない者たちの自己投影、その実自分たち自身が力と優越感の幻想することのシャドーボクシングに過ぎない。

それはスティーヴン・スピルバーグが『ミュンヘン』で徹底して見せたことでもある。なお今回の日仏の特集で入っていておかしくなかった『ミュンヘン』が上映されないのは、ただ上映許諾とプリントが確保できなかったからなのだそうだ。残念、『カルロス』と『ミュンヘン』が比較できたら面白かったのだが。

スティーブン・スピルバーグ『ミュンヘン』(2005)予告編

とはいうものの、『ミュンヘン』におけるモサドのミッションはそれを命じた国家の正当性がそのミッションによって大いに歌がしいものとなることを示しつつも、ミッション自体は成功した(それがイスラエルの安全保障にどれだけ役立ったかはずいぶん怪しげであるにせよ)。

それに対し、「鉛の時代」と呼ばれたテロリズムは結局は一切成功せず、なにも残さず、むしろ「革命」が夢見られた時代に終止符を打っただけだ。結果から見れば、これはおよそ「正しい」と言えた代物ではない。

オリヴィエ・アサイヤスの『カルロス』において、PFLP(パレスティナ解放人民戦線)のメンバーからスタートしたカルロスは、常に「パレスティナの大義」を掲げる。5時間の大長編が三部作に分けられたこの傑作で、第一部は「パレスティナの大義」を奉ずる若きヒーローのアクション映画のような軽快さで進行する-というか、『カルロス 第一部』はおもいっきりアクション映画であり、娯楽性たっぷりだ。

我々はカルロスが「テロリスト」であることすらつい忘れがちに、カリスマ性にあふれ頭も切れて現実的な戦略性にも優れたリアルなヒーローとして、彼の冒険を共にしてしまう。同じく「パレスティナ人民と共に」と標榜するものの、その宣言が薄っぺらな“正義ごっこ”でしかない日本赤軍の子どもっぽさの描写との対比で(赤軍派崩れのオジさんは不満だろうが、実際そんなもんだったんだから仕方あるまい)、カルロスの若いことは若いものの戦いを知っている大人の男の魅力は、一層際立つわけだ。

パリでPFLPの活動を始めた時期のカルロスが、シャワーを浴びる印象的なシーンがある。

全裸のまま、カルロスはベッドルームで大きな鏡の前に立ち、自分の肉体を見る。若々しく、がっしりした男の肉体だ。彼はその肉体にふさわしい立派な股間を、左手で握りしめる。


第一部の後半、逮捕された上官に密告されながら、公安警察とその上官を間一髪で射殺してパリを逃れ、南イエメンのPFLPの拠点に隠れるカルロスは、再び全裸で、蚊帳のなかで目覚める。その肉体はアルコールで無様な脂肪の固まりになっている。

ロバート・クレイマーの『アイス』では、街頭で突然活動家を襲う集団が、彼を倉庫の床に押し付け、ズボンをずらし、その男根に拷問を加える。映画の後半、恋人と抱き合う気力を失った別の活動家は、逮捕されたら牢屋で強姦されること、アナルを犯される恐怖を口にする。

テロリズムがあくまである政治的目標を達成する手段としての政治的暴力という大義名分で行われるとしても、暴力は暴力だ。

それは男性的な力の発散として実践されるのが現代の父権的社会の常であり、だからテロリズムのヒーロー(カルロスはテロ業界のスーパースターとすら言える)はセクシーである以上に、そのアクションはセクシャルなものなのだ。


テロルの暴力を優れてセクシャルなものと結びつけることは、スピルバーグもまた『ミュンヘン』で試み、賛否両論を浴びることになった演出だ。アメリカの正義、「対テロ戦争」の正義を疑いたくないアメリカの観客は、それも他ならぬスティーブン・スピルバーグ(『E.T.』『シンドラーのリスト』の監督である)の映画で、「テロとの戦争」が性的なイメージと結びついて見せられることに愕然としたに違いない−アメリカの主流の文化は、今日においてさえ、タテマエは性的に極めて保守的なのだ。


スピルバーグ『ミュンヘン』暴力的なるものと、性的なるもの

一方でクレイマーは『アイス』で、その保守的=父権的なものそれ自体の多義的な揺らぎを問う。この映画において、革命を目指すラディカル集団の男達の行動は、しかしうんざりとするまでに非革命的で、保守的な男性観にがんじがらめにされたものであると同時に、その強がりが故のもろさ、危うさが瞬間瞬間に浮かび上がる。あたかも彼らの「革命」とは、その自分の抱えた脆さ(=非・男性性、と彼ら自身がみなすもの)を隠蔽し、逃避するためのものであるかのようだ。

だが同時に、革命運動に身を投ずるということは、官憲に逮捕され迫害される=男性性を巨大父権に傷つけられる危険を孕む。『アイス』とはこの両義的な矛盾を内包した「革命」のゆらぎを捉えたフィルムでもある。

そしてクレイマーが革命ゲリラを描くことから離れた40年後に、オリヴィエ・アサイヤスが手がけた『カルロス』では、このテロリズム界の超セレブ自身が、極めてセクシャルな存在として描かれる。第一部では颯爽とした性的魅力を備えたアクションのヒーローとして登場し、スピルバーグにおいてアクションと性の結びつきがある種の罪悪感を潜めたものであったのに対して、第一部においてアクションと性はひたすら官能的、魅力的に結びつく。

『カルロス』第一部は、今やデジタル特殊効果に頼り過ぎ、形式化した社会のモラル・コードにがんじがらめにされ、もはや身体性と官能性を見失いつつあるアメリカのアクション映画に対する、小気味よいまでのフランスからの回答であるとすら言える。ゲーリー・クーパーやジョン・ウェインの昔から、いやそれ以前のダグラス・フェアバンクスから、アクションスターとはセクシーでなければならなかったのだ(そのハリウッド最後の例が、変化球ではあるが『ダイ・ハード』ブルース・ウィリスだとも言えるだろう)。

セクシーでカリスマ性にあふれたカルロスは(これも史実通りに)女性たちとの関係も派手だったし、アサイヤスの映画はテロルの行使と同じくらい、彼が女たちを「征服」していく様も重要視して見せ続ける。

だがそのムードがいっぺんするのは、南イエメンでいったんぶくぶくに太ったあと、訓練を受け直したカルロスが、彼の起こしたテロ事件のなかでも最も有名な、ウィーンのOPEC本部占拠・各国石油相人質事件だ。


OPEC占拠事件、チェ・ゲバラ風衣装のカルロス(エドガー・ラミレス)
ベレー帽に、クリスチャン・ディオールの革のジャケットだとか。
ズボンも当時の流行のいわゆる「らっぱズボン」。

ここでなにがどう映画のなかで変わるのかは、『カルロス』三部作を見てもらう他ないのだが、最終的にフランス当局に逮捕されるまで身を隠していたスーダンで、中年になったカルロスを苦しめていた病は、睾丸の腫瘍であったことだけを、ここに指摘しておく。

オリヴィエ・アサイヤスはテロリズムについて「nulだ(退屈で無駄で頭が悪い、といったような意味)」と断ずる。

OPEC本部占拠事件にしても、「パレスティナの大義」はエクスキューズでしかなく、本当の動機はイラクとシリアが石油の値段つり上げを狙って、サウジアラビアの石油大臣を暗殺させようとしたことだった。映画『カルロス』において現実のパレスティナ人が不在なのは、カルロスが「パレスティナの大義」を掲げつつ、その目的のためになにもせず、実のところ関心すらすぐに失ってしまっていたからなのだ。

「目的は手段を正当化する」とマルクスは言う。だからこそここで、我々は『鉛の時代』のテロルについてこう問わなければならない。革命家を自称するものたちが掲げた「正当な理由/目的」は、彼らの本当の目的だったのか?

彼らは本当に革命を目指していたと言えるのだろうか?カルロスの「パレスティナの大義」もなにもかもいいわけに過ぎず、本当の目的はなにか別のものに横滑りしていたのではないか?

『カルロス』と『アイス』は、男達が自分たち自身の掲げた目的を呆気なく裏切って行く映画としても、見ることができるのかもしれない。あるいは、男という生物にはそれがなかなか難しいのが、本当のところなのかも知れない。

11/25/2011

『NoMan's Zone 無人地帯』ワールドプレミアにあたって

最新作『無人地帯』のワールド・プレミアは、東京フィルメックス映画祭にて、今日(11月25日)です。15時半〜 有楽町朝日ホールにて。

『NoMan's Zone 無人地帯予告編

東京でのワールドプレミアの後、インターナショナル・プレミアは2月のベルリン国際映画祭の予定だ。うまく行けばその前後あたりから、3月11日の震災一周年くらいには、劇場公開してより多くの人にご覧頂ければと思う。

上映前の挨拶代わりにさらっと書くかで書いておくと(明日、上映前の挨拶で同じことを言うかも知れませんが)…

この映画を見に来る皆さんの多くが、題材となってる事件の重大さに興味を持っていることは分かっているし、実際に重大な事件であることを否定する気ももちろんない。 
そうは考えたくない人も多いのかも知れないが、この事故は我々の社会がこのままではもはややっていけないかも知れないことを、確かに我々に突きつけている。 
だがそれでも、我々が作り、これから皆さんがご覧になるのは、あくまで映画である。 
「これは映画です」というとき、僕の意図していることは間違っても「賛成か反対か」の政治的スローガンを叫ぶことではないし、今4基の原子炉で起こっている自体についてなんらかの納得できる説明を求めるのなら、それは核物理学者と原子炉工学の専門家に聞くべきだろうし、放射能の健康影響について不安があるのなら、我々映画作家に訊くよりも、医者に相談すべきだろう。 
この映画が上映される場で昨晩ある人が語った言葉を引用したい、「裁くことは我々映画作家の仕事ではない」。 


我々の仕事の究極の意味とは、映画のなかに出て来る人達と、その人々が映画に登場する間、その瞬間瞬間を分かち合うことであり、その瞬間を観客の皆さんもまた分かち合えるよう最大限に務めることだ−−彼らと共に感じ、彼らと共に考えることができるために。 
そしてこの映画で扱っている事故が重大であればあるほど、だからこそ我々は映画作りという仕事の原点に忠実であらなければならないと思った。 
裁くことは映画作家の仕事ではない。 
我々の仕事とはなによりも、一言でいってしまえば、いい映画を作ることだ。そのためには我々が映画の本質と美学に誠実であることしかなく、またこの映画に出演して下さり、その体験やとても個人的な気持ちを分かち合って下さった人々の寛大さに報いるためにも、その最大限の努力は必ずしなければならないのだと思う。 
今はその努力をきちんと出来たこと、その結果として皆さんがスクリーン上のその人達に出会い、我々が直接あった時と同じくらいの喜びと敬意を持って受け止めて下さることを、願うばかりだ。 
題材の深刻さから言ってこれを言うのは不謹慎だと怒られそうだが、だからこそあえてこう申し上げたい−−上映をお楽しみ下さい、と。 
「裁くことは映画作家の仕事ではない」、今日の上映は、昨夜この言葉を語った、16年前からの畏友、タル・ベーラに捧げたいと思う。

タル・ベーラ『ニーチェの馬』冒頭シーン 
気づく人もいるかも知れないが、実は変なところでかなり共通点があったりするかも知れない。ひとつの明白な視覚的なモチーフを共有していることも含めて。


このタル・ベーラの偉大な最新作は、昨晩見たのが初めてだし、彼の以前の映画でこのモチーフが使われていた記憶はないので、まったくの偶然のはずだけど…。

11/08/2011

被災地で映画を撮るということ


まず告知です。福島第一原発の事故で避難を余儀なくされ「住めない土地」とされてしまった風景と、そこに暮して来た人々をめぐるドキュメンタリー最新作『NoMan's Zone 無人地帯』のワールドプレミアは、東京フィルメックス映画祭(11月19日〜27日)です。


日時:11月25日(金)午後3時半〜
会場:有楽町朝日ホール (地図はこちら)
 前売り券の購入はこちらから

この春の大震災という、下品な言い方をしてしまうなら極めてタイムリーな題材を映画にすることについて、いろいろ訊ねられることは想定されるだろう。先日の山形国際ドキュメンタリー映画際でも震災特集の特別プログラムがあって、そこで森達也、安岡卓治他監督の『3.11』などの作品を中心に議論になっていた。

『無人地帯』はしかも、ただ震災だけではない、原子力発電所の事故をめぐる映画なのだから、よりそうした議論の対象となるのだろうし、東京フィルメックスでの初上映で多くの人が見た段階で、当然ながら僕自身もいろいろ尋ねられるのだろうと思う。

その予行演習というか、出来ることなら同じことを繰り返すのを避けたいためにもこの場で書いてしまうのなら、我々が『無人地帯』でとったスタンスは、これまで自分が映画でやって来たこととなにも変わらない。強いて言えば、これまで以上に徹底してやったというだけだ。


少しでもよりよい映画、作品としてある意味で自己充足した完成度を持ち、その映画の持つべき美しさに到達した映画にすること、まったくこれだけであり、そのためにはドキュメンタリー映画ならばドキュメンタリー撮る基本中の基本に徹することだけだ。

時事的な話題を扱った場合、それも現実を切り取るドキュメンタリーの場合、映画にはその社会的な寿命というか、どうしても「賞味期限」がある。ある社会的な問題を扱った場合、その問題が解決されてしまった瞬間、その賞味期限は切れ、映画はその社会的な役割を終える。

『無人地帯』の場合、その「賞味期限」は短ければ短いほどいい。


この映画の主人公たちは、事故により無人の場にされてしまった(浜通り・20Km圏内)、あるいはこれからされようとしている(飯舘村)、またはこれから様々な理由で−−必ずしも「放射能」が理由ではない−−そうなってしまうかも知れない(いわき市の津波被災地)土地と、そこの人々だ。

問題が解決し、映画の「賞味期限」が切れるのは、そこの人々が土地に戻って、安心してとまでは言わないにせよ、まあ生活を(仮に不完全にせよ)取り戻せること、そこが「無人地帯」という残酷な名前で呼ばれないで済むことだ。

それは出来る限り早い方がいい。

「賞味期限」なんてことはそれで、まったく構わないどころか、この映画に出て下さった人達が早く戻れることを、我々は心から願ってやまない。だがそこで映画が役割を終えてしまうのならそんなに真面目につくる必要ないじゃんか、速報性を重視した方がいいじゃんか、という話にもなる−−問題解決とともに映画が役割を終え、見る必要もなくなるのならば。

実際、すでに震災をめぐって作られている映画の多くが、よくも悪くもその即時性の粗雑さを背負って作られている。実際、速報性だけが問題なのであれば、それはたまたま映画館なり映画祭のスクリーンを彩っているだけであって、「映画」である必要もなく、短命でいいのだ。

飯舘村での撮影の最終日、長泥地区の墓地で出会った男性は、インタビューの最後に小さな声で「またね」と言って去った。


「またね」、いつか彼も、また我々もそこに戻って再会し、自分を取り戻して行く飯舘村を撮影できることは、我々も切望している。たとえそれが現実的に極めて困難になるとしても、どうしても、ぜひそうなって欲しいと、心から願うことなしにその人達を撮ることはできなかったろう。


だが映画というのは、たとえ現実の記録であるドキュメンタリーであっても、そんな単純なものではない。あくまで作品は、作品であり、それは短命であっていいわけではない。

たとえば我々が今、土本典昭『医学としての水俣病・三部作』を見るときの興味が、水俣病の医学的な知見だけならば、これはせいぜいが入門にしか役に立たず、研究はもっと進んでいるのだから最新の論文でも読んだ方がいいということになる。だが無論、『医学三部作』を見ることの意味は、現代においてまったく皆無ではない。むしろ逆だ。

あるいは『不知火海』を見るにしても、30年、いや40年近く経った今では、もはや「現実を伝え報告する」機能はほとんどないのだろうが、歴史文書みたいなものだと思って見るのは大きな間違いだ。土本のこの記念碑的な傑作群は、今では「水俣病」の現実を学ぶための資料よりも、「人間とはなにものであり、いかにして生きるべきなのか」を伝え、考えさせることを真のテーマとして、普遍的な作品として屹立して存在している。

土本典昭『不知火海』キヨ子さんの話を聞く原田医師

『不知火海』ならば土本がつきあい続けた患者さん達の生き様そのものは、既に普遍的な「人間がいかにして巨大な不幸と苦難を前に生きて行くのか」をめぐる普遍的なドラマだ。

とりわけ月浦の岸壁で原田正純医師を相手に、自分が生きていることそれ自体が無味なのではないかという苦悩をせつせつと語る胎児性患者キヨ子さんの知性と哲学に、我々は深く学び、感動せざるを得ない。

『不知火海』でキヨ子さんが問うているのは、もはや水俣病という事象を越え、人間が生きて行くことの根源的な疑問に他ならない。キヨ子さんは胎児性患者にも関わらず…いや胎児性患者だからこそ、人一倍の誠実さでその疑問に向き合っている、その時に原田医師ですら彼女の鋭い知性と真摯さに、言葉を失う。

そして我々は、思春期にこの実存の苦悩に真摯に向き合っているからこそ、彼女は生き続けていく、生き延びていくことへの確かな確信と共に、キヨ子さんの背中の美に魅了される。

それが映画というものであり、土本と比較するのはおこがましいとはいえ、我々もまた現実に生きる人達を撮影させてもらい、その人達が故郷として来た大地を訪ね、そこで撮ったものを、やはり現実のなかでそれぞれに悩みながら生きている人達に見てもらう以上、少しでも近づくよう自分たちの仕事のクオリティを高める責任があるのは、当然のことだろう。

映画とは、なによりも美しくなければならないし、映画もまた芸術である以上、美とはその作品が人間存在のある真実、あるいはある真理に、どこかで到達する可能性の糸口を、その作品内に秘めているからに他ならないはずだ。

それはラスコー洞窟の壁画以来、人類の歴史のなかでなにも変わっていないはずだ。作品を作るという行為は、その大きな歴史のささやかな一端に責任を持つことでもある。

 ヴェルナー・ヘルツォーク『忘れられた夢の洞窟(原題)』予告編

あるいは信仰の道具として作られた寺院や聖像が、時代を超えた今だからこそ、その信仰を共有しない我々にとってもある美しさ、ある人間存在や世界のあり方の真実や真理を内包し、だからこそ今、芸術として生きているのと、同じことだとも言えるだろう。

つまりは、ただ原発事故がアクチュアリティである状況に対しての映画を、いわばテレビの延長で(一応、「テレビではタブー」等で「映画でないと出来ない」といういいわけじみた理由づけは出来るのだろうが)訴えるだけの映画ではなく、現実の今後の進展とは無関係にでも独り立ちしていけるだけの映画を目指すしかない。ならばとりもなおさず、出来ること、やるべきことは他の映画と、なんの変わりもない。

フランシスコ・デ・ゴヤ『5月3日の虐殺』

折しも上野の西洋美術館でゴヤ展が開催中だが、この『5月3日の虐殺』にしても、その絵画としての重要性は、もはやナポレオン軍のスペイン侵略という歴史とは関連づけられるものではない。絵は今では、絵として存在するだけであり、だからこそ「古典」なのだろう。そしてこの絵画を単なる虐殺の記録でなく、古典たらしめているのは、両腕を上げて敵兵に立ちふさがる、立ち向かう男性の、絶望的な最後の抵抗の仕草の力がなによりも大きい。

途方もない困難や絶望的な状況を前に立ち向かう、自分を失わないだけの強い人間性を持った人物というのは、それだけでその困難だったり絶望的だったりする社会状況以上の意味を、芸術として持ちうるものだ。土本典昭の撮った水俣病の患者たち、たとえば『不知火海』のキヨ子さんが美しいのも、彼女もまたこのゴヤの描いた白いシャツの男のように、単に犠牲者・被害者に留まらない「人間」だからだ。

恐らく同じことが、我々が浜通りや飯舘村で会うことができ、撮影させてもらった人達の一人一人について言えるはずだ。だから我々もまた、決してその人達をただ「被災者」としては撮らなかった。


そして我々が出会うことが出来た一人一人の、慎ましやかだが強固な福島の【庶民】たちは、ただ震災と原発事故の被害者という時事性・即時性を越えた存在なのだと思うし、だからこそこの映画もまた、「震災がありました、原発事故がありました、だから映画を撮りました」という時事性を越える作品でもなければならない。

『無人地帯』はフランスとの合作映画であり、ナレーションは英語版とフランス語版がつく。今回のフィルメックスでの上映では英語版で、声の出演はアトム・エゴヤン監督の妻でその映画で常連の女優であるアルシネ・カーンジャン(現在はカナダ国籍だが亡命アルメニア人の家系で、出身地はレバノンのベイルート。内戦の激化で17歳の時に故郷を離れる)だが、フランス語版の方では、名は伏せるが一時期にはフランスのさる大女優も候補に上がっていた。

アトム・エゴヤン『アララトの聖母』のアルシネ・カーンジャン

その大女優は、高齢になるとともに非常に強烈な個性に磨きがかかり、声だけでも大変な存在感なのであるが、編集のイザベル・インゴルドに一度、「人物の個性として、彼女だと強過ぎて映画の登場人物がかすむことがあるかどうか」と訊いたことがある。イザベルの返事は明快で「そんなことはない。この映画に出てる人はみんな、そろって彼女と同じくらいの強さがある」だった。

この人達の強さと気高さが、果たして元からそういう人達だったのか、それとも震災と原発事故という終わりの見えない困難を体験しているからこその強さなのかは、分からない。だがひとつだけ言えるのは、そうした困難が人間にとって試練でもあり、そしてそうした試練を前にした時こそ、人間はその真価が問われるということだろう。


『無人地帯』の撮影は、あえて通常の映画製作ではまず考えられない撮り方で行った。製作部にとっては悪夢とも言える方法論で、つまりスケジュールは一切なしの、いわば行き当たりばったり方式で、自動車で移動しながら、家があれば門を叩いてみたり、たまたま見かけた人に声をかけて話を聞く、ひたすらこの繰り返しだ。事前にリサーチをかけてめぼしい人にあらかじめアポイントをとって、ということはしていないし、なにか特定の人脈を利用したりして予め「狙い」があって、ということも一切ない。

そうした偶然の出会いの連続なのだから、ここに出る人達は揃って「普通の人」のはずだ。そうした「普通の人々」の生活がいかにこの災害で振り回され、そこで何が失われたのかを見せることが、この地震と原発事故を映画に撮る上で最初の目標だった。

しかし我々が撮ることができたのは、それを遥かに越えるものだったと思う。だからこそこの映画は、ただの時事性・即時性や、「反原発」かどうか等の政治的党派性を越えたものにしなければならなかった。そしてそのスタンスこそが「本気で映画として作る」ということでもあったのだ。


10/29/2011

『無人地帯』ワールドプレミア(第12回東京フィルメックス映画祭)

最新作『NoMan's Zone 無人地帯』のワールド・プレミアが東京フィルメックス映画祭のコンペ部門に決まったことは、先日のこのブログで発表した通りですが、日程が出ました。

©2011, aliocha films and denis friedman productions
11月25日(金)15時30分〜 有楽町朝日ホール
東京都千代田区有楽町2-5-1 有楽町マリオン11F tel. 03-3284-0131●交通アクセスJR線「有楽町駅」中央口・銀座口より徒歩3分東京メトロ有楽町線「有楽町駅」A7出口より徒歩3分 東京メトロ銀座線・日比谷線・丸ノ内線「銀座駅」C4出口より徒歩1分 東京メトロ日比谷線・千代田線・三田線「日比谷駅」A0出口から直結  地図はこちら

 今年の東京フィルメックス映画祭のスケジュールはこちら

福島県からお越しの方、首都圏などに避難されている方については、割引料金でご入場頂けるよう、映画祭側で検討してもらっています。ただどれくらいの人数を想定すべきか悩んでいるところなのですが、「見たい」「口コミで伝えたいという方がいらしたら、当ブログのコメント欄(公開設定にしなければ表示されず、ブログ管理者だけが見ることになりますのでご安心下さい)か、こちらのメールアドレスにご一報下さい。



こと埼玉県加須市に避難しておいでの双葉町の皆さんがご覧になってお帰りになれるよう、午後の上映にしてもらいました次第です。

来年早々に海外の大きな映画祭でインターナショナル・プレミアを予定しており、その後に日本で劇場公開が出来るように準備中です。


予告編はこちら↓


9/20/2011

僕は今、猛烈に怒っている

昨日、東京で数万人規模の反原発デモがあった。

 大江健三郎氏がスピーチしたりで話題性を作り、古典的なデモとしてはようやくそれなりのデモになったことは評価すべきだろう。2003年2月のアメリカのイラク開戦に反対する世界同時デモは、僕が参加したベルリンでは15万人、それが東京ではたった5千人だったそうだし。

ただし今「反原発」でデモを行うのなら、古典的なデモでは済まない状況にあることを忘れてはいけない。

まだ震災からたった半年で、死者たちの喪に服す人たちや、その余裕もなく避難所で暮らす人も多く、仮設住宅に入っても今後の見通しがつかない人が9割を越えているという調査結果もある。

こと福島第一原発の事故で避難を余儀なくされている人たちの置かれた事態は深刻だ。 そして「反原発デモ」をやるのなら決して忘れてはならないのは、事故は東京ではなく福島で起こっているということだ。

東京には「我々は被害者だ」と言う人たちはいるが、実際の被害はあるのか?あるとしてもそれは福島県の、こと第一原発から北西方向の人たちとは比べ物にならないはずだし、生活の基盤をすべて失った20Km圏内や飯舘村などの人たちとも比べ物にならないし、農産物の放射線汚染だけでなく風評被害に苦しめられる農業者・漁業者とも比べ物にならない。

「我々は被害者だ」というのは一応、構わないとしておくが(ただし同時に加害者でもあることを忘れてはならない)、もっとひどい現実の被害を受けている人がいることを無視するのはさすがにおかしい。

そしてそうした被災地から見れば、「デモなんてやってるんだったらボランティアに来て除染を手伝ったらどうだ?原発事故は現実であって、『原発止めろ』と言ったら解決するもんじゃないんだぞ」といった怒りの声が出て来ることは当然予想されるべきだ(そして現にあった)。

ところがデモに参加するならそれくらいの想像力と覚悟を持ってるもんだろうと思ったら、そうでもないらしい。

僕自身は先述のベルリンでのデモで「イスラエルぶっ殺せ」という集団もいたのがいわばまあ、トラウマでして、デモに参加する気はない。また故・土本典昭の教訓「映画を撮っている時は運動はするな。運動する時は運動だけして映画は撮るな」をもっともだと思うし肝に銘じているので、今『無人地帯』という映画を作っている以上、デモに参加することはない。

まあそれに青少年の頃から20代にはそれなりに参加したことも多いし、今は他の表現の手段を用いるべき立場にいることもあるし、もともと、こと日本における集団主義・集団行動は性に合わない。はっきり言ってデモに参加するのは退屈だし苦痛なのだ。 
だからといってデモに参加すること自体は批判するべきだとも思わないし、ちゃんとやってれば評価すべきだ。 
ただしあくまで、ちゃんとやっていればの話だ。 
僕は皮相なマスコミではないから、「大江健三郎氏が来ました、何万人参加しました」だけの皮相な理由でデモの成功を評価することもない。 

そしてはっきり言っておくが、まず「参加もしてない奴が文句を言うな」と参加者が言い出すデモはまったくダメなデモであることは断言できる。

そもそもデモの目的が分かってないだろうに、そんなことほざくのは。

なんのためのデモだ?


社会にアピールするためだろう?


それは特に「参加していないその他の人たち」に対して自己の主張をアピールすることだろうに。


 批判を受けても自身の主張の正当性を堂々と発言するなら立派だ。どんどんやって欲しい。

だが「参加もしてない奴が上から目線で文句を言うな」って、あんたらの内輪の集団マスターベーションだけが目的のデモならぬ「デモごっこ」なら、ただの社会の迷惑だろうが。自分らの「デモに参加した俺ってえらい」の上から目線こそまず反省しろ。

 だが、それだけならまだ可愛いもんだったりする。

それに今時の日本では40歳過ぎてもデモ初参加とか、つまりそれまでデモだとかの社会運動が未成熟だったわけで、だから参加者もまだ未熟なのは仕方がないだろう(つったって、あんたらじゃあこれまで在日コリアンがデモをやったり、釜ヶ崎のおっちゃんが暴動やったり、元従軍慰安婦のおばあさんたちのデモとか、どう考えてたわけ?どうせゲイ・プライドなんて軽蔑と差別のまなざしで見てただけだろうにどういうダブスタだよ、とかちょっと言いたくもなるけど)

 しかし今やってるのは、福島第一原発事故に誘発されての「反原発」デモなんでしょ?そうでなければ、福一が事故るまでの40年間なにも言わなかったってのは、おかしいよね?

ならばその事故の直接被害者やその周辺から、「そんな暇なことやってるなら除染手伝いに来い、こっちは必死なんだ」と文句を言われることくらい、甘受するのが当然だろう。

少なくとも誠意を持って答えるのが筋というものだ。

 だいたい、そんな当然の想定の範囲内の苦情にも対処出来ないのでは、東京電力の「想定外でした」を笑えないはずだし、しっかりとした主張の誠実なデモをやっているのなら、自ずからそんな苦情も出て来ないだろう。

少なくとも、デモが表現行為である以上、それくらいのことは万全の努力をやっておくべきことだ。
それは我々の映画だって同じことだ。別に原発事故についての映画を作る義務なんて誰も主張していない。作ったからエラいなんてこともない。 
ただし原発事故が起こって、それが東京の電力のための原発で、そして多くの人たちが避難を余儀なくされているときに、その人たちを無視して平然としてられるなら、映画云々以前に人としておかしい。 
被災地に映画を撮影に行く以上、「迷惑だ」と言われることも「そんな暇あったら瓦礫の片付け手伝え」「あんたの映画に出ることで我々になんの得があるんだ」と叩かれることも覚悟して行って当然だし、そう言われないような行動は自ずから考えなければ、撮れるはずがない。 
現に基本、「ただの迷惑」なのだから。 
ただし我々が福島浜通り飯舘村で撮影した時に、そんな体験はまったくなかったことは、ここに報告しておく。 
二度だけ「映画に出たってなんのとくにもならない。損するだけだから」と撮影は断られたことはあるが、それでも撮影はしないでも話はずいぶんと聞かせてもらえた。 
…と書くと「自慢だ」とか言い出す卑屈な人がいるに決まってるから先手を打っておけば、我々はなにも特殊なことはやってない。むしろ浜通りや飯舘村で我々が出会えた人たちが、それだけ人格の高貴な方達だっただけのことだ。
ところが一部の、「反原発デモに参加して来ました」と言いたがる人たちは、ひたすら自己陶酔だけなのか、こういう当然の人間としての他者への尊重がまるで欠如しているらしい。

だから福島県民からさすがにウンザリの批判が出たら…なんと単純に怒り出すのである!

これはびっくりしたわ。あんたらどこまで愚かで傲慢なんだ?

  だいたい「原子力はこのままでいい」なんて思ってる人なんて、今の日本でまずいない。「そこから先」がないから相手にされないんだ、ってことにそろそろ気づくべきだろうに。

もう事故から半年も経っているのに、その程度の学習もないのか?そんな程度だったら、誰にも真面目に相手にされなくたって当然だ。

 しかも40過ぎて人生初デモに参加したのが勲章で「俺は引きこもりじゃないんだオタクは卒業したんだ社会参加したんだ」ってのがプライドになるとしたら、相当に虚しい…っていう自覚すらないらしい。

 あるいは47歳で初めてデモに参加して興奮しちゃってることをからかわれたら「上から目線だ、許せん」とか叫んでるオッサンってのは、あまりにも人間が小さいわけだ。

いやこれだけじゃ言葉が足りません。そんな奴らってまさに無思慮なマジョリティの小市民の偽善そのもの。その歳までマジョリティであるが故にデモとか社会への怒りとか感じずに済んだ幸運を感謝しろ、とくらいは言いたくなる。 

原発それ自体はポテンシャルに危険で倫理的問題もあるものだけど、その存在が大きなこの国の構造の中でであり、もはや我々の生活が否応なく原発と持ちつ持たれつの関係にあることをどう意味論的に乗り越えて行くのかの意識も持てないなら、半年もなに寝ぼけてたんだってことにしかなるまい。 

まして福島の原発は、東京の電気を作り続けていたのだ。柏崎の原発が中越地震で止まったのと前後して、福一の原子炉の耐用年数が延長されると報道されたときに、あなた方は新聞を読んでいなかったのか?柏崎停止で電力危機が懸念された結果、福一では耐用年数を過ぎた原子炉が稼働し続け、そしてそれが今事故になっているのだ。

「東京のため」だよ。

東京の電力危機が懸念されていなければ、福一の1号か3号までの原子炉は、もうとっくに止まっていたんだよ。そうしたらこの事故だって起こっていない。この事故が起ったのは、東京のため、我々のためでありあなた方のためだったんだよ。

そんな今、東京で「反原発」デモをやるときに、原発事故でいちばん直接被害を被っている人間たちのことを無視できるなんて、東京の人間ってどこまで身勝手になれるのか?というかどれだけ世界観が矮小なんだ?

だいたい、40過ぎるまであんたらの電力が福島に原発を押し付けることで供給されて来たことを忘れるな。 我々は、あなた方は、立派に加害者でもあるのだ。

それが後ろめたいからって言い訳のように「今日のデモには福島の人たち専用のコーナーがあって」って、それって福島からのデモ参加者を自分たちのエクスキューズの人寄せパンダに使ってるだけじゃん。もっと酷い搾取だよ、あんたらのその人たちの存在の利用の仕方は。

デモというのがその程度の上っ面のパフォーマンスを必要とするのは認めよう。だからって無批判を強要するのはただの幼稚な独善だろうに。 

しかも「デモには福島の人もいた」をいいわけに、福島から上がって来る不満や批判を無視できるのだとしたら、それが自分たちにとって都合のいい(=自分たちに服従し、脅威にならない)「福島県民」しか認めない、ってことに他ならないではないか。

それってまさに植民地主義者が「植民地民だって感謝してる」と言うのと同じ論法であり、明白に差別であり、植民地主義だ。 

なおテレビの取材で福島に行って避難させられた人とかを撮影したなかで、僕がこれだけは、と評価しているのは姜尚中さんだ。 
郡山のビッグパレットで避難してるおばさんたちに取材して「東京の人たちにだけは言われたくない」とはっきり言える自由を担保したあの人は、凄い。 
本当はそれが言いたくても、浜通りの人たちって気さくなようで実はもの凄く礼儀正しいから、東京から来た取材者に面と向かって「東京の人にだけは言われたくない」とはなかなか言えないものだ。 
 まして東京にデモに来る人はそれを封じ込めてでないと、来られないんですよ。 
だって東京の残酷冷酷って、マジで怖い。 まさにあなた方のその無神経さは、どんなホラー映画よりも恐ろしい。ナチス並みに恐ろしい。
だいたい、どうもデモに行った自分はエラいんだと興奮してる独善屋さんたちには、人間関係の基本すら想像がつかないらしい。

反原発デモやるからには福島県民の気持ちを踏みにじるべきではない、って決して全面賛成しろという意味でも、「代弁しろ」という意味でもない。ただ君らのやり方が、ハタめにあまりに身勝手で誠意に欠けてるんだよ!とはっきり言っておこう。

【本日の怒りの結論】反原発デモに行った人が福島県出身者にケチつけられたとき、顔を真っ赤にして「会場には福島県民の場所が用意され」だから福島県も代弁されてる、文句を言うなと言い出した瞬間、そのデモ参加者は田舎差別の植民地主義者であることを自ら暴露したことくらいは自覚すべきだ。

だいたい、他人に向かって堂々と正義を主張する気概もないのなら、批判されても堂々と自分の主張を述べるのでなく、ただ批判した相手を罵倒し中傷することしか出来ないようなデモならば、デモなんてするな。まったく情けないったらありゃしない。


ここがそもそも、根本的に間違っているのだ。


その程度の正義ごっこだから肝心の当事者を置き去りにして、ただ自分たちの内輪で集団マスターベーション。なぜその正義を信じてデモに参加するなら、その正義を堂々と主張しない?そんな根性で世の中変えられると思うのか?悩みつつデモするならそれを正直に述べよ。


自分たちの信念を正々堂々と口に出来るわけでもなく、ただ集団でつるんだ安心感が持てる中でしか声を上げられないのであれば、それはデモを装ったただの匿名性のファシスト集団に成り下がるだけ。関東大震災後の「朝鮮人が井戸に毒を」とどこが違うんだ?ただ当時よりは報道機関がしっかりしてるだけで、だから無実の朝鮮人でなく、現実の事故が捌け口になっただけだろう。

なおちなみに、「反原発デモ」などで極めてありがち(今回もあったらしい)な無自覚な差別/植民地主義は、その田舎のなかでの中央集権の側の、福島なら福島市、郡山市などから東京の組織がオルグして来た参加者がいるだけであったりするのに「福島県も代弁されてる」って思えたりするのだとしたら、もっと悲惨だ。

…いやだから、それはいわば…地方都市って、その田舎における東京の出張所みたいなものだよ。

そうやって自分たちと話が合う、東京と価値観を共有できる「福島」だけは受け入れるって…どこまで無自覚で無知で差別意識の固まりになれるのだろう?

まさに「踏み絵の強要」そのものだ。なんの権利があって、あんたらはそんなことが出来るのだ?

まして曲がりなりにも映画なる複雑でデリケートな(かつ一歩間違えれば強烈なプロパガンダ装置)表現体系に関わる者が、そりゃいくら「放射能怖い」で興奮して「放射脳」状態(笑)だからって、そこまで安易かつ無自覚な独善的ファシズム的心理状態にハマっちゃってていいの? 

そしてそういう自分たちの興奮状態をちょっと批判され揶揄されたら「上から目線」だって(失笑)。いい歳してどこまで幼稚なコンプレックスに囚われてるんだ?

いやコンプレックスは誰にだってある。だからってそれが無自覚かつ無批判に放置されていいのかといえば、そ ん な わ け な い じ ゃ ん、あえて名指しは避けるが某映画監督!
まったく、『東京公園』とか作っている映画は立派なのに、本人の言動には心の底から呆れるばかり。だいたい震災後の東京で「生きるのが大変」って…どこが?「一人の国民として映画作家として何が出来るのか」だって? 
自意識過剰で自惚れ過ぎ。 なのに「上から目線が気に入らない?」ああ情けない。
そんなこと誰も、あなたにも、映画にも期待していない。そんなもん芸術の役割でもない。「国民として」なんて言うなら自衛隊にでも入って災害救援にでも行きゃいいだろうに。 
ただいい作品が作れれば、「国民」に限らず見た世界中の人になにかが伝わり、それが原発とはなんなのかを真剣に考えたり、故郷を失わされた人たちのことを慮るための道具にもなるかもしれない、というだけだ。無論やりたくなけりゃやらなきゃいい。 
そんなことで誰もあなたを責めたりしない。そんな卑小な被害妄想なんていい加減にしろ。

まして自分たちが東京にいて、田舎を差別することで自分たちの生活に必要な原子力発電所であるとかを地方に押し付け続けていて、その押し付けられた地方を「原発マネーで汚れた推進派」とか言い募ったり、ただ「推進派」や「東電」を巨悪と決めつければそれで自己満足って…それはファシズムだよ。 

そういった「傲慢なる東京一人勝ち」の構造に東京人は無自覚だとしても、「自覚してないから罪はない」なんてことになるわけがない。

当然ながら例えば福島浜通りにいる人たちの多くは、その傲慢な構造にどこかでは気づいているのだ。

だからあなた方の無神経な行動は身勝手の我欲と受け取られても仕方がない。

まあ震災と原発事故を経て、日本人ってここまで狭量で思いやりのない身勝手な民族になっちゃったの、ってのが僕にはいちばんショックだったわけです。

考えてみれば浜通りや飯舘村で映画を撮ったのは、そのショックに対するセラピー効果でもあったのかも知れません。そこには普通に善良な日本人がまだいたのだ。

9/17/2011

『NoMan's Zone 無人地帯』ワールド・プレミア決定

©2011, denis friedman productions and aloicha films
映画自体はまだ画面の編集が終わった段階で、音声の作業はこれからですが、最新作『NoMan's Zone 無人地帯』を第12回東京フィルメックス映画祭(11月19日〜27日)に出品することが決まりました。

上映日程の詳細は決まり次第、またこのブログで報告するか、東京フィルメックスのウェブサイトでご確認下さい。

『無人地帯』 No Man's Zone 
 日本、フランス / 2011 / 100分(予定) 監督:藤原敏史(FUJIWARA Toshifumi) 
 【作品解説】『映画は生きものの記録である~土本典昭の仕事』を監督した藤原敏史が原発事故後の福島で撮影を行ったドキュメンタリー。住民が避難し無人地帯となった田園の、それでも美しい春の風景と、周辺地域に住み続ける人々、そしてまもなく避難させられ無人地帯となる飯館村の人々との出会いから福島の現状が浮彫りになる。 
製作:ヴァレリー=アンヌ・クリステン、ドゥニ・フリードマン
監督・脚本:藤原敏史
撮影:加藤孝信
編集:イザベル・インゴルド
音楽:バール・フィリップス&エミリー・レスブロス 
*テクストの朗読(ナレーター)はまだ公表出来ませんが、「日本のシネフィルがあっと驚く女優」であるとだけ申し上げておきます。




率直に言えば、海外ならともかく日本の映画祭でのコンペティション上映には、かなり躊躇があった。扱っている主題が同じ国に住む人たちの、それも直近の、あまりに大きな悲劇であり過ぎる。

そして半年経った今でもその人たちの抱える問題は深刻になりこそすれ解決にはほど遠いのが現状だし、それは11月末の上映の時にも、恐らくなにも変わっていない気がする。

編集中の8月初旬に郡山と会津若松に追加撮影に行き、避難先の人たちに会ったときにも、問題はもっと複雑化・深刻化していて、展望がなにもないことは痛感した。まだ4月5月のメイン撮影時の方が、先が見えないなりの楽観性とは言わずとも、「負けてたまるか」的なものがあった。 
我々は避難所では撮影は一切していない(これは最初から決めていた方針だ。あまりに失礼に思えたし、いい画が撮れるとも思えなかった)。だがそれでも8月に取材した際には、5ヶ月6ヶ月と続いた「避難所暮し」が惰性となり日常となり、地域の絆にも深い亀裂を及ぼしつつある現状は痛感した。プライバシーがあまりにないことなどさえ気にしなければ、三食まったく無料で生活し、なにもしないでもなんとなくは生きていけてしまうのが避難所であるのも確かなのだ。
老人たちならともかく、働き盛りの世代にとって、避難所に暮らし失業状態でも食うには困らないということは、その覇気や尊厳さえ蝕んでしまうものでもあり得るのだ。それはまた、避難したものの先行きの展望がなにもなく、一時期の「兵糧攻め」的状況ではないものの経済や産業の面でははっきり言えばお先真っ暗な状況に追い込まれている福島県ではなおさらだろう。なにしろ、どうせ仕事を探したところで見つかるわけがない、というのも現実なのだ。 
ならば仮設住宅に移って生活再建を始め、光熱費も食費も自分で払う、ということを回避するために避難所に留まる人だって出て来てしまう。だがそれは、たとえばより上の世代からすれば「情けない」そのものだろう。 
問題はより悪くなっている。補償にしても除染にしても、政府や東電が口では言っているようなことになるとは、ほとんどの人が思っていない。そして無人の地とされた故郷に戻ることの困難さも、リアルな問題として認識されつつあった。たとえば地震で痛んだまま半年も放置されたインフラをどうするのか?

題材の重要さだけでコンペティションで評価を受けるとしたら、そこからして決してフェアな話ではない。映画祭というのはそういう基準で映画を評価する場所ではないはずだし、ことドキュメンタリー映画とは他人様の苦しみを作品に搾取する残酷さを常に孕んだ存在であることが恐らくは避けられないのだとしても、国外ならともかく国内でそれでコンペでの評価というのも、さすがにちょっと違う気がしていたのだ。

「その考えは分からないではない。だがそういう見方をするべきではないのではないか」と言ったのがアモス・ギタイだった。「お前の撮る映画なのだから、ただのルポルタージュではなく、映画としてのクオリティがちゃんとあるはずだし、フィルメックスだってそれを信頼していなければ、お前の映画を選ぶはずがない」

「それにお前がその映画を撮った理由のうち、倫理的な問題、社会的な役割を言うのであれば、コンペティションで上映した方が大きな注目を集める可能性が高い。お前が日本で無視されている人たちのことを映画にするのだと言うのなら、その声はより大きく響いた方がいいはずではないか」


そう言われてみればその通りだと思う。

「他人様の不幸で栄誉を得たりするのは」というのは倫理的にそれはそれとして正しいだろう。しかし一方で、それはただ自分のことだけを考えているだけの、相当に狭い倫理ではないかと言われれば、それもまた、まったくその通りなのだ。要は映画作家としての覚悟の問題なのだろう。

もちろん自分の映画としてちゃんと作っているのだし、「緊急的な作品なんだから」と言って映画としてのクオリティについてのことを怠けてしまっては、それこそ映画を作る人間として、出てもらった人たちに失礼でもある。

なにせ飯舘村では避難直前の忙しいときにわざわざ出演してもらって、お茶で家のなかに上がり込んだりしてまで時間を割いてもらってるのだし。

我々がやるべきことは「代弁する」とか恩着せがましいことではなく、誤解を恐れずに言えば「感謝して自分のやることにありがたく利用させて頂く」であることでしかないはずだし、それは「よりいい映画にする」ことであって、「いい映画」であればその人たちを裏切ることにも、ならないはずだ。


なによりも我々が決して忘れてはならないであろうのは、この映画に出演している浜通りと飯舘村の皆さんは、いずれも「被災者として重要だから」映画に出ている以前に、極めて魅力的な人間たちでもあることだ。

もちろん地震があって津波がなければ原発事故がなかったのと同様に、この映画も地震があって津波があって原発が事故にならなければ起こらなかった映画だ。我々があの人たちと出会うことも決してなかっただろう。

だが地震がなかったから原発の問題がなかったわけではないのと同様に(と言っていいのかは分からないが)、その人たちもまた地震がなくても原発事故がなくてもそこにいたのだし、その意味では地震と事故はひとつの「きっかけ」に過ぎないとも言えるのかも知れない。


…というわけで、『無人地帯』はフィルメックスではコンペティション部門での上映です。

9/04/2011

カルティエ現代美術財団の『ヴードゥー』展が素晴らしかった件


7月9日から、最新作『NoMan's Zone』の編集でパリに来ている。8月の頭だけは福島県内で、原発事故の避難地域を離れて福島県内にお住まいの人たちの取材で一時帰国していたが、なにしろ休みは日曜だけで朝から晩まで編集室に閉じこもっているのに近い状態なので、滞在している13区のアパートからそう離れていないカルティエ現代美術財団にも、今日になってやっと行って来た次第だ。

ヴァカンス季節のパリなのに美術館にもめったに行かないんですからねぇ。困ったもんだ。

お目当ては4月から開催中の「ヴードゥー Vaudou/Vodin」展である。ヴードゥーと言っても、西アフリカの黒人が奴隷としてアメリカ大陸に連れて行かれて発達したヴードゥー教ではなく、その起源となった西アフリカのアニミズム文化についての展覧会で、主にベナン共和国起源の彫刻などの展示だ。

これが素晴らしいのである。

まずいわゆる解説がほとんどない展覧会なのが、展示してあるものはいわば文化人類学的な角度でのみ見られがちな文物であるのを、あくまで美術展として見せようとする態度として非常におもしろい。展覧会の総監督はデザイナーで造形美術家のエンゾ・マリ。美術の展覧会の常識すら排除して、作品の題名や素材などの表記も展覧会場の作品ごとのそばにはなく、配布される紙である。

歴史文化背景の説明のパネルなんてのも、最小限の地図やアニミズムの基本的な概念が慎ましくかけられているだけで、興味があれば配布される資料を見ればいいようになっている。

だから会場内はとてもすっきりしていて、とくに地下展示室は、壁も黒く塗られた暗がりの中に、立方体のケースに収められた呪術儀礼の彫像が、丁寧に照明されて浮かび上がるのである。


よけいな文字情報もないから、観客はこのひとつひとつの小さな像に食い入るように見入ることになる。そうすると次第に目が慣れて感性が鍛えられて、この独特の彫像がさまざまな素材で作られていることに気づく。基本は木だったり、ときに金属やテラコッタも使われているが、そこに布や縄、鎖、奴隷の足輪から、錠前、薬瓶などがくくりつけられていることに気づく。

そこか気になったら、配布された個々の作品資料を見れば素材は列記されている。さらには鳥のくちばしや頭蓋骨、動物の骨、さらには人骨まで使われている、そのすべてが黒々とした釉薬のようなものに覆われていて真っ黒なかに、ときどき素材本来の色(ビーズなど)や貝殻の白さ、骨の色などが見えて来るのだ。

この釉薬のようなもの、解説にはSacrificial Patinaと書いてあるのだが、これは儀式のときに生け贄の血をかける、その血が凝固したものらしい。

一歩間違えれば植民地主義丸出しの、「野蛮国」の奇妙で野蛮で残酷な風習を紹介するみたいな話になってしまう、普通に学術的にやってもそうなってしまいかねない展覧会なのだが、まったくその失敗はなく、神々しいまでにミステリアスな西アフリカのアニミズム文化に引き込まれて行く計算は、実に見事なものだ。

しかしそれはもちろん、展示されている個々の彫像が、いずれも無名の芸術家の作ではあるが、素晴らしい精神性を秘めて多くのことを訴えて来る傑作ぞろいだからだ。

独特の文化でデフォルメされたその形態のなかに、我々は、そこで識別される素材と、識別される表象対象(男根があれば男であり、乳房は女であり、子供を抱いた女は豊穣の神なのだろうし、男神の像の身体のあちこちに水平に、ひもや鎖がつけられたクイが打ち込まれているのも興味深い)が混然一体となった精神世界に、ぐいぐい引き込まれていく。

このまったく未知でありながら、アニミズムであるからには原初の文明のあり方にもっとも近いだけに、どこかで万人の深層心理にリンクするであろうなにかを秘めた、その世界に没入することは、ある意味で優れた現代美術の展覧会を見るのと同じ意識の働きでもある。

そういう大胆に芸術の本質に迫るところがまた、カルティエ財団のおもしろさでもあるわけで。

7/06/2011

梅雨はもうあけたのか、どうなってるのか…

「節電の夏」だというのにいきなり35度越えとか、異常な暑さで雨も梅雨というより夕立みたいな感じでよく分からないので、この映画…

 ヨリス・イヴェンス『雨』(1929)

音楽は1941年にハンス・アイスラーがこのサイレント映画のために作曲した「雨を描写する14の方法」です。

しかし暑い…。今週末からは新作『NoMan's Zone』の編集でフランスへ。

でもフランスも熱波が来ているらしいのだ。しかもパリは東京ほどエアコン完備の都市ではない…って、このエアコン完備ぶりが日本の電力会社が普段は使わない膨大な余剰発電能力を、真夏のほんの一時期のピーク消費のために確保しなければならず、原発も必要になったし、電気料金も高いことの、最大の理由なんだけど…。

極論、これをさえやめれば、「脱原発」は今すぐだって不可能ではないのだ−−と言ってそれが出来れば誰も苦労はしないわけなのだが。

7/01/2011

パレスティナの独立は時間の問題である

エリア・スレイマン『The Time That Remains』(2009)

だってオスロ合意にそう書いてあるんだから、時間の問題でイスラエルはその独立を承認しなければならない、という話では今回はない。

日本が震災と原発事故で右往左往している間に、エジプトの革命の成功のあと、パレスティナではハマスとファタハ双方が民衆からの突き上げで、これまでの対立路線を放棄して手を結び、9月の国連総会では独立承認を世界に直接訴える方向に進んでいるらしい。

既存の政治勢力とは切り離された形で、民衆の力で成し遂げられたエジプトの革命に、日本では政府もメディアもそろって懐疑的な目から未だに抜けきれないようだが、これはやはりアラブの歴史と文化を知らず、あの革命が意味するものを把握できていないからなのだろう。

ぶっちゃけ、日本の大勢は、アラブ人といえば月の砂漠の遊牧民でアッラーを信仰する神秘的な世界、というくらいの認識しかないことが遠因だとも思える。

むろん現実がまったく違うことは言うまでもない。アラブ世界は世界史のなかでも屈指の、極めて洗練された長い歴史を持つ文明圏だ。

ちょっと歴史を勉強すればわかるそんなことにすら気づけないのはつまり、我々が欧米のフィルターを通してしかアラブ世界を見られていない、無自覚に「アメリカ側の日本」としてしか中近東に対して自分たちを位置づけられていないからだろう。

その植民地主義的な視点を捨ててしまえば、ハマスとファタハが手を結ぶこと自体が時間の問題だった。元からパレスティナ人はこの両勢力の対立関係に不満を感じ、不条理で馬鹿馬鹿しいと思っていて、ただ「でも俺たちが言っても仕方がない」と諦めていただけなのだから。

エジプトの革命がアラブの民衆に気づかせたこととは、ひとことで言えば「俺たちだってやれば出来る」ということなのだろう。

これまでしょせんは欧米の半植民地的な位置づけのまま、アラブの政治権力者といえばしょせんその植民地という枠内での地域ボスに毛が生えたようなものであり、決して民衆のため、国民のための政治ではなく、「それもしょうがない」と民衆の側でも諦めていたことが、この半年間のあいだに劇的な価値観の変換が起こっている。

これまでだって知的で賢明であったアラブ人はしかし、今までは政治的な諦めのなかで、どうせ自分たちの国は欧米の半植民地で、植民地のボスに過ぎぬ権力者に勝手にやらせるしかないと思って来ていた。その意識が、決定的に変わったのだ。

ハマスもファタハも手を結んだのは、そうして独立に動かなければパレスティナ人に見捨てられるからであって、この流れはアメリカがどう妨害しようがネタニヤフが恫喝しようが、もう絶対に止められないと見るべきだ。パレスティナ人たちは故郷の喪失と占領と流浪の半世紀以上の歴史のなかで、今はじめて本質的な自信を持ってしまったのだから。

自分たちには民主主義が出来るんだ、欧米なんてたいしたことない、と悟ってしまえばアラブ人、とくにパレスティナ人はもともと基本的にとても知的で洗練された民族で、旧貴族階級、商業ブルジョワ階級を中心に教育水準も高く、交通の要衝に住む民族として頭もめちゃくちゃ働く上に、60年の辛苦のなかでますます知恵と忍耐力を培って来たわけで、だからもう、独立は時間の問題である。

イスラエルにとってもはやパレスティナの独立は時間の問題であって、そこでモサドの元長官だとかのイスラエルの安全保障第一の対パレスティナ強硬派が突然に積極和平派になって、ラマラに乗り込んでファタハやハマスの幹部と同席して…というのが、いかにもイスラエルな政治風景なわけでもあるが。

パレスティナの独立が時間の問題である以上、その新国家との関係が良好でなければ、イスラエルの国家と社会が安全に存続することは不可能だ。考えてみれば当たり前の現実的な判断だ。この切り替えもまた、2000年間ひたすら民族の存続に賭けて来たユダヤ人ならでは、である。

ただしパレスティナの独立、その隣国との共存という大変換を経てイスラエルがあの地域に国家として存続して行くためには、これまで戦争をいいわけにうまく誤摩化して来たイスラエル国内の真の問題と徹底的に向き合って解決していくしかない。

エジプト革命以前、イスラエルとパレスティナの和平交渉の最大の障害は、イスラエルがガザからは撤退しても西岸の入植地は存続し、拡大させ続けていることだ。だがたとえば日本など、国際社会がこの情勢を見るときにしばしば抜け落ちているのは、入植地が実のところイスラエルにとっては教育格差・経済格差への対応のいわば貧民救済策の一種であって、和平にとっての真の障害とは、イスラエルの国内の格差問題に他ならないことだ。

ガザ地区からの入植撤退を背景に、イスラエル社会に根源的な断絶を浮かび上がらせたアモス・ギタイ『撤退』(2007)。強引に家を追われる入植者達は、素朴で敬虔な人々でもある。

これはイスラエル国家のそもそもの存在理念とも関わることだけに大変に厄介なことなのである。ある意味で、イスラエルはこの問題を直視しないで済ますため、延々とパレスティナやアラブ諸国との戦争を繰り返して来ただけなのかも知れない。

つまり、世界中で自由に自分の人生を切り開くことが許されて来なかった少数民族のユダヤ人が、自分たちの国のなかで自由に生きられる場としての、本来の意味でのシオニズム国家として、イスラエルは世界中からユダヤ移民を受け入れなければならないし、その社会的な平等も保証しなければならない−シオニズムとは本来、資本主義競争社会とは対立関係にある、社会主義・平等主義的な政治理念だ。イスラエルは資本主義自由経済社会であり自由主義的な国家である一方で、この社会主義的な理想社会のプロジェクトを持った人造国家でもある。

現実には、無神論ないし世俗主義の、ヨーロッパ的な方向で洗練されたエリート層の理念であるこの理想社会のプロジェクトのなかで、平等を保証されなければならないいわば「下層階級」に当たる人たちとは、所得水準や社会的地位、教育水準が高くない中近東系の血統のユダヤ人であったり(たとえばモロッコ系)、ソ連崩壊前後に100万人入って来たといわれるロシアやウクライナ、グルジア系などの新移民だったりであり、彼らは反世俗主義で政治的には保守、どちらかと言えば反パレスティナで一部はアラブ人に対して差別的であり、そして宗教的な人たちでもあり、彼らにとってとくに西岸の入植地は「神に約束された契約の土地」である。

あらゆるユダヤ人が平等で安心して暮らせる国、という国家理念とは裏腹に、アシュケナージを中心に教育水準が極端に高く、完全に西欧的な先進国社会(たとえば、標準的な子供の数は2人くらいだし教育熱心な一方で離婚率も高い)で資本主義競争社会であるイスラエルで、これらのいわばユダヤ人内部での弱者が勝ち抜くのはなかなか困難だ。

いわばその受け皿としての公共住宅的なものが、イスラエル社会の経済構造のなかでは、かつてはキブーツであり、90年代の旧ソ連からの大量移民の後では、入植地なのだ。

イスラエルは今まで、パレスティナとの戦争を言い訳に、この問題から目をそらして来た。



実はある意味でいわば下層階級の受け皿に過ぎない(人口的にはむしろ圧倒的に少数派である)入植地を、「国家の安全保障と民族の誇りの最前線」的に持ち上げて誤摩化すことも出来たし、だから実は多くの国民が本音ではうっとうしいと思いつつも、入植地を維持しなければ社会の安定が成立しなかった。

だがもはやこの構造に安住することは不可能だ。


イスラエルは本質的に変わらなければならないし、それこそが当初のシオニストたちや建国に関わった人たちが実現しようとした理想国家に、一歩でも近づくことでもあり、そしてそれは「平等な社会」をめぐる壮大な社会実験でもある。

恐ろしく困難なことにも思えるが、筆者自身はこれも「時間の問題でいずれ収まるように収まる」と実は思っている。なにせなにがあろうが、イスラエル人も、そしてもちろんパレスティナ人も、突き詰めれば「ここで生きて行かなければならない」と思っているのだから。その最大の目的にさえちゃんと集中できれば、案外世の中、ある程度うまくいくはずなのだ。

そうでなければ人類は、とっくの昔にこの地球上から姿を消しているだろう。